ゴラクソとナラクズ
話が遡ること久遠が双六と別れてからになる。
久遠に頼まれた通り、双六はオセロを追っていた。
当初の目的はルピンの確保であるので、その点に関しては久遠に任せておけば問題はない。双六としては真っ向勝負で久遠がルピンに遅れをとるとかは考えていないので、そういった心配は何もしていなかった。
問題があるとしたら双六の方だ。
『真紅の瞳』の行方を知っているだろうオセロを追い、彼女から『真紅の瞳』を返してもらえば、依頼は完全に達成される。ルピンと違い『真紅の瞳』はできればという依頼であるが、そこはやはり達成が難しい方が燃えるという理由から双六のやる気は下がっていない。
そんなわけで、またもや双六とオセロは鬼ごっこの最中であった。
「うっとうしいんだよお前は! ストーカーか!?」
「捕まえたら追いませんよ! それに、あなたより可愛い彼女がいるからストーカーじゃありません!!」
「んだとゴラァ!!」
ルピンが聞いていたら、歯がなくなるまでぶん殴られる暴言を吐く。
そもそも、オセロは見た目は完全にスポーツ少女という感じであり、女性特有の柔らかさという点で足りなく見える。尻派の双六としては、ある程度の肉感は欲しいのでオセロのストーカーになるつもりなどないし、これからも有りえない。
というか、天音は浮気とか許さないタイプっぽいので、迂闊なことはできない気がする。なにせ十八と修行をしていただけで容赦ないアイアンクローをするのだ。思い出しただけでも、あの時の恐怖と痛みがが蘇ってくる。
やはり、男は一途に限る!
決して彼女が怖いわけではない。怖いわけではないと誰にも聞かれてはいない言い訳をしつつ、双六はオセロを追う。今日だけでどれだけ走っているのかわからないが、いい加減勘弁してもらいたなーと思った矢先、オセロが足を止めた。
まさか、双六の身体を思い遣って止まってくれた——わけはないが、いい加減単調な鬼ごっこが終わったことに、心から感謝を捧げる。走るのはもうこりごりである。
「——なぁ。アタシも疲れてきたし、ここらで一つ話でもしないか?」
「もちろん。いいですよ」
休めるのならば是非もない。
「あんた双六っていったっけ? 見逃してやるから娯楽に帰んな」
「あっはー。面白い冗談言いますね」
「バーカ。お前もルピンの強さ見ただろ。あのでっかい兄ちゃんがどれだけ強かろうとルピンには勝てねーよ。ルピンはあたしの言うことなら聞くから、怪我しない内に帰してやるって言ってんだ」
「いやいや、取引にもなってませんね。そっちのルピンさんも強いってことはわかりますが、久遠さんほどじゃありませんよ。大人しく『真紅の瞳』差し出すなら、こっちが見逃してあげますよ」
挑発に挑発を重ねる二人。
お互いが信頼する人物を自分のことのように自慢し、相手の戦意を挫こうとするも、まるで意味がなかった。あくまで、それが成り立つのは抑止力として名前が知られていなければ意味がなく、結局オセロと双六の二人の間にしてみれば、よく知らない人間の自慢話にしかならないのだから無理はない。
「……平行線だな」
「……平行線ですね〜」
結果、話は無駄に終わった。
「そもそも『真紅の瞳』はルピンからのプレゼントだから、あんたらに渡すわけにはいかねーな。渡すぐらいなら売る」
「売るならくださいよ。というか、そもそも男が女に渡すものが盗品っていいんですか?」
「奈落なら普通のことだよ」
「嫌な普通だ……」
奈落の常識を新たに知ることになり愕然とした。
盗品でさえも喜ばれるとは、本当にどうしようもない。
でもまぁ逆に考えれば、物を盗むというリスクがあるのだから普通に働いて買うよりもリスクも労力も跳ね上がっている気がする。そういう意味では、盗品を上げるという行為自体は、自分の本気度を示すに足るのかもしれない。
双六自身はそんなことをする気は全くないが。天音がそもそも盗品を贈って喜ぶ人間だと全く思わないのも原因の一つであるが。
「大体何であんたらはルピンを捕まえに来たんだよ」
「言ってませんでしたっけ? ルピンさんが宝石盗んだから捕まえてくれって依頼されたんですよ。つまり、お仕事です」
「あーやだやだ。仕事で人を捕まえに来るなんて。恥を知れ!」
「盗人に恥を知れとか言われる日が来るとは思いませんでしたよ」
むしろ、そっちが恥を知れよと言いたい。
仕事で捕まえられるのが嫌ならば、そもそも盗むなと。
「大体、宝石の一つや二つでガタガタ言うなよ。娯楽の連中なんだから金はたんまり持ってんだろ?」
「持ってる人は持ってるでしょうね〜。ただまぁそれはそれとして、僕はお金なんてそこまでこだわってませんよ。僕にとっての依頼とは『楽しむ』ものですからね」
双六にとっての仕事とは楽しむことだ。
しかも、モニターと娯楽屋でそれなりに稼いでいるが、実のところあまり使い道がなく溜め込んでいる始末だ。双六は高校生であるため、贅沢なことに金を掛けるほど使い道を経験していなかった。
それでも、最初の内はゲームとか美味しい物とかにお金を使ったが、すぐに飽きてしまったので、結局、お金なんてあったら嬉しい程度の物でしかない。
双六は悟ったのだ。
金は楽しみにはならない。
金は楽しみに代えられない。
楽しみたいのであれば——金は必要ではあり得ないと。
「——はは。本当に娯楽の連中はクソだな」
そんな双六と相反するかのように、オセロは嘲笑う。
「楽しむねー。アタシら奈落の連中にとっちゃ日々の暮らしをどうするか精一杯なのに、あんたらは楽しむことにあぐらをかいているってか。まったくいいご身分だな」
「えぇ、いい『ご身分』ですよ。ポイントによる差別制度で、自分がちょっとした優越感に浸るのは、なんとも言えない気分になりますから」
奈落に住まう人々は、娯楽都市からの落伍者だ。
そんな彼らを尻目に、自分たちは生きている。
だから、双六は彼らの気持ちなんて知らないし、知ろうとも思わない。
可哀想だからと同情をする?
