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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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天才による推理失格パート

 双六と久遠と別れてから数十分後。

 天野天音は彼らに言った通り、遊園地のシンボルマークのようにそびえ立っている塔へと再び訪れていた。

 鬼ごっこで追われる側の一員である天野であるが、双六たちがうまく動いてくれているおかげで、誰とも遭遇せずにここまで来ることができた。

 たとえ襲われたとしても、相手があの久遠でない限り遅れを取ることはまずあり得ないという自信はあるが、それでも面倒を避けられるのならば避けるに限りる。

 そして、建物の中に入り天野は二人に内心謝罪した。


 ——悪いが、もうちっとばかり鬼ごっこ楽しんでくれナァ〜。


 最初から天野は殺人について運営に明かすつもりなどなかった。

 ここへ来た理由は知りたいことがあるというのは言った通りだが、事件のことについて公にするつもりも、協力を仰ぐつもりなど毛頭ない。

 全ては自らの『知りたいもの』を満たすためだけに来た。

 ただそれだけだ。

 なので、再び数分間エレベータに揺られて館長室に着くと、


「……何でお前がここにいんだヨ?」


 館長室にいるとは思っていなかった人物がそこにいた。


「あれ〜誰かと思えばジーニちゃんじゃないですか〜?」

「いや、質問に答えろよ」


 そこにいたのはパズル屋照兎栗鼠であった。

 照兎がニコニコと笑いながらバラバラ死体のワイヤーを取り外していた。顔や手にに血がべっとりとついている中、死体の顔を持っている姿はひどく猟奇的に見えた。

 なのに、そんな状況とは不釣り合いな独特な間延びした空気に若干イラっとした。美少年だからといって何でも許されると思うなよ。


「パズルがここにありそうだったんで遊びに来ました〜♪」


 そう言って照兎は死体をくっつけたり外したりしている。

 見ているだけで食欲が無くなりそうな光景だ。


「言っておくがバラバラ死体をパズルに見立てるのお前だけだからナァ」

「え〜バラバラのパズルって楽しくないですか〜?」


 バラバラのパズルは楽しいかもしれないが、バラバラ死体のパズルは全く楽しくない。別にグロ耐性が高いわけではないので、この死体部屋にいるだけで正直気分が悪くなってくる。

 もちろん、帰ったらこの死臭のする服は捨てるつもりだ。


「まぁいい。アタシが見る手間が省けた。その死体は『パズル』だったのか?」

「う〜ん。残念ながら『パズル』じゃなかったんですよね〜」


 心底残念そうに照兎は死体を見つめて言った。


「骨格に筋肉を見比べても全て『同一人物』のパーツでした〜」


 ということは即ち、全ての四肢が別人の可能性も死体偽装も特にないというわけだ。パズル屋としての照兎の見立てならば絶対に間違いはない。

 ならば、全ての答えは出た。


「なるほどナァ。じゃあここには用は無い。じゃあな、テト」

「え〜僕と遊んで行きましょうよ〜」


 帰ろうとしたら照兎が服を引っ張って引き止めてきた。


「嫌だよ。私がいくら天才でもパズルだけならお前の方が解くの早いしな」

「僕とパズルで戦って良い線いくのジーニちゃんぐらいなんですよ〜」


 過去、パズル屋として名を馳せたばかりの頃の照兎と遊んだことがあったが、三割程度しか勝てなかった。速さに特化した天才であると自覚していた自分が負けたのもショックだったが、特化型に鍛え上げた能力には及ばないのだと知ることもできた。

