イベント<ジニジニ>
待ち合わせの場所からさほど離れていないレジャー施設へと向かうと、遠目からエキサイトゾーンと書いてある看板が見えた。その建物は見ても楽しめるようにと黄色の配色がなされているが下品な感じは特にしない。
そして、エキサイトゾーンの二つの自動ドアが開き入ると、眩しいぐらいにライトアップされたゲーム筐体が置かれた光景が眼に入った。
ポップ調な軽いBGM が流れていて、店内からは楽しそうな笑い声や店員のマイク放送で途切れ途切れに聞こえてくる。ゲームコーナーでは、いつの時代のものかすらわからないゲーム筐体やら、最新のホログラフィが浮かび出るタイプのものまで目白押しだった。
さすがは娯楽都市のゲームセンター。各年代を網羅することに情熱を燃やしていると感心してしまう。
「では、ここから各自五分おきに入りましょう」
聞こえにくい室内で、声を張り上げ天野はそう告げる。
コクリと久遠と双六が頷く。
これもまた最初から打ち合わせた通りの行動の内である。ジーニのイベントで複数人である者が同時に入り、仲間だと思われない措置だ。何人いるかわからないが、グループで来たとなるとそれだけで他の人たちが萎縮し、情報が回らなくなるかもしれない。
そういった事態を避けるために三人共に無関係を装うことにした。
また順番としては、久遠—天野—双六の順で入ることに決めた。その順にした理由は単純明白。腕っ節の強い久遠が先に入り、天野の安全を確保した後に双六が入ることにした。
その後、まずは久遠が五階にあるカラオケルームに出向いた。天野と双六は残されているが、その間は特に会話もなく五分が過ぎた。
そして、次に天野が出向き一階のエレベータの前では双六が待機している。
暇だなと思って辺りを見渡しても、やはり、遊びに来た若者が占めているが、中にはレトロゲームをやりにきた年代も結構な数いる。
そんなことを考えていると、またたくまに五分が過ぎて双六の番が来た。
——さてさて、藪から蛇が出るのか、それとも、もっと面白いものが出るか。
ヴーっと上昇するエレベータの中、双六は今後の展開を楽しく待っている。
チン! エレベータの扉が開き、すぐに受付が見えた。受付で部屋番号を言えば通してくれるシステムとなっているので、「五一六」と部屋番号を告げて通してもらった。
廊下では、防音対策をしていても漏れ聞こえる人の歌声が腹に響く。カラオケといっても、管理がしっかりして床は綺麗に保たれ、薄暗い光の怪しさと上品さが同居した雰囲気がある。
そんな中、双六は五一六号室の前まで辿り着いた。
そして、スッとドアに手をかけて――開く。
スモークガラスで中の様子は窺えなかったが、開くとそこは数人の男女がいた。
対面型のソファがセットされ、入って左側には三人――久遠、天野ともう一人、双六と同じぐらいの女の子がいた。
そして右側には二人――こちらは大学生だろうか。高校生とは明らかに年齢差を感じさせる大人っぽい男女がいた。
「あぁ、もう誰も来ないものだと思っていたけど、君で最後のようだね」
真っ先に口を開いたのは、大学生風の男。こちらは、どこか垢抜けて砕けた感じを見せる人懐っこそうなお兄さんといった爽やかさを感じさせる。そのお兄さんは、手首まで届く長袖の空色のシャツを羽織りベージュのパンツとの組み合わせに嫌味がない。コンタクトでなくメガネをかけているのも知性さをアピールしている。メガネをかけただけで知性をアピールできるかは別としてもだ。
「すみません。遅刻するかとヒヤヒヤしました」
照れ笑いながら返すも、時間通りに来たのは最初から狙い通りだ。
「それじゃあ、席はこっちが空いているから座るといいよ」
お兄さんが座っている隣を差している。ちょうど、久遠と天野とは対面になる位置だ。
「はい。それじゃあ失礼します」
そう言って座るとソファならではの反発する弾力があった。
座って目だけでこの場に居るメンバーを見る。
――これで、役者が揃ったかな。
総勢六名――しかも、うまいぐあいに男女が半々の割合となっている。
天野はこの中にジーニがいないと推測しているわけだが、双六としては違う想像もしている。
何故なら、ジーニの目的が何であれ、自らがいない場所で何らかのアクションを行う人たちの生の雰囲気を感じたくはないのだろうか?
