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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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真紅の瞳は星のように煌めく

 数学的な話でもなんでもないが、1と2ではどちらの力が大きいのかと問われたら2の方が大きいのは当たり前の話だろう。数とは力であり、力あるものが勝つのは基本中の基本だ。

 数の暴力。

 この言葉を聞くと嫌悪感を抱く者も少なからずいるであろうが、どの世界であっても、どの世代であっても通じる真理の一つなのかもしれない。持ってる奴は強いというだけの話であるのだが。

 では数が劣る者は負けるのかという話になるであろうが、それは少しばかり違うことになる。もちろん、同じルールで真正面から争った場合は数が多い方が勝つのは当然であるが、人と人の争いにおいて『正々堂々』という言葉が使われる事態というのは実のところ稀だ。


 なぜなら人と人との争いは——『目的』が違うことの方が多いのだから。

 

 戦争の話で例えるならば『相手を攻め滅ぼせば勝ち』という側と『相手が消耗して逃げれば勝ち』という側が戦った場合、数が優っている方が勝つのかと問われれば、そう簡単には答えが出せない。無論、有利不利の差はあるが、それでも目的を達成するにあたっての最終的な勝ちに関しては、数以外の要因が絡んでくる。

 それは情報であったり、天候だったり、経済だったり、食料だったり、人の感情だったり、さらには盤上にはいない人間たちの存在であったり、そんなありとあらゆる要因が絡まってくる。

 己を知り相手を知れば百戦危うからずとはよく言ったものだ。

 なればこそ、今ここで問うてみる。

 約30人ばかりのならず者に囲まれた状況で逃げる術はあるのかと。


「——それでどうやって逃げますか?」


 地の利のある娯楽都市ならば、双六でも何パターンか考えられる。

 だが、奈落では予備知識程度しかないのであれば、ここはオセロに考えさせるのが妥当だろう。


「簡単なこった。まずお前があいつらを挑発して逃げる。そして、アタシは手薄になったところから逃げ出す。どうだ最高の案だろ?」

「いやそれ僕死にますよね? 明らかに囮ですよね?」

「女のために体を張る男って格好いいと思うんだ☆」

「惚れた女だったらいくらでもしますよ」

「よし。ならこの案でいけるな!」

「ぶち殺しますよ!?」


 手を組むよう持ちかけてなんだが早まったかもしれない。

 早々にこちらを囮にする案を提案するとか何を考えているんだろうか。

 この状況でなかったらグーで殴っているところだ。


「冗談だよ冗談。双六だったな。お前が前に投げた煙幕まだあるか?」

「はい。まだいくつかありますよ」


 先ほどルピンから逃げるために使った煙幕だ。

 奈落に来る時の準備で持ってきた道具であるので、まだ数個残っている。


「だったら、それをあいつら目掛けて投げろ。その隙に適当な建物飛び込んで、そっから逃げ出すぞ」

「了解です」


 少なくともここから抜け出せないのであれば話にならない。

 安全地帯である久遠とルピンの元へ辿り着くまでの間は裏切られる心配はないはずだ。恐らく。多分。きっと。

 つくづく、こういう窮地に陥っても抜け出すことのできる久遠の強さが羨ましいが、無い物ねだりしても仕方がない。

 ズボンのポケットから煙幕をそっと取り出す。


「それじゃ先手必勝——おりゃ!」


 煙幕がチンピラ集団の元へ投げ込まれて勢いよく煙が放出される。

 その煙にチンピラ達は、


「なんだこりゃ!?」

「くそ! 煙幕だ!」


 煙のせいで視界を奪われて一時的に集団としての機能不全に陥った。

 

「この建物に入れ!」


 双六が煙幕を投げ込んだと同時にオセロは行動を起こし、建物の窓を割っていた。随分と行動が素早くて驚いたが、今は行動が早いに越したことはない。双六とオセロは二人揃って適当なビルの中へ逃げ込む。


「ぼさっとすんな! 入り口に出るぞ!!」

「わかってますよ!」


 まだ完全に逃げれたわけではない。

 双六とオセロは薄暗い建物の中を全力で駆け抜ける。


「ここを抜ければ後は——ッツ!?」


 出口もとい建物の入り口に辿り着いて外に出ようとした時、薄汚い下卑た声が横から聞こえた。


「はーい残念でした〜!!」


 ゾロゾロと10人ぐらいいるだろうか。壁となって道を塞ぐように立っている。煙幕を投げた先の連中で全てだと思っていたのに迂闊だった。万が一のために人数を分けていたらしい。馬鹿な顔をしているから、それ相応の馬鹿な頭をしているのかと思っていたのに、とんだ見込み違いだ。

 馬鹿の三下はこういう時は素直に逃げられておけ。

 そう言いたくなるのをグッとこらえて辺りを見渡す。

 明らかに暴力ごとに手慣れた連中ばかりだ。恐らくは、素手の一対一で戦えば双六が負けるレベル。道具を使って不意をついても2、3人倒せればいいところだろう。それ以上は、人数の差で圧倒されて逃げられない。

