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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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最後の就職活動

「よう。狐島」

「やっふーケンケンお久しぶり〜りー」

「こないだ会ったばかりだろ」

「らー、乙女の待っている時間は長いものなのだよー」


 そんなものなのかと適当に納得した。

 娯楽研究会の部室はいつも通り雑然としており、狐島が遊んだ後がそこかしらに見え隠れする。片付けろといっても聞かないあたりもいつも通りなので、そこは是非とも改善して欲しいところではある。

 ともあれ、小うるさいことはさておき、コーヒーを淹れてから椅子に座り一息つくことにした。

 そして、二人揃ってコーヒーを飲みながら何も言わない静かな時間が十分ほど流れた。

 いつも狐島といると大半はこんな風に過ごすことが多い。仕事のあとならば報告などで話すことが多いが、それ以外については目新しいものがない限りは久遠から話すことは滅多にない。

 なので、狐島もそれをわかっているのか、いつも変なことばかりしているが、こういう時は一緒に静かに過ごすことの方が多い。

 でも、今日は少し違う。

 それをどう切り出したものかと思っていたら、


「おろ? ケンケン何か言いたいことあるの〜?」


 先に狐島の方から聞いてきた。


「……何でそう思う?」


 顔に出していたつもりはない。

 そもそも周りからは表情に乏しい人間だと言われる方なので、基本不機嫌に見えると言われたことがある。


「らー。ケンケンの口がムズムズしているように見えたからにー」

「そうか?」

「そだよー」


 ペタペタと久遠は自分の顔に触れる。

 どうやら、狐島はそんな微妙な久遠の表情を汲み取っていたようだ。

 けれど、助かったと思う。

 狐島が言った通り、久遠はとても聞いてもらいたい話があった。


「あー。じゃあ、ちと俺の話聞いてくれるか?」

「もちろんさ〜」


 そして、久遠は話し出した。

 遊園地であった出来事のことを。

 正義屋という兄弟二人に出会い、自分が何を思ったのか。

 それをうまく語れるかは正直わからない。

 けれど、話したかった。聞いて欲しかった。

 とてもとても大事なことだったから。

 話術に長けているわけではない久遠の話を、狐島は「うん」と言って一つ一つ丁寧に聞いていく。


「——でな、真理がこれまた身軽でさ。俺が殴ろうとしても全然当たらないんだよ。すげーだろ?」


 どのくらいの時が経ったのだろうか。

 気づけば、久遠は熱中して話し込んでいた。


「くふふ〜。うんうん。すごいね〜」


 と言って狐島はニコニコと笑ってこちらを見ている。

 ふと我に返り、ちょっとだけ恥ずかしくなった。


「ちゃんと聞いているのか?」

「もちろんだよ〜。私様がケンケンの話を聞きかないなんて、絶対にないのさのさ」

「……だな」


 思い返してみても、狐島は自分が話すとき笑っている印象しかない。

 または、叱っているときのぶーぶー言っている顔だ。

 でも、話を全く聞かないということはなかった。


「でも、本当に良かったよ〜」

「何がだ?」

「ケンケンのそんな楽しそうな顔。久しぶりに見えたからね〜」

「そうだな。楽しかった。あぁ、楽しかったな」

「私様も楽しい〜らりるれろ〜♪」


 あの遊園地の出来事は本当に楽しい思い出だった。

 血が沸騰するとでも言えばいいのか。

 自分の力をあんな風に使えると知ったのは初めてだった。

 だからこそ、決めたことがある。

 これまでのことを踏まえて。

 これからのことを決めた。


「そんでだ、狐島。俺、今回のことで一つ決めたことがあるんだ?」

「なんだに〜?」


 これが正しいことなのか今はわからない。

 今までは普通を目指すことことそが、彼女を守る唯一の方法だと思っていたのだから。

 でも、それだけじゃないと知った。

 それを虎徹正義が教えてくれた。

 普通(そこ)には自分の目指すべきものがないと。

 前を向き、正々堂々と生きることが格好良い男なのだと。

 だから、



「管音——お前の元で働くことに決めたよ」



 これが久遠健太にとって最後の就職活動だ。

 あれほど忌み嫌っていた自分の異常性を受け入れること。

 それが最高に格好良いと思った生き方だ。

 その証として、普通に慣れるまで言わないと決めた『狐島』という呼び方ではなく『管音』の呼び方に変えた。

 かつて、久遠健太が何度も呼んでいた『管音』の響き。

 腹の底から懐かしさが込み上げてくる。


「……いいの?」

「いいさ。あいつらに教えてもらったからな。どうせなら俺もあいつらみたく格好良く生きたい。でないと、次あいつらと遊ぶ時に文句言われそうだからな。だから、頼む」


 そう言って久遠は頭を深く下げた。

