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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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昼休みで遊ぶトランプは面白い

「どの分野で、どういったルールで久遠さんに勝ちたいか……」


 あれからずっと考えていた。

 自分がどうして勝ちたいと思ったのか。

 どうやればあの人に勝てるのか。

 それでも——双六には久遠健太に勝つという未来が見えずにいた。


「やっぱり、喧嘩で勝つとかかな?」


 デコピンで人一人を圧倒するような久遠に双六が真正面から挑んだ場面を想像してみる。

 例えば、こっちが全力でパンチをしたとしても、久遠はそのパンチを軽々と受け止めて、顔面パンチを喰らうことだろう。もしくは、腹パンされて内臓破裂かもしれない。

 人間風船という言葉が自然と頭の中に浮かんだ。


「……いや、ダメだ。即死か重症しか想像できないぞ」


 デッドオアデッド。

 死ぬ確率100%のゲームなんてクソゲーもいいところだ。

 改めて、そんな久遠を相手に真正面から喧嘩を売った正義屋の二人の度胸には頭が下がる思いである。自分には絶対無理だ。必ず死ぬと書いて必死だ。

 それでも、仮に双六が久遠をボコボコにして勝ったという想像を無理矢理する。

 双六によってボコボコにされた久遠が足元にひれ伏し、周りは賞賛して「双六すげーぜ! プチハはお前のもんだ!」とか言っているアツシがいて、隣には天音が「さすが私の彼氏だナァ」とホッペにチューをしてくる——そんな光景。


「ないない。むしろ、喜劇すぎて笑えてくる」


 笑えてくるしちっとも面白くない。

 芝居とかなら笑えるかもしれないが、現実考えるとあまりにかけ離れてくる。特にアツシからのプチハがまずいらない。天音からのチューだけで十分だ。


「じゃあ、他となると知的ゲームとかかなー」


 これなら勝ち目は喧嘩よりありそうだ。

 そうだな。例えば娯楽研究室で久遠が遊びに来た時に「久遠さん将棋でもしませんか!」と明るく誘って一局打つのだ。久遠は世俗に疎いところがあるが、頭は決して悪くないのだ。大学の評定も優とかの方が多かったと聞いたことがある。

 これは、中々に歯ごたえのある一局になるかもしれない。

 お互いの知性が光って、王という駒を守り敵陣へ攻め行き、最後には久遠に「良い対局でしたね。僕をここまで追い詰めたのは久遠さんが初めてです」とでも言うのだ。

 うん。これぞまさしく——


「仲良しかっ!?」

 

 とりあえず、セルフ突っ込みを入れてみた。

 考えすぎてだ方向性を見失ってきた感がある。

 そもそもの話が、専門的にやっているわけでもない将棋とか囲碁で勝って嬉しいわけがない。素人同士の暇つぶしなら楽しいが、本気でやってるものでないことで勝ってもいまひとつピンとこない。


「どうしたもんかなー」


 十八から出された課題であるが、ちっとも捗らない。

 そもそもの話が、


「考えてみれば『久遠さんに勝つ』っていう目的自体、十八さんから誘導された感はあるんだよな」


 なのである。

 とはいえ、それを十八から誘導されたとしても、受け入れたのは自分だ。少なからず双六の中には久遠に勝ちたいという気持ちが眠っていたことは間違いではない。

 憧れ、羨望、嫉妬。

 自分の中にあったのはそういう暗い気持ちばかりで、久遠と対比すればするほど惨めだったから、ずっと貼り付けたように笑って道化師(ピエロ)のように振舞っていたとばかり思っていた。そう思い込むようにしていた。

 だから、十八から勝ちたいかと問われた時、迷わず手を取った。


「——違うな。久遠さんに勝つ。それは僕が決めたことだ。誰のせいでもない」


 意思はある。

 決意もある。

 誰かに強制されたわけでは決してない。

 これは自分が選んだことだ。


「だからこそ、僕は考えなくちゃダメなんだ」


 久遠に勝つというビジョンを明確に持たなければいけない。

 とはいえ、今までずっと考えていたのに解決の糸口が見えない。

 そもそも、勝ちとは何だ?

