前座と真打
この場に残ったのは4人。
双六、オセロ、桜子、銭形だけとなった。
「一先ず助けて頂いたことにはお礼を言います」
「おう。こっちも楽しませてもらった礼みたいなもんだから気にしなくてもいいぜ!」
これだけのことをやらかしたのに、当然のように言ってくれる。
冗談でもなんでもなく命の危機であったはずなのに、彼女にしてみれば本当に些細なことなのだろうことは理解出来る——が、それでも礼の気持ちは忘れない。
命の恩人相手に恩知らずではいたくない。
双六は気持ちを込めて体を直角にして頭を下げた。
一つの区切りがつき、双六は見る。
今回の依頼を持ってきた銭形の方へ向き直る。
「……銭形さん。今回のことについて一つ確認したいんですが良いですか?」
「もちろん」
銭形はいつの間にか吸っていたタバコの煙を吐く。
どうして刑事というのは、こうもヨレヨレのコートを着こなしてタバコを吸うのが似合うのだろう。久遠もタバコを嗜んでいるが、それともまた違った雰囲気を醸し出している。
何となくであるが双六の周囲にこういった大人然とした人がいないため、若干どうした対応を取るべきが迷ってしまう。だがまぁ、怖気付いていても仕方がないのでやるべきことをやるだけだ。
「僕たち<娯楽屋>への依頼は怪盗ルピンの捕獲及び真紅の瞳の奪還だと聞いていますが間違いないですよね?」
「 うん。自分たちの方でもその内容で依頼したよ」
ここまでは認識に違いはない。
「でしたら何故あなた方が出向いてきているんですか?」
「あーそれについてはだね……かいつまんで説明するとだ」
仕事を依頼しているのに、依頼人自ら出向いてどうにかなるなら意味が全くない。頼み損だ。そこに何らかの意図があるのならば確認しておかなければならない。
「自分の上司にあたる桜子さんがね。オッサンがルピン一人にいいようにやられて情けないって言い出しちゃってね。そんでまぁ、ちょっとルピンに挨拶でもしてやろうっていう話になって奈落まで来ちゃったんだよね」
「部下の尻拭いをする上司。理想的だろ?」
「ご自分で言わなければ素直に尊敬できるんですがねー。あ、そうだ双六くん。もちろん君たちに対する依頼料は支払うし、そちらの仕事も邪魔をする気はないよ」
仕事そのものがキャンセルされたわけではないし、邪魔をする気もないらしい。となれば、娯楽屋としてルピンの捕獲自体はしてもいいと。変わったとすれば、娯楽屋だけではなく依頼人自身も参加を決めたぐらいだ。
つまり、状況が全く読めなくなった。今までも読めてなかったと言われればそれまででもあるが。
「それで碧井さんにもお聞きしたいことが——」
「桜子でいいよ」
「では桜子さん。あなたは先ほど僕たちの鬼ごっこを前座と言いましが、当然真打がこれからあるってことですよね?」
「くく。いいねぇ〜そういう賢しい感じ。賽ノ目。お前の思った通り真打はこれからやって来るぜ。てか、今頃は向かっている最中だろうな」
あれだけ銃声が響けば確かにと思った。
これで久遠とルピンが向かってなかった嘘だろう。無論、向こうの決着が既についていなければという前提でもあるが——桜子を見る限りでは二人の決着がついていないことに確信を持っているようだ。
「というわけで奈落のガキンチョ。こっそり逃げようとしてないで、ここに居た方が手間が省けるぞ」
いつの間にか形を潜めていたオセロを見て桜子は言う。
桜子に気を取られていたので、オセロのことに全く気づかなかった。どうやら、彼女はこの状況を不利と悟り逃げ出そうとしていたようだ。
随分と大人しくしていると思ったらこれだ。油断がならない。
「ちっ! 助けてもらったことにはアタシも礼を言うけど、あんたはルピンを捕まえようとする元締めみたいなものなんだろ? だったら、そいつはアタシの敵だ! それとアタシの名前はオセロだ!!」
敵意をみなぎらせてオセロは桜子を睨むも、桜子の方は飄々としている。
「あーはいはい。だからそう粋がるなよオセロ。ギャンギャン喚いていると男に逃げられるぞ?」
「ルピンはアタシが拾ったから逃げることなんてありえねーよっ!!」
「へぇ〜そいつは興味深いな。そこんとこもうちっと詳しく聞かせてくんない? 恋バナしようぜ恋バナ」
10代女子のパジャマパーティみたいなことを言い出した。
双六も個人的にはルピンとオセロの出会いには興味はなくはないが、この状況でさすがに恋話を聞いている余裕はない。この状況でそんなことを聞ける勇者はアツシぐらいだ。
脱線してきた話をとりあえず戻そう。
「恋バナもいいですけど、僕の方からも質問いいですか?」
「そんじゃ〜後一個だけな。最後のサービスに一個だけ質問には何でも答えてやるよ」
「あと一個ですか」
さて、どうしたものかと双六は考えてみた。
聞きたいことは山ほどある。
依頼については反故されたわけではないので、報酬は保証されている。ある意味では一番聞きたい部分は聞き終えているわけで、ルピンの捕獲に関しては質問するというのも手ではある。
——が、果たしてそれで良いのだろうか。
そもそもの話が、今回は警察がルピンにボコボコにされて人員が足りないから、娯楽屋に頼んだという話なのだ。双六はその頃修行をしていたので十八からまた聞きでしかない。
……おかしくないか?