 後ろに引いても前に進んでも逃げられない状態になった。将棋で言えば、もう詰んでいる。いつ投了するかの時間の問題でしかない。

 

「一応聞いときますけど、起死回生の逃げの一手とかあります?」

「あったらとっくに使ってるよ」

「ですよねー」

双六(おまえ)は何か策がないのか?」

「サイコロの神様にでもお願いしますかねぇ」

「はぁ。こんな時にも運頼みかよ。死ねよ」

「今現在進行形で修羅場なので急がなくても死ねますよ」

「あ、一つ策を思いついたんだが『漢生贄』ってどう思う?」

「手を組んで数分後に生贄にするとか悪魔ですかあんた!?」

 

 敵対したり、手を組んだり、裏切ろうとしたり忙しい限りだ。

 そんなこんなしている内に、煙幕から抜け出した仲間たちまで集まってきてので、完全に手の打ちようがなくなってしまった。玉以外が全て歩に囲まれている感じだ。「二歩で反則だ!」なんて言ったところで、何の意味はない。

 絶望的すぎて溜息しか出ない。

 そして、チンピラたちの中から怪我をした男とリーダー格っぽいが男が前に出てきた。


「おい女。てめーの男にやられた仲間の顔見てどう思う? ひでぇ顔がさらに酷くなりやがった! ぎゃははは! 安心しろよ〜。お前も同じ目に合わせてやるからよォ〜」

「はっ。どうせ女にもてないんだから同じだろ? 豚がゴリラになったところで何の可愛げもねーよ」

「おーおー言われてるねー。まぁ、俺はそういう女嫌いじゃない——ぜ!」

「————ッツ!!」


 リーダー格の男がそう言ってオセロを殴った。女であっても容赦のないグーパンであり、普段から男でも女でも殴り慣れているんだろうとすぐに悟らせてくれる最悪なパンチだ。


「よーう兄ちゃん。仲間がやられてんのに随分と余裕じゃねーか?」

「いやまぁ仲間じゃないですからね〜」

「ぎゃっはっは! 仲間見捨てるとか最高だなぁおい! お前もどうせ後でリンチにすっから女がやられる様をゆっくり見てろや!」


 笑われてしまった。

 仲間も何も事実仲間でないのだから感情なんて動きようもない。

 精々、いい感じに競い合っていた相手が、横入りしたモブにやられているのをみて少々むかつく程度でしかないのだ。


「おいお前ら! 女の持ち物を漁れ!!」


 うぃーすとダラダラとチンピラの仲間たちがオセロへと群がり、彼女の衣服を剥ぎ取る。あまりにも容赦のない漁り方を見てハイエナのようだなと思い、あまりの見苦しさから目を背けてしまう。


「こ、これを見てくれ!!」

「何だ? ってこりゃすげー宝石じゃねーか!?」


 双六もまたチンピラたちが持っているものに目が吸い寄せられた。

 オセロの持ち物から出てきたもの。それは間違うことなき『真紅の瞳』であった。

 ネットでは画像データを見たが、実物は炎のように鮮やかに光り輝き、それでいて人の血に染ったかのような深い紅をしている。眼球ほどもある大きさから、まさしく真紅の瞳としか形容できない超一級品であることがわかる。


「返せ! それはルピンが私にくれたものだ!!」


 男たちに羽交い締めにされながら、それでもオセロは返せと叫んで腕を伸ばす。何が楽しのだろうか。男たちは必死なオセロを見てせせら嗤っている。本当に一々癇に障る連中だ。

 そもそもだ。

 考えてみれば、オセロとは確かに仲間ではないし、手を組んだといっても数分程度一緒に逃げた程度の仲でしかない。助ける理由もなければ道理もない。むしろ敵だ。逃げるわ本気で攻撃するわ暴言吐くわ良い印象なんて何一つない。

 しかも、これで女としての魅力に溢れているならまだしも、奈落で生きていた彼女は痩せっぽちであるし、女性的な膨らみなんて何一つない。可愛いから助けるなんてヒロイン的な要素もない。

 双六は思う。

 けど、寄ってたかって女の子を甚振るやり方は——楽しくないと。

 ちっとも面白くない。

 数の暴力で圧倒して、嗤って、弱者を弱いと罵るのはひどくつまらない。やるのであれば一対一とかにしろよと言いたい。それならば、男女平等に不平等な精神の下でオセロを殴ることもやぶさかではない。

 そして、双六は思いついた。

 思いついてしまったのだ。

 圧倒的な数の暴力が場を支配するこの場において——最も楽しいことは何であるかを。思いついてしまった。

 これを実行するのは阿呆である。

 普通の人間ならば思っていたとしてもまずやらない。やるわけがない。

 けど、双六はこの場にいない久遠を思った。

 彼ならばこの状況であったとしても颯爽にオセロを助けて説教の一つでもするのだろうと。もちろん、双六は久遠ではないのでそんなことはできるわけがない。憧れはしてもできないことはわかっている。

