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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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命短し老人たちのしぶとさ

「久遠さん。僕らの天命はここで尽きるんですかね?」

「さぁな。それともお前はここで終わりなのか?」

 

 つい弱気が出てしまったのを久遠が挑発まじりに返す。

 確かに状況は最悪だ。

 けれど、双六は思い出す。

 自分が死んではいけない理由を——。


「まさか。生きて帰って天音さんとエロいことするまで死ねません!」

「……何でこの状況でお前のそんな宣言聞かないといけねーんだ!!」


 何を馬鹿なことを言っているのだろうか。

 映画で戦場へ行く兵士なんて妻のパンツを持っていく描写だってあるのだ。だったら、性欲溢れた男子高校生である自分は童貞のまま死ぬわけにはいかない。というか童貞のまま死ぬだなんて御免だ。死ぬなら作れもしないプチハに夢見ている友人だけで十分だ。


「はっはー! 僕は何と言っても彼女持ちですからね! 羨ましいですか久遠さん!?」

「今すぐお前にデコピンとシッペのコンボ食らわせてやろうか?」

「やめてええええええええっっ! 今は本当にやめてくださいね!!?」

「だったら黙って走ってろ!!」


 久遠の言う通りに双六はさらに速度を上げて走る。

 チラリと後ろを振り返ればゾロゾロと20名近い集団がこちらを追いかけてくる。久遠はともかく双六があの集団に捕まればひとたまりもない。

 そう。双六たちがいる場所は『奈落』。

 そこで今命がけの鬼ごっこを演じている真っ最中であった。


「大体あの程度の連中なら久遠さん余裕で倒せませんかね!?」

「倒せるだろうが流石に人数が多い。広い場所で戦ったら間違いなくお前も一緒に囲まれることになるが——やるか?」

「やりません! よーし。だったら、あそこの路地とかどうですかね!?」


 双六は道が狭そうな路地を指を指してそこへ向かう。

 奈落に向かうに当たって装備は整えたが流石に集団戦を制圧できるようなものではない。なので、ここは集団に囲まれないように、狭い路地で久遠に任せた方が良いだろうと判断した。


「いい感じに狭くて行き止まりだな。ここなら十分だ」

「じゃあ、後は頼みます!」


 運良く前後挟まれない行き止まりの路地であった。

 まぁ、本来であれば行き止まりの時点でかなりの絶望感を味わうものなのだろうが、何事にも例外はある。奈落のチンピラたちがこれから相手にするのは、人間最高峰どころか人間やめたんじゃないか疑惑が噴出する久遠健太その人である。

 心の中で双六はお経を唱えつつ、チンピラたちは「ようやく追い詰めたぜ!」とか「金目のもの置いてけや!」など例に漏れず下っ端のセリフを吐いている。

 もはや彼らの運命は確定したが——もしかしたら一人ぐらい打ち漏らしがあるかもしれないと緊張感を持続した10分後、


「まぁ、こんなもんだろ」

「無傷で勝つとか人間離れしすぎですよ」


 死屍累々という言葉でしか形容ができない惨状となっていた。

 久遠の名誉のためにも言っておくが一応は死んでいない。ただ死んでいないのが逆に不思議なぐらいである。


「それにしても流石は奈落ですね。治安悪すぎです」

「まさかカツアゲしにきたバカ一人返り討ちにしただけで、ゾロゾロと20人呼ばれるとは思わなかったな」

「それでもまだ入口程度なんですがねー」


 奈落の入り口とは言ったもの、実際にここから先は奈落ですと書かれた看板があるわけではない。奈落とは娯楽都市の中にある一部の地域であり、その境界は曖昧だ。なので、住んでいる住民の感覚からして大体この辺りからは奈落であると呼称しているに過ぎない。

 であるのに、久遠がカツアゲしてきた若者をデコピン一発でK.O.したらゾロゾロと仲間を呼ばれてしまった。そんなに仲間を呼ぶのは合体する軟体生物か、泥の中から生まれる手のモンスターだけで十分である。