いや、娯楽都市なのだから頭のおかしい依頼なんてこれまでいくつもあったし、そんな依頼をいくつも娯楽屋として受けてもきた。
だが、今回のこれは筋が通らない。
組織が敵わないような相手に対して娯楽屋に依頼したまではいい。狐島のことだから、久遠がいれば戦闘能力的には問題がないと考えてもおかしくはないからだ。
けれど、ここに依頼人の上司である碧井桜子が現れたのは——どう考えてもおかしい。今回の依頼は警察の手に負えそうにないから頼んだものと双六は考えていた。実際ルピンを見た双六としては、単体で組織に立ち向かえそうな力はありそうだとは思っているので、一定の信憑性はある。
なのに、ルピンに会いに来たと嬉々として語った桜子が登場してしまった。
もし彼女が宣言通り「世界最強」であると仮定し、ルピンと同じ程度強いのだとすれば、何故娯楽屋にわざわざこんな面倒な依頼する必要がある?
考えられる可能性を模索する。
そんなものがあるとしたら——そう考えた時、双六の脳裏にとある人物の名前と顔が浮かんだ。
「狐島——狐島管音」
とっさに漏れ出た名前だ。
頭で理解するよりも先に彼女の名前が先に出た。
そして、連鎖反応的に繋がった疑問を声にする。
「あなたは狐島管音とどういう関係ですか?」
「へぇ」
桜子はここに来て初めて驚いた顔をした。
やはりだ。
これが双六が一番聞きたかった質問で間違いない。
「どうしてその質問をしようと思った?」
「さぁ。ただ僕の中にあった直感に従っただけです」
「はっ、面白い奴だと思ったがここまでとはな」
全てを見透かすような瞳で桜子が見てくる。
それだけで、背中が冷や汗いっぱいになってくる。
ゴクリと双六の喉が鳴った。
「いいぜ女に二言はねぇ。答えてやる」
良かったと腹の底から双六は息を吐く。
これで「誰それ?」とか言われたら、さすがにショックだ。
「友達だよ。あいつと私は友達だよ」
「……なるほど。狐島さんと友達でしたか。納得しましたよ色々と」
もちろん、双六は全貌も全容も何もわかってはいない。
ただ納得してしまっただけだ。
狐島は久遠のためにこの依頼を受け、そして桜子は自分が出向いても構わないと思っていた事件をわざわざ狐島に依頼したのだろう。
「それでも詳しいことが知りたいなら、管音の方に聞きな。これ以上私から何か言ったらあいつ怒るかもしれないからな」
怒ったとしても「つまんないーぷんぷん!」と言って終わりそうな気もするが、桜子は本当にこれ以上言いたくはないようだ。
まぁ、おかげさまで双六の疑問は大体解消できた。
ここにいる碧井桜子という人物が何者なのかがわかった。
彼女は与える側の人間だ。
与えられる側の双六と違う——向こう側の人間。
それを何というのか双六は未だ知らない。
「さて——真打のお出ましだ」
それでも双六は思う。
与えられる側の人間であったとしても、今日この場で経験した全ては彼女たちの掌の上だけではないと。
ならば今はただ目の前の出来事をしっかり覚えておこうと決めた。
傷だらけの久遠とルピンが——ようやく到着した。