 その縁もあって時折照兎がパズルをしにくるようになってしまった。


「うっせーよ。ここにはパズルエリアあるんだから——あぁ、全部解いたのか」

「はい〜♪ とっても楽しい時間でした〜!」


 パズルエリアにどれだけパズルがあるのか知らないが、それを全て解き終わったようだ。アホの所業としか言いようがない。


「だったらもう帰れよ」

「そうですね〜。今日はいっぱい遊んだから満足ですから帰ります〜」

「そうしとけ」


 館長室を出る前に照兎についた血を拭き取っておいた。

 さすがに、血だらけの美少年と一緒の所を目撃でもされたら、言い訳のしようもなく捕まってしまう。

 そして、また数分かかるエレベータを使って一階まで降りた。


「じゃあまた今度遊んでくださいね〜♪」

「はいはい。気ぃ向いたらな」


 ようやく照兎と別れてホッと一息ついた。

 どうもあの美少年といると自分のペースを崩されて困る。

 だが、問題はここからだ。

 いや、解答はここからだと言ったほうがいいかもしれない。

 天野はカツカツと歩き、受付前で止まった。

 さて推理失格パートを——開始しようか。


「んで、一つ聞きたいんだが、アンタが館長室にいた『遊木遊々』を殺した犯人ってことでいいのカァ?」


 天才には推理なんて必要ない。

 天才には証明なんて必要ない。

 ただ天野は断定するだけだ。

 ありとあらゆる探偵が束になって掛かってもわからない速度で導き出した答えによって、彼女は犯人と決めつける。

 そこにいたのは——遊木遊々が秘書子と呼んでいた女性だった。



「はい正解でございます。『ジーニ』天野天音様」



 微笑を浮かべながら、秘書子は天野の言葉を肯定した。

 そこには、犯人らしい焦りも、見苦しさは何一つなかった。


「何だ。意外と素直な反応だナァ?」


 せっかく天才がこうして出向いたのだ。

 少しは面白い反応の一つでもして欲しいところだ。


「いえいえ。正直驚いています。こんなに早く当てられてしまうとは思っていなかったものですから。ちなみに理由を聞いても?」

「別に言ってもいいが、現場の検証から感じた違和感、このイベントの狙い、プラチナとしての私の情報網とか語ったら長くなるしな〜。うーん、強いて言えばあれだな」


 天野は一拍溜め、ニカリと笑って言った。



「私が天才でファザコンだからだ!!」



 正々堂々と受付の前で傲岸不遜に言い切った。

 その姿には後悔なんて文字は何一つ見えなかった。


「……なるほど。お見それしました」

「ま、そんな凡人どもが時間を掛ければわかる犯人当てのことなんざ私にとってはどうでもいいんだよ」


 別にここには犯人を当てに来たわけではない。

 ここへ来た理由はたった一つだけだ。

 それは、


「私が知りたいのは一つだけだ。何で殺した?」


 この一言に集約される。

 だから、わざわざ死体がフェイクの可能性を確認し、娯楽屋の二人と離れてまでここまで来たのだ。


「殺人の動機ですか。意外とオーソドックスな所が知りたいのですね」

「いや違うぞ。聞きたいのは殺人の動機じゃなくて、何で『娘』のあんたが『父親』である遊木を殺したってことだ?」


 何か勘違いされてしまったようだ。

 天野にとって殺人の動機自体はどうでもいい。

 問題なのは『娘』が『父親』を殺したことだ。

 ファザコンである天野にとって、それは驚天動地のことであり、死んでもあり得ないことなのだから。

 それゆえに天野は——彼女が父親を殺した理由を知りたくなった。


「——なぜ私が娘だとわかったのですか?」


 初めて彼女の顔が驚きに変わった。

 少しだけ意趣返しできたようで気分が良かった。


「最初に天才でファザコンだって言っただろ」

「なるほど。さすがは天才の名を欲しいままにしただけのことはありますね」


 この場合、天才はさほど関係ないがどうでもいいので訂正はしない。

 そして、どうやら秘書子は黙るつもりはないらしく、問いには答えてくれるようだ。


「では私が父を殺した理由について語りましょうか。簡単に言えば育児放棄(ネグレクト)が原因でしょうか」


 育児放棄。

 俗に虐待に当たるそれは近年問題視がされていて、経済的、精神的に問題のある親が子供の育児を放棄することを指す。

 それが原因と言われても、まだピンとこない天野は話を続けるよう促す。


「遊木遊々——私の父ですが、これがまた絵に書いたかのようなクズでしてね。金があれば大抵のことは何でもできると思っている人間です。——そうですね。天野様はご兄弟とかはいらっしゃいますか?」

「いんや〜いねぇよ」


 物心ついた時から父親との二人暮らしだ。

 母親の方は生まれた時に死別したらしいので、よくは知らない。

 天音以外に兄弟がいたという話はいないので、一人っ子であることは間違いないだろう。


「そうですか。ちなみに、私は百人以上の兄弟姉妹がいます」

「……は? マジで?」

「マジです」


 百人以上と聞いて目を丸くした。

 十人以上の大家族などはテレビで聞いたことはあるが、百人以上など聞いたこともない。お盛んにもほどがあるだろう。


「どうやって子供育てんだよ、それ」

「ですから育ててないんですよ。遊木は子供を産んだ女には例外なく一億渡して後は放置です。というか、あのクズは子供の顔どころか名前すら知りません」


 金は渡している分マシと見るべきか、最初から金を渡すだけしか考えていない分最悪と断じるか微妙なラインだ。

 確かに育児放棄と言われてもおかしくはないレベルだ。


「私は父親という存在を知らずに過ごしました。お金はあったので不自由をしたことはありません。ですが、成長して父親が誰なのかを気になり調べたところ——遊木に辿り着きました」


