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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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ゴミ掃除は業務のうち

 パチパチと碧井桜子と名乗った女性が拍手をした。

 いきなり登場した彼女に対して誰も口を開けることができない。

 質問、罵倒、脅し。

 そんなものは無粋だというかのように、誰もかれもが彼女の雰囲気に呑まれている。彼女という存在に平伏せざるを得ないのだ。

 まるで——王という存在に出会った家臣のようにだ。


「いや〜中々面白い見世物だったぜ」 


 彼女はそう言って双六に近づいて来た。

 奈落のチンピラ達は何も言わずに道を空けている。


「そこのお前——<娯楽屋>の賽ノ目双六だったな。まさか『真紅の瞳』を叩き割るとは思わなかったぜ。若いのに良い根性だ。ただまぁ最後がちっと悪かったな。女心をもう少し勉強することを勧めるぜ」

「あなたは一体……?」


 双六はようやく立ち上がる。久遠よりは小さいが、それでも双六より長身な彼女を見上げる。

 この女性は一体何者なのか?

 そんな疑問が尽きず尋ねようとした時、声が聞こえた。


「桜子さ〜ん。ったく、こんなおっかないとこガンガン進まないでくださいよ」


 くたびれたスーツとコートを着たおっさんがこっちに来た。さすがにチンピラの中を進むのは気が引けるのか、キョロキョロと視線が動いている。


「んだよ銭形ちゃん。ちゃんと私の後を付いて来いって言ったろ?」

「だから早すぎるんですってば。奈落に一人とかオッサンちびっちゃいますよ」


 そう言った銭形は、桜子の側につけた安心感からかホッと一息をつく。


「情けねーな。あそこの坊主の方がまだ根性あるぞ」

「根性で若い者には勝てませんって。若者に勝てるとしたら酒量と病気ぐらいですよ——って、あー彼が双六君ですね」


 突然現れたオッサンが何者なのかは双六にもわかった。

 この依頼を受ける前に久遠から説明を受けていたからだ。


「あなたが依頼人の銭形さんですか?」

「そうそう。こんな場面でなんだけど改めてよろしく」

「は、はぁ……」


 何が何やらわからない。

 ただただ状況に流されるまま、双六はスッと差し出された銭形の手を取り立ち上がった。

 助けられたのか——?

 いや、そう決めるのはまだ早いと双六は未だ警戒を解かないが、悔しいかな銭形は見透かしたように余裕を持って笑っっている。


「それとそこの奈落のガキンチョ。お前と賽ノ目の鬼ごっこは前座にしちゃ楽しかったぜ。褒めてやる」


 桜子は側にいたオセロにも声を掛ける。

 こちらは双六と違い名前も知らないようである。

 声を掛けられたオセロはハッとしたように気付き、桜子を睨みつける。


「……な、何様のつもりだアンタ?」


 オセロの声の調子が硬い。

 初めて双六と久遠と相対した時は、あれだけ見事に対応した彼女であるのに——桜子を前にしているだけで額に汗をかいている。

 ただ者でないことはわかってはいるが、本当に何者なのだろう。

 久遠とも天音とも違う種類の——人間だ。


「そう粋がるなよ。褒めてやるって言ってんだから素直に受け取っとけ」

「なっ——!?」

 

