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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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正しい暇つぶしのやり方とは楽しめるかどうかだ

「あぁ、ようやく始まったようだね。意外と早かったかな」


 遊園地の運営側からアナウンスされた内容。

 それは、スタンプラリーの優勝者が決まったというものであった。

 十八の予想ではもう少し掛かるであろうと予想していたのだが、どうやら優勝者は中々優秀な面子が揃っていたと見える。


「さて、ここからが本番といったところか」


 スタンプラリーそのものについて何ら興味を示していなかった十八は、ようやくといった具合に席を立った。

 そもそもが、ここでずっと読書をしていたのも、この時をずっと待っていたからだ。

 無論、待ち時間は全て読書していたので、実に有意義な時間であった。

 ただし、ここからは違う。

 本をペンに持ち帰る時間に変わったのだ。

 読んでいた本をパタンと閉じて席を立ち辺りをぐるりと見渡して一言。


「君たちも——そうは思わないかな?」


 そんなことを彼女は言う。

 その彼女の言葉に返答する者はいなかった。

 いや——正しくは『人間』はいるのだ。

 ただその全員が——彼女を取り囲むように倒れ伏しているだけで。

 誰も彼もが寝るように倒れていた。

 小さく「うぅ……」と呻き声を出しているところから、どっやら生きてはいるようだ。

 しかし、生きているところで十八にしてみれば何も関係がなかった。

 それどころか彼女は、


「返事もないとは。やれやれ全く情けないことだね」


 さらに追い討ちをかけるように言う。

 倒れているのに治療をする素振りすら見せない。

 むしろ、道を塞いで通るのに邪魔だから消えないかなと内心では思っているぐらいだ。

 それも仕方がないことだろう。

 何故なら、今倒れている連中もスタンプラリーの参加者であり、娯楽稼業の中で『図書屋』として名前の知られている彼女を早いうちに潰そうとしたり、または、協力を願いに来た者たちなのだから。


「これに懲りたら、私の読書中に話し掛けないことだよ」


 ニコリと十八は美しく不敵に笑った。

 今彼らが倒れている理由——それは十八が語ったように、彼女の読書中に娯楽稼業の面々が話しかけてきたからだ。

 彼女にとっての読書とは『最高の楽しみ』なのだから、それを邪魔するような人間は万死に値すると本気で思っている。

 なので、鬱陶しく何の覚悟もなく話しかけてきた人間全てを返り討ちにした。

 唯一の例外があるとすれば先ほど話しかけてきたガチンコ屋である戦場ぐらいのものだろう。あれを返り討ちにするにはさすがに骨が折れるし、そもそも読書する時間が大幅に削られてしまう。