そんな風に考えた場合、ジーニがいないとも言い切れない――とも思う。
どちらにせよ、ただの妄想の領域を出ないわけだが、その程度の考えを残しつつ、この場にいる誰かがジーニかもしれないのも面白い。
「時間も来たことなので、自己紹介でもしたいと思うんですけど、皆さんよろしいでしょうか? 正直、無言のまま過ごすというも結構辛かったもので」
ははは、と苦笑しながらも場の雰囲気を和ませる気遣いの持ち主だ。ここは久遠に目配せする必要もなく、一も二もなく、その場にいる全員が頷き了承した。
「じゃあ、言いだしっぺの僕からということで。僕の名前は坂月草火です。うーん、どこまで情報を開示すればいいのか迷うけど、とりあえずは名前だけということで」
それもそうだなと思う。娯楽都市は規模としては首都東京に及ばないものの、それなりの人口と広さを誇るわけで、学校名など言ったらそれこそ身元なんてすぐにバレる。
ここが、どの程度危険なのかもわからない内に全てを晒すほど馬鹿ではない――というか、このイベントに来られる時点で馬鹿なわけがないのだ。
「じゃあ、次はウチで!」
元気に返事をしたのは、対面にいる知らない女の子だ。髪を二つ縛りにして、チェックでフリルがついた可愛らしい上着に、下はミニスカートとミュールといった、如何にも高校生らしい装いだが、髪の毛がピンクというのが素晴らしくも娯楽都市らしかった。娯楽都市の中では——正しい女子高生像ともいえる。
「ウチは、屋久寺屋波っていいま~す! もちろん、このイベントに来た目的はジーニと知り合ってポイントをゲットしたいからです!! スリーサイズは、もちろん秘密でっ!」
キャハっと、最後に可愛さをアピールするような仕草をした。それを見て双六は判断に困る子だなーと思った。男受けするような場ではないのに、こういうことを言い出すということはよほどのバカとも取れる。それがわざとなのか、そうでないのか今一つわかりづらい。
というか、この手のイベントでここまで悪目立ち出来る彼女の度胸がすごいということで、第一印象の判断としては割り切ることにした。
「あの……神島碧子です。すみません。この場にいていい人間かはわからないです。すみません。ですが、嫌わずに構ってください……」
オドオドとしたか細い声。
お嬢様然とした見た目通りなのか見た目とは裏腹というべきなのか、涼しそうな白いワンピースに節目がちな大人しそうな女性――神島が大人しげに名乗る。
前の屋久寺が強烈だけあって、真反対の雰囲気の神島が逆に印象づけられた。短い挨拶の後、彼女はセミロングの黒髪を揺らしながらペコリと頭を下げる。
その後は残りの三人である、久遠・双六の挨拶が滞り無く終わった。
けれど、天野が自己紹介で名乗った所ーー同い年ぐらいの屋久寺が反応した。
「あれ? 天野って……、え、まさか……あの天野さん!?」
屋久寺が驚きと尊敬が入り混じった瞳で隣の天野をジロジロと見つめる。
「あのが、どの天野を指すのかはわかりませんが、確かに私の名前は天野です」
あー、そう言えば偽名を名乗らせるの忘れてたと双六は今更ながら気づいた。しょうもないところでミスをしてしまったかなーと思ってしまったが、まぁ、大したことはない。この場における名前なんて——個人を識別する上での記号と大して変わらないのだから。
「あれ? もしかして、君たちは知り合いかな」
「知り合いじゃないですけど、ウチらの間で天野さんの名前を知らない人はいないですよ!」
「はぁ、そうなんだ」
今一つ状況が飲み込めていない坂月さんは、よくわかってなさそうに頷く。高校生と大学生の違いは何も年の差だけじゃない。ジェネレーションギャップ。情報の需要が全く別であり、それが異なればもはや違う生き物同士に見えるのだ。知らなくて当然だろう。
「そうですね。僕も名高い天野さんに初めて会えて嬉しいですが、こういった場で詮索も無粋でしょう。仲良くなるなら後にしませんか?」
「同感だな。痛くもない腹を探られるのはいい気分はしないな」