そんなの真っ平御免だ。御免こうむる。
双六は思う。彼らのようには絶対になりたくないと。
「娯楽都市に住んでる連中はクソだな。ゴラクソだな」
「奈落に住んでいる連中はクズですもんね。ナラクズですね」
娯楽都市は平等ではない。公平ではない。
だからこそ、奈落なんて場所が存在するし、その存在を許されている。
オセロがクソだというのならば、双六は何度でも言おう。
娯楽都市は最高だと。
「よーし。結論は出たな」
「そうですね。むしろ、話し合うまでもありませんでしたが」
結局は、こうなるのだ。
最初からわかっていたことだ。
この争いにおける結末なんて、一つしかない。
『勝ったやつが総取り!!』
これが全てだ。
弱肉強食は世の常。勝った人間が全てを手にする権利があるのだ。
とりえあずは、目の前のオセロをどうにかして逃さずに捕縛し、真紅の瞳の在り処を吐かそうと行動を開始しようとした時——
「ヒャーァ! ようやく見つけたぜクソがぁ!!」
裏返った声の甲高い叫びが辺りに響いた。
音のした方向を振り向くと、とてもファンキーなお兄さんたちがゾロゾロと現れた。その内の何人かは見るからに重症とわかるような怪我を負っている。
明らかに殺気立っており、ガラが悪いどころか自分たちは犯罪者ですよと見るからに主張している。
「……誰ですか?」
「……いや、知らん」
まさかオセロが仲間を呼んだのかと思ったのヒヤリとしたが違うようだ。
とすると、本当に誰だこいつら?
今までの経緯から察することすらできない。
「テメーの男にやられた仕返しにきたぜぇ!!」
「あー、そういうことか。お前らルピンにやられた連中か……」
詳細はよくわからないが、過去ルピンにやられた連中らしい。
タイミング悪いというか何というか。鬼ごっこの最中にあれこれ走り回ったせいでオセロを見つけられてしまい、後をつけられたらしい。
「あのクソ野郎の人質に使わせてもらうぜ!」
「その前にたっぷり犯してやるからな!」
「その後、あの野郎にテメーの女がズタボロにされた姿を見せてやる!」
三下の台詞をこれでもかと吐いている。品性なぞまるで感じられず、ある意味緊張感に欠けるが、それでもこう人数が多いと威圧されてしまう。
というか、そもそも考えたら狙われているのがオセロならば、自分は関係ないのではと思っていたら、
「あの隣にいる野郎は誰だ?」
「どうせ仲間だろう!」
「とりあえずブッ殺そうぜ!!」
……あっさりと仲間認定されてしまった。
否定する間とか、せめて確認作業ぐらい与えるのは必須だと思うのだが、さすがは奈落の人間だ。とりあえず、殺っちまうという思考回路の単純さには恐れ入ってしまう。
「どうしてくれるんですか! 仲間だと思われたじゃないですか!!」
「アタシが知るかこの野郎! 普段の行いが悪いからそうなるんだよ!!」
「何てことを言うんですか!? ……いや、今は一度落ち着きましょう。さすがに、この人数はまずいです。さっきまでのあれこれは置いといて手を組みましょう」
「……アタシが言うのもなんだが、ついさっき啖呵切っておいて情けなくねーか?」
「昨日の敵は今日の友というでしょう」
「時間的には数分前だよ」
小声で聞こえないように話し合う双六とオセロ。
ついさっきまで敵同士だった二人は、生き残るために協力することを決めた。
娯楽だろうと奈落だろうと生き汚いのは同じであった。




