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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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大人になって忘れてしまった気持ち

 目の前にいる少年——虎徹真理を久遠は見る。

 背の高さも体重も明らかに自分は低いであろう真理だ。周りから見れば弱い者いじめにしかならない構図であろう。

 だが、それは大きな間違いだ。

 弱者とは、争い合う分野において自らよりも明らかに劣っている相手に使われる表現なのだから。この少年を弱者と言う人間がいるのであれば、そいつの目は節穴なのだろう。


 真理の立ち居振る舞いから強者だと教えてくれる。

 真理から漂うかすかな匂いが強者だと教えてくれる。

 真理の足音も聞こえない違和感から強者だと教えてくれる。


 自らの五感が虎徹真理——この少年が強者だと教えてくれる。

 そのことが、久遠の胸をざわつかせた。

 さて、こんな気分のことをさて何て言っただろうか。

 久遠はかつて忘れてしまった、その言葉を思い出そうとしたが思い出せなかった。

 

「さて、お前の兄貴とはぶっ倒れるまでというルールでやるで話がついたんだが、お前もそれでいいか?」

「キシシ。兄ちゃんがカッケーこと言ったんだ。俺も文句ねーぜ!」

「ならいい。あとさっきも言ったがやり過ぎても文句言うなよ」

「もちろんだぜ! あと俺からも一個言っておくぜ!!」


 ニカッと真理が笑った。

 そして次の瞬間、



「——あんま俺を甘く見んなよ?」



 その場から消え去った真理の声が後ろから聞こえた。

 首筋に当たるひんやりとした感触は間違いなくナイフだ。

 そのまま喉笛を掻き切れば、首の動脈から血が溢れ、久遠は死に至ることだろう。

 そう、久遠が真理を甘く見ていればの話であるが。


「悪いが甘く見た覚えは一度もねぇよ」


 真理がナイフを引こうと意識した時——いつの間にかナイフを久遠は掴んでいた。

 ナイフにいくら力を込めようとも、万力でも込められたかのようにナイフはピクリとも動かない。動かないと判断した後、真理は俊敏に久遠から距離を取った。

 そして、久遠は手元に残されたナイフを力づくで無理やり折って、その場に捨てた。


「ひゅ〜♪ おっかねぇアンちゃんだな!」


 口笛を吹いて、一連の久遠の人間離れした力に笑顔を見せた。

 ついさっき、自分の命を奪おうとした子供の顔とは思えず、久遠は毒気を抜かれた気分になった。


「つーか、間髪入れず急所狙うとか慣れすぎだろチビ」

「一撃目でガツンとやっとくと後が楽だからな!」


 確かに、戦いにおいて一撃目とは特別だ。

 それ次第では、今後の勝敗を決めてしまうぐらい重要なものである。


「だからといって、相手が油断しているすきに首を切るとかやり過ぎな」

「体格違うと色々と大変なんだぜ!」

「冗談だろ。体格差で油断させるのがお前の手だろ?」

「う〜ん。大抵の奴なら油断するんだけど、本当アンちゃんやりにくいな〜!」


 見た目だけなら小さめの少年と大差ないのだ。

 余程じゃない限り、大抵の奴は油断するに違いない。

 だがまぁ、それは久遠からしてみればあり得ないことである。


「はっ。なら次はこっちから行くから——うまく避けろよ」


 先ほどのお返しと言わんばかりに、久遠は地面を強く蹴って真っ直ぐに真理の元へ向かう。爆発的な推進力を得た右の拳をそのまま真理に打ち出す。

 確実に胴体に当たったと思った一撃は——何の手応えもなく空を切った。

 

「キシシ。避けるだけじゃ芸がないだろ?」


 そう言って真理はスルリと久遠の横を通り過ぎて言った。

 そこで久遠は自分の右頬に違和感を感じて手を当てた。ヌルリと滑る液体の感触がした。確認するまでもなく赤く染まった自分の指が見えた。

 真理の方を振り向くと、さっき折ったナイフとは別のナイフを持っていた。

 どうやらすれ違いざまに切られたらしい。


「残念だが髭の剃り残しはねぇよ。もっと腕あげた方がいいぞ」


 ペロリと血を舐める久遠。

 遊園地に来る前に身だしなみは整えてある。社会人の卵として日々就職活動をしている久遠にしてみれば、無精髭なんて以ての外だ。

 それにしても、何だろうか。

 血が流れているのに、危機感や命の心配よりも先に軽口が出てきた。


 ——どうも、おかしい。


 いつもならば血を見ればドス黒い感情が腹の中を渦巻くはずなのに、むしろ、今は爽快感さえ感じる。

 流している血が自分のものだからかとも思ったが、それも違う気がする。

 妙に手足が軽く感じるし、体全体がフワフワする。


 ——この気持ちはなんだ?


