イベント当日
娯楽都市を彩るネオンの光はなりを潜め、太陽の光がさんさんと輝いている。
六月であるはずなのに、その人通りの多さとアスファルトからの反射熱がより一層の暑さを感じさせる。
世間ではやれ地球温暖化だなんだのと騒がれているようだが、双六にしてみれば暑くても楽しいし、寒くても楽しいと感じるので、どっちでも良いことであった。
そもそも、温暖化なんていうのは政府が国民から金を巻き上げるための陰謀説を支持している身だ。その理由はたった一つ。そっちの方がなんとなく楽しめそうだからだ。
そんなことをボーっと考えながら、隣の背の高い男、久遠をチラリと横目で見る。
娯楽都市では珍しい黒髪に、ベージュの半そでのシャツを羽織り、黒いパンツ姿という何ともない姿で煙草を吸っている。
なのに、本人は気にしていないが背も高く、周囲を威嚇するような眼差しを覗けば顔の造形も悪くないので、見知らぬ女性がモデルかと思って振り向いてコソコソと話すのがわかる。
アツシにそんなことを言えば間違いなく嫉妬の対象としてロックオンされるだろう。だが、逆にそんなことをしたらアツシが六文銭を渡してあっちの世界に行くことになるだろう。
自称、友達思いの双六としては友を死なすわけにはいけないから、そんなことは言わない――が、アツシの慌てふためく顔も見たいからいずれ言ってもいいだろうとも思っている。
結局のところ、『楽しければそれで良し』が信条の双六は、これから楽しいことが起きるからこそ、このくそ暑い中であても文句も言わずに待っていられるのだ。
天野からの依頼を受けてから、ジーニのポイント集めのイベントへ――ボディーガードとジーニの割り出しのために、二人は娯楽都市のアミューズメント区画に来ている。
新興都市ということで、娯楽都市では大まかに区画整理がされている。
教育区、住宅区、歴史区、食区などが挙げられるが、その他にも細々とした区もありそれぞれ特色を持っている。
その区画の一つであるアミューズメント区画には様々なゲームセンターやカラオケ、ボーリング、映画など老若男女が簡単にお手軽に遊べる場所が所狭しと並んでいる。
どうやら、今回はそこでジーニのポイント集めのイベントがなされるようだ。
「しっかし、こんなところでイベントなんてジーニは何を考えているんですかね?」
「人がいない場所より人がいる場所の方が逆に目立たないということだろうよ。何かの話を行うときに盗聴される危険を考えたら、盗聴されない危険じゃなく、盗聴されても大丈夫な環境におけばいいっていう配慮なんじゃねーのか」
「あぁ、なるほど。そういうことですか。カラオケなら集団で入っても怪しくないし、音をガンガンかければ話し声も音に紛れて聞こえにくいというわけですか。まぁ、現在の盗聴器がどの程度の集音効果があるのか知りませんけど、そう聞くと納得ですね」
専門家でない双六にしてみれば、その説明だけで十分納得した。
そして、その程度にジーニはイベントの公開性の注意を払っているというわけなのだろう。
何せあっちはプラチナランカー。
娯楽都市において、プラチナランカーが本当にいるのかどうかなんて謎に包まれている。学内の公開とは違い、都市でのランクは基本的に非公開となっている。もし、誰にでも公開なんてことになったら、プラチナランクの人が何の犯罪に巻き込まれるかわからないからだ。
だから、誰かの情報が欲しいときは、そのランクに応じたポイントを支払わないと情報を取得できない仕組みとなっている。
それ故にーープラチナランカーが<幻>と呼ばれる由縁にもなっている。
「それで、双六。お前の方はどの程度まで裏づけができた?」
「う~ん。そのことなんですけど、一応マークさんにも確認してもらったんですけど、天野さんの話は特に矛盾は見当たりませんでした。全部が本当です。嘘は何一つありません」
双六の言葉に、怪訝そうに片方の眉を久遠は上げた。
◆
話は少しだけ遡る。
天野が依頼に来て仕事の話が終わり、部室から出て行った後のことだ。
「ふいー。そんでまぁ、今週の土曜日に二人はあまちゃんと一緒に行ってもらうよー」
仕事の話が終了し、部室に備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、狐島は自分のお気に入りの狐柄のカップで飲んでいた。
「わかっている。それで狐島。一つ聞いておくが――どこまでだ?」
「どこまでって何のことかな~? るーりー」
ニコニコニコニコニコニコニコニコ。
くふふ~と含み笑う狐島は、その意味を完全に把握しながらも、もったいつけて何も言わずにニヤニヤと久遠を見ている。
「決まっているだろうが。あの嬢ちゃんの話はどっからどこまでが本当だ?」
「さーねー。私様はあくまで仲介屋ですからにー。あまちゃんから事前に同じ話は聞いてたけど、ことさら違う点はなかったよー」
「だったら、お前がその話の裏づけしてないわけねーだろうが」
確信があるように久遠は狐島を睨みつける。
