表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
54/97

普通と天才とフラグの立て方

「奈落に行く用意どうしようかな?」


 さてさて何を持っていけばいいのか。

 娯楽都市の中にあると言っても人外魔境といっても過言でもない場所だ。危険度はどれだけ見積もっても足りないことはないだろう。

 かといって、怪我を恐れて重装備にしようものなら逃げ足が遅くなり不測の事態に陥る可能性の方が高い。そうすると防刃ベストと下半身の動きを阻害しない動きやすい服装が良いだろう。その他、武器やら医薬品などを考えるとキリがないのである程度は装備を絞って準備をようやく終えた。


「僕がこれだけ苦労していても、久遠さんはきっと普段着程度で来るんだろうなぁ……」


 なにせ奈落の存在すら知らなかったのだ。

 娯楽都市の延長線上ぐらいでしか思っていないに違いない。

 それでも、久遠が普段着で来たとしても奈落の脅威すらも跳ね除けて歩く姿しか思い浮かばないわけで——まったく頼もしい限りである。

 それに対して双六は弱々しい高校生でしかない。しかも、モニターとしての娯楽都市の恩恵も受けられないときたら、まさしく、裸一貫で戦場に突っ込んで行くことに等しい。さらに相手は実力が未知数な怪盗ルピンである。不安が尽きることはない。

 それでも——


「やるしかないよねぇ〜」


 決めたから。

 どんなことがあろうとも、食いついてやるって。

 奈落に行ってどうなるかわからないが、決意を新たにがんばろうと意気込んだところ——ピンポンと短い音が玄関から鳴った。


「よう双六君。彼女様が来てやったゼェ〜」

「天音さん」


 ドアを開けたら双六の彼女である天野天音がそこにいた。

 こんな夜更けにどうしたのだろうと疑問に思いつつ、玄関先で話を聞くのも何なので中に入ってもらった。

 考えてみれば彼女を自分の部屋に入れるというのは初めてのシチュエーションだ。アツシにでも見られた日には血の涙を流しそうなので、今度自慢してやろうと思ったのは内緒だ。

 そして、ペットボトルからお茶をコップに注ぎ差し出してから一言。


「それで、こんな時間にどうしたんです?」


 今日会う約束は特にしていない。

 なので、本当に何の用があるのか皆目見当もつかなかった。


「おいおい。彼女が夜中に訪ねてきたんだから、もちっとドキドキしろヨォ〜」

「いつも魅力的なんでドキドキしてますよ」


 軽口を叩くかのように言うが嘘でもなんでもなく単なる事実だ。

 健全な男子高校生が学校一の天才美少女と付き合っているのだから、そりゃ毎日ドキドキもする。しかも、ことあるごとにキスを迫ってくるは結構過激に下ネタも挟んでくるので上も下もドッキドキである。男子高校生の性欲を余りなめないでもらいたい。

 そう言って褒めたつもりだったのに、


「……じゃあ、なーんで彼女放っておいて他の女とイチャイチャしてんダァ〜?」

「いきなりのアイアンクロー!?」


 ご褒美をもらうどころか頭をガシッと掴まれて彼女からのアイアンクローの罰を受けてしまった。しかも、爪を立てられて痛覚が倍増状態だ。

 いや、アイアンクローをご褒美と捉えることのできる強者も中にはいるかもしれないが、双六自身はM属性は持っていないため痛いものは痛いものとして捉えている。

 というか、他の女とイチャイチャしていないのに、ここ最近あった出来事といえば十八との修行ぐらいなのだからそんな暇はないと思ったところで気づいた。

 ここ一ヶ月ほど——天音とまともに会っていなかったことに。

 その事実に気づいた双六は背筋に寒気を覚えながら必死の言い訳を考えた。


「いたたた! 痛いですって天音さん! いやまじで!! 別に十八さんとはそんな関係じゃ——……」

「一ヶ月も彼女放ったらかしにしている謝罪はどうしたぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「マジすみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ——————!!」


 本当にいつも魅力的でドキドキする。

 ……今回は命の危機的な意味でだけど。

 改めて謝罪を土下座という形でし直し、ようやく機嫌を直してもらった。


「ったく、今回限り許してやるが二度はねーからナァ?」

「いや、本当、放っておいたのは悪かったとは思いますので後日改めてお詫びさせてください」

「わかった。じゃあ明日デートな」


 ふんと拗ねた感じで天音は言った。

 男としても彼氏としてもそんな姿の彼女を見れたことは大変可愛らしく嬉しく思う。

 ただし問題が一つあった。

 明日の予定——久遠と一緒に奈落へデートである。

 とりあえず、アイアンクローをもう一度食らう覚悟は完了した。

 覚悟があれば何だって乗り越えられると思う。多分だけど!


