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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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青春をしている学生は全力で走る

「どうも初めまして。僕は賽の目双六と言います」

「あ、どもども。あたしはオセロです」


 なんだこの英語の教科書に出てきそうな挨拶はと思うが仕方がない。

 自己紹介と挨拶は対人関係の基本なので教科書通りになるのはある意味理に適っているといえなくはない。それによって友好的な関係に至れるかについては全く別の問題であるし、仲が深められるとは到底思えないのが玉に瑕であるが。

 そういう意味でいうならば、教科書で教えてくれるのは仲間との絆の育み方ではなく、人間社会で生きるための軋轢のない薄っぺらい関係を築く尊い教えなのかもしれない。さすがは中学生の英語の教科書だ。まさかそんな深い意味があったことを今更知るなんて思いもよらなんだ。まぁ、そんな意味は一切ないのだろうけど。


「えーと、単刀直入にオセロさんに聞きたいんですが、ここのクソジジ——失礼、店主に『真紅の瞳』を売りつけに来ましたか?」

「はっ、何のことやら。『真紅の瞳』? 真っ赤な目玉なんて充血しすぎじゃねーの。目薬でも差して真っ白な眼球に戻してやんなよ。それにあたしはこのクソジ——宝石のじいちゃんに孝行しに来ただけだっつーの」

「まったく口の汚いガキどもじゃのう。茶ぐらい出してやるから飲んだらさっさと金を払って出て行け」


 そう言ってジジイ、もとい宝石店の店主はお茶(有料)を出してくれた。

 どのくらいの値段かは知らないが、お客人に茶の一杯もサービスできないような店は潰れた方がいいと思う。


「僕はさっき宝石買ったんだからこれぐらいサービスしてくださいよ」

「あたしの情報勝手に売りやがったんだからサービスしなよ」

「サービスなんて糞食らえじゃ。それに情報を売って欲しくなければ金を出さんか小娘が。若者は老人を甘やかす義務がある」

「宝石のじいちゃん本当に最低だな!」


 オセロがギャーギャーと言っているのに、店主はどこ吹く風と惚けている。

 情報に金銭的価値が出るのは当然とも言えるが、まさか情報を売って欲しくなければ金を払えと言っている時点でかなり強欲なじいさんである。どうせ、買う方はさらに高い金を要求されるのだからとんだボロい商売だ。さっさと三途の川の一つでも渡ればいいのに。


「まぁ、とりあえずこのジジイは放っておきましょう。オセロさん。質問を変えますが怪盗ルピンについて何かご存知ではありませんか?」

「ん? 全然知らねーけどそいつがどうかしたのか?」


 店主からすでに『真紅の瞳』についての情報をバラされているのに、しれっと知らないと言い張られた。そのあまりにも自然な返答に実は嘘をついているのは店主で、さらにこちらから金を巻き上げようとする陰謀なのではと疑いたくもなる。

 なので、ここは一つ嘘発見器にがんばってもらうことにした。


「久遠さん」

「ダウト」


 ですよね!

 金に欲張りなだけあって店主は嘘をついていなかった。

 なので、ここは向こうが嘘をついていることを前提に、オセロがルピンと何らかの関係を持っているのを見抜いているという体でいくことにする。


「あなたとルピンはどういう関係ですか?」

「……ちっ、あーそういうことかよ」


 オセロが双六の後ろにいる久遠を見て悟ったようだ。

 だが、双六としては都合のいい展開だ。

 要はこっちが嘘を見抜ける状態にあり、話の展開の主導権を握れればいいのだ。

 あとはいつも通り笑顔のポーカーフェイスを続けて、オセロから引き出せるだけの情報を引き出してやろうと思っていたのに——オセロはその想定の上をいった。

 スーッとオセロは大きく息を吸う。


「あたしとルピンはちょーマブダチの関係だよ。それで昨日も仲良くベッドの上で朝を迎えたってなもんさ。あーそうそうルピンってばすっげー人懐っこくて暴力なんて一つも出来ない困ったやつでさ。あたしがいてやらないとダメなやつなんだ。真紅の瞳? そんなもんあんたらの知ったことじゃないね。見たところあんたら娯楽の人間だろ? ここは奈落で人間の掃き溜めなところさ。忠告してやるからさっさと帰った方がいいぜ。何ならあたしが直々に見送ってやってもいいぐらいさ。そうそう、あたしがここで声をかければ数百人は言い過ぎにしても数十人ぐらい集めるなんてわけないぜ。まぁ、あたしも出来た人間だからさ。ここはお互いの身のために見て見ぬ振りをしよーぜ。さぁ、どれがうーそーだっ☆」


