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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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世界最強のお姉さん

 ポカンとした顔でこちらを見つめている目、目、目。

 何が起きたのかわからない。何が起きているのか理解しようとしない。そんな笑えるぐらい呆気にとられた様子に双六の背筋にゾクゾクしたものがよぎる。

 快感!!

 真面目な授業中に教師のカツラが取れて思わず笑ってしまうような、思いがけない行為というものはどうしてこうも笑を誘うのだろうか。

 あぁ、ダメだもう我慢ができない。


「アハハハハハハハハハ——————————!」


 笑いが腹からこみ上げた。

 我慢なんかできようはずもない。

 思う存分笑い声を上げた。


「何ですかその顔はバカみたいですね。いや〜その顔が見たかったんです! どうですか? 億単位の価値のある宝石が無駄になった瞬間は! 馬鹿ですねー。あなた方のような人間に宝石の価値なんてわかるわけないじゃないですか! まぁ、それは僕もですが! 本当にざまーみろってなもんです!!」


 舌が回る回る。舌好調だ。

 そういえば前に似たようなことがあった気がする。何だっけ。思い出した。殺人を犯していた頭のおかしいヒーローを自称していたひきこもりの家に行った時に、彼が大事そうに飾っていたフィギュアをぶち壊した時も同じような快感に見舞われた。

 人間というのは作っている時は大概ストレスを抱えながら作っていて、作り上げた時には達成感と喜びを得られるものだ。

 だが、それに対して破壊はどうだ。

 驚くほどあっけなく壊れる。壊れてしまった。パリンと音を立てて壊れた瞬間心がスッとした。それ以上に痛快なのは、彼らの見ている前で価値があると思っていたものが壊れる様は——愉快しかない。

 忘れていた。思い出したというべきか。


 賽ノ目双六という人間は——こういう感じの人間だった。


 久遠健太に憧れていたのも賽ノ目双六という人間を構成する一つの要素であることも疑いはない。自らの非力さに嘆き、強き力に羨望する。虎徹正義の言葉を借りればチンケで格好悪い男だ。

 それ故に、自らを覆い隠すかのように被っていた道化の仮面。いつもヘラヘラして、どこかの物語のキャラクターのように余裕ぶって、愉しそうに笑っていた。

 嘘っぱちだと思い、それは仮面であり自分ではないと思っていた。思い込んでいたはずだったのに——それもまた自分だったと気づいた。考えてみれば人間なんて演技して生きているようなものだ。現実という難易度もバラバラな理不尽なゲーム盤の上で演じているのだ。

 本当の自分とは何かと思春期の子供なら誰しも一度は考えたことがあるだろう。自分って何だろう。自分の未来はどうなるのだろうと。

 双六は悟ったというか理解した。


 自分なんてものはどこにもない。

 自分は作り上げるものだ。


 それこそ周囲の環境だったり、誰かの意見や文化によって左右されるだろうが、そのパラメータ調整をするのは己でしか有り得ないのだ。

 だから、双六が被っていたと思っていた仮面すら、双六が作り上げた「自分」という人間性の一面であったのだ。

 人は簡単には変われない代わりに、人は簡単に作り上げることができる。

 賽ノ目双六は——たった今『賽ノ目双六』に成ったのであった。

 とはいえ、そんな双六の心の中の成長とは裏腹に、現実では待ってくれない問題というか大問題が一つある。


『フザケンナァァァ——————————————!!』


 チンピラ達の怒声の大合唱が聞こえた。

 目なんか完全に血走っていて「殺す」以外の意思がまるで見当たらない。そこまで怒らなくてもと思わなくもないが、億単位の宝石を壊されたのだから無理もないだろう。奈落の人間にしてみればまさしく一攫千金のチャンスであり、人生のやり直しもできるかもしれなかったのだから。

 それを不意にされたのだ。そりゃ怒る。激怒する。双六だって向こう側だっったらめっちゃ怒るに違いない。

 「ざまぁ」というたった一言を言いたいがための代償が命。

 高くついたなぁと自分自身呆れているが不思議と後悔はない。スッキリした。楽しいことを追求するのに後悔なんてしていたら身がもたないせいかもしれないが。

 だがしかし、これで前準備は整った。

 奈落のならず者達の注目は完全に双六に固定されており、捕らえられていたオセロの拘束が解けて自由になっている。

 そんなオセロに双六は「逃げ出せ!」と目配せをする。

 その双六の動作にオセロはハッとした様子を見せた。

 これが双六の逃げ出すための策だ。

 真紅の瞳を持っている標的とはいえ曲がりなりにも手を組んだ間柄だ。見捨てるには後味が悪いし、そもそも久遠ならば見捨てることはないだろうと思った。ならば、双六が今できる最善を尽くして逃げるための策をひねり出したのだ。