 こんな普通とはかけ離れた状況であるのに、ストレスなんて一つも感じない。

 それどころか、どこか解放されたされた気さえする。

 そんなことを感じる自分に、久遠は戸惑いを覚えた。


「俺はまだ髭も生えてない子供だっつーの!」

「そりゃ悪かったなガキ」

「むがー! チクショウ見てろよ!!」


 そう言って、真理は地を這うように低く迫ってきた。

 まただ。何をしてくるかわからない真理を見ていると、久遠の胸が妙にざわつく。

 これではいけないと、余計な雑念は捨てなければ思い集中する。

 あれだけ低く迫られると背の高い久遠からしてみればやりづらい。

 ならばと、久遠は地面を這う真理めがけて蹴り上げる。


「オラァ!」


 轟音を上げながら差し迫る蹴り——そんものを食らったらボロ雑巾のようになりかねないことを予感させるような威力だ。

 完璧なタイミング。

 だが、久遠が確実に当たると思った蹴りはまたしても空を切り裂いた。

 まるで、そこに蹴りが来るのがわかっていたかのように、真理は半身だけ躱していた。

 そして、そのまま久遠の背後に回り、


「取った!」


 ナイフを突き刺そうとする。

 蹴り上げたままの久遠の体勢からでは避けようがなかった。


 ——ドクン。


 久遠は自分の心臓から跳ね上がるような鼓動を感じた。

 血液が全身の隅々まで行き渡るのがわかる。

 視界がいつもより広く澄み渡っている。

 真理が背後にいることなんて、息遣い、体温、振動の全てからわかる。


 ——だったら。

 

 今の体勢で動けないのであれば——無理やり動かせばいい。

 蹴り上げた脚とは反対に身体を無理矢理に捻り、その勢いを利用して反対の軸足を地面から離した。

 そして、背後にいた真理が思った場所にいることを視認して、


「うおおおおぉぉぉぉらぁっ!!」


 絶叫と共に真理を思い切り蹴飛ばした。

 今度は躱されることなく真理にぶち当てることができた。

 ゴロゴロと転がりながら、遊園地の植木に当たってようやく止まった。


「痛ってぇぇぇぇぇ〜!! ずるいぞ! 何であんな体勢から蹴りいれられるんだよ!?」


 痛いと言って涙ながらに文句を言う真理。

 かなり無理な体勢から蹴ったせいか、さほど威力は高くなかったようだ。


「あん? できるからに決まってんだろ」

「えー……普通なら骨とか筋肉痛めんのにどうなってんだよ」


 不思議そうに真理は言うが、久遠は特に気にしていない。

 骨とか筋肉に負担がかかった感じもしないし、「できる」と確信したからこそ、あんな動きができたのだ。


「あと、俺もわかったことが一つある」


 久遠はそう言った。

 自慢ではないが、久遠は自らが当てようと思った攻撃が避けられたことはない。

 しかし、真理は見事それを避けて、あまつさえ反撃さえして見せた。

 まるで未来が見えているかのように。

 それらが指し示す答えはひとつだ。


「チビ。お前——かなり『目』がいいだろ」


 まず間違いなく真理は久遠の動きを把握できている。

 でなければ、あんな動きはあり得ない。

 瞬きする一瞬を狙っての移動もそうだし、紙一重どころか神一重のような神業とも言えるギリギリの身のこなし。

 どう考えても普通ではあり得ない視認能力だ。


「キシシ。まぁね〜! 俺からしてみれば凡人なんてスローモーションと変わらねぇよ♪」


 それをあっさりと真理は認めた。

 やはりかと自らの考えが合っていたことに久遠は一息つく。

 おそらくは、その目の能力を使って双六からメダルを取ったのだろう。

 油断をしないよう気をつけていても所詮は人間だ。絶対にどこかで気が抜ける瞬間はあるし、なくても気を逸らせばいいだけだ。

 このレベルになれば、双六では気づくこともできないので、メダルを盗まれたことを責める気さえ起きない。

 久遠でさえも気づくのに、これだけの時間が掛かってしまったのだから。

 そして、問題はさらにある。

 目が良いことに気づいたことが、何一つ有利に働かないということだ。

 普通であれば、目を潰せば無力化できると考えそうなものだが、その方法は何一つ意味をなさない。

 何故なら——彼の目には未来が見えているのだから。


 異常な目の力で人の肉を視る。

 異常な目の力で人の骨を視る。

 異常な目の力で人の温度を視る。

 異常な目の力で人の視線を視る。

 異常な目の力で人の未来を視る。


 そんな相手に目潰しができるという奴がいたら詐欺師に違いない。

 コテンパンにやられて終わりなだけだ。


「おまけにチビですばしっこいと来たか。面倒だな」


 つくづく厄介なチビだと久遠はため息を吐いた。


「むがー! チビチビ言うな! 俺には真理っていう名前もあるし、いずれ兄ちゃんぐらいでっかくなる予定なんだ!!」


 そう言って怒る真理はどこまでいっても子供にしか見えなかった。

 そんな子供が、恐ろしいとまでいえる『目』を持っているのだ。

 これを面倒と言わずして何と言う。

 

「だったら、俺にチビって言って欲しくなけりゃ——認めてみせろよ」

「うっしゃぁぁぁ! 絶対ビビらせてやるからな!!」


 やはり、どこか自分らしくない自分に戸惑いながらも久遠は思った。

 もう少しだけ——この時間が続けばいいな、と。

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