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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
34/97

男はシンプルイズベストで十分だ

 天音と分かれてから一時間ぐらいは経過しただろうか。

 優勝賞金1000万を賭けての鬼ごっこが始まり、双六たちは人目を避けることなく遊園地の中を走り回っていた。

 当然のように、参加者たちからは見つかってしまうわけだが当初の予定通りなので問題ない。むしろ、自分たちが餌になればなるだけ天音の存在がフリーになるのだから積極的に動き回る必要がある。

 こんなことをする目的は大きく分けて二つ。


 一つは、館長室で起きていた殺人の通報。できれば、犯人探しを含む。

 一つは、通報する天音の下にて賞金目当ての人間を寄らせないようにすること。


 携帯電話から通報することも考えたが遊園地という場所が場所だけに取り合えってもらえない可能性もあるし、万が一あれがイベントの一部だったことを考えると遊園地の名誉を貶めた賠償問題にも発展し、開演初日の遊園地を貶めようとする悪質な経済テロと決めつけられる可能性もある。

 であれば、やはり遊園地の運営側に確認を取った上で通報するのが一番であろう。

 双六としてもせっかく楽しそうな場所ができたのだから楽しいイメージは大事にしたい。

 そんなわけで双六たちは絶賛鬼ごっこ中であり、双六たち一行以外は全て鬼というハードゲームに挑戦中というわけだ。

 ただこの鬼ごっこは捕まったら終わりというわけではなく、説明されたエレベータ内にあった優勝メダルを最後まで持っていた人間の勝ちというわりかしシンプルなもので、奪い合いを前提にしている。

 しかも、このメダルはGPSを内蔵しているため定期的に位置情報がバレる仕組みとなっており、どこかに隠そうものなら誰かに奪われる危険性が増すという鬼仕様だ。賞金が欲しいのであれば肌身離さず持っていなければならず、そういった意味では双六たちの目的とも合致しているので何の問題もない。

 問題があるのだとすれば、それは——鬼たちの方だろう。


「ようお兄ちゃんたち〜大人しく賞金置いてってくれたら——」

「うるせぇ」


 言葉半ばで久遠が怪我を有無を言わせずのデコピンをした。

 衝撃音が駆け抜け、優勝メダル目当てのチンピラ風の鬼が後ろに倒れ込むように飛んだ。

 あれを自分がくらったと思うとぞっとしない光景だった。

 何というか、あれを食らって頭がついている理由が説明できないようなデコピンであり、そんな兵器レベルに昇華したデコピンをデコピンと呼んでいいのかすら迷う。

 もしも、双六が鬼側の方であると仮定した場合、どうやればメダルを取れるのか全く想像できない。取ろうとしたものならばデコピンで気を失うのだ。無理ゲーにも程がある。

 とはいえ、久遠も体は一つであるため同時に襲われた場合、鬼が双六を襲うこともある。そういった際には双六も鬼に対応ししていた。

 こんな風に。


「はっはー! 君たち賞金を僕に渡したま——」

「邪魔ですよ」

「あばばばば!」


 先手必勝。

 久遠に習い双六も相手の名乗り前に攻撃をしかける。久遠と違い殺人的なデコピンはできないので、双六は荷物の中に忍ばせておいたスタンガンを相手に押し付けて気絶させる。

 それにしてもさすがは娯楽都市の住人。前口上なんか垂れずに、とっとと襲えばいいものを律儀に名乗り上げてくれるだけに楽にスタンガンで気絶させられる。


「おい双六。何でそんなもの持ってんだよ?」


 と、そこで久遠が双六が持っているスタンガンに疑問を投げかける。

 備えあれば憂いなし。

 こんなこともあろうかと前もってスタンガンを持ってきていた——と言えれば格好良かったのだが、答えは至極簡単だ。

 ついさっき、鬼ごっこが始まる直前に購入しておいた。


「さっき防犯エリアのところで買っておきました!」


 双六の言う通り、この遊園地には防犯エリアという場所が存在していた。

 何でも『ハラハラドキドキ! スリル満点の不審者を撃退しよう!! 不審者の設定はあなたのお好みでOK! 過去にトラウマになった不審者を防犯グッズでレッツ撃退☆』という説明書きがあった。

 この防犯エリアの企画をした人は正直疲れていたんだと信じたいところだ。

 でなければ、頭のイカれた人間のどちらかだ。

 なので、パンフレットでこのエリアがあることを知った双六は、この防犯エリアのお土産コーナーにあったスタンガンを購入しておいた。無駄に防犯グッズが充実していたせいで選ぶのに戸惑ってしまったので、無難に一番威力を高いものにしておいた。

 余程のことがなければ、このエリアはいずれ無くなるに違いない。


「遊園地に何でそんなエリアがあんだよ……」


 あるのでだから仕方がない。

 あるのであれば最大限利用したまでのことだ。


「にしても、思っていたより襲撃数が少ないですね」

「そうか?」

「はい。入り口で見た限り参加者はもっといたはずなので、想定していたより低いです」

「多いよりはいいだろう」


 確かに。

 だが同時に妙だとも思っている。

 双六もそこまで娯楽稼業に詳しいわけではないが、それなりに名を売っている有名どころは知っている。遊園地に入った時にも、何組かいたのは確認済みだ。

 それらが誰一人もいないとはどういうことだろう?