仲介屋をしている以上、一定量の情報を持って狐島は、適役だと思い娯楽屋に任せてきているはずなのだ。そこからの時間があれば、狐島ならばある程度の依頼人の情報の裏づけをしている――はずだと今までの経験から久遠は知っている。
性格は最悪だ何だと言っても、仕事にはプライドを持っている狐島を信頼しているからこそ言える台詞だ。
「くふくふー。さぁてねー。仕事を請けた後は娯楽屋のお仕事ですよー。るるるー」
「そうですよ。久遠さん。そんな楽して聞いても楽しくないじゃないですか! ちゃんと僕らの手と足で調べていきましょうよ!」
「黙れ。この変態娯楽野郎が。俺はさっさと金が入ればそれで良いんだ」
「いや、それって結局久遠さんがまともなバイトにつけないのがいけないんだと思います。さらに言えば前回の依頼料も結局もらえませんでしたし」
「あれは依頼が悪い。それに、俺だってバイトできるならしてーよ……」
思い出したように久遠は両肩を床に思いっきり落とした。
「らーらー。ケンケンは就職活動どころかバイトの面接も全滅してるからねー」
「それは初耳でした! 久遠さんバイトの面接すら通ったことないのに就職活動していたんですかっ!? 無謀通り越して勇者の領域じゃないですかっ!」
「うるせー。だから、就職活動は今まで以上に気合入れてがんばってんだよ。それには、先立つものが必要なんだ。交通費や何だかんだで金がどんどん無くなるんだよ」
とかく就職活動というものはお金が掛かる。
一社や二社程度なら問題ないだろうが、さすがに数十社ともなれば、それなりにお金がなくなるのは当然だった。普段の生活にない部分を負担しなければならないのだから、やりくりするにも限界があり久遠はそれをバイトで補っているのであった。
「ケンケンは、私様のお得意様だからねー。おかげで良い商売させてもらってるよー」
「当たり前だ。金が良くなかったら誰がこんなことやるか」
ぎぎっと歯を食い縛る我慢の音が聞こえた。
「うーん。でも、ぶっちゃけた話。私様もそこまで裏取ってるわけじゃないんだよー? 今回はあまちゃんが依頼人だったから君たちに仲介したわけだしねー。面白さ優先したゴロ君向けの依頼なのだよー。それに、たかが高校生程度のお仕事でいちいち気を立てるのもどーかと思うしね。るーるる」
「ははは、ふざけんな。お前の依頼にまともなものなんてないというのが、長年こなしてきた俺の結論だ。備えすぎて駄目なことなんざ一つもねぇんだよ」
ぐりぐり。煙草の火を灰皿に力強く押し付ける。
「とはいっても、どうしますか? マークさんも使って情報の裏づけ取りましょうか? 天野さんの話したジーニのことがどこまで本当かなのか」
「……そうだな。依頼の指定日まで時間もあることだし、できる限り調べておいてくれ」
「了解です!」
◆
そんなやりとりがあった後、依頼の遂行日までの間は双六はずっとそのことを調べていた。
もちろん、天野には知られないようにしつつ、授業終了後はマークを通じて情報のやりとりを行い現在に至る。ちなみに、久遠は双六に任せている間も就職活動を行っていたりする。
「つーことは、あの嬢ちゃんのジーニへの恨みは本当か」
「天野さんに憎しみがあるかどうかは微妙なとこですよ。ここ娯楽都市ですし。僕的には、むしろ、天野さんはジーニに魅せられたんじゃないかなぁーとも思いますけどね」
「それが、あの嬢ちゃんが天才と呼ばれるきっかけになったっていうことか?」
「その可能性もあるっていうことです。今の考えはあくまで僕ベースで考えたら、そうなってもおかしくない程度のものですよ。参考になんてなりません」
自分程度じゃ天才のことなんてわかりませんと、双六は苦笑して言う。
「そうでもねーだろうが。お前は俺と違ってそっち方面は頼りになるからな」
「頼りにされるのは悪い気はしませんけど、まだ情報が出揃ってないただの推測ですよ」
双六は手に持っているジュースのストローに口をつけズズっと口に含む。こうも暑いと待っているだけでも喉が渇く。ジュースの氷がいい感じに冷えて気持ちいい。
「確かにな。女の心なんざ男にはわからねーもんだしな」
「あはは。狐島さんのことですか?」
「一般的な意味でだ。あいつは特殊すぎる」
久遠はため息と共に煙草の煙を吐いた。
とはえい、双六はとしては別段狐島はそこまでひどい女の人だとは思ってない。それどころか、こうして自分たちの活動を後押しをしてもらっているのだから感謝さえしているぐらいだ。
だが、久遠は狐島と何かと長い付き合いっぽいのでお互い色々あるのだろうと思っている。
「狐島さんが聞いたら怒る――かどうかは、わかりませんけど。女性ですからある程度の気遣いは必要じゃないんですか? 僕らに仕事くれてるわけですし」
「いいんだよ。そんなことは。――それとジーニ本人についてはどうだった?」
「さっぱりです。本人についての情報はそれこそ幻のように一杯ありますから。一応、今回のイベントにしても、結構なとこまで潜ってようやくわかったものですけどね」