 早口言葉のように言い切られてしまった。

 呆気に取られたこちらを見てるオセロは、どーだと言わんばかりに笑っている。

 さすがにこれはと思いつつ、もしかしたら久遠ならばと期待をかけてみる。


「……久遠さん」

「わからん」


 ですよねー……。

 流石の久遠といえども、これだけの情報量を一気に捲し立てられたら嘘は見抜けなかった。下手すればこれ本人も何が嘘か本当なのか意識していない可能性すらある。

 正直、久遠が奈落のチンピラをあっさりと倒したこともあって、奈落なんて実は大したことないのではと甘く見ていた。


「あはは! 驚いたか? 奈落じゃ嘘を見抜くなんてテクニック駆使する奴は山ほどいるから、その手の連中に対する備えなんていくらでもあるんだよ」


 冷や汗が滴る。

 これが奈落の住人。

 双六と同い年程度の少女ですら、この短時間で対応できる力を持っている。とんでもない世界に足を突っ込んだのかもしれないと、改めて心を引き締める。


「んであたしからも質問だ。お前らルピンに何の用だ?」

「それ答える必要ってあります?」

「ないよ。答えるメリットなんてあたしの印象が悪くなるか、より悪くなるかのどっちかだけだし」

「悪くなるだけじゃないですか」

「当たり前じゃん。この状況であたしたちの仲が良くなる可能性あんの?」

「いやー残念ながらなさそうですね」


 これっぽっちもそんな可能性は見当たらない。

 宝くじならば当たりは極小の可能性ながらあるが、これに関してはまるで当たりの目がない。ラブアンドピースを訴えるような世の中であるのに全く遺憾である。というか、遺憾であるという言葉の責任のなさは異常なレベルだ。「遺憾である」は政治家の始まりであるということわざができてもいいぐらいだ。まだ、ことわざができていないのが遺憾である!


「まぁ、でも今後のことを考えて僕たちの目的を教えておきましょうか。僕たちは怪盗ルピンを捕まえに来ました」


 とはいえ、双六は奈落にラブもピースも求めていない。

 怪盗と宝石を求めに来たのだ。

 ならば今目の前にいる少女と自分たちの立場をはっきりさせておいた方がいいだろう。


「なのでオセロさん。ルピンと繋がりがあるあなたに言っておきますね」


 いざという時に、迷わなくて済むように。

 この少女がどんな行動に移そうとも対応できるように。

 くっきりはっきりと釘をここで刺しておく。


「僕たちの邪魔をしないでくださいね」


 裏に込めた意味は——邪魔したら叩き潰す、だ。

 ここは奈落。

 例え同い年ぐらいの少女だと油断していれば喰われる。


「ふーん、なるほどね。あんたらはルピンを捕まえに来たのか。やっぱり、印象はより悪くなった方だったな」


 オセロもまた口調は軽くも、その態度に一切の弱みが見えない強かなものとなった。

 この少女がルピンとどのような関係であるかわからないが、このチャンスを逃す理由は一つもない。


「だったら、お前らの邪魔するしかねーよな」


 オセロが言った瞬間——バンッ!!

 目の前にあったテーブルを蹴り上げられ、双六は腕で顔を覆い防御する。


「久遠さん入り口を!」

「任せろ!」

「ワシの店がぁぁぁっ————!?」


 油断は何一つしていない。

 テーブルを蹴り上げてその隙に逃げる算段だろうと久遠に入り口を封鎖させる。

 あと店主のジジイが何か叫んでいるがどうでもいい。支払いは全て警察持ちだ!

 そして、双六はテーブルが地に落ちた瞬間にはオセロの確保をしに向かいに行く——


「悪いが扉から出入りするほど育ちは良くないってね!」


 が、オセロは窓からすでに身を乗り出していた。

 マンションの3階にあるこの部屋で逃げる箇所は窓か入り口かのどちらかしかなく、オセロはあっさりと窓の方を選んだ。

 無論、双六もその可能性は考えており、窓から逃げる前に寸でのところで捕まえられるだろうと予想していたが、オセロの決断の早さと身のこなしの早さは予想を超えていた。

 あっさりと彼女は窓の手すりを掴み、雨どいに手をかけて下へと降りて、いや落ちていく。

 今から階段で悠長に追いかけていたら簡単に見失ってしまう。

 チラリと双六は久遠を見て即座に決断した。


「久遠さん先に追います!」

「おい双六! ちょっと待て!! お前だけじゃ——……」


 そんなことはわかっている。

 不足な事態が起きてしまえば自分なんてクソの役にも立たずに、下手すれば足を引っ張ってしまうことなんか。

 それでも、双六は自分の決断に間違いがあったとしても、何度でもこの選択を取ると断言できる。

 久遠が言ってくれたから。

 自分のことを相棒だと。

 そう言ってくれたから。


 ——僕はあなたの隣に並び立てるだけの存在でありたい。


 部活も何もしていない双六にとって、今が青春の時であった。

 そして、青春をしている学生は全力で走る。

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