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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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改造人間ルピン

「はぁ……はぁ……」

「あれあれ〜? もう息が上がってるの?」


 腹立たしいぐらい余裕のある声でルピンがこっちを見てくる。

 悔しいがそれも仕方がない構図だ。

 大きく肩で息をして傷ついている久遠に対し、泥一つないまま優雅に立っているルピンでは、第三者から見ても明らかにルピンが優勢であった。

 ギリリと久遠が歯を食い縛る。


「困ったな。俺僕ってば——まだ一回も君の拳喰らってないんだけど」

「っせーよ。これからだ!!」


 弾丸のように一直線に駆けていく久遠。

 その長身からは思いもよらないほどの速さで距離を詰め、速度と体重の両方が乗った大きな拳がルピン目掛けて撃ち抜かれる——寸前のことだ。

 ルピンは久遠の腕に手を添えて——そっと静かに投げ飛ばした。

 映画のスタントを見ているかのように久遠が宙に飛ばされ、彼の運動量がそのまま力となって転がっていく。


「っがぁ!!」

「あーもう弱すぎ」


 さっきからこんな展開が続いていた。

 久遠がどのような攻撃をしようともルピンは容易く受け流し、それを攻撃として転じている。時には、ルピン自身がカウンターとして顔面を殴ることもあったが、頑丈な久遠はその程度は沈まず何度も何度も攻撃を仕掛けていた。


「久遠健太。君さぁいくらなんでも力任せすぎでしょー。そんなんじゃ俺僕にいつまでたっても敵うわけないじゃん。そんなこともわかんないの?」

「……ちっ」


 これだけやられれば嫌が応にも身体が十二分にわかっている。

 驚くほど簡単に久遠が組み伏せられ、投げ飛ばされている。


「それともー俺僕にはこの程度の力でいいって思ってるのかな? 『真紅の瞳』を盗んだ時に警察組織を全滅させたのは俺僕なんだよ」

「……知ってるよ」


 警察の銭形から聞いているから詳細さえも知っている。

 その時点から久遠の警報機は鳴りっぱなしで間違っていたらいいと思っていたのに、当の人物を目にしたことで自らの危険予知が正しすぎていい加減嫌になるくらいだ。


「そうなんだ。だったらわかるでしょ。力づくで勝てるほど組織の力って甘くないよ。戦術に戦略。心理に地形。人為と天運。ありとあらゆる要素を計算して俺僕は警察に真正面から勝ってから奪ったんだ」


 ようやくルピンが予告状を出した理由がわかった。

 馬鹿馬鹿しいにも程があるが、この娯楽都市において怪盗を名乗る人間が予告状を出した日には、警察だろうとノリノリで大幅な警備員を投入する。

 それを見越してルピンは予告状を出して、真正面から挑むことにしたのだ。

 ルピンの本当の狙いは盗みよりも自分の腕試として警察を利用した。


「全てはいつか勝負する君のための——力試しとしてね」


 たったそれだけのために大仰なことである。

 ここまでやられると、もはやため息しか出ない。


「なのに何なのその体たらく? がっかりにも程があるんだけど」

「そりゃ……悪かったな」


 怒りにも似た失望がルピンから流れ落ちる。

 勝手に期待して勝手に失望するとは、どこまで勝手な奴なんだ。

 こっちこそ怪盗がこんなものだと知ってがっかりだと言いたい。

 まぁ、双六じゃないしキャラじゃないから言わないが。 


「悪いついでに一ついいか?」

「いいよ〜」


 弱者への哀れみのつもりか、ルピンは警戒なく久遠の言葉を聞く。

 憎たらしいほど腹がたつのを抑えて、久遠は言った。


「お前——『人間』か?」


 前に戦った戦場というわけでないが、戦ったことでわかったことがある。

 虎徹真理は天性の眼の力で久遠の動きを読んで刃物で戦い、ガチンコ屋である戦場は歴戦練磨による経験から繰り出される多彩な技で戦っていた。

 両者とも久遠が戦った中で間違いなくトップに入る部類であるが、共通している点もある。

 それは、久遠と真正面からの戦いはできなかったということだ。

 しかし、ルピンは違う。

 洗練された動きによって久遠の拳を柳のごとく受け流すものの、久遠と同等の動きをして、かつ、久遠に真っ直ぐ打ち込んでくる。

 そこから導き出される結論は一つだ。 


「いいや——『改造人間』だよ」


 改造人間とルピンは何の感情も交えずそう言った。

 ヒーローアニメでよく聞く設定であるが、実際に目の前に改造人間がいるとなると、ワクワクよりも戸惑いと薄気味悪さしか感じない。


「はっ、なるほどな。大体見当ついたぜ。昔っから俺を研究したがってた、どっかの研究所のくだらねぇ『研究』の成果ってやつか」

「せーいーかーい!」


 昔からそうだった。

 久遠の身体能力に目をつけた研究機関は金にものをいわせて久遠を勧誘してきたことがあった。その度に断ってきたし、強引に連れ帰ろうとしたところもあったが、そういうところは久遠がブチ切れて研究所ごと潰したこともあった。

