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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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最高に格好悪いチンケで哀れな奴

「……久遠さんとまともに競り合ってる?」


 目の前であり得ない光景が映り出されていた。

 双六よりも歳の低く背の小さな少年が、久遠に対して臆するどころか嬉々として立ち向かっている。それどころか、久遠が傷を負った姿など一度も見たことがないのだ。

 これを驚愕と言わずして何と言う。

 以前のポイント殺人事件において『殺人倶楽部』の面々が凶器を持って襲いかかったのに、久遠は怪我を負わずに彼らを圧倒したのだ。

 それこそ、赤子の手を捻るようにあっさりとだ。

 なのに、久遠はたった一人の少年相手に手こずっている。

 見れば見るほど信じがたい光景である。


「凄い、な」


 たった一言。

 ため息をつくような——そんな感想しか出なかった。


「はっは〜! どうだフレンド! 俺のブラザーはすごいだろ!!」


 ハッとして振り向くと横から虎徹正義から大仰に話しかけられていた。

 呆然としていたので、すっかりと意識から外していたことにようやく気付いた。


「……あーそうですね! ハハハ! いや〜凄すぎてびっくりしましたよ!!」


 素に戻っていたテンションを元に戻そうとするも、どこかぎこちない。

 ——いけないな。

 こんな楽しそうなショーが始まっているのだ。十全に楽しみ尽くさないともったいない。楽しまないと失礼ですらある。

 それなのに、


「んで、本音は?」


 虎徹正義はそれを見越していたかのようにニヤリと嫌なことを聞く。

 ——最高に楽しいですよ!

 たった一言。

 その一言が喉から出てこない。


「……やなこと聞きますね」

「かかか。大いに悩め青少年」

 

 精々そんな悪態をつくのが精一杯だった。

 わかっていたことだが、やはり、意味不明なぐらいのハイテンションは全て演技、または、作り上げたものかと推測する。

 そんなことをわざわざする理由は何か?

 いや、薄々それについて感づいてはいるが今一つ確証を得ていない。

 ならば、いつものようにヘラヘラと笑いながら感情を押し殺す。


「まぁな。んじゃフレンド——ちっと面貸せや」

「あれ〜僕もしかしてカツアゲされるんですか?」

「おいおい。ついさっきチンケで格好悪い真似なんかしねーって言ったろ。ただまぁ、お互い聞きたいことできただろ?」

「ですね」


 正義の言葉に双六は首肯する。

 久遠さんの戦いを見られないのは残念だが仕方がないと断腸の思いで諦める。二人から少し離れた場所に移動し、改めて正義と向かい合った。


「では、単刀直入に聞きますが——何で僕らが『娯楽屋』だと知っているんですか?」


 正義は双六たち二人のことを『娯楽屋』と認識して言った。

 朝の時点では双六たちは口にしてすらいないことなのにだ。

 実のところ娯楽屋のネームバリューはさほど高くない。仕事を仲介する狐島の方はともかく、娯楽屋の名前自体は関わった人間ぐらいにしか知りようがない。

 または、かつて天音がやったみたくポイントを使って意図的に調べない限りはわからないだろう。名前を売ることに興味のない久遠が、そのように狐島を通じて取り計らっているからだ。