 スポーツとかの試合ならば勝敗は明確だ。互いに汗を流し、決められたルールの中で戦って一番を決める。それで得られるのは勝ちによる快感や栄誉だろう。プロレベルともなれば金銭だって絡んでくる。

 けど、双六がやろうとしていることは、そういうのではない。

 先ほどの想像にしてもそうだ。

 双六が笑って、久遠が悔しがるような決着。


「なんか違う。久遠さんが悔しがるとか——ちっとも面白くない」


 これが双六にとって勝敗条件を難しくしているのだ。

 そのせいで、ここ数日延々と悩み続けている。

 意識していないが、声に出して「う〜ん……」と悩んでいたら、


「何悩んでんだお前?」

「うわっ! びっくりしたーって何だアツシか」


 目の前には友達のアツシがいつの間にかいた。

 

「何だとは何だ。それはあれか。彼女じゃなかったからの『何だ』か!?」

「いきなり嫉妬マックスで絡んでくるのやめくれない? みっともないよアツシ☆」

「そのドヤ顔ぶん殴りてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 あははと笑った。

 悩み疲れていたので、アツシの登場は歓迎するばかりだ。

 頭休みには丁度いい。


「そんでお前ここで何してんの?」


 そうアツシは問う。

 ここは楽々高校のアスレチック広場で、確かに普段の双六ならばあまり寄り付かない場所だ。しかし、今は十八から出された課題で修行中の身であり、彼女から「ぶっ倒れるまでここで遊びなさい」と指示を受けたので、全力で遊んでいた。

 障害物があって飛び越えたり、登ったり、降ったり、不安定な足場でのバランス感覚や立体機動を身につけるには持ってこいなのだそうだ。基礎体力がそこそこ付いたので、今度は動きをマシなものにしようとする図らいらしい。


「修行中だよ。自分の貧弱具合に嘆いて」

「アスレチック広場で修行とか子供かお前」

「いや、真面目にやったら結構本気できついよ、これ」


 何しろ全身運動なのだ。きつくないわけがない。

 しかも、このアスレチック広場の遊具数は半端じゃない数があるのだ。

 正直吐くレベルである。


「なるほどな。つまり、今度のデートにアスレチックを選ぼうとして、そこで天野さんに良いいところを見せようとする魂胆だな!」

「その発想はなかったな〜」


 相変わらずの友人の残念っぷりに安心感を覚えた。

 いや、本当にいつか報われてほしいものである。


「あぁ、そうだアツシ。一つ聞きたいんことあるんだけどいい?」

「相談か? 俺は高いぞ」

「友達なら無料で乗ろうよ。そんなんじゃモテないよ」

「ぐっ……それもそうだな。仕方がないお前のしょぼい相談に乗ってやるよ!」


 モテないよって脅せば、アツシは何でもするんじゃないかなっていうぐらいのちょろさだ。そんな友人の便利性を確認しつつ、相談を持ちかける。


「アツシって誰か勝ちたい人がいる?」

「とりあえず、お前をぶん殴って勝ち誇りたい」

「そういうんじゃなくってさ〜。ほら、漫画とかであるじゃない。ライバルに勝ちたいとかああいう感じみたいな相手のことさ」

「あん? 双六って誰か勝ちたい人いるの?」

「まあね」


 ライバルというほど対等的な関係ではないが、勝ちたいとは思っている。

 自分と能力的に近い立場であるアツシであれば、何か参考になるかもしれない。

 そんな風に期待をしたのに、


「特にいないな」


 やっぱり安定のアツシだ。

 参考にすらならなかった。


「えー、ライバルの一人すらいないのかよ?」

「現役高校生で帰宅部の俺にライバルになるような奴なんかいてたまるか。強いて言えばそうだな。俺自身がライバルってところだな!」

「お〜なんかそれっぽいこと言ってるね。それで、自分自身に勝ったらどうなるのさ?」

「俺自身に勝つ。それは、プチハを築いた時に他ならない! その時こそ、世界の絶対的な勝ち組として俺の名前は轟くに違いないな! なぁ、双六。そう考えると今からサインの練習しといたほうが良いかな?」