 よくもまぁ辿り着いたものだと感心した。

 プラチナランクの天野といえど、マスターランクの彼の情報に行き着くまでにはかなりの時間を要するのだ。

 とはいえ、遊木はマスターランクの中でも唯一外部に情報公開を許している人間なので、時間を掛ければ辿り着けないことはないのだろう。


「父は娯楽都市の多数の開発実績に携わっていたことがわかり、立派な人間だとその時は誇りにも思ったものです。ですが、それと反比例するようなクズみたいな人間性の噂も多く出てきました」


 あぁ、と天野は納得した。

 天野の情報網からでも、遊木の人間性については口をつぐみたくなるものが多々あった。


「その噂を確かめるべく彼の秘書になってみたのですが、結果は噂が本当どころか噂以上にクズな人間でした。おまけに、仕事は私に全部押し付けるわ、仕事はしないわ、仮面のコーディネートを聞いてくるわ、娘と付き合おうとするわ、さらに子供を増やそうとするわ、本当に最悪な父でした」


 ギリリと歯を食い縛りながら秘書子は怒りを抑えていた。

 どうやら、父にかなりのストレスを強いられていたようだ。


「ですから、この私の手ずから殺したのですよ」


 スッキリとした顔で彼女は天を仰いで言った。

 後悔なんて何もなく、目的を正しくやり遂げたスポーツ選手のように。


「以上が天野様の知りたかった私の動機となります」


 そう言って彼女は「ご静聴ありがとうございました」と頭を下げた。


「なるほどねぇ〜。私とは違った意味でアンタもファザコンだナァ」

「まぁ、そうなのでしょうね。無いものを求めるのは人の性とも言いますし」


 確かにそうなのだろう。

 天野には父親が近くにいたが、仕事ばかりで遊んでもらえず寂しい思いばかりしていた。そういう点では、父親がいない彼女と似ている。

 辿った結末は全くの別であるが。


「ただ私は父親が世界一カッコイイ異性だと思っているから、その点では同意できそうもねぇわ。殺すなんてありえないね!」

「いえいえ。世界で一番最低な父親なんているだけで最悪ですよ。殺せてすっきりしました」


 天野は父を愛していながら死に追いやり。

 秘書子は父を最悪だと思い自らの手で殺した。


「……気ぃ合わないナァ〜」

「お互いの環境が違うので当然ですね」


 なのに、結果は『父親の死』という点では一緒というのは何ということか。

 気が合わないのは確かだが、ゴールが同じというのは何とも嫌な縁だ。


「まぁいいや。私の方からは以上だ。どうせ犯人のアンタを通報しても無駄だろ?」

「はい。次の『就職先』も決まっているので、今回の件は殺人自体もなかったことになります。というか、遊木を殺したのは私ですが、遊木は『どうせ私が死ぬならイベント優勝者のサプライズでバラバラ死体で驚かせてみようじゃないか!!』と言って死んだので……結局これ殺人だったのでしょうか?」

「いや、知らねーよ!?」


 そこはもう当人同士の認識の問題だ。

 殺人したと思ったのならしたと思っていればいい。

 父親殺しの天野にとって、同じ立場の人間ならば感情と理解の共有が図れるかと思っていただけに、これ以上関わるのは時間の無駄でしかない。


「とりあえず、もう用はないから私は行くな。あぁ、私の彼氏が今鬼ごっこで追われているから、イベントもとっとと終了させてくれると助かるんだけど? 慌ただしいとイチャつけないからナァ」

「かしこまりました。では、また当遊園地へのお越しお待ちしております」


 こんな事態があっても遊園地に来いというのか。

 面の皮が厚いどころか鋼鉄でできているようだ。

 とはいえ、もう疲れていたので照兎と別れた時と同じ言葉を使うことにした。


「気ぃ向いたらな」


 便利すぎる言葉だと思った。

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