「お〜意外と鋭いねぇ。その答えは『聞いた』からだ」

「『誰に』と言っても教えてもらえないんでしょうね」

「まあな。せいぜい言えるのは俺らの直属のボスからだよ」


 どうやら彼はかなりサービス精神旺盛らしい。

 今の回答で双六は確証を得た。

 正義屋である虎徹正義の正体とはすなわち——


「こっちも一つ質問だ。お前『モニター』だろ?」


 自分と同じモニターであると。

 なるほど。そうであれば全てに納得がいった。

 久遠と渡り合える虎徹真理という『異常』な存在がいる理由が全て理解できた。


「ということは、あなたも?」

「イエース。俺が『モニター』だ」

「すると弟さんが監視対象の『プレイヤー』なんですね」

「そっちはケンタ君だろ?」

「はい」


 モニターとは監視を意味する言葉だ。

 その言葉通り双六たちモニターもそれぞれ監視する役割を持っており、また、監視する以上は監視対象も同時に存在する。

 双六の場合は久遠であり、正義の場合は真理だ。

 そして、モニターが監視対象とする人物のことを総じて『プレイヤー』と呼称している。


「ならわかっていると思うが、今の戦いに茶々入れるなよ。俺らはモニター、つまり監視役でしかないからな」

「わかってますよ。ご主人様から与えられた命令は絶対なワンコということは」


 そんなこと言われなくてもわかっている。

 自分が狗だなんてこと。


「そういうこった。この対戦は上がご所望なんだよ」

「僕の方には話が来てないんですがねー」


 困ったものだと嘆息する。

 モニターの役割はただ監視するだけじゃなく、プレイヤーの補佐も含まれるのだ。

 そのために、双六たちは娯楽都市における特権階級ともいえるシルバー、ゴールド、プラチナランクの権利行使を条件付きで認められているのだ。

 できれば早い段階でこちらにも話を通して欲しかったが仕方がない。これも下っ端の仕事だと思って諦めることにした。


「でしたら早く見に行きませんか? 『化物同士』のゲームを」


 これで話は終りだ。

 狗は狗らしく。

 モニターはモニターらしく。

 社蓄のように上に言われるがまま働くこととする。

 

「いやー虎徹正義さんがモニターだったなんて驚きですよ。あ、正義さんは弟が『化物』だからプレイヤーにして楽しんでいる口ですか?」


 何しろ同じモニターに会うのはこれが初めてだ。

 軽い雑談のつもりで話を振ってみたら——



「黙れ小僧」



 ゾッとするような底冷えする一言が聞こえた。

 彼の怒気に当てられ、双六から一筋の汗が流れた。


「なぁ、フレンド双六。お前はケンタ君を『化物』だと思ってるのか?」

「はぁ? 何を当たり前なことを聞いてるんですか?」


 どうやら正義の逆鱗に触れたらしい。

 いつもならば口八丁手八丁で「やだな〜怖い顔して」などを言って誤魔化して然るべきところだ。

 ただ今の双六は少しだけ、ほんの少しだけ苛立っていた。

 だから、


「僕みたいな凡人が決して辿り着けない能力を持った人外がいるんですよ。これを『化物』と呼ばずして何て呼ぶんですか?」


 挑発気味にそう言ってしまった。

 よく『獣』とも例えているが別段どっちでもいい。人間でありながら人間でないのであれば『獣』だろうが『化物』だろうが大した違いはない。

 見ていて面白いものであることには——変わりないのだから。


「あーなるほど。そっか。ようやくわかったわ。双六——お前ってば最高に格好悪い奴だな」


 なのに、虎徹正義は同じモニターでありながら、どこか軽蔑した眼差しで双六の方を見る。それがまた、双六の心を苛立たせる。


「……何を言っているんですか? あなただって僕と同じでしょう」


 心に歯止めがきかない。

 笑った顔が作れない。

 違う立場であれば違う存在であると納得して誤魔化せたが、同じモニターである正義には誤魔化しが効かない。


「確かに俺はお前と同じモニターだ。だけど、お前みたいな格好悪い奴と一緒にするんじゃねーよ」

「あれぇ〜喧嘩売ってるんですか?」

「おいおい、俺はそこまで落ちぶれちゃいねーよ。ただまぁ、お前が世界一ダサい男だってことだけはわかるぜ」


 哀れみを込めて彼は双六を見た。

 ——やめろ。それ以上言うな。

 カラカラに乾いた喉から正義を止める言葉がでなかった。



「お前ケンタ君に憧れているだろ?」

「お前ケンタ君に嫉妬してるだろ?」

「お前ケンタ君に絶対に敵わないと思っているだろ?」

「——だからお前、ケンタ君を化物にしておきたいんだろ?」



 それはかつて双六が天音に言ったこと。

 自分の胸の内に秘めた感情。

 それを正義の口から暴き出された。抉り出された。

 自分という人間のちっぽけな全てを。


「……えぇ、思ってますよ」


 まだ自分から言う分には耐えられた。

 だけど、人の口から——ましてや同じ立場の人間から言われるのは耐え難かった。


「久遠さんの強さには恋い焦がれるぐらい憧れていますし、腹が捻れるぐらいに嫉妬していますし、僕みたいな凡人なんて100回生まれ変わっても敵いっこないと思ってますよ。えぇ、そうですよ。一緒にいると僕は劣等感に苛まされますし、モニターとして与えられた力に頼るしかない弱っちい人間だって一番自覚してますし、なのに、その力から離れられないクズだってこともわかってますよ!!」