 そうなれば読書を至上とする十八にしてみれば本末転倒だ。

 何よりも読書を大切にする女——それが十八なのだから。


「それでも、少しは面白い本があるのかと品定めをしたわけだけれど——駄作ばかりだな」


 どれもこれも面白みが何もなかった。

 口を開けば「自分たちと組めば確実に賞金が取れます」だの「優勝候補は先に潰させてもらう!」なんかを言われた。

 全くもって駄作と呼ぶにふさわしい人間たちだ。


「私を口説きたいのであれば、最低でも本を1万冊は読んでから出直してくるといい」


 読書をやめて席を立つ。

 そう言った十八は、それ以上振り返ることはなかった。


「さて、これから出会う本の中には面白い物語があるといいね」


 本からペンに持ち替えて十八は当てもなく歩く。

 これから出会うかもしれない物語に胸を躍らせ、彼女はページをめくる。


        ◆


 遊園地のアナウンスを聞いて行動を開始した図書屋である十八。

 その一方で、全くそのアナウンスを聞いていない者がいた。

 というか、喧嘩をしていた。


「かーかかっか! その程度の拳で拙僧と張り合おうなど笑止千万でござるよ!!」


 天に拳を突き上げながら高笑いする戦場。

 その足元には十八と同じように屍のように横たわる面々がいた。

 襲われた理由は全く同様であるが、十八と違うのは誰も戦場を仲間に誘う者がいなかったところだろう。

 全員有無を言わさず「戦場覚悟!」と言って襲いかかってきた。

 髭面のむさいおっさんを誘いたい者は誰もいなかったようだ。

 そして、当然のように戦場は全員を返り討ちにしてやった。


「良いでござるかお主達。人というのは愛によって生きる生物にござる。愛とは何か? 愛とは理解でござる! そして、幾数千年人が一番理解できた手段とは何か? それは拳でござる! つまり、拳こそが愛そのものなのでござるよ!!」


 声を張り上げ説教する戦場。

 残念ながら気を失っている彼らには、その言葉が何も届いてはいない。戦場の言うとおり拳が届いたせいであるのは疑いようがない。愛が届いたかはまた別の話だ。

 

「といっても、ちと歯ごたえがなくて物足りないでござるな」


 ジョリジョリと髭をさする戦場。

 十数人を超える人間を相手にして息を切らしていないどころか更に活き活きとしている。


「強き者はどこかにいないでござるかね〜」


 己が拳が求めるのは強者のみ。

 破壊僧なのか破戒僧なのか。

 ガチンコ屋戦場玄上は、全く別の意味で遊園地を楽しんでいた。


        ◆


 仕事が押していたせいで到着時刻から少々遅れてしまった。

 だがまぁ問題ないだろうと碧井桜子は思っていた。

 何せ今は仕事ではなく単なるプライベートタイムなのだから。


「よう、黒式ちゃん。状況はどうなってる?」

「……良い感じに進んでいますよ。碧井さん」


 到着して早々部屋の中にいた黒式に尋ねる。

 一応は報告なので確認を取っていたが、現場の状況なんてすぐに変わってしまう。状況確認はなるたけ小まめに取っておくにこしたことはない。

 すると、やはり状況は動いておりスタンプラリーの優勝者が決まり、次のステージまで進んだとのことだ。


「へぇ〜中々やるじゃねぇか。つっても本番はこれからだけどな」

「……えぇ。遊木君の計画した通り、ゲームは滞りなく進んでいますよ」


 前に配られた資料の通り、プランからは概ね外れずに動いていた。

 そこまで確認してようやく碧井は持っていたタバコを吸って煙を肺に満たした。


「参加者の連中は気づいているのかね〜。これがスタンプラリーなんて平和的なもんじゃないってことに」

「……本質は『競馬』ですからね」

「だな。おかげで参加者のメンツが濃いことったらねーな」

「……各陣営の有力候補を出しているのだから、当然といえば当然ですね」


 参加者一覧リストの名前を見るだけでも、どこかで見たことがある人間がゴロゴロいた。

 よくもまぁこれだけの人数を揃えられたものだと感心する。


「そんで黒式ちゃんとこの『患者』はどうなった?」

「……もちろん全員倒されましたよ」


 そう言って黒式はニヤリと嬉しそうに笑った。


「嬉しそうに言うってこたぁ、データは全部取得済みってかい?」

「……えぇ、医療に犠牲は憑き物なので。尊い犠牲でした」

「にしても、えらくあっさりと倒されたもんだな?」

「……相手がプラチナの戦場と十八でしたので」


 その二人の名前を聞いて、碧井はピクリと反応した。

 一般人には決して知られることのない二人の名前も、<マスターランク>である彼女たちにしてみれば知らないわけがなかった。


「あちゃ〜『ガチンコ屋』と『図書屋』か。そりゃ相手が悪いわ」


 プラチナランクの中でも名前が売れている二人だ。

 碧井の見立てであるが、プラチナランクまで上がるとおよそ2パターンの人間に分けられる。


 一つは、名前を隠さずにいる者。

 一つは、名前を表舞台から抹消する者。


 二人は前者に当たる。

 名前を隠さないということは、色々な人間に目をつけられることでもあり、人々の繋がりを作るという点ではメリットでもあるが当然デメリットも存在する。プラチナの権力を利用したいというハイエナが寄ってくるというものだ。