「……明日はちょっと用事があって」

「あ・し・た・デート・な・」


 一言一句確かめていうのは怖いから勘弁してもらいたい。

 けど、ここは引けない。引いてはいけない。


「明日は行けません」


 キッパリと天音の目をまっすぐ見て言う。


「ほう。彼女より優先する相応の理油があんだろうナァ?」

「久遠さんと共に奈落へ行きます」

「どういうことだ?」


 そこでようやく天音に事情を話した。

 奈落へ行って怪盗ルピンを捕まえることを。


「ふぅ〜ん。そんなことになってとはナァ」

「なので、デートは別の日にしてもらっていいですか?」


 まるで仕事を言い訳にする旦那のような図だと思った。全国のお父さんは嫁さんに対してこんな気持ちを抱くのかと、やや先走って実感したことに苦笑を禁じ得ない。

 これで納得してもらうしかない双六としては、正直断られたら天音に黙ってでも奈落へ行くしかない。たとえ、天音が傷ついたとしてもだ。

 

「一つだけ聞いていいか?」

「はい、もちろんです」


 一つどころか、納得していただけるならいくらでも誠心誠意答えさせていただこう。

 この際、恥ずかしい思い出の一つや二つ暴露しても構わないぐらいだ。

 だが、そんな双六の考えとは裏腹に天野は思いもよらないことを問う。


「双六君は何で久遠健太と娯楽屋を組んでいるんだ?」


 それは、双六にとってあまりにも簡単な問いで。

 それは、双六にとってどうしようもないぐらい難解な問いで。

 どうしようもないぐらい、笑ってしまう問いだった。


        ◆


 天音は目の前の少年が泣きそうに笑う顔を見た。

 天音にとってそれは初めて見る顔ではない。

 過去、天音の父が見せた顔にあまりにも似ていた。

 そもそも話を遡れば、こんな夜更けに双六の部屋に訪れた理由も、照兎と話したことが原因だった。

 ——双六に拘る理由があるのか。

 それを延々と考え続けて悶々としてしまい「ウガー!」と一人で奇声を上げるほど考え込んだ結果「とりあえず、双六に会う!」と決めて訪れたのだ。

 ちっとも論理的な行動でない。

 それに、双六が奈落へ行くと言ったときは何を馬鹿なと驚いた。

 久遠健太だけならともかく、双六が行って役に立つとは思えない。止める理由ならいくらでも思いつくのに——双六の真っ直ぐな瞳を見たらとても止められる気がしなかった。

 だからなのだろうか。こんなにも気になったのは。

 普通な力しか持たない賽ノ目双六という少年が、どうしてここまでも久遠健太という人間に拘る理由を知りたいと思った。

 それはきっと——天音が知りたがっている答えと同じだと思ったから。

 そして、双六は言う。



「久遠さんが『異常』だからですかね」



 奇しくもその答えはかつて久遠が言ったのと同じ答えだった。

 同じでありながら正反対の——答えだった。

 そして、同時に天音はようやく双六に拘った理由がわかった気がした。

 かつて、父は確かに自殺をしてしまった。

 最後は確かに天音のことを良からず思って死んだことだろう。

 けれど、父は自殺を選びはしたが——天音を殺そうとはしなかった。

 本当はそうできたはずなのに、父はそうしなかった。

 そうだ。

 父と一緒にいて悪かった思い出など何一つない。

 だって、幼き頃から天才性を発揮して親しき友がいなくても、父だけは褒めてくれた。

 微笑んでくれた。

 頭を撫でてくれた。

 抱っこしてもらった。

 寝るまで一緒にいてくれた。

 公園で日が暮れるまで遊んでくれた。

 悪いことをしたら叱ってくれた。

 父は確かに——天音を愛してくれていたのだ。

 気づけば単純なことだった。

 本当呆れるぐらい単純で、笑ってしまいそうになった。

 天才などと周りから呼ばれているが、結局大切なことは何もわかっていなかった。



 天音は双六にとっくに恋していたのだ。



 異常な者に惹かれる普通な高校生の少年に恋をしていたのだ。

 父とは違う形ながら、同じように好いてくれるこの少年のことが好きなのだ。

 たった数ヶ月ぐらいの出会いでしかないが、双六といる毎日は楽しく心地よかった。

 バカみたいな話をすることも、キスをすることも、その一つ一つが心を満たしてくれた。

 なのに、それが突然途切れたせいで——迷い子のような気になったのだ。

 何のことはない、いくら天才だともてはやされても天音だって一人の女子高生だ。

 嫉妬もするし、彼氏からの連絡がなくて不安になったりする。

 たったそれだけの話なのだ。


「そう。わかったわ。今日はもう帰るわね」

「え、あ、はい」


 答えはもうもらった。

 『天才(ジーニ)』である必要はすでになく、天音は『天音』に戻った。

 その豹変ぶりに驚いたのかどうかはわらからないが、双六は戸惑いながらも天音を送ろうと付いて来てくれた。


「玄関まででいいわ。明日の準備もあるのでしょう?」

「はい。見送りできずにすみません。えーと、そうだ天音さん」

「何——?」


 呼ばれて振り向いた瞬間——キスをされた。

 自分の方から何度もキスをしたことはあったが、双六からは初めてだった。


「奪っちゃった」

「双六君のくせに生意気ね」

「どこぞのガキ大将のセリフみたいですよ?」


 失礼な。どちらかといえば登場シーンがいつもシャワーシーンの可愛いヒロイン方だろう。まぁ、これぐらいの失言は許してあげることにしよう。


「お礼に、明日奈落へ行くあなたにフラグを立ててあげる」

「フラグですか?」

 

 またはジンクスとも言う。

 フラグなんて先にわかっていれば回避できる彼女からの気遣いだ。


「帰ったら獣のようにセックスをしましょう」

「え〜、いやいや、それって僕が死ぬフラグですよね?」

「天才にフラグなんて関係ないわ。死ぬ気でがんばりなさい」


 あえてフラグを立てることでハードルを上げる気遣い。

 さすがは自分と褒めておく。


「無事に帰ってこなかったら許さないわよ?」

「承知してます」


 とりあえず、天音は明日勝負下着を買いに行くことに決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