 だから——双六は自分にできる精一杯をすることに決めた。


「奈落がなんぼのもんじゃーい!!」


 双六は全力ダッシュした。

 狙うはただ一つ『真紅の瞳』を持っている男だ。そんな双六の突然の動きにチンピラ達はギョッとして硬直している。うまく虚をつけたが長くはもたないだろう。チャンスはたった一回のぶっつけ本番だ。

 そして双六は——跳んだ。


「どっせーい!!」

「ほんぎゃあああああ——————!!」


 男子高校生の全速力プラス全体重が乗った蹴りが、チンピラの横っ腹めがけて当たった。オセロから奪うことに夢中だった男は無防備で、双六の足がミシッという音を確かに聞いてふっ飛んで行った。といっても、久遠と違って数メートル程度のものでしかないが十分だ。

 おかげで、男の手から『真紅の瞳』が離れ、地面に落ちる寸前に双六は危うくキャッチすることに成功した。


「あ、危なかった……」

「お前——」


 『真紅の瞳』を取り戻した双六に感謝するかのように、オセロは双六を見る。そんなオセロの言葉にならない感謝を受けて、悪い気はしないのだが少し困る。

 双六はこれから——もっと楽しいことをする気満々なのだから。


「はーい傾注傾注!!」


 機先を制して双六が大声を出す。そのせいで、チンピラ達は互いに目配せして動き出そうとしない。今まで指示を出していた男は横でうずくまっているせいでチンピラ達の中で微妙な牽制が始まっていた。

 一時的であるが、双六は完全に場を支配できていた。


「みなさんはこの宝石が何だかわかりますか!」


 双六は天高く赤い宝石を掲げる。

 キラリと光り、男達の目線は宝石に釘付けされる。


「これは『真紅の瞳』と言って、出すべきところに出せば億単位の価値がある希少な宝石です!!」


 チンピラ達に動揺が走る。

 高そうな宝石だとは思っていても、そこまでとは思っていなかったのだろう。「マジか!?」「っべー、マジやっべぇぇぇ!」とか言う声が次々と上がる。


「もちろん傷ついたら価値なんて下がってしまいます。皆さんが一斉に襲ってきたら僕はこれをどうするつもりか——もちろんわかりますね?」


 男達はピタリと止まる。

 この状況で双六を傷つけようものなら、棚から牡丹餅で手に入れるかもしれない宝石がパーになってしまうからだ。こういう時だけは理解が早いのは、無駄に助かる。


「なので取引をしましょう。僕はこの『真紅の瞳』をあなた達に差し出しますので、僕だけは逃がしてください」


 その一言に衝撃を受けたのはもちろんオセロだ。


「ふざけんな! それはアタシのだぞ!?」

「盗品なのであなたのものじゃないですよ。なので、僕がどうしようと僕の勝手ですよね☆」

「死なすぞゴラァァァァァァ——————!!」


 血の涙を出さんばかりにオセロが叫ぶ。盗品なのにそこまで自分が所有者であると主張するとはすごい限りだ。

 チンピラ達はそんな双六達のやり取りを見て逆に信頼したようだ。仲間を土壇場で見捨てるようなクズならば、こういう取引もするだろうと。何だかんだで奈落の住人である彼らも、こういうやり取りには慣れているのだ。

 そんなチンピラ達の中から一人男が出てきた。さっきのリーダーはまだ寝ているのでNo.2っぽいような参謀ポジションの男が言う。


「いいぜ。それでお前は手打ちにしてやるよ。おい、お前ら道を空けろ!」


 道をふさいでいたチンピラ達がゾロゾロと脇に避ける。

 モーゼが海を割るみたいな光景で少しばかり偉くなった気がする。

 そして、双六がチンピラ集団から30メートルばかり距離を取ったところで「止まれ」と言われて双六は足を止めた。


「よーし。じゃあ、そこに宝石を置いたら逃げていいぞ」

「わかりました。では、お約束通り宝石を渡しますね」


 ふぅっと双六は一息ついた。

 オセロは見捨てられたのと宝石取られたので、双六を親の仇を見るかのように憎々しげに見ている。視線で人を射殺せそうだ。

 もしも、これから双六がすることを見たら彼女はどんな目をするだろうか。

 考えただけでも恐ろしいが——面白い。

 ニヤリと双六は笑う。

 笑って手に持っていた赤い宝石を——思い切り地面へと投げ捨てた。

 力の限り、壊れるように、それをコンクリートの地面へと叩きつけた。

 パァン!と甲高いガラスが割れたような音が一面に響く。

 赤く染まった細かな破片がバラバラに撒き散らされ、星のようにキラキラと赤く煌めく。

 そして、一言。


「ざまぁ」


 とてもいい笑顔で、双六はそう言った。

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