 無論、双六は知る由もないが、その名だたる娯楽稼業の人間たちはガチンコ屋と図書屋の両名によって駆逐されており、既にリタイヤ済みとなっていた。


「まあ、でも気を引き締めていきましょう」

「そうだな」


 そう名だたる娯楽稼業の連中はリタイヤ済みだ。

 けれど、名を売ることもなく、他の誰とも連むこともなく冷静に状況を観察し牙を研いでいる者たちは——残っていた。

 

「いよ〜うマイフレンド! 元気にしていたかい?」


 シリアスな雰囲気に包まれている双六たちとは対照的な明るい声。

 マイフレンドと呼ぶ彼の気安さに、いっそ本当に友であったと錯覚してしまいそうになるが、彼とは今朝ほんの少しだけ会話した程度の仲である。


「虎徹正義さん——でしたっけ?」

「覚えていてくれたかい。嬉しいねぇ〜」


 忘れられるわけがない。

 金髪のオールバックとサングラスという、あまりにも強烈な男がそこにいた。


「あなたも僕らの賞金目当てですか?」

「まあな。お小遣いに1000万ならおいしいもの乗らない理由はないZE!」

「おいそこの金髪。金は絶対にやらんぞ」

「ワオ! ケンタ君はおっかないな〜」


 さっきは別にもういいとか言ってたのに取られるのは嫌なんだ。

 ここまでブレないのもある意味すごい。


「虎徹さん。悪い事言わないので久遠さんあまり怒らせない方がいいですよ」

「Oh〜どういうことだい双六?」

「地獄のデコピンで空を飛んじゃいますよ!」

「マジか!? そいつぁ怖いな!!」

「イエース! 僕はそれで空を飛んで地面とキスしましたからね!!」


 今思い出しても恐ろしい記憶だ。冷や汗すら出ない。

 とはいっても、こうした軽いやり取りをしても油断できない。

 むしろ、警戒レベルを更に引き上げる必要がある。双六の経験上、修羅場の中であっても自らのペースを守る人というのはすべからく強いからだ。


「なるほどな。忠告ありがとうだマイフレンド! そして、俺からも一つ忠告しておこうか!!」


 それは、無意識でのことだった。

 双六は優勝メダルをズボンのポケットの中に仕舞っていた。

 確認のためにそれを触ろうとしたのだろう。

 だが、そこに——メダルの感触がなかった。



「これ、何だと思う?」



 そして、虎徹正義が二人に見せてきたもの。

 それはまさしく双六が持っていたはずの優勝メダルであった。


「——まさかっ!?」


 今度は意識的にポケットの中をまさぐる。

 しかし、入れていたはずの優勝メダルはどこにもなかった。


「きししし。兄ちゃんあいつ今頃気づいているぜ」

「そう言うな愛しの弟よ! 俺らの手にかかればこんなもんよ!」


 大柄な虎徹正義の背後から小さな子供が出てきた。

 見た目で言えば中学生ぐらいだろうか。どことなくイタズラ好きそうな顔をして笑っている。正義のことを兄と呼んでいたことから彼の弟なのだろう。

 いや、考えるのはそこではない。

 優勝メダルは少なくとも双六の手元にはなく、あんな意匠の凝ったメダルが短時間で複製できるわけがない。

 となれば結論は一つだ。


「おい双六」

「すみません久遠さん。——盗られました」


 油断していた気は毛頭ないが、それでも持っていた責任から久遠に謝る。

 いつ盗られたのかすらも不明だ。

 一流のスリ師は盗まれたことにすら気づかせないと聞いたことはあるが、それを差し引いても異常事態だ。


「何者ですか。あなたたち?」


 双六がそう尋ねると、正義はフッとニヒルに笑った。 


「よくぞ聞いてくれたグッドフレンド! この乾いた娯楽都市に名を轟かす俺たちこそ何を隠そう『正義屋』虎徹兄弟だ!!」

「だぜ!!」


 ババーンと効果音が付きそうなポージングをする二人の兄弟。

 漫画やヒーローショーとかでありそうな登場シーンだ。

 見る人が見れば格好いいのかもしれないが、それ以前に問題がある。


「……知ってるか?」

「えーと、残念ながら」


 正義屋と名乗ってくれたのはいいが、双六も知らなかった。

 名前だけ知っている娯楽稼業の者たちは確かにいるが、正義屋というのはとんと聞いたことがない。噂ですら出回ってもいないのだ。

 知るわけがない。


「あっちゃ〜どうも俺らは認知度が足りないようだな真理」

「きしし。仕方がないぜ兄貴。これからがんばればいいだけじゃんか!」

「さすがは俺の弟だ! 良いこと言うぜ!!」


 イエーイと言って二人はハイタッチした。

 仲の良さそうな兄弟である。


「久遠さん。ふざけていますが、あの人たちかなりのやり手ですよ」