「気を取り直して当初の予定通りに進めましょう」

「確か宝石商のところに行くんだっけか?」

「そうです」


 ようやく一息ついたので当初の目的を思い出す。


「『真紅の瞳』を金に換えるつもりなら、表と裏に通じた商人に売る可能性があります。もちろん、個人的なコネクションで売りさばく可能性もなくはないでしょうが、情報が何もない状態なので足がかりとしては十分でしょう」


 情報屋から入手できる情報には限りがある。

 なので、奈落に入ってからは怪しそうなルートから情報を入手する方針だ。


「足で情報を稼ぐってやつだな。手探り状態なんだから方針あるだけ十分だ」

「なら行きましょうか。今度は絶対に絡まれたりしても倒さないでくださいよ。いいですか久遠さん。絶対ですからね!」

「……それはいわゆる振りってやつか?」

「命張ってる状況で笑い取るほど芸人気質じゃありませんよ!?」


 何故このような状況で久遠のジョークを聞かねばならないのだろう。

 いやまぁ確かに若干命がけでギャグを行う芸人もいるにはいるが、自分たちはそれとは違うのだから勘弁してもらいたい。

 そして、歩くこと数十分間。

 ようやくお目当の場所に着いた。


「ここがマークさんから教えてもらった場所ですね」

「店とかじゃないんだな」


 久遠がそう言うのも無理はない。

 双六たちが今いる場所は廃れたマンションの前なのだから。

 情報屋界隈ではルピンの情報はないと言っていた。

 だが、まるきり奈落自体の情報がないわけではない。ごくごく一部ではあるが、奈落で宝石を扱っている人間の情報はマークから教えてもらっていたのだ。


「奈落で宝石店やるだなんて、ここに貴重品がありますと言ってるようなもんですからね〜。試しに久遠さん奈落で店開いてみたらどうです?」

「アホか。今更自営業なんて誰がするか。管音の下で娯楽屋やるだけで十分だ」


 久遠が奈落で店を営めば難攻不落の城の出来上がりだ。意外と良いアイディアかと思ったが乗る気はないらしい。

 それよりも双六が気になったのは、


「ちょっと気になったんですが、久遠さん狐島さんのことを『管音』って呼ぶようになったんですね。付き合いだしたんですか?」


 いつの間にやら久遠があれだけ忌々しそうにしていた狐島のことを『管音』と呼び出したことだ。もしかして、久遠のデレ期でも来たのかと思って興味本位程度に質問してみた。


「ちげーよ。昔から管音って呼んでたのを戻しただけだ」

「そうなんですか。そもそもお二人ってどういう関係なんです? 前は娯楽屋と雇用主とか友人なのかなーと思っていたんですが、どうやらそういう感じでもなかったので」

「簡単に言えば幼馴染だよ。腐れ縁ってやつだ」


 それは初耳だ。

 あの自由奔放でありながら全てを見通すような狐島と幼少期を過ごしてきた。ほんのちょっぴり久遠の立場を想像してみたところ——げんなりとした。

 振り回される未来しか想像できなかった。

 

「あーなるほど。それはそれは——大変でしたね」

「……それなりにな」


 それ以上聞くなと久遠の顔には書いてあった。

 考えてみると双六は曲がりなりにも天音と付き合っているのだ。性格に難はあれど見目麗しくスタイルも良い。特に尻からから脚にかけてのラインが素晴らしく「胸よりも尻派」の双六としては満足するばかりだ。しかも、彼女の方が肉食系なので性的行為はバッチリときたものだ。

 自分にもったいないぐらいの彼女を持って、改めて幸せを再認識できた。


「この部屋のようですね。——入りますよ」

「おう」


 薄暗いマンションの3階にある一室の前に着いた。

 錆び付いたドアには鍵が掛かっていない。


「失礼します」


 ギュッとドアノブに力を込めて入った。


「ようこそお客人。どのような宝石をご所望かね?」


 部屋の中央から落ち着いた老人の声が聞こえた。

 内装はマンションの外見とは程遠く、古びたアンティークショップのような造りになっていて店主のセンスが垣間見える。ショーケースの中にあるのは色とりどりの宝石。恐らく入手元はどこもかしこも怪しいものなのだろうが、手に入れたい輩は後を絶たないのだろう。そうでなければ、こんな奈落で宝石を売る意味なんて何もない。