何気なく久遠が助け舟を出してくれる。ガタイの良い久遠の発言で場が静まり返る。
「そうですね。とりあえず、この場にいる皆さんはジーニの誘いに乗って来たという認識で間違いないでしょうか? いやはや、こういった場の作法について、うといものでして、どういった対応が正しいかはわからないんですけどね」
苦笑し、さりげなくさらりと本題を尋ねる坂月。当然のことながら、ジーニの誘いで来たわけだが、その目的が全員一致した。個人の裏の思惑は別としてもだ。
「ならば今日はいわゆるオフ会の一種みたいなものだね。ポイントが欲しい人たちの集まり。その主催者がジーニというスペシャルなだけで。うーん、興味をそそられるな」
「そうですね! ウチも子供の頃に憧れていたジーニと会えるかもしれないと思うと、いてもたってもいられませんでした!」
「私は……その……ポイントとか集めるの苦手で……あの……すみません」
「いや~、僕もそうなんですよ! どちらかと言えば、ポイントよりジーニ本人に興味がありまして! なんたって娯楽都市の生きた伝説みたいなものですからね!」
「ジーニには興味はねぇが、ポイントのために来た」
久遠、双六はその場の雰囲気に合わせて会話を続ける。無論、双六はともかく、久遠の本心はジーニにもポイントにも何一つ興味など持っていない。ただの方便だ。
この調子と面子ならば危険度は少ない――と判断した矢先、
「それで、ジーニからのコンタクトはどうなっているのでしょうか?」
涼やかな声で天野が会話の流れを断ち切る。
それまでとは一変。多分、皆が気にしていただろう事を天野が切り出し、変な空気が流れてしまった――が、
「お待たせしました! お飲み物お持ちいたしました!」
ガチャリとドアが開き、飲み物が配られる。
「あぁ、すみません。着いた時に、喉が乾いて飲み物を適当に注文したんです。えぇと、頼んでないのは賽ノ目君だけど、オレンジジュースをピッチャーで頼んでおいたから、それでいいかな?」
「はい。構いませんよ」
店員がトレイからジュースをテーブルに置いて、坂月が場の皆にコップを配る。どうやら、大人勢はアイスコーヒーを頼み、高校生以下はジュースとなっているようだ。
そして、いそいそと神島がミルクとシュガースティックをコーヒーを飲む人たちに配る――が、久遠はそれを遠慮し、神島はミルク一個とシュガースティック二個を坂月に渡した。
「それと、他のお客様から伝言をいただきました。これがその内容になりますのでご確認お願い致します」
出る直前に店員が便箋を取り出し、近くにいた双六がそれを受け取る。
それでは――と、店員が扉が出て行き、すぐさま全員の目が便箋へと移る。
「やれやれ、まさか手紙でメッセージを送るとはね」
「アハッ! 意外とジーニは奥ゆかしいってことですね」
「すみません……賽ノ目さん。早く見たいのですが……すみません」
「これがジーニからのメッセージってことですね。じゃあ、開けますね」
誰もが茶化しているが、興味はただ一つだった。間を引張っても何だろうから、双六はすぐさま手紙の封を破り、四つ折りになっている手紙を開く。
「ん?」
しかし、双六はそこに書いている内容が理解できなかった。いや、読めるのだけど、どういう意味なのかが何一つ不明だった。なので、テーブルの中央に便箋を置いて、全員が読めるようにした。
「うん? これは……どういう意味なのだろうね?」
「えー、英数字のGに数字の000000で0が六個って何コレ!? いくらなんでも暗号にしても適当すぎだって!」
「……ジーニの奴は何考えてんだ?」
「あの、すみません……他の手紙はないのでしょうか……?」
神島がそう促すので、双六は便箋の中に手を突っ込むが、他に何かあるわけでなかった。
ともかく、相手はあのジーニなのだから、この暗号を考えなくてはいけない。――と、皆は思っているようだが、双六は既になんとなくだが当てはついた。
