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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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各々の日常の過ごし方

「売れないしっ!!」

「あははー。目論見が見事に外れたね〜」


 ルピンが盗んできた『真紅の瞳』を、奈落で何でも屋を営んでいる裏商人に買い取りを求めたところ『あ、さすがにこれは無理』と言われてしまった。ルピンには『私に任せておけ!』と言った手前大恥をかかされてしまった。

 何でも理由としては美術的価値が高すぎるため、普通の宝石と違って一発で足がついてしまう物だからだそうだ。それでも上流階級のコレクターに秘密裏に売ればいいのではと問うたが、盗まれた直後では捜査網が引かれているので時期をずらさなければできないとも言われた。

 結局、売る事ができずにすごすごと帰ることとなった。


「いっそのこと、この宝石でマジでキャッチボールしてやるか……」

「オセロー。それ一応俺僕からのプレゼントなんだから大切にしてよー」

「金にならないと意味がねーんだよ!」

「え〜。だって、欲しいって言ったのオセロじゃ〜ん?」


 その通りだ。

 ルピンが何か欲しい物があるかと聞いてきたから『真紅の瞳みたいなでかい宝石が欲しい』と答えたら「じゃあ盗んでくるね!」と言って出かけたのであった。

 そのために、参考になる資料として怪盗を描いた物語を一通り読み込んだらしく、物の見事に盗みを達成して今に至る。


「あたしのバカ! ルピンが本当に盗みができるんだったら、もっと足のつかなさそうな安い宝石をたくさん盗ませるんだった……!!」

「じゃあ、今からでも盗んでこようか?」


 何でもないように言うルピン。

 その言葉を受けてオセロは喜ぶかと思いきや、逆に悩んだ顔をした。


「んー。いや、それはだめだ」

「え、何で?」

「だって、なんかルピンを道具扱いしているみてーじゃん。そういうのヤダ」


 これはただの感傷だ。

 奈落の住人である以上、道具扱いなんてざらにある。

 けれど、それを自ら行う事には——抵抗感を覚えた。


「この前盗みに行かせたくせにー」

「あれは冗談のつもりだったんだよ。まさか本当に盗んでくるとは思わなかった」


 コンビニに行くようなノリで盗んでくるのだから、わかるわけがない。


「じゃあ盗みをしないとするとどうするの?」

「盗まないとは言っていない。ルピンを道具扱いにするのが嫌なだけだ。だから今度は——二人で盗みにいくぞ!!」

「さっすがオセロ。かっこいい〜♪」


 これで万事解決だ。

 二人で盗みに行けばルピンだけに重荷を負わせなくて済む。

 それにオセロの性格上、誰かに指示を与えて上澄みだけいただくようなやり方はできない。やはり、現場の事は現場に行かないとわからないのだ。


「となると、この『真紅の瞳』どうしようか? キャッチボールでもする?」

「アホか。本当にするわけないだろ。それに、これお前からのプレゼントだろ」


 コホンと咳を一つ払う。

 あれだけルピンに悪態ついていたので、これを言うのは少々気恥ずかしい。



「——だったら大事に取っておくよ」



 何せ男性からの初めてのプレゼントなのだ。

 女が男から宝石をもらって嬉しくないわけがない。

 売れれば良かったという枕詞はつくが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 そして、チラリと横にいるルピンを見るとウルウルと目を湿らせていた。


