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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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人生におけるターニングポイントは劇的であらねばならない

 怪盗ルピン。

 それは最近世間を賑やかせている怪盗の名前だ。


「はい。まぁ、名前程度は知ってますが」


 いつもの双六ならば面白がって「怪盗とか超面白そう!」と誰も頼んでいないのに、好きに調べ尽くしたことだろうが、生憎と今は十八との修行中で時々に疎い最中になった。

 それでも、クタクタになった後でさえもネットサーフィンで面白そうな記事を短時間であれ調べるのは若さ故のものだろう。ゴシップとか超面白い。


「知っているならいい。そのルピンなんだが、警察から直々に君たち『娯楽屋』に捕獲を依頼されたよ」

「え、いや、それどういうことですか!?」


 何でいきなりそんな展開になっているのか。

 というか、何故十八が娯楽屋の仕事内容を自分より先に把握しているのか。

 わけもわからない双六に、十八は一から説明をしてくれた。

 それはもう懇切丁寧親切に。あまりにも丁寧すぎて若干辟易したが、黙って全てを聴き通した。ある種の精神修行だと思って耐えた。

 そして、10分後全てを聞き終えた双六は、


「十八さん本当に何してんですか!?」


 いきなりの事態の進展に頭がついていけなかった。

 野暮用があると言ってフラリと消えて、何をやっているのかと思ったら、これから勝負を挑もうとしている相手のところへ出かけるだなんて思いもよらなんだ。

 つくづく天音といい十八といい、プラチナランクの人たちの行動がまるで読めなくてドキドキする。ドキドキしすぎて恋焦がれ焼け死んでしまいそうだ。 


「最初は双六君を鍛えているから、首を洗って楽しみに待っておけと言うつもりだったんだけどね。いやはや、まさかこんなことになろうとは。うん、人生というのはままならないものだと改めて思い知らされたよ」


 思い通りにならなかったと言いながら、陽気そうに笑っている。

 自分がやらかしたことをまったく反省していない様子だ。


「はぁ〜……。十八さんがそういう人間であることは、結構早い段階で諦めているのでこれ以上とやかくいうつもりはないんですが、もう一度確認していいですか?」

「もちろん。お姉さんが何でも答えようじゃないか」


 教師をしているだけあって、教え子の質問が嬉しいのかニコリと笑う。

 いっそのことスリーサイズとか今日の下着の色でも聞いてやろうともイタズラ心が芽生えたが、さらりと大人の余裕で答えられて終わりな気がする。

 いや、そんなことよりも大事なことは、


「久遠さんは——危ないから僕を置いていくって、本当に言ったんですか?」


 十八から説明を受けたこの部分だ。

 他の情報は聞き流すことができても、これだけは聞き逃せなかった。


「あぁ、そうだよ。だから、私が勝負に勝って君が仕事に連れていく許可を取り付けたのだよ」

「そうですか」


 嘘を言う理由はない。

 十八がそう言うのであれば本当のことなのだろう。

 久遠に十八が勝負で勝ったという事態も大変興味があるし、深く聞きたいところでもあるが、双六はたった今ある感情に支配されていた。

 どんな動物であろうと必ず持っている感情——怒りだ。


「っざけんなぁぁぁぁぁぁぁ————————!!」


 腹の底から怒声を発し、ビリビリと空気が震える。

 何事かと周囲の人間の注目を集めてしまったがどうでもいい。気になるのであれば若者の青春の1ページだと思っておけばいい。


「僕が足手まといだって! ふざけやがって!! ふざけやがってぇぇぇぇぇぇ!!」


 いつも能天気にヘラヘラと笑って昼行灯のようにしているのが、双六という人間だと思っていたがどうやらそうではないらしい。自分のどこに眠っていたのかと思う激しい怒りが燃え盛る。

 久遠健太に——荷物扱いされた。

 その事実が。

 そう思わされた事実だけは——賽の目双六にとって何よりも耐え難いものであった。


「おい、双六くん。どこに行くんだい?」

「決まってるでしょう! 久遠さんのところですよ!!」

 

 全力で走り出す双六。

 修行とか勝つとかなんて今はどうでもいい。

 双六が何よりもすべきなのは——久遠健太と会うことだ。

 楽々高校から楽々大学へ全力疾走し、少し離れた娯楽研究室がある建物へ歩を緩めず駆け上がる。なぜか知らないが、狐島が君臨する娯楽研究室につながる直通の階段がないため、エレベータに乗り込まなければならないのだが、その待ち時間すら惜しかった。