 そして、ここから先は双六の仕事だ。

 久遠には目線を配って後ろに下がらせて一言。


「『真っ赤に輝く瞳』のような宝石ってありますか?」

「ほう」


 店主の目が興味深そうに細まった。

 ジロジロと値踏みをするかのように双六を見つめ、同じ目線を久遠にも送る。


「残念ながら、そのような『貴重な宝石』はこの爺の店には置いておりませんな」

「へえ」


 ビンゴと心の中で喝采を上げる。

 店主の言葉から『真紅の瞳』に関する情報があることは確信できた。

 問題があるとしたらここからだ。


「でしたら、質問を変えます。僕が求めている宝石を持ち込んできた人はご存知ありませんか?」

「はてさて。歳をとったせいか最近記憶が怪しくてのう」


 ニヤニヤと店主は年老いた演技をする。

 そんな店主を見て「糞爺がっ!」と舌打ちしたい気持ちを我慢する。

 仕方がないと双六はショーケースの中にある宝石を一つ指差した。


「——お代はこの宝石で足りますか?」

「おぉ。それならばこの爺の記憶もハッキリとすることでしょう」

「いえいえ。ご老人を大切にするのは若者として当然の責務ですから」


 とりあえず、情報量の値段としては十分のようだ。

 内心さらに吹っかけられるのではとビクビクしていたのは内緒だ。


「おい双六。お前そんな金あるのか?」


 久遠がヒソヒソと双六に耳打ちしてきた。

 今の双六のやり取りを見て不安になったようだ。

 なので、双六はその不安を取り除くべく言う。


「あるわけないじゃないですか。当然、必要経費としてお代は警察に持ってもらいます」

「そ、そうか」


 そもそも今回の依頼は警察からなのだ。

 諸経費は全てあっちに持ってもらうつもりであるし、もしも報酬からさっ引くと言われても、まだ成功報酬の範囲内なので問題ない。


「お買い上げありがとうございます。では、早速この爺の知る限りをお話するとしましょうか」


 金が渡って老人は嬉しそうに声を上げる。

 飄々としているのと、人生経験の違いからかどうも信用しづらい。

 ここは一つ釘を刺しておくとしよう。


「あ、その前に一つ忠告しておきますね」

「何ですかな?」

「僕の後ろにいるこの人——大抵の嘘とか見抜けますから」

「……ほうほう。それはおっかないですなぁ。肝に銘じておきましょう」


 実際に久遠は大抵の嘘は見抜ける。

 前にその能力がどの程度なのかを教えてもらったところ、声の抑揚や汗の匂いなどから「嘘を吐く人間」はある程度パターンが決まっているのだと言う。さらに手を添えて心音を測れば久遠式嘘発見器の出来上がりだ。

 ただそれは、あくまで嘘かどうかを判別できるだけであり、嘘を本当に思っている人間には意味がないとのことだったが、この場では十分な意味をなす。

 そして、老人が情報を口にしようとした瞬間——バンっとドアが勢い良く開いた。


「おい宝石のじいちゃんいるか! どんな宝石が高く売れるか教えて欲しいんだけど——って何だ先客がいたのか?」


 双六たち全員がいきなり入ってきたその人物を見る。

 年頃は双六とそう変わらないぐらいであろう。自分で切りそろえているのかざんばらな髪に動きやすそうにミリタリー柄のショートパンツを履いている。奈落にいるということは、その住人なのだろうが——驚くことに瞳からは奈落の住人のような濁った何かを感じさせなかった。

 まぁ、ここに来たということは店主の客人なのだろう。

 自分たちが口に出すべきことではないと店主を見たら、店主は大変苦い顔をしていた。

 どういうことかと双六は考えを巡らしていると、店主は苦々しく答えを言った。 


「あー……お客人。面倒ごとは御免なので先に言うておくぞ。『真紅の瞳』を売りに来たのはこの小娘じゃ。さぁ、金を払ったのなら出て行くがいい」


 そりゃねーよ糞爺。

 ビンゴどころか犯人がいきなり現れたこの状況をどうしろと言うのだ。

 とりあえず、この先老人は大切にする必要は特にないなとずれたことを考えてしまった。

 だって、絶対に老人たちの方がしぶといだもん。

 

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