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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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名前が有名なだけで因縁の対決になる場合だってある

 警察官になって早20年は経った。

 警察官に成り立ての頃は市民の平和を守るためとか、青臭いことも考えていた気がするが、この歳になれば生活のために警官をやっているだけだ。

 普段の楽しみといえば、仕事の後に馴染みの居酒屋で一杯やることで、季節ごとの刺身で舌鼓を打てればそれで十分であると思っている。

 齢40も超えるようになれば、いい加減体の節々が気になる年頃であり、身体を鍛えていようと気力が続かなくなってくる。できれば、さっさとデスクワークだけに切り替えたいところであるのに、この娯楽都市にいるせいで未だに現場に駆り出される始末だ。

 さっさとどっかの地方にでも飛ばしてくれればいいのにと願わずにはいられない。

 銭形十蔵はくたびれた鼠色の背広を着て、慣れ親しんだ煙草を吸いながら、肌寒くなってきた夜空の下でハァと一息ついた。

 本当、熱燗で一杯やりたい——そんなことを思っていたら、タイミングを見計らったかのように一人の警官が彼の元にやってきた。


「銭形さん。今のところ以上はありません!」

「お、そうか。じゃあ、引き続き警戒よろしく」

「はい!」


 まだまだ元気と言わんばかりに駆け足で戻っていったのは、銭形の部下の一人だ。

 確か入って2年目になるかならないかの新人だ。


「若いねぇ〜」


 そんな初々しさがとても新鮮に映って見える。

 ただ、若さが羨ましいとは思わない。

 年とは経験であり、銭形が警官になってから歩んでいた20年には酸いも甘いもあったのだから。それはそれで面白い経験であり、今更それを否定するかのような言動はなるべくしたくない。せいぜい羨ましいとしたら身体の痛みがないことぐらいだ。


「にしても、何考えているんだかね」


 銭形の長い警察官人生であっても初めてのことだってある。

 それが今銭形の付いている警備の仕事だ。

 最初、この警備をしろと上が言ってきた時、頭がどうかしたのかと思った。

 ある意味、警察官としてはお馴染みと言ってもいいほどの仕事であるが、誰一人として経験したことはない仕事だったからだ。

 いくら娯楽都市であっても、さすがにこれはないだろうと思った。



『楽王美術館に展示されている「真紅の瞳」を頂きに参上します。by 怪盗ルピン』

 

 

 怪盗から予告状が届いたのだ。

 いや、本当これをどうしろというのだ。

 いくら自分の名前が『銭形』だからといって、怪盗はさすがにない。

 しかも、ルピンとカタカナで書いてあるところを見ると、ルパンの英語表記である「Lupin」をそのまま日本語読みにしたのだろう。捻ったのか捻ってないのかよくわからないネーミングセンスである。

 そしたら、堅物で厳つい顔をしたヤクザも真っ青な上司たちでさえ「銭形くん。君にぴったりの仕事が来てしまったようだ……ぶっ!」と笑いをピクピクと堪えながら、この仕事を自分に振ってきたのだ。きっと頭がどうかしていたに違いない。


「しがない警官の自分は上には逆らえないってね」


 内容はともかくとしてこれもまた仕事だ。

 銭形は粛々と警備の計画について練り始めた。

 まず第一に、相手は愉快犯である可能性を考えてみたが、予告状を科学班に分析を出したところ何の痕跡も見当たらなかったので、愉快犯の可能性を取り下げた。相手を甘く見ても良いことは何もないので、一先ず警戒態勢は高く見積もっておく。

 次に、狙っている美術品を取り下げて厳重に金庫にでも入れておいてはと、美術館に提案したところ、目玉の美術品であり収益が下がるとのことで提案は取り下げられた。

 この辺りまでは銭形の想定通りではある。

 けれど、この時点で美術館が行うべき『財産の自主的な保護』を放棄しているので、最悪のケースとして、警察が怪盗から美術品を守りきれなかった場合の責任については追求しないとの確約を交わした。

 もちろん、怪盗なんかにみすみす盗ませるわけはないが、それでも美術品が盗まれた場合の責任追及に関して逃れることは組織として大事である。これで、国民の血税が保障のために使われたとあっては洒落にならない。

 責任逃れって本当に大事。

 後顧の憂いがなくなったので、後は警察という『組織』の力をフルに使うだけである。

 銭形は自分の腹の中から笑いがこみ上げてくるのを感じる。


「はっ、来れるものなら来てみやがれってんだ」


 いつも銭形は思っていたことがある。

 怪盗をモチーフにした物語において、何故警察はいつも負け続けなければならないのかと。エンターテイメントとしてみれば、確かにその方が痛快であり読んでいる側としては怪盗の鮮やかな手並みにワクワクするだろう。

 だが、現実的に考えてみよう。

 警察は市民を守るという意味では最大の組織なのだ。

 そして今、組織としての力を使った結果がこれだ。


・全ての出入り口には常に2名以上の警官が待機する

・美術館の電源が切れてもいいように、持ち運び型の照明器具を美術館の周り及び廊下に配置

・変装や不審人物の出入りを排除するため、前もって登録していたIDカードを持った者しか美術館に入れないようにする(顔認識含む)