マークにも確認し、双六自身も出来る限り調べた結果、確かにジーニのポイント集めのイベントは存在していた。しかし、それ以上にデマ情報がかなり多かったのも事実だ。学校でアツシが噂にしていたのも確かに頷ける。
「あん? それでどうやってジーニってわかったんだ?」
「簡単ですよ。当時、ジーニがいたっていうことを天野さんが言ってたので、その時の情報を掻き集めて、それと比較しただけです。そしたら、ジーニが使用していた当時のサインがあったので、それがある情報を探しただけです。ちなみに、そのサインがこれです。多分、天野さんもこのサインがあったからわかったんだと思いますよ」
メモ帳に書き込んだサインを破って、久遠にそれを見せた。カタカナでジーニと崩れたフォントであるが、手書きだとわかるサインだ。
実際のところ、言うほど簡単な作業ではなかったが、ある程度の情報が出揃っていたので助かった。電脳上の砂漠で宝石探しするようなレベルでなかっただけマシだ。
「なるほどな。それで今回のやつにはこれが載っていたってわけだ」
「はい。そうです」
「結局、こいつの目的って何なんだ? プラチナになったってーなら、この都市ならやりたい放題できるんだろ?」
「う~ん。プラチナランクって実際のところ特典は公開されてませんからね。ゴールドまでなら知ってますけど、それでも十分なところだと思ってますし」
「ゴールドだと確か……全娯楽施設の無料での使用権とかだったっけか?」
「そうですそうです。買い物にしても売り切れるレア物すら手に入れられますし。この都市で楽しむならこれ以上ない最高なカードですよ。まさにゴールドカード」
「普通に暮らせればそれでいいんだけどな」
「そう思えない連中がいるからこの都市ができたんですよ」
双六の言う通りだ。むしろ、そんな普通の意見を言う久遠の方が珍しい。
「まっ、プラチナになった者でしかわからない欲とかが出てくるかもしれないですしね。僕としては、それを調べる過程も楽しめそうです。プラチナランクのジーニにそれを追う天野さん。くぅ~、これ以上ない対戦カードですね!」
思わず双六の右の拳に力が入るが、
「あくまでも、依頼の達成が第一だからな」
それとは別に、水を差すように久遠はあくまでも依頼の本分を忘れない。
「もちろん、わかってますよ!」
と、互いにある程度の情報確認が終了し、腕時計を見るとそろそろ天野との集合時間が近くなっていた。キョロキョロと周りを見渡すと、天野の姿が交差点の向こうから見えた。
「お待たせしました」
集合時間プラスマイナスゼロ分。天野はまず間違いなく意図的に時間を合わせたのだろう。こうした所にも微妙に周囲とは違う雰囲気を彼女は感じさせた。
「いえいえ、待つのは男の仕事みたいなもんですから」
などと軽く返し天野の姿を見る。
今日は制服姿でなく私服姿であった。六月だけれど真夏みたいな暑さがあるので、肘袖までの薄黄色のブラウスにデニムのパンツルックだ。
私服姿は初めて見るだけに、呆と見てしまう。周りがアホ見たく煌びやかな格好をしている連中が群雄割拠しているだけに、こうした洗練した格好が逆に目立って仕方がない。天野はモデルのような体形をしているだけに、その効果は倍増である。
もしも、こんなところをアツシに見られでもしたら、どうなることやらと想像する。七代先まで祟るならいいが、一世代目の自分に実力行使しかねないからなと、軽く苦笑してしまった。
「そうですか。では、時間もありませんし、移動しましょうか」
「わかりました。じゃあ、久遠さん、行きましょうか!」
「言われなくてもわかってる」
律儀にも久遠はポケット灰皿を取り出し、煙草の灰を捨てる。
これで、ようやく全員が揃った。
「わかってると思いますが、今日の集まりにジーニがいる可能性はゼロです。多分、何らかのアクションは期待できるので、そこから解決の糸口を探りたいと思います。ですので、お二方は出来る限り他の人たちの反応の調査、及び、護衛をお願いします」
依頼の説明時に受けた内容を繰り返す。
そう、今回のイベントでジーニがいる可能性はないだろうと予測している。もしも、そこで姿を現すような者だったらここまで苦労しない。名前しか存在しない者。裏を返せば、名前だけでコンタクトを取る存在なのだろう。
事実、天野の話を聞く限りでも、天野の父の会社を乗っ取ったときも、社員は一切その顔を知らないまま終わったらしい。
名前だけの存在でありながら、名前以上に存在感を示すプラチナランカー。
実体があっても、実態がないジーニの正体の一端が今回で掴むことができるかもしれないと思うと、三人とも少しだけ緊張感が否応なしに高まる。
「わかっています!」
「……出来る限りの注意は払うつもりだが、嬢ちゃんも本分を見失うなよ」
「頼もしい限りですね。さすがは名高い娯楽屋といったところですか」
「名前を売った覚えはないんだがな」
そこから、三人はジーニのイベントがある場所へと移動した。