 ある時を境にしてそれはピッタリと収まり、ようやく平穏な時が過ごせるようになったが、研究自体は続いていたのだろう。目の前のルピンがいるのだから否定しようもない。


「いやー辛かったよ。来る日も来る日も体を鍛えて投薬されて体を切り開かれて『久遠健太の性能にもっと追いつけ』と言われるのはさ。だから、こうやって脱走できて胸がスッとした気分さ〜」


 聞くだけで胸くそが悪くなった。

 直接関係がないとはいえ、勝手に人をダシに使われるのはいい気がしない。


「自由を手に入れたなら、もう俺に構う理由がねーだろうが」

「まーね。だけどさ、毎日のように刷り込まれたことから解放されてもさ。やっぱり気になるものは気になるんだよね。俺僕ってばどこまで君に追いつけたのかさ」


 憧れのスポーツ選手に会えた気分だとルピンは言う。


「君という存在を乗り越えることで——俺僕はようやく『人間』になれるんだ」

「……ますますくだらねーな」


 ルピンの話を聞いて出た感想はその一言に尽きた。 


「同情も憐れみも俺はしねーよ。お前が何者なのかも興味もない。ただ俺は仕事でお前を捕まえに来ただけだ」


 改造人間にされて久遠健太を目指せと言われた。

 だから何だというのだ。

 それが理由で盗みをしていいのか?

 いいわけがない。

 それが理由で逆恨みをしていいのか?

 ただ迷惑なだけだ。

 ルピンのしていることなど、久遠からしてみれば、大人の勝手な都合で振り回された子供が、好き勝手暴れているだけに過ぎない。

 そんな相手に同情の価値すらもない。


「それに俺を越えるだと? 馬鹿かお前。俺だって普通に勝負やって負けることだってある。つーか最近だと割と負けっぱなしだよ。こっちだって精一杯で余裕なんて何にもねーんだ。追いつきたい奴だっているし、守りたい奴だっている。背中を追ってくる奴だっているんだ」


 ようやく前に続く道が見えてきたんだ。

 自分自身が誇れる格好いい生き方をするために、 <奈落>なんてわけのわからないところまで出向いたのだ。

 そして、双六には「任せた」と言ったのだ。

 だから——



「俺だけが格好悪いままじゃいられねーんだよ!!」



 久遠は高らかに吠えた。

 今までの決別とこれからの決意を込めてここに誓う。

 久遠の咆哮に周囲の空気はピリピリと震え、腹の底から気力が溢れ出す。ルピンに負わされた傷など何もなかったかのように、先ほどまでとは打って変わった猛々しさが目に見える。

 ルピンもスッと目を細め、一瞬で警戒度を上げた。


「ふーん威勢は良いけど実力が追いついてないよ。君がどれだけ吠えようと、同じ身体能力を持っていてエリート教育を叩き込まれた俺僕の方が強いってもうわかってるでしょ?」


 確かにルピンの言う通りでもある。

 悔しいことに久遠と違いルピンはかなり高等な戦闘教育を施されている。昔から荒事の場で力任せに暴れてきた久遠からしてみれば『人の技』というものにここ最近はやられっ放しだ。


「確かにな。だが、お前一つだけ勘違いしてるぜ」

「んー何かな?」


 だがしかし、さっきのルピンの言葉でたった一つだけ訂正しておかねばならない点がある。

 あまりにも致命的すぎる間違えを犯している。

 

「俺がいつ——本気を出したって言った?」

「は?」


 曲がりなりにも生まれてからずっと化け物だ、異常だ、獣だと言われ続けてきたのだ。そこに誇りなどないし、疎んじてすらいる。

 ただ自分でそう思うことと人から言われることは——全く別だ。

 

「見せてやるよ。俺の『異常(ほんき)』って奴をな」


 生まれて初めて久遠は己の意思で『異常(ほんき)』となる。

 それはほんの少しだけ怖くて——ワクワクした。

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