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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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何かに向かって頑張っている時が実は一番楽しい

 もしかしたら、これは誰だって経験があることかもしれない。

 毎日毎日ゴールの見えない目的のために努力し、時間を割き、それでも結果が思うように出ずに足掻き踠き苦しんできた。

 なのに、いざあっさりと「それ」が終わってみると、よくわからない喪失感に襲われる——そんな経験をしたことはないだろうか?

 別に、その苦しみをもう一度したいとは思わない。

 絶対に思わない。

 それが終わってあったのは解放感だったし、喜びに満ちていたのは本当のことだ。

 しかし。

 だがしかしだ。

 多かれ少なかれ、人生から見たら少ない時間かもしれないが、一年というスパンから見れば決して少なくない時間を費やしてきたのだ。

 いざ、それが無くなれば普段自分が何をしていたのか思い出せなくなっている。

 定年退職を終えた年配の方たちがボケてしまう気持ちが今ならわかる。

 結局のところ、人は誰しも『何かを達成した』ことよりも『何かを成している』最中の方が充実感を覚え、結果というのはその付随にすぎないかもしれない。

 だからこそ、途端にやることが無くなってしまうと、闇の中の道を歩くように、どこに向かえばいいのかわからない迷子のようになるのだろう。


 どこにだって向かっても良いのに。

 どこかにゴールを作っても良いはずなのに。

 どこにも行けない迷子の迷子の大人。


 よく人はレールの敷かれた人生を歩くことに拒否感を抱くけれど、いざレールが外されて脱線してしまうと、どこにも進めない電車に似ていると思う。

 いや、進めないのではないか。

 レールが外れた電車なんて——『事故』そのものなのだから動けなくて当然だ。

 そう考えると、忙しいとボヤいていた時間すらも懐かしく思えてくるから不思議だ。

 そして今——とても時間を持て余している久遠健太が楽々大学の構内をブラついていた。


「ったく、就職活動が無くなって逆に手持ち無沙汰になるとはな」


 救えないとぼやきたくなる。

 あんなにも嫌だった就職活動から解放されたはいいが、逆に自らの無趣味っぷりを披露したみたいな形になってしまった。

 つくづく時間の使い方の下手さ加減に呆れてしまう。

 それでも何かしようと思い立ち、せっかくならば人生の役に立ちそうなことをするべきだろうという真っ当な思考の結果、久遠は大学の図書館に寄り、今はその帰りだった。


「本を読むのは嫌いじゃないんだが——図書館でジロジロ見られると落ち着かないしな」


 当初は図書館で本でも読みながら時間を潰そうと考えていた。

 だが、久遠の威圧するような大きな身体と雰囲気から、他の利用客からジロジロと見られてしまうため読書に集中できず、何冊かの本を借りてそそくさと出てきたのだった。


「管音のところは……ダメだな。あいつが騒がしいから本を落ち着いて読むどころじゃない」


 本は静かなところで読むに限る。

 管音のところには何かとやかましいので本を読む環境にない。

 どこか良いところはないかと探していたら、


「ハ~イ。クドケン! 元気ですか? 元気がなければオレの頭を食べるといいデス!!」


 さらに陽気な男に挨拶されてしまった。

 この時点で、久遠は読書をすることを素直に諦め、本は家に帰ってから読むことに決めた。


「マークか。俺は元気だからお前の頭なんていらん。あげるんだったら、頭じゃなくてアンパンにしろ」


 もしくはカレーかもしれないが。

 ジャパニメーションというか童話しかり、考えてみたら体の一部を食べる話は意外と多いのではないかとふと思ってしまった。

 本来の意図は、自らの身を粉にして誰かの役に立つという意味なのだろう。それを表現通りに受け取ったらカニバリズムに早変わりだ。とてつもない皮肉である。


「アンパン欲しいデスか!? さすがクドケンですね〜。アンパンは吸って吐いたら凄い元気になるパンですからね〜」

「アンパン違いだ。俺が言っているのは、パン生地の中に餡子が入っている方だ」

「オ〜ウ、ほんのメリケンジョークでーす! ハハハハハ!」

「メリケンジョークとか……お前本当は留学生語ってる日本人じゃないのかよ」


 さらっと笑って誤魔化されてしまった。

 マークは顔の濃い日本人で、アメリカ被れをしていると言われても納得できそうだ。


「クドケン。スーツ姿じゃないようですが、シューカツは終わったデスか?」

「まぁな」

「それは良かったデ〜ス! 大器安静のクドケンは最後にはできると信じていたデース!」

「大器ある人間は安静にしてたらダメじゃねーか。それを言うなら大器晩成な」


 安静して大器になれるなら誰だってそうしている。

 それに大器晩成であっても、寿命や期限が迫っている場合は意味がない。

 それでも「俺は大器晩成型だから!」と言って言い訳している輩を見ることがあるが、どうやって大器晩成型と判断したのか大変興味深い。その先に待っているのは大器晩成ではなく大器破壊なのはほぼ間違いないだろう。