 事実、プラチナに上がったものの死んだ人間が多数存在し、名前を表舞台から抹消する者の方が多いぐらいだ。

 だが、二人はずっと表舞台に立ったまま今に至る。

 名前など隠す必要がないという自信に溢れる真の実力者ということだ。


「……いえ、最高のデータが得られたので問題ありませんね」


 黒式にしてみれば、そんな人間相手にデータを得られたのだ。

 問題がないどころか、お釣りが来るぐらいに有効だったのだろう。

 哀れなのは黒式の実験に付き合っていた『患者』ぐらいだ。


「そんで管音のとこのお気に入りが優勝たぁ中々やるじゃねーか」

「くふふ〜でしょでしょ〜」


 部屋の中にあるモニターに向かって碧井は言う。

 前と同じく、Webカメラでこの場に参加している狐島管音がそこに映されていた。

 自分が褒められたわけじゃないのに、嬉しそうに笑っていた。

 後は酒でも嗜みながら遊園地の様子を楽しもうと思っていたら、


「らー。ねぇねぇサクラちゃん。一個面白いこと思いついちゃったー」


 管音がそんなことを言い出してきた。

 彼女が面白いと自分から言うことは——


「悪巧みか?」

「もちろん〜」


 何の否定もせず、無邪気に笑ってメロンソーダを飲んでいた。

 まるでイタズラを思いついた子供のように。


「いいぜ。お姉さんに何でも言いな!」


 何のことはない碧井も悪巧みが大好きなので思い切り乗っかることにした。

 そして、管音からその内容を聞かされた。


「お〜、そういうのは私も好きだから大歓迎だ!」

「れーサクラちゃんは話が早くて好きだな〜」

「そう褒めるなよ。でも良いのか? こんなのがバレたらお前の好きな久遠健太に嫌われるかもしれねーぞ」

「えーだって、好きな人にはちょっかい出したくなるじゃん。だから私様はうざいくらいにちょっかいだすのさのさ〜」


 小学生みたいなことを言い出すが、大人になっても同じようなことをする人間なんて沢山いるから、それ以上はとやかく言わない。

 いつだって人というのは、好きな人間にはどんな形であれ関心を持ってもらいたいと思う生き物なのだから仕方がないだろう。


「はっ、お前に好かれる奴は苦労しているこったろうよ」

「ろー、ケンケンなら大丈夫いぶい〜」

「はいはい。ごちそうさまごちそうさま」


 他人の恋愛ごとなんて顔を突っ込むだけ損だ。食傷気味になってしまう。

 そして、碧井はチラリと壁にある時計を見た。

 

「それにしても、遊木の野郎こっちに連絡よこさねーな」


 この場にいない遊木について言及する。

 遊園地の開催初日で忙しいのはわかるが、それでも色々と協力している身なのだ。

 挨拶の一つぐらいするのが筋だろう。


「……そうですね。いつもなら呼んでいないのに鬱陶しいぐらい連絡来ますからね」


 その通りだ。

 こっちが仕事だというのに何も気にせずに喋ってくるような男なのだ。

 一回ブチ切れて半殺しにしてようやく遠慮を覚えたぐらいのお喋り好きだ。


「らー。ゆゆっちなら、どーせいつも通り『退屈殺し』でもしてるんじゃない〜」

「あぁーそりゃそうだ。あいつがこんな日に大人しくしているわけなかった」


 退屈殺し。

 そう言われて碧井は納得した。


 退屈だからという理由で人をおちょくり。

 退屈だからという理由で遊園地を作り。

 退屈だからという理由で何でもする。


 遊木遊々とは——つまるところ、そんな人間なのだ。


「だから不吉って言われるんだよ。あいつ」


 今更ながら彼の暇つぶしに付き合わされた相手に同情した。

 彼の暇つぶしは——何を仕出かすか見当もつかないのだから。

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