そもそもの話が、ジーニが出すものだから=何かの暗号という固定概念が頭に染み付いているのが駄目なのだ。
これは、暗号なんかじゃない。ただのメッセージだ。
それも、この場所ならではの。
「リモコンを誰か取ってもらえませんか?」
あぁ、やはり——天野は既に気づいているようだ。
「天野さん、どうぞ」
カラオケモニターに近い双六が、そこにあるリモコンを渡した。
タッチパネル式のリモコンで、そこで天野はジーニからのメッセージに書いてある番号を入力し始めた。
そう、ジーニのメッセージはカラオケで入力するための番号だった。この場の全員はジーニのとかく面倒な情報を解いて来ただけあって、すぐに暗号といった発想に移った。
ある意味、このレベルの人たちだからこそ引っかかったのかもしれない心理的な死角だ。
そして、娯楽都市のカラオケ店では、サービスの一環として個人の楽曲を掛けられるサービスの実施もしている。多分、それを含めてジーニはこのカラオケ店を選んだのだろう。
最初は、何をしているのか不審がっていたが、皆もメッセージの内容の指す意味を理解し黙り込む。坂月はなるほど頷き、屋久寺は気づけなかったことに悔しがっていた。
ピッ。天野が送信ボタンを押し、カラオケのモニタ画面が切り替わる。
その場にいる全員――双六を含めて画面に注目した瞬間——視線の端に、天野がモニタを見ていないことに気づいた。
彼女の視線は画面でなく、画面を見つめる人たちを見つめていた。
蛇――捕えたら何者も逃さない捕食者としての瞳が双六とぶつかる。多分、間にしてみれば一秒にも満たない時間だろうが、確かに彼女と目線が絡まる。
何も見逃すことがないように、何も逃れられないかのように彼女は全てを見渡す。
『皆さま、こんにちは』
高音の機械音声――明らかに、自分が誰かがわからないように作った声が聞こえる。モニタには、表情のない仮面が移っており、目と鼻と口に穴が開いているが背景にあわせて黒く染められている。その口がパクパクと動きながら、音声を出している。
今はもう天野も画面を見て、それに集中をしている。
――こりゃ、気を抜けないなぁ。
今更ながら、双六は天野の粘りつくような執念の奥深さを覗いた気がした。それが何を意味するのか、それがどんな感情を持つのか、それが彼女の何の支えなのか。
全てがわからず、全てを知らず、全てが不明瞭で手探りで、目隠しで、ただただ何かを探すかのような、この感覚が神経を通じて身体に訴える。
——楽しくなってきた、と。
だから、まずは、その一つとしてジーニの提供したモニタを食い入るように見る。
『私は「ジーニ」です。本日は、お集まりいただきましてありがとうございます』
仮面だけの映像のクセにペコリと頭を下げる仕草をする。
『さてさて、皆様がたに置かれましては、私の今回主催したパーティに集まれる程度に優秀なことは明らかになったことでしょう。私が褒めます。あなた方はそれなりに優秀です』
それなりに優秀。完全に上からの目線からの物言いに対して、屋久寺が「うわー、何かムカつき!」と小声で呟く。まぁ、相手は完全なプラチナランカーなので、上から目線になっても何ら問題ない。むしろ、その程度に傲慢である方が望ましくもある。
『そして、あなた方の目的が何であれ、そんなあなた方を称えて私はポイントを進呈しましょう。そのポイントをどうしようとあなた方の勝手であり、私はそれ以降何ら関与をする気はありません。どうか、有効なご利用をお願いいたします』
ペコリ。再度頭を下げるが、上から目線の仮面が頭を下げても何一つ誠意が伝わらない。
『では、早速ですがポイントの進呈方法の説明に移ります。娯楽都市ではポイントの譲渡がシステム上認められていないので、今回採用するのは「分配」となります』
ポイントは分配によって得られる。双六も、というか、この場にいる全員はそうだろうと思っていた。このポイント制には譲渡という概念が認められていない。