 そして、ようやく一ヶ月以上ぶりとなる娯楽研究室の扉を開いた。


「くーどーおーさーん!! 何僕のことを仲間外れにしようとしているんですか! ずるいじゃないですか! こんな面白そうなことを独り占めにしようとするだなんて!!」


 娯楽研究室に入り久遠と狐島がいるのがわかるとすぐに文句を叩きつけた。

 何を言うのか考えてなかったのに、自然とその言葉が出てきた。


「双六か。……あー久しぶりだな」


 気まずそうにこちらを見る久遠。

 負い目があるのか珍しく言葉を選んでいる感がある。

 そんな久遠を狐島はニコニコと笑って見ており、静観してくれるようなのでありがたい。


「久しぶりとかどうでもいいんですよ! 十八さんから聞きましたよ! 僕を置いてこうとしているって!!」

「落ち着いて話を聞け。今回の依頼は危険なんだよ」

「危険なんていつものことでしょう!? 大体、久遠さん一人で情報もまともに集められないのにどうするつもりなんですか!」

「それに関してはマークとか——」

「貧乏な久遠さんがマークさんへの情報料とか出せるわけないでしょう! っていうか、そういうのは僕の管轄なんだから口を出さないでくださいよ! そもそも、久遠さんってそういう一人で格好つけるところありますよね。前から思ってたんですが——」

「いいからお前は少し落ち着け!」

「またデコピン!?」


 クドクドと文句という名の説教をしようとしたら久遠の死のデコピンが当たった。

 既に一度見ているというかくらっているため、心構えと危機意識が違ったのか一瞬頭を後ろに反らしたことで空を飛ぶのは免れた。

 それでも、シューっと焦げ付きそうになる痛みは尋常じゃなかった。


「少しは落ち着いたか?」

「はい。ですが、今度からもう少し優しくしてください……」


 痛みが引いて頭の血も引いた。

 毎回こんなことやられたらたまったもんじゃない。


「お前が騒がなければな」

「そりゃ無理ですね」


 騒がないで大人しくしているだなんて絶対に無理だ。

 次からは久遠のデコピン対策に鉢金でも用意する必要がありそうだ。

 ともあれ、ようやく椅子に座って腰を落ち着けた双六は真っ直ぐに久遠を見る。


「久遠さん。言いたいことは山ほどありますが、一番大事なことだけ言いますね」


 互いに目を逸らさない。

 互いに目を逸らせない。

 おそらく、これが『娯楽屋』としての分水嶺だ。

 


「僕はあなたの——何ですか?」



 まるで彼女が彼氏に対する問いかけのようだ。

 それでも、双六は問わずにはいられない。

 久遠健太のどこでもいい——彼の傍にいられる理由を。



「……悪かったよ。お前は俺の相棒だ」



 相棒。

 その言葉を聞いてようやく双六はホッと息をする。


「それでいいんです。よし、それじゃあ早速僕はルピンの居所を割り出します!」

「おう。頼りにしてんぜ」


 バシッと拳と拳を合わせる。

 怒りではない、腹の底から沸き立つような熱量を感じてきた。

 今ならば何でもできそうな気がする。


「あぁ、双六くん。その必要はないよ」

「……いたんですか十八さん」

「またあんたか……」


 すっかり忘れていた。

 曲がりなりにも教えを乞うている人に対する扱いではないが、小っ恥ずかしい青春の一ページを覗かれたようでバツが悪い気持ちになる。久遠も同じなのか苦々しい顔をしている。


「心外だな。いきなり走り出して行ったのは君の方だろう。それにそんなことを言っていいのかい? 私の方にはルピンの居所に関しては既にあらかた割り出しているよ」

「僕の役割いきなり奪うのやめてくれませんかね!?」


 あっさりと仕事が奪われてしまった。

 久遠にあんなに格好良く言った手前、完璧にこなそうと思っていたのに!

 恨みがましい目で十八を見つめる。


「ははは。情報の一つや二つで小さいことを言うんじゃないよ。それに割り出していると言っても所詮は消去法でという意味さ」

「どういうことです?」


 消去法ということは、確実な情報を掴んでいないということか?

 十八の持つ情報の開示を求めた。


「では、ヒントその1。ルピンの情報に関しては、情報屋界隈で名前こそあがっているものの核心的な情報が現在のところ何もないんだよ」

「はぁ。怪盗ですから居所とかはわかんないでしょうね」


 さすがは怪盗だ。

 元祖ルパンと同じように、ルピンもまた姿を隠す術に長けているのだろう。


「ヒントその2。私のプラチナランクによる機密情報部門にアクセスしても怪盗ルピンの居場所どころか経歴さえも不明だった」

「まさしく幻の怪盗ですね。燃えます」


 十八のプラチナランクでの情報網にさえ引っ掛からないということは、同様にモニターとしての権限しかない双六もプラチナランクの情報を期待できない。

 さらに、情報や界隈も持っていないということは、マークさえも知らないということになる。

 八方塞がりこの上ない状態だ。

 そのことを知らずに情報を集めていたとしたら、大変危ないところだった。


「はい。答えは?」


 教師然として十八は教え子に求める。

 不出来ながらも弟子なのだから、双六としても正解しておきたい。

 改めて十八の情報を整理して考える。

 怪盗ルピンの情報が情報屋やプラチナランクの情報からもわからない。

 そもそもここがおかしいのだ。

 娯楽都市における情報屋の役割は「日々更新される情報」を扱うことが多く、1日どころか数時間足らずで更新されることがままある。こちらの情報網にないということは、まだ納得はできる。