 結局、大器が晩成するのに必要なのは日々の努力なのだ。


「ちなみに、どこにクドケンは就職したのデースか?」

「あー、管音——狐島のとこだよ」

「……ホワッツ?」

「いや、だから狐島のところに就職したんだって」


 言いにくそうに答えた久遠。

 男として身内に近い関係の狐島のところで働くのを決めたのは、納得済みのことである。それでも楽をした感がちょっとあって後ろめたくもある。

 だが、マークは最初から久遠の就職活動を応援してくれた友人だ。

 であれば、きちんと筋を通すべきなので、少々気恥ずかしいがマークには包み隠さずに狐島のところで働くことを説明したら——マークが泣き始めた。

 目尻に涙を溜めるというレベルではない。

 22歳の日系ハーフの大の男がボロボロと泣いていた。


「何で泣いた!?」

「オォ〜ウ……これが泣かないでいられるデスか! クドケンがフォックスちゃんのところに就職したなんて〜!!」

「大げさすぎだろ」


 涙を拭くハンカチが見る間に涙で湿っていく。

 そこまで心配かけていたのかと悪い気がしたが、マークの次の言葉でさっぱりと消え去った。


「大げさじゃないデ〜ス! 就職。つまりは二人が結婚したなんて——オレはビックリドッキリハラキリものデス!!」

「そっちの就職じゃねーよ!!」


 どれだけ甲斐性なしに思われているのだ。

 普通、その言葉は養われる側とか主婦または主夫に使われるものだ。

 まったく心外である。


「娯楽屋としてあいつの下で働くだけだ! 勘違いするな!!」

「オ〜ウ。そうだったデスか! まったくクドケンは言葉が足りなさ過ぎデース」

「お前が誤読しすぎなんだよ……」


 日本語のことわざの使い方は間違える。

 日常会話を読み間違える。

 ある意味、ここまでできれば天才じゃないかとさえ思う。


「オレとしてはクドケンがやる気になるのは嬉しいですが——クドケンはゴローのことをどうするつもりデスか?」

「……一応、考えてはいる」


 目下、それは最近悩んでいることの一つだ。

 久遠が双六を近くに置いているのは普通の人間を観察するためだった。

 それは双六も承知して、共に娯楽屋としてやってきたのだ。

 だが、久遠は正義屋の二人と出会い『普通』になることをやめた。

 自分の力を認め、ありのままで生きていくことに決めたのだ。

 ただ、そうすると——双六が近くに置く意味は全くないと言ってもいい。

 けれど双六は曲がりなりにも久遠の相棒としてやってきたのだ。

 それを自分の都合で勝手に切り捨てたりできるわけが——ない。


「どうなるにしろ、一度は双六(あいつ)と話さないと思ってるんだが連絡つかなくてな」

「そうでしたか。オレは二人ではないので何もできませんが、心配だけはしていマース」

「あぁ、サンキュな」


 何とかするのは久遠(じぶん)の仕事だ。

 マークが心配してくれるだけでも十分すぎるほどありがたい。


「——話は変わりますがクドケン。『怪盗ルピン』って知ってマスか?」

「ん? あぁ、まぁ新聞に載ってる程度にはな」


 急な話題の振りに一瞬戸惑ったが、『怪盗ルピン』というワードは見覚えがある。

 何せ先ほど図書館で読んだ新聞に、その怪盗ルピンの記事が載っていたのだ。

 美術館に予告状を出して、美術品を盗み出すという前時代的な手法で盗み出したという怪盗だ。

 詳細は描かれていないが、ネット界隈では噂の真偽はともかく盛り上がっている話題の一つだ。


「それがどうかしたのか?」

「あー、そうデスねー」

「マークにしては珍しく歯切れが悪いな。言いにくいことなら言わなくても構わんぞ」

「そういうことじゃないデース。クドケンは知っておいた方が良いことでーす」

「——もしかしてお前の仕事柄の情報か?」

「イエス」


 マークからおちゃらけた雰囲気はなく、空気は固く真面目なものへと変化した。

 久遠もまたそれに伴い思考を切り替える。


「情報料は?」

「今回はクドケンのシューショク祝いにしておきマス」

「サンキュ。なら聞かせてくれ。知っておきたい」

「……わかったデース」


 マークは普段の様子から推し量ることはできないが、かなり優秀な情報屋だ。

 その男がここまで口を重くするのはただごとではない。

 ざらりとした空気が背筋を撫でる。

 それは前のように嫌な感じはしない。

 むしろ、望んでいたかのように血が沸き立つのを感じる。


「実はデスね——」


 

 そして、久遠は更なる『娯楽』が近いことを知った。

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