 桜子はそう言ってオセロの頭を撫でた。

 くしゃくしゃと乱暴に撫で回しているのに、当のオセロは振りほどくことすらできずに固まっている。

 満足したのか桜子は奈落のチンピラたちの方を見た。


「というわけで聞いていたか奈落のゴミ共! 私は今とても気分が良い! なーのーでー! 今から10数えるうちに消えれば何もしないで見逃してやると約束してやろう!!」


 彼女は高らかにそう言った。

 この一言でチンピラたちも我に返ったかのように吠え始める。


「っざけんなゴラァ!」

「ああん? てめえ何様のつもりだ!」

「殺っちゃう? 殺っちゃう!?」


 一人が口火を切ればあとは連鎖的に罵詈雑言の類があふれ返る。普通の連想ゲームだってここまで続かないだろう。死ねとか殺すとかもう何回言っているかわからないぐらいだ。

 言霊があればそれだけで人は死んでいるに違いないだろう。

 しかし、何故だろうか。

 言葉を吐けば吐くほど——彼らがやられる未来しか見えない。


「うっわ、何こいつら引くわー。折角私が見逃してやるって言ってるのにどうなってんだよ銭形ちゃん」

「あんだけ煽れば、そりゃそうなると思いますよ」

「えーマジかよ。ゴミ掃除とか超面倒くさいんだけど」

「それが本音でしたか」


 やれやれと銭形は笑う。

 そんな二人のやり取りを見て双六は唖然とする。

 さっきまで双六があれほど絶望的に見えた状況ですら、この二人——とりわけ桜子には言葉の通りゴミ掃除としか思っていないのだ。

 そんなことが可能なのは双六にとって久遠ぐらいしかありえない。

 ということは即ち——桜子は久遠と同格かあるいはそれ以上の可能性があることになる。

 ドクン。

 双六は心臓が熱く響くのを感じた。

 これから何が起きるのか。

 人知れず双六の口が薄く笑った。


「というわけで、銭形ちゃーん」

「何ですか?」

「ゴミ掃除よろしく」

「やれやれ。うちの上司は本当に人使いが荒い……」


 銭形は気が乗らないのかトボトボと歩く。


「でもまぁ、これも公僕の勤めってことでね」


 そう言ってからの銭形の行動は素早かった。

 未だ口汚ない罵声を聞かせ続けるチンピラたちの怒号を割るように——銭形はコートから銃を抜き出し一番前にいたチンピラの一人を撃った。

 パァン!

 乾いた銃声が鳴り響き、チンピラの方から血が溢れ出た。


「あ、言い忘れてたけどオッサン弱いから普通に銃使うよ」


 続けて2発撃った。

 それぞれ別のチンピラの脚を撃ち抜き行動不能にする。

 容赦のない銭形の行為にチンピラたちは逃げ出すかと思いきや——意外な行動に出た。取り囲んでいる全員で銭形に殺到し始めたのだ。娯楽都市の不良レベルなら間違い無く逃げ出しているが、さすがは奈落というべきか。この程度の荒事には耐性があるのか、数の利をもって銭形が銃を撃つよりも早く制圧しようという思惑なのだろう。

 しかし、結果的に言うとこれは見事に失敗した。

 なぜなら、


「これでも昔はガンマンに憧れた口でね。滅多なことじゃ外さないよ〜」


 銭形は早打ちで次々とチンピラたちを撃ち抜いたからだ。

 一人また一人と倒れていく。

 時間にしたらたった数秒足らずのはずなのに、すでに10人を超える人数が地面に伏している。チンピラたちもこの時点でようやく自分たちが狩る側でなく、狩られる側であることを自覚し始めたようだ。

 恐怖が伝播していき脚が止まってしまった。

 そして、彼らは「う、うわぁー!!」と悲鳴を上げ、銭形から逆走し逃げ始めた。


「ありゃりゃ。仲間見捨てて逃げちゃだめでしょー」


 なのに、銭形はそれを許さない。

 逃げている連中の背中を目掛けて銃を撃つ。

 当たった人物は打たれた衝撃で前のめりになりながら転び倒れる。

 警察が威嚇射撃もなしに撃つとかどうなってるんだと言いたくもあるが、ここは娯楽都市の中でも治外法権そのものの奈落だ。逃げるチンピラたちは気の毒なことであるが、まぁありなのだろう。

 

「はーい、若人諸君。走ったら撃つよ〜! だから、止まんなさいな」


 その一言で止まったグループと構わず逃げたグループに分かれた。逃げたグループは容赦無く打たれ、見事逃げおおせた人はいなかった。歯をガクガクさせながら残った連中は涙目で銭形を見る。

 大体残った連中は当初の半分ぐらいの人数だ。

 それを見た銭形は安心したように笑った。


「君たちは打たないから安心していいよ。その代わり、ここのゴミ邪魔だから持って帰ってくれるかな?」


 コクコクとチンピラたちは倒れている仲間たちを担いで、蟻が散るように逃げ出していった。


「うん。ゴミ掃除に励む若人の姿は美しいね〜」


 徹頭徹尾ゴミ扱いされた彼らが若干可哀想であるが、確かにあれだけいると鬱陶しかったのでスッキリした感じもある。ゴミみたいな人間たちではあるし、実際迷惑どころか命の危険さえあったので何も言うまい。


「よくやった銭形ちゃん。褒めてやる!」

「はっはー久々に銃撃戦できてオッサンも楽しかったですよ。こうも見事に撃退したんだから臨時ボーナスとかどうですか?」


 欲目を出した銭形が叶ったらいいなぐらいに希望を言う。


「おいおい銭形ちゃん何言ってるんだ?」


 そんな銭形に桜子は上司として言った。


「ゴミ掃除は仕事のうちだ」

「……さようでございますか」


 やっぱり彼らは最後までゴミ扱いされたままだった。

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