 だが、明らかにおかしいのはプラチナランクの方の情報網だ。

 こちらの情報網は娯楽都市の個人用データへのアクセス権限を持てるのだから、少なくとも娯楽都市に住んでいる人間ならば個人データ程度ならば知ることが可能だ。

 かつて、双六も個人情報アクセスをしたことで天音がジーニであると確信できたぐらい、その精度とデータ量は確かなものとなっている。

 以上のことから導き出される答えとしては——娯楽都市にいながらにして娯楽都市の住人ではあらず、情報屋でさえも迂闊に踏み入ることができないような場所に住んでいる人間。

 あまり考えたくはないが、双六の脳裏にはある『場所』が該当した。

 だらだらと冷や汗が落ち、恐る恐る十八に確かめる。


「…………えーと、まさか『奈落』ですか?」

「うん。正解さ」


 間違っていてくれと全力で祈った。

 だが、奇しくもそれは叶わなかった。

 人間、良い予感は当たらなくても悪い予感は大抵当たる法則だ。


「久遠さん。僕はあなたの無事を祈ってます。キラッ☆ では、僕は宿題があるのでこの辺で——」

「もちろん、君も行くんだよ」

「イヤああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————————!!!!」


 ガシッと肩を掴まれ、逃げることができなくなった。

 あんな細腕のどこにそんな力があるのか、ズルズルと双六は引きずられる。


「おいおい、双六。お前一体何をそんな騒いでんだ?」

「久遠さん『奈落』のこと知らないんですか!?」


 その様子をポカンと見つめた久遠が奈落のことを聞いてきた。

 信じられないという目で久遠を見た。

 娯楽都市に疎いといっても限度がある。この人何なら知っているんだ。


「知らん」

「らー、ケンケンあんまり娯楽都市のこと調べないもんねー」


 仕方がないと双六は奈落の説明を始める。 


「じゃあ、かいつまんで説明しますが『奈落』っていうのは娯楽都市におけるスラム街みたいなものです。当初は自由を謳っていた場所だったみたいですが、自由が行きすぎて無法地帯になって、最終的には娯楽都市の落伍者が行き着いたデストピアと呼ばれています。

 具体的なやばさを挙げますと、盗みや恐喝は日常。防犯カメラを設置したら次の日には解体されて売られてます。さらに、警察の警戒パトロールからも離れ暴力沙汰は取り締まられません。裏社会に生きる黒服さん達の怪しい会合を行う場所で、死体なんてすべての臓器と血が抜き取られた後で捨てられるようなところだと言われています」

「地獄みてーなところだな」

「というか、地獄以上ですね」


 死体さえ残らないとか、どれだけリサイクル精神に溢れているんだと言いたい。

 それに、今語ったことなんてほんの一部だ。

 ネットの掲示板では「今日あった奈落の出来事!」とか不謹慎極まりないスレッドすらあり、大半はゴシップなのだろうが、時々、事実も混ざってたりもする。

 それだけに、奈落の深い闇がどれだけ蔓延っているかだなんて想像すらできない。

 下手をしたら双六の想像以上にひどい可能性さえある。

 だから、


「娯楽屋コンビの復帰第一弾が奈落だなんて本当どうなってるんですかっ……!」


 自らの不運を嘆いた。

 なんだかんだで娯楽都市の住居区は安全配慮されているし、プラチナランクの権限を使えば携帯から防犯カメラや建物の侵入も可能なのだ。だが、奈落に関してはそれらが何一つ期待できない。

 子供が丸腰でヤクザに挑むようなレベルで心許ない。


「はぁ、あんだけ啖呵切っておいて情けないこと言うんじゃねーよ。そろそろ腹括れ。気合い入れて欲しけりゃデコピンじゃなくてシッペするぞ」

「それ僕の腕折るぞって言ってるのと同じですからね?」


 デコピンで空を飛んだのだから、シッペなんて複雑骨折するに決まっている。

 久遠はいい加減に自分の行うシッペとデコピンの痛さを考えるべきだと思う。


「らー。そんでゴロ君結局どうするのー? 行くー行かないー? 私様はどっちでもいいんだよ〜」

「狐島さん」


 今まで黙って見ていた狐島が、試すように双六に問う。

 久遠が大好きな狐島らしい。

 彼女は決して双六の味方ではない。絶対的なまでの久遠の味方だ。その久遠が活躍する話をすることで、双六は彼女から『娯楽屋』としてコンビを組むことを許されているのだ。

 狐島にとっての双六は吟遊詩人以上の価値なんて持っていない。

 所詮は代替の効く程度の玩具に過ぎないのだ。

 だから、


「……行きます。僕だって娯楽屋なんです。置いていかれるだなんて真っ平ごめんです」


 もうそこに甘んじるのはやめよう。

 何ができるかわからないが、それでも久遠と共にありたいと思ったのだから。


「うふふ〜、わかったよ〜。お土産話よろしくね〜」

「精々、冥土の土産話にならないように頑張りますよ」


 弱いは弱いなりに。

 普通は普通なりに。

 何かできるはずだと信じて。

 娯楽屋は奈落へと向かった。

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