・警察官の装備は暴動を想定したフル装備(美術館内部は拳銃の発砲は許可されないため、サスマタや電磁ロットのみ)

・防犯カメラは死角のないように全て配備

・万が一のためにヘリコプターを手配

・狙われている美術品は厚さ5cm以上の強化ガラスのケースに入れて溶接済み。さらに重機でなければ持ち運べないように重量も1トン以上にした。


 というのが今回の警備概要である。

 要は「不審人物を入れない」「物理的に盗めない」「万が一盗んだらぶっ殺す」という方針で今回の警備態勢を立案した。

 これを提案した時上司は「やりすぎじゃね?」と額に汗を浮かべていたが、銭形は素知らぬ顔でこの案を押し通した。

 そもそもが怪盗がなんらかの奇術的な手を使ってこようが、所詮は人間なのだ。物理的に盗みようがなければどうしようもあるまい。特定の鍵がなければ開けられないのであれば、鍵穴をなくす。変装をするのであれば人物認証を徹底する。予想もしない出入り口を作るのであれば、持ち運びできないようにする。

 また、美術品が最初からすり替えられている可能性もあるため、ガラスケースに入れる前に鑑定し、その様子を防犯カメラで撮っているので『美術館の連中が犯人説』もこれで潰している。

 いやもう本当にやり過ぎたと自分でも思った。

 だがまぁ、これぐらいやったのだ。

 怪盗が来ないのは興ざめなので、むしろ来て欲しいぐらいだ。

 恋い焦がれていると言ってもいいレベルの歓迎っぷりだ。

 

「さーて怪盗さんは、どっからおいでになるかねー」


 予告状には日時が指定されていた。

 どこまでも伝統を踏襲してくれる怪盗の鏡だと拍手を送りたいぐらいだ。

 とはいえ、今の所指定日時の5分前になっても怪しい人物の報告もない。半径300メートルはこの一帯を封鎖しているので、そろそろ来てもおかしくはない頃合いだ。

 そうなってくると考えられるのは、


「やっぱり愉快犯だったのかねー」

 

 という可能性が再度浮上してくる。

 しかし、銭形はその可能性をまるで信じてはいない。

 それどころか一番ありえないと思っている。

 何故なら、銭形が抱いている最大の根拠は——ここが娯楽都市だからである。


 ありとあらゆる娯楽が集い。

 ありとあらゆる欲望が渦巻き。

 ありとあらゆる野望が喰らいあう。


 そんなバカみたいな連中がいるクソッタレな都市なのだ。

 だったら怪盗の一人や二人出てもおかしくはない。

 むしろ、登場が遅すぎるぐらいだ。

 ならばと考えてみる。

 相手は怪盗を名乗っている。

 怪盗とは登場に気を使うものであるし、奇をてらうものだ。

 そうなってくると、どのような登場が考えられる?

 ふと銭形は空を見上げてみた。

 自分が怪盗だった場合、バカみたく目立って格好良い登場シーンといえば、


「ほ〜ら、ビンゴだ!!」


 空からの登場に決まっている。

 娯楽都市のキラキラと輝くビルの灯りが怪盗の登場シーンを喜ぶように瞬き、その灯りの中をパラグライダーで飛んでいる人影が見えた。

 年甲斐もなく心が沸き立つのを感じる。

 銭形は、その心の沸き立つままに無線から警備についてる全員に呼びかける。


「こちら銭形だ。予告通り怪盗ルピンが空から現れたぞ。いいか、これは怪盗をモチーフにした物語なんかじゃない。いつだって警察は怪盗に遅れをとる無能な連中だと表現されてきた。だが、今は現実だ。お前らの中にだって一人ぐらいいるだろう。警察官になって怪盗を捕まえたいって思った奴は。あぁ、そうだ。俺がその一人だ。ずっと夢見てきたよ。そして、その夢見る舞台が今ここにあるぞ! だから、警察という組織の誇りに掛けて、頭のイカれた怪盗は何も盗めないってことを思い知らせてやれ!!」


 楽王美術館全体から野太い怒号が上がった。

 獰猛な笑みが銭形の顔から漏れる。


「いいねぇ〜この感じ。おっさんになっても心は少年だったってことか」


 何しろ相手は怪盗である。

 銭形の名前を持つ自分として決して負けられない相手だ。

 とうとう美術館の屋上に飛び降りた怪盗を見て、銭形は手を銃の形にして宣言する。


「怪盗ルピン。お前を逮捕してやるよ」

 

 バンと言って銭形は美術館の中に入る。

 相手がどんな手で来るかは知らないが、望むところである。

 盗ませないための手は尽くした。

 どんなに凄まじい知恵と力を持つ人間だとしても、警察という組織の力に勝てるわけがないということを証明してやる。

 そう思った銭形は少なからずの自信にあふれていた。

 だが、この時の銭形はまだ知らなかった。

 怪盗ルピンが予告状を出した意味について。

 怪盗ルピンがわざわざ空から登場した意味について。

 彼は何も知らなかったのだ。

 


 そして——ここから全ての悪夢が始まった。

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