 何しろ次は真理が必ず勝つと宣言された。

 負けるつもりはサラサラないが、何もしなかったら負けてしまうだろう。

 あとは狐島が良いと言ってもらえるかに尽きる。

 もし断られたらどうしようかと恐る恐る顔を上げて、久遠はギョッと驚いてしまった。

 何故なら、


「——嬉しい」


 狐島の瞳から涙がポロポロと流れていた。

 宝石のように雫がキラキラと落ちていった。


「うえーん。私様、嬉しいよぉ〜幸せだよぉ〜」

「ったく、泣くなよ」


 困ったように久遠はティッシュを狐島に渡す。

 まさか泣かれるとは思っていなかったので、どうしたらいいのかわからない。

 とりあえず、子供をあやすように胸に引き寄せ頭を撫でる。


「嬉し泣きだからいいんだよぉ〜」


 うえーんと子供のように泣きながら狐島が胸の中で泣く。

 嬉し泣きなら泣いてもいいのかと自問自答しながら、狐島が落ち着くまで少なくない時間じっと抱きかかえていた。

 そして、いいだけ泣いた狐島は涙に濡れた顔でこちらを見つめて言う。


「ぐす。ケンケン。これからも一杯楽しそうな依頼見つけるからねぇ〜」

「あぁ、精々がんばるとするよ」


 がんばりたいと心から思う。

 この腕の中に収まるような小さな狐島。

 必ず守ろうと静かに久遠は決意した。





 決意を新たに、部室を後にした久遠は帰宅しようとした。

 気分は実に清々しいばかりだ。

 脱皮をした後のような、新しい自分になれた思いである。

 今日は実に良い日で終わる。

 そう思っていたら、


「かーかっか! そこにいるのは娯楽屋久遠健太殿とお見受けする!!」


 でかい声を響かせた、僧服を着たおっさんが目の前に立っていた。

 人違いであって欲しいと思ったが、確実に久遠の名前が呼ばれてしまったので、人違いではなさそうだ。


「いや、誰だあんた?」


 知り合いの顔を思い返しても、こんな強烈な人間はいない。

 もしかしたら娯楽屋で会ったやつかとも思ったが、それでもこんな濃ゆい人間はいなかったと思う。


「おっとこれは失礼仕った! 拙僧は戦場玄上という者でござる」

「……その戦場さんが何の用だ?」


 名前だけはわかった。

 いや、むしろ、名前しかわからなかったというべきか。


「ぜひ久遠殿に挨拶をと思って来た次第でござるよ。実は拙僧も先日の遊園地のイベントの参加していてな。そこでお主と正義屋の戦いを垣間見せてもらっていたのでござる。あれは実に素晴らしき戦でござったな!」


 ピクリと久遠は反応した。

 あの場には誰もいなかったと思ったが、どこからか見られていたようだ。


「俺の負けだったがな」


 勘違いしていても嫌なので、一応そう言っておく。

 あの勝負は久遠の負けで決まったことだ。


「器としての意味ならばそうでござろう。しかし、一個人の『武』の力で比べるならば、あれは久遠殿の勝ちでござった」

「……んで、何が言いたい?」


 けれど、戦場は実力的には久遠の勝ちだという。

 いきなり第三者にそう言われても何も嬉しくない。

 むしろ、あの楽しかった戦いがケチをつけられたようでムッとした。


「拙僧とも戦ってほしいでござる」

「何故だ?」


 久遠としては戦う理由は一つもない。

 とりあえず、向こうの言い分を聞いてみることにした。


「理由なぞあまりにも簡単! 拙僧の心に掲げるは『拳と拳の相互理解』でござる! 強者を理解することこそが我が喜び。そして、理解は戦という限界の中でこそ育まれるものでござる!!」


 結果、戦場が変態だということだけはわかった。

 拳と拳で理解が生まれることは確かにあるが、別に拳でなければならない理由はない。拳を交わすぐらいならばまず言葉を交わして欲しいところだ。

 ここで戦場の申し出を蹴ることは容易だ。

 しかし、それは今までとなんら変わりはない。

 これからのことを考えれば、こういった手合いにも慣れておく必要があるだろう。


「——いいぜ。やってやるよ」


 そんな、考えの末に久遠は受けることにした。

 真理が「強い野郎を前に逃げない」と宣言したこともあってか、意外なほどに抵抗感はなかった。


「おぉ! かたじけない!!」

「ただし、後悔するなよ。あんたには俺の力試しになってもらう」

「無論。それはこちらも同じでござる」


 そして、二人は持っていた荷物を投げ捨て、構えをとった。

 戦場の流れるような自然な構えを見て、久遠は自らの認識の甘さを正す。

 これも真理と同じく決して油断の出来ない相手だ。

 口元がニヤリと薄く緩んだ。


「<娯楽屋>久遠健太」

「<ガチンコ屋>戦場玄上」


 初めて久遠は娯楽屋と名乗り、それに対し戦場もガチンコ屋と名乗った。


「いざ——」

「尋常に——」


 そうあることが自然なように。

 そうあることが必然なように。

 二人は同時に言葉を紡いだ。


『勝負!!』


 そして、誰も知らない戦いが始まった。

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