当初のポイント制では譲渡制もあったのだが、この譲渡は実質『奪う』ということにもつながり、現実世界において暴力により強奪される事件が多発した。娯楽を提供する側にしてみれば手痛い失敗であり、リスクの高くなった譲渡は消え失せることになった。
ただし、互いのポイントを掛けた勝負――上限ありの一日一回など制約ありの場合は問題はないケースもある。
それらを踏まえると、ジーニがいくら莫大なポイントを有していようと進呈というにはあまりにも非効率極まりないため、今回使用するのは分配というわけだ。
分配とはつまるところ、集団を築いてポイントを一括に集めて活用することで、その利益分のポイントを全員に再分配することだ。いわば、株と同様のシステムとなっている。
『各参加者の皆さんは、互いのポイントを私が作成したパーティ「ジニジニ」に投資してください』
画面に、ジニジニのパーティのことが乗っている図が表示され、そのアクセス方法とパスワードが表示される。
『なお、分配の率は一定ではなく、参加者の皆様のポイント量に応じて全体率から配分しますので、欲張りなお人はドンドンポイントの寄付をお願いしますね! 私が確実に増やしてあなた方にあげることを誓います!』
ケタケタと仮面が抑揚なく笑う。
『なお、これを見た皆さんは、こう思っていることでしょう。「これは、何かの罠ではないのか?」いやいや「話がうますぎではないか?」などの疑問を持っているのでしょうね。それは、当然の疑問であり優秀な皆様ならば更にこう仰るでしょう。お前がジーニであることの証拠を見せろと』
仮面の目と口が嫌らしく、黒い三日月模様を描く。人間ならば、そこから何らかの感情とリアルな実感を得られるが、ただのCGである仮面が浮かべる笑いはただ不気味だった。
『ざぁ~んねぇ~んで~したっ! 私はそこまでサービス良くはありませ~ん!!』
ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!
仮面しかないが、仮面の向こうの人物はどうやら相当に底意地が悪いようだ。
確かに、最初から疑問はあった。ジーニからの伝言でこの仮面が現れたわけだが、この仮面を作った者がジーニである根拠はどこにもない。下手をすれば、ジーニを語った何者かが、ポイントを持ち逃げするために仕組んだ詐欺かもしれないのだ。
その可能性は当然排除するべきでなく、頭の片隅にでも止めておけば良かったものだが、前持って仮面は封じてくる。自分が偽物なのかは明かさない、と。
『ポイントが欲しいかぁ? ポイントが欲しいだろう~! あぁ、やるよ! どこまでも、卑しいお前らにポイントをくれてやるさぁ! ケタケタケタ!! 涎を垂らして鼻水啜って大口を開けて待っていなよ! そうすりゃ、お前らじゃ稼ぐことが不可能なポイントをくれてやるよ! この卑しい卑しい犬豚たちぃ~!! ケタケタケタ!!』
なるほど、と双六は思った。ようやく理解できた。何故、天野がジーニが父を殺したと言ったのかを。確かに、こんな相手だと殺されたと言われても仕方がないだろう。
『な~お~! このイベントを介して私の正体を突き止めようとしても全てがむ~だ~ですよ~だっ! お前ら程度の優秀さで私の所まで来られないからね! どんな方法で私を追い詰めようとした? さぁ、思い浮かべてごらんなさいな! あぁ、そんな方法じゃ全然駄目だね! なんでわかるかって? わかるに決まっている! 私がプラチナでお前らがクズだからさぁ! ケタケタ!!』
誰に向けた言葉ではないのだろう。しかし、確実にその言葉に天野は反応していた。殺意を持った目と、憎しみを持った手がブルブルと怒りと屈辱に震えていた。
『さぁ、お前ら! プライドを捨てて私の所まで来られるかな~? プラチナランクがどんなものか見せてやるよぉ~! さぁ、楽しい楽しい娯楽の時間の始まりだぁっ!!』
ブチン! 最後にジーニのロゴが表示された後、モニタの画面が真っ黒になり仮面の姿が消えた。そして、終了時間を告げるように、最新の楽曲を流す通常のCMが流れ始めた。