「はっ、上等だ。人の物を盗ったらいけないってことを教えてやるよ」


 いつにも増してやる気が見える久遠。

 さすがに1000万円という金額は魅力的なようだ。


「さ〜て、こいつを持って逃げてもいいんだが、それじゃあ面白く無い。どうだい『娯楽屋』のお二人さん。ここは一つ正々堂々勝負してみないかい?」


 そう言って正義が提案してきた。

 どうもこの空気はいけない。さっきから向こうのペースに呑まれっぱなしだ。


「勝負ですか? どうせ罠があるんじゃないんですか?」

「そいつは誤解だぜフレンド! こちとら正義の看板背負ってんだ。罠なんてチンケで格好悪い真似なんか死んでもしないZE!!」


 考えてみれば向こうに優勝メダルがあるのだ。有利不利を考えれば圧倒的に向うの方が有利な状態にある。

 それを覆してまで勝負を持ちかける理由があるとすれば、彼が言う通り「それでは面白くない」ということなのか。

 前情報があれば相手の思考も推測しやすいが生憎の初対面の未知数の相手だ。であれば、自分が考えても良い結果は産まないだろうと思考を切り替える。

 こういった未知数の敵に対して一番有効な動物的直感に賭けることにしよう。


「どうします久遠さん?」

「——いいぜ。乗ってやるよ」


 意外にも久遠は乗ってきた。

 ならばここから先は双六ではなく久遠の領分だ。


「いい加減こっちも色々あってムカついてんだ。やり過ぎても文句言うなよ」

「ヒュ〜。女の甘い囁きよりも、強い男からの挑発の方が何倍も痺れるねぇ〜」


 今までの出来事からストレスが大分溜まっている久遠の表情は鋭い。彼のことを少しでも知っている人間ならば、素直に謝って許しを請う場面だ。

 そうでなくても、今の久遠の状態は一般人であってもビクリと背筋が凍るほどだ。

 そんな状況下でも軽口を叩ける正義と久遠のやり取りを見ているだけでゴクリと喉が鳴った。


「勝負方法は?」

「どっちかがぶっ倒れるまで」

「わかりやすいな」

「男と男の勝負だ。くだらねぇルールなんて必要いらないだろ?」

「違いない」


 シンプルイズベスト。

 男と男の決闘にふさわしい内容だ。


「そんで、お前らは誰が俺と戦うんだ?」

「もちろん、この俺様だZE!」

「お前がか?」


 久遠が疑問系で返した。

 てっきり、双六は久遠と正義が戦うものだと決めつけていた。

 だが、久遠が指名した相手は——正義じゃなかった。


「違うだろ。出てこいよ、そこのチビ」


 その背後にいる正義の弟である真理。

 彼を久遠は対戦相手に選んだ。


「お前が兄貴よりも強いのは見ればわかってんだよ」

 

 正義よりも背の小さい少年が兄よりも強い——そう断言した。

 そんな馬鹿なことがとは双六は言えなかった。

 久遠がそう言うのであれば——間違いがないことを知っているからだ。


「きしし。兄ちゃん兄ちゃん。やっぱりこいつとは俺がやるよ」


 大人しくしていた真理が兄よりも一歩前に出る。

 それを見た正義はやれやれと溜息をついた。


「真理。……ったく、お前の勘本当よく当たるな」

「うん。やべーよ俺こんなにワクワクチキンなの久しぶりだぜ!」

「そいつは武者震いって言うんだ」

「そっか武者震いか! 俺武者じゃないけど武者震いだ!!」


 ニカっと笑う真理の頭をガシガシと正義は撫でる。

 そして、


「じゃあ楽しんでこい真理」

「おう。楽しんでくるぜ兄ちゃん!」


 ポンと背中を押して送り出した。

 どうやら本当に正義屋は真理が戦うようだ。


「あっちは弟さんが出るようですね」

「だろうな」

「強いんですか?」

「見た限りでは結構やるな」

「久遠さんがそんなこと言うなんて珍しいですね」

「そうか?」

「はい」


 少なくとも娯楽屋を一緒に営んでから、そんなセリフは聞いたことがない。

 大抵は有無を言わさず久遠が相手を一方的にボコって終わる。

 そんな久遠が「強い」と言い切ったのだ。

 それはとても面白く興味深い一言だった。


「でも、僕は心配していませんよ! さっさと優勝賞金取り戻してくださいね!」

「言われるまでもねぇよ」


 いつもの通りにそう言って双六は久遠を送り出す。

 自らは観客として、これから始まる久遠のショーを楽しむために。

 ただ、いつもとは一つだけ違ったことがあった。

 すれ違いざまに双六は確かに見てしまった。


 ——久遠がほんの少しだけ嬉しそうに笑っていたところを。


 そんな久遠を見たのは初めてのことだった。

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