 堰を切ったように言葉が溢れた。

 久遠がすごいことなんて一番近くにいた自分が一番わかっている。

 それなのに、彼の強さに近づこうと必死に自分のできることを探し、自分の力で何とかしようとしても何もできず、モニターとして与えられた権力(チート)を使うしかなかった。

 しかも、チートを使えば使うほど、その圧倒的な力による爽快感と愉悦に流されてしまい、その度に双六は自己嫌悪に陥っていた。


「だったら、あの人を見世物にして楽しむ自由ぐらい——許されたっていいでしょう?」


 だから、双六は楽しむことでその全てを忘れるようにしていた。

 呪いのように「楽しいですね!」を言い続けてきた。

 それがいつかきっと本当になると信じて。


「哀れだな、お前。本当に哀れでチンケな野郎だな」

「だったらどうだっていうんです?」


 他人がムカついて仕方がない。

 この程度のことならば学生をやっていれば何回も経験した。

 だが、相手のことが憎くて仕方がないと思ったのは初めてのことだった。


「決まってるだろ。お前の性根——叩き直してやるよ」

「……っ! 僕と同じモニターのくせに。僕と同じクズのくせに何を言ってるんですかっ!!」


 ギリリっと歯を食い縛る。

 モニターとかプレイヤーとかもう双六にとってどうでもよかった。

 ただ一つ今双六が望むこと。

 今目の前にいる虎徹正義という人間をぶん殴りたいという想いに支配されていた。


「御託はいいから掛かってこいよ。十代で溜めすぎは体の毒だZE! 適度に発散させねーと暴発しちまうからNA☆」

「いつまでもふざけたことをっ!」


 全速力で真っ直ぐに正義に向かって走る。

 双六は決して体格に恵まれているわけではない。喧嘩だって弱いし、多対一になったら逃げの一手をすぐに打つ。

 それでも荒事を切り抜けられたのは久遠がいたからなのと、モニターとして与えられた情報と金の力によって相手の動きを把握し、武器を持っていたからに過ぎない。

 そんな風に、激情に駆られながらも双六は自分の弱さを自覚していた。

 だから、双六は罠を張る。

 左手を大きく振りかぶって見え見えのテレフォンパンチを放ち、案の定正義はあっさりとパンチを躱した。

 そして、正義との距離が縮まった瞬間——鬼ごっこが始まった時に買っておいたスタンガンを、


「わ〜お! おっかねぇもん持ってんな!!」

「がぁっ!」


 取り出す前に正義に右手を抑えられてしまった。

 そのまま正義は双六の手を捻ってスタンガンを奪って遠くへ投げ捨てた。投げ終えたのを確認すると、正義はあっさりと双六の拘束を解いた。


「武器を使うのは男らしくないZE! 男の喧嘩はやっぱ素手だろ!!」


 何故だ。

 虎徹正義の前ではスタンガンなんか一度も使っていなかったはずなのに、どうしてこうもあっさりとバレてしまったのだと動揺し混乱した。


「何で自分の狙いがわかったかって面してるぜ? お前みたいなチンケな連中相手にしていることも多いし、俺もモニターだぜ? 武器に頼りそうな女々しい男の顔ぐらいすぐにわかるんだよ」

「くそ! くそぉっ!!」


 その一言一言が双六の胸を刺す。


「さーて今日は足腰がガクガクするまで付き合ってやるよ。それでちったぁ男上げやがれ!!」


 正々堂々と、自信たっぷりに虎徹正義は笑った。

 それを見た双六は——悔しさで涙と鼻水が顔を覆い正義に殴り掛かっていった。

 癇癪を起こした子供のように格好悪く、何度も何度も向かって行った。

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