短くない時間、その場に沈黙が流れる。
未だに食べ物が消化し切れず、胃に残るこの感じ。呆気に取られたといえばそうだし、腑に落ちないのもピタリと来る。普通ならば、信用させるためのアレコレを行うことで詐欺は成立するはずなのだが、このジーニは詐欺をかける気がまるで見当たらない。何故なら、自らがジーニだということすら証明もしていないのだから。
言葉通りに取るべきなのか、それとも、詐欺に見せかけない第三者による詐欺なのか。
考えれば考えるほど、思考の迷路に陥りそうだった。
――信じるべきか否か。
この場にいる全員がそれを疑っている。
「……さすがはジーニと言ったところかな。中々にぶっ飛んでいるね」
先ほどから場の雰囲気を変える役割となっている坂月が、顔の前で手を組み呟く。
「そうですね~。ウチはジーニってもうちょいスマートなイメージでしたよ」
「そう……でしょうか? 私は、もっとすごいのを想像してました……。筋肉がいっぱいある、プロレスラーみたいなのを……」
「いやいや、神島さん。それ誰得なんですか? その発想は楽しいですけどね。しかし、ジーニのファーストコンタクトが仮面とは、何だか劇場型犯罪チックですね~!」
神島の天然な発言に双六は思わず突っ込んでしまった。
「ははは。確かにこれで誰かが死んだら『ポイント殺人事件! 幻に包まれたプラチナランカーの正体とは!?』みたいな流れになりそうだね」
「それすらもジーニの思惑に入っているのかもしれませんけどね」
「まっさか~! 天野さんもそういう冗談を言うなんて結構ユーモアに溢れてるんだね!」
いや、多分その人ガチで言ってますよー。と言いたいが苦笑するしかない双六。
「んで。あんたらは結局どうすんだ? ジーニの誘いに乗るのか?」
ひどく億劫そうに口を開く久遠は、咥えた煙草を灰皿に押し付け煙を吐く。
一筋の汗が双六の額から流れる。冷房の効いているはずのカラオケ室だが、今日の陽気のせいか半袖でも汗をかいてしまう。見れば、坂月を除く面々は上着を外し、涼しい格好になっている。それがただの陽気のせいか――緊張感によるものかはわからない。
「そうですね。誘いに乗るにしても、少々不可解な点がありますからね」
「えっと、どういうことですか~?」
頭に?マークがついた屋久寺が首を傾げる。
「ポイントの量に応じた配分――ということですね」
天野の言葉に、その通りです、と坂月は頷く。
「例えばですが、この場の全員がポイントを全員が等しく一ポイントずつ出したとすると、全体の配分から六等分のポイントが支払われます。そこまではいいですか?」
全員頷く。子供でもわかる計算だ。
「さらに、誰かが全体の投資のほぼ九割を負担して、ジーニから百ポイントが配分された場合に、九割を負担した人は九十ポイントをもらえます。残りの人は一割を分け合います」
「うん? でも、それって普通じゃないんですか?」
「……その、私も……すみません。計算はわかるのですが……どういうことなのですか?」
やはり、この手のことに疎い人もいたか。双六はそう思いつつも、ジーニが仕掛けた罠に気づいているのは、どうやら天野と坂月、それと自分ぐらいだろう。久遠は、そもそもこういったシステムに興味がないので、気づくも気づかないもない。
「えっと、ちょっと複雑になるんですけど株市場とかでしたら、株の発行量は決まっていまして、それを投資家が買うことで本来は配分が決定されるんですよ。ですが、ジーニの提案したポイントの配分ではある一点が決定的に欠けているんですよ」
その言葉を引き継ぐように、双六が述べる。
「上限を設定していないんですよ。ジーニの言った配分には。本来ならポイントの上限を決めて各自に投資させて運用させるのに、今回はそれが完全にありません。さらに言えば、どれだけのポイントを負担したらリターンするかも述べていない。もう、ほぼ詐欺のような手口ですよ。一ポイント出して十なのか百なのか千なのかもわからないんです」