「オセロ……。あーんもう超大好きだよ〜!」

「わ! バカ離せ抱きつくな〜!!」


 大型犬のようにじゃれつくルピンを宥めながら、オセロはふと考えた。

 こうやってバカをやれる日がいつまでも続けばいいなと。


        ◆


 一日の疲れを癒すのは湯船を張ったお風呂に入るに限る。

 うっすらと汗を掻き、シャワーの水流が心地よく肌を刺激するのはたまらなく気持ちよく感じる。特に様々な出来事を一日でこなしたのだから、その快感はさらに増す。

 風呂上りには炭酸水を飲み水分補給をして、シュワシュワと炭酸が喉を刺激する。一日を締めくくるには炭酸が最もふさわしい飲み物だと十八は思っている。

 ようやく人心地がついてフゥと息を吐く。

 そしていつものように——本棚から1冊本を抜き取る。

 十八にとって本を読む事は、もはや無意識的に行う事に等しく、心臓を動かしたり、呼吸をするのと等しい。

 けれど、今日は珍しく文字が十八の頭に入ってこない。いや、入ってはきているし理解もしているのだが今ひとつ集中できないのだ。

 理由は明白であり自覚していた。


「私に作家の才はないな」


 それが今日一日で学んだことだ。

 十八は自分が読者であることを自覚している。

 それ故に、作家に向かない人間であることもまた自覚していた。


「双六君にあそこまで言えば、さらに力を求めると思ったが——やはり私に人の心を読むのは難しいということかな」


 地の文を読めても人の心は読めない——前に双六に言った通りのことだ。

 十八の想定では双六をさらに追い詰めることで、さらなる力を求めて助力を願い出るだろうと予想していた。そうすることで、十八は双六のさらなる信頼を得ることができるし、久遠への対決への準備もスムーズになるだろうと考えていた。最終的には、久遠との対決がより劇的に盛り上がるようにするための布石だったのだ。

 だが結果は逆だ。

 双六は怒りに震えて久遠の元へと駆け出し、久遠はそんな双六を受け入れた。


「思った通りに事が進まないな……」


 次々に十八の予想を超えたことが起きる。

 そもそも、当初は久遠に対して宣戦布告をするつもりだったのに、対決する流れとなってしまった。双六を鍛えるためとはいえ、さすがに今回ばかりは勝てるかどうかわからなかった。

 なので、今までの久遠の地の文を読んだ傾向から、おそらく女の色香には弱いと推測したことで勝ちを収めることができたのだ。

 奇策と奇襲。

 どんな手を使っても勝ちは勝ちだ。

 きっと次は勝てないだろうが、この一回だけ勝てればそれで良い。

 そんな濃すぎる今日を乗り越えて思ったこと。

 それは、

 

「まったく——最高の気分じゃないか」


 とてつもない愉悦をもたらしてくれた。

 自分の思った通りにならない。

 そのことが十八にとって何よりも感情を昂ぶらせるのだ。

 思わず裸になって星空に叫んでしまいたいほどに。


「次の展開が読めない、読者の想像の上をいく、予想を裏切る、物語というのはそうでなくてはならない。ふふふ。そういう点で言えば双六君はさすがだよ」


 双六と縁をつないで本当に良かった。

 十八が思う物語に久遠や天野はいらない。

 チートキャラがいれば確かに目的は達成しやすいだろう。

 けれど、そのキャラクターたちは方向性が決まっており、先の展開が予想がしやすい。

 それはだめだ。そんなのはちっとも面白くない。

 だからこそ、十八は双六を選んだのだ。

 発展途上であり成長の可能性がある——普通の高校生である彼を。


「彼は確かに『普通』の高校生でしかない。だが、彼は気づいているのかな? 自らの特性、いや、役割というものに」


 そして、隠されたる双六の特性。

 おそらく双六はおろか他の人間も気づいていないのだろう。


「普通の高校生でありながら『異常』な者たちと当たり前のように接する登場人物。それが、どれだけ稀有な事なのか——わかっていないのだろうね」


 『異常』な者たちに紛れる『普通』な人間。

 俗にモブキャラと言って差し支えないほどの個性は——貴重だ。

 だから、

 

「あぁ、続きが楽しみだ。週刊少年漫画を毎週待つぐらい本当に楽しみだよ」


 十八は双六が織りなす物語をワクワクしながら待っていた。

 何が起きるのか。

 何を仕出かしてくれるのか。

 本の名を冠する彼女の娯楽は——満たされることのない空白の本に似ていた。

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