「サインより先にハーレムの一員の女の子を探しに行こうよ……」


 ある意味、この友人はもしかしたら誰よりも大物なのかもしれないと苦笑した。

 とはいえ、


「まぁ、僕もアツシも勝負事に疎いから仕方がないか」

「いやいや、ライバルは確かにいねーけど、勝負事に関しちゃこだわるぞ方だぞ」

「はぁ? どういうことさ?」


 アツシが勝負をしているところなど見たことがない。

 この友人は何をトチ狂ったのかと疑心の目を向けた。


「アホかお前は。毎日のようにテストの点数対決とか、昼飯かけてトランプやったりしてるだろ。少なくとも負けるのなんざごめんだから、全力で勝ちたいとは思ってるぞ」

「お〜! 確かにそうだったね」


 すっかり忘れてた。

 考えてみれば確かにアツシとは毎日のようにテストゲームの点数争いもしているし、昼飯をかけてよく連んでいるグループの連中とトランプをしていた。

 大富豪をやる時など、ローカルルールが多すぎるので始まる前にルール確認をして、独自ルールを持ち出したら負けとかして遊んでいる。


「勝ったらお得だし負けても面白い。ただし、負け続けると腹立たしいから頑張る。勝負ってのは基本そんなもんなんじゃねーのか」

「——確かにね」


 アツシの言葉がストンと肚の中に落ちた気がした。

 勝ったり負けたりを繰り返すのが面白い。

 勝負なんてそんなもんだ。

 ——もしかして、僕って考え過ぎていたのかな?

 気楽に相談したアツシから、本当に解決の糸口が出るとは思わなかった。

 光明が見えた気がする。

 早速、今のアツシの意見を参考にもう一度考え直そうとしたら、


「感心感心。ちゃんと私の言いつけ通りに訓練しているようだね」


 アスレチック広場に十八が現れた。

 相変わらず神出鬼没な人だ。突然登場するとか心臓に悪いからやめてほしい。


「もちろん。言われなくてもちゃ〜んとやってますよ」

「うん、余裕も出てきたね。実に良い傾向だ——これなら大丈夫かな」

「何がです?」


 勝手に一人で納得しないでほしい。

 ここ一ヶ月付き合ってわかったことだが、十八は一人で納得して終わることが多いので、せめて答えぐらい共有してほしいと切に願う。


「お、おい、双六! 誰だこのすげー美人なお姉さんは!?」

「誰って言っても。えーと、最近僕のことを鍛えてくれる師匠みたいな人」


 先生と言おうと思ったが、身体を中心に鍛えられているので、なんとなく師匠という呼び名の方が相応しい気がした。


「天野さんを彼女にしただけに飽き足らず、こんな美人のお姉さんが師匠だと……? くっ双六よ。ライバルは俺自身といったがあれは間違いだ。俺のライバルはお前だぁぁぁぁぁ!!」

「そんなことでライバル認定する奴を初めて見たよ。もういいからアツシ帰ってくれない? あぁ、相談に乗ってくれたお礼はこんどするから。昼飯何がいい?」

「ラーメンとチャーハンのセットだ畜生!!」


 とりあえず、アツシには退場していただいた。

 その対価が食券一回ぐらいなら安いものだ。

 それよりも、


「十八さんどこ行ってたんですか? 結構長い時間離れてましたけど」

「あぁ、そのことを説明する前に双六君に一つ聞きたいことがある」

「何ですか?」


 空いているベンチに座るなりいきなり文庫本を取り出して読書スタイルに入った。

 少しでも読む時間があれば大抵本を読んでいる人なので、今更行儀が悪いだの口うるさいことは言わない。

 すると、十八は何でもない風にとんでもないことを言った。


「君は怪盗ルピンって知っているかい?」

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