ジーニの恐ろしい思惑であり誘惑。当然、わかっていながら全てを覆い隠しているのだろう。配分と体のいいことは言っているが、具体的なリターンが何一つわからない。もはや、当選金額のわからない宝くじを目一杯買うようなものだ。
「うん。賽ノ目君の言うとおりだね。だからこそ、ジーニもこう言ったのだろうね。『欲張りな人』ほど多くポイントを捧げるといいって」
なるほど。と神島と屋久寺が納得して頷く。
「じゃあ、結局これってどうすればいいんです? ウチとしてはポイント欲しいからジーニにポイントを出してもいいんですけどぉ~。何か今の話聞いてると大分おっかないじゃないですか」
「それは……えっと、そうだね。例えば、皆で相談してリスクのない範囲でポイントを出しあって様子見とか――」
「いえ、それは無意味でしょう」
坂月の言葉を天野が止める。
「えーっと、天野さん……それはどういうことかな?」
「言葉通りの意味です。相談など無意味でしょう。むしろ害悪と言い切りましょう」
相談など無意味。それはそうであろう。
「何故なら、ここで何かを相談しても結局のところ、誰かが何を為すのか為さないのかなど口約束でしかありません。互いにどれだけのポイントを出し合うなど結局のところ誰かが全員が情報公開しないとわかりようがないのですから」
「そ、それはそうだけど」
天野のあまりにもきっぱりとした言い方に、年上ある坂月がうっとたじろぐ。
「この場で何かを取り決めれば、後々それが後々火の粉となって返ってくるかもしれない危険を考えれば、むしろ、この場はもう解散して後は各個人に任せればいかがでしょうか?」
さすがは天才の意見、
完全にジーニの考えを読みきっていると双六は感心する。そう、ジーニの提案は最初から仲間割れの要素を孕んでいたのだ。それは、恐ろしいほどの悪意が満ちている。
情報の不十分さと、ポイント配分の不平等さ。さらには、この場に直接人を集めて顔割れをさせたことに加えて参加者を挑発するような言動の数々。挙げればキリがないほどだ。
見知った人間でもない赤の他人同士が何をどうやろうとも——諍いの未来しか見えない。
しかし、唯一の対抗手段ならぬ抵抗手段は、こちらもあとは知らぬ存ぜぬを突き通し、互いに不干渉を決め込んでしまうことだ。個人の責任になれば後はどうなろうと知ったことではない。一番恐ろしいのは、集団で取り決めをしてその責任を取らされること、だ。
娯楽で一番何が恐ろしいか。簡単だ。他人が一番恐ろしい。
娯楽で一番何が頼もしいか。簡単だ。自分が一番頼もしい。
娯楽で一番何に絶望するか。簡単だ。ありもしない希望に騙されることだ。
娯楽で一番何に希望するか。簡単だ。ありもしない希望を信じることだ。
つまるところ、それが何かをする時の鉄則なのだ。
――まぁ、どうせ天野さんにもまだ裏の考えがあるのだろうけどね。
とりあえずのところ、双六に思いつくのはその程度のものだ。天才の心の内奥などわかるわけがない。わからないからこそ、天才は天才と呼ばれるのだ。
その天野の言葉に坂月はうーんと悩んでいる。
「とりあえず、ウチとしては天野さんに賛成かな。ウチなんかよりも優秀な天野さんが言うならそうなんだって気もするし」
「……私は……その、あの……皆でも一人でも……えと、すみません……」
「僕としてはどっちでもいいですよ。どちらでも楽しめそうなのは変わりないですから」
屋久寺は賛成し、神島はどっちつかずの意見にまとまったようだ。
とりあえず、双六も場に合わせて適当に中立を取ることにした。
「そうだね。うーん、確かに個人運用に任せたほうがリスクは少ないか。それなら僕もとやかくは言わないよ。えーと、久遠君はどうですか?」
「俺も文句はない。下手な干渉よりはよっぽどマシだ」
最後まで悩んでいた坂月もとりあえず賛成ということに落ち着いた。久遠は元から興味が無いのでそっけなく返答した。
そして、その場で集まりは解散し——双六たちはカラオケルームを後にした。