 敵を騙すにはまず味方から。

 オセロには悪いと思ったが『真紅の瞳』はそのために利用した。命あっての物種だし、そもそもあれは盗品だ。逃げるための代償ならば安いものだろう。

 後は、この混乱の隙に乗じて煙幕を張って逃げることは可能はなずだ。不確実極まりない策だとは思うが、どこにも逃げられないさっきの状況よりはるかにマシだろう。

 ついでに、彼らの馬鹿面も観れたので十分に満足できた。

 それでは逃げ出そうと思って荷物を漁った時——双六の予想を超える自体が起きてしまった。


「お前をぶち殺す!!」

「へ……?」


 そう言って双六を追いかけてきたのは——オセロだった。

 目が血走った彼女は、双六を捕まえては馬乗りになり、そして問答無用で顔を殴りつけてきた。


「オラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

「ちょっ待っ! ぐふっ! オセロさ……ごはぁ! こんなことやってる場合じゃ——ぶほぁぁぁ!!」


 オセロの悲鳴のような雄叫びと、タコ殴りにされる双六の声にならない声が阿鼻叫喚の図を作り上げる。

 言いたいことはたくさんあった。

 せっかく逃げ出すチャンスを不意にしやがってとか、さっさと逃げろよとか、見捨てればよかったとか色々だ。なのに、鬼のような形相で殴るオセロを振り払えず、命の覚悟をした双六であったものの、殺される相手がオセロとあっては浮かばれない。

 いや、本当にどうしてこうなった?

 目配せをして気づいた様子を見せたのに、どうやら彼女の中では双六が裏切ってニヤリのように見えたのかもしれない。アイコンタクトとかで意思が通じるとかとんだ嘘っぱちである。

 あくまでも逃げ出すためと自分の楽しみを兼ねた最善の策であったはずなのに、策士策に溺れるとはまさにこのことだ。今回の策の最大の失点は女の子の大事なものを壊したらただじゃすまないことであった。次からはもう二度と失敗はしない。気をつける。次があればの話ではあるが。


「だぁ! いつまで殴ってんですか!?」


 渾身の力を振り絞りオセロを体の上から退かす。


「お前が死ぬまでだ!」

「アホですかあんたは!? せっかくの策が台無しじゃないですか!」

「……あぁ、わかってるさ。そんなことぐらい。あの時点で逃げ出せば成功していたことぐらい。だがそんなことよりも——お前を殴りたかったんだっ!」

「何でこんなのと僕は一瞬でも手を組もうとしたんだろう!」


 双六人生最大の失敗である。

 一人で逃げ出せばよかったのに!


「おーい。そんで話し合い、つーか、殴り合いは終わりか?」


 冷静なツッコミが上から聞こえる。

 気付けば周りは煙幕から解放された奈落の住人たちに囲まれている。

 そりゃもう人一人通るだけの隙間もないぐらいにだ。


「……えーと、見逃してくれたりとか?」

「するわけねーだろ」


 ですよねー。


「……双六(こいつ)を一緒にぶっ飛ばそうぜーとかは?」

「いや、もう十分殴っただろ。お前」


 本当に。

 口の中が切れて血の味しかしない。

 さすがにこの状況を回避する術はない。

 これはさすがに死んだなーと、いい加減に覚悟を決めたその時、パァーッンと一発の銃声が鳴った。


「フリーズ。諸君」


 音がした方向を向くとそこには——女性がいた。

 いわゆる美人と分類される人を双六は数々と見てきた。最近で言えば、彼女である天音や十八がそうだろう。ある意味、双六の中では美人な人のハードルはかなり上がっている状態なのだが、この人物はその中のどれにも当てはまらなかった。

 何と言えばいいのだろうか。

 一言で言えば——嵐のような力強さを感じさせる人だ。

 背中まで届く流れるような金髪に、炎のように赤いスーツを着こなしている。


「私は碧井桜子。世界最強のお姉さんだ」


 これが双六が世界最強と出会った瞬間であった。

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