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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
32/97

散る散る三散る

「これ——死体ですよね?」

「ん、間違いなく死体だナァ」


 館長室の入り口から双六が指を指して聞く。

 これという言い方もどうかと思うが、他に相応しい呼び方が咄嗟に思いつかなかった。

 とはいえ、自分の見間違いではなさそうなので死体で合っているようだ。合っていたところで点数はもらえないし、もらったところで嬉しくもなんともないが。

 それでも忌避感よりも場違いな場所に死体がある好奇心から一歩足を踏み出したところ、


「双六、不用意に触るなよ。現場の保存が第一だ」


 久遠から呼び止められた。

 ピタリとそれ以上踏み出すことなく、足を止める。


「わかってます。遠目から見るだけにしておきますよ」


 これが山の中だったら近くに行って仏さんの身体調査を行うところだが、生憎の館長室だ。久遠の言う通り、ここで自分たちが変なことをすることで現場を荒らしてしまうのは、色々な意味でまずい。

 なので、数メートル先にある死体をマジマジと観察する。

 中々にショッキングな死体なだけに、グロ耐性のない人間がいたら嘔吐していてもおかしくないだろう。視覚情報だけでも相当なものなのに、鼻から突き抜ける血なまぐさい匂いがより一層輪をかけて、この場の空気を汚染する。

 嗅覚は五感の中でも「無くなっても問題無い」感覚として考えられがちだが、とんでもない。嗅覚は古い記憶を呼び起こすきっかけになるほど強烈であるし、匂いがわからなければ危機意識も低下することもある。

 その感覚が教えてくれる。


 ——これは危険だと。


 ピリピリとする空気を肌に感じ、双六は最大限気をつけて死体を見る。

 改めて見てみると気づくことが多々ある。 


「仮面をつけているようですが——誰なんでしょうね?」


 そう、この死体はピエロの仮面をつけていたのだ。

 それにしても、ピエロの仮面をつけているだけで、何故こうも滑稽であり不気味に映るのだろうか。今にも動きそうな気がするのが、なお性質が悪い。

 他にも体格がしっかりしているところから男性であろうことも推測できる。


「まぁ、順当に考えれば遊園地の1番偉い奴だろうゼェ」

「ですよね」


 そこから導き出される結論としては妥当だろう。

 何せ館長室だし。

 馬鹿でもわかる結論であるが、確定はしていないので多分という枕詞を加えておく。


「それで久遠さん。どうします?」

「あ?」


 やたらと不機嫌な久遠が短く返す。

 そんな怖い顔して睨まれるとオシッコがちびっちゃいそうになる。


「いえ、単純に年長者の意見として聞きたいんですが、この後どうします?」

「……普通に考えれば警察に通報だろ。あとは救急車の手配を遊園地(ここ)の連中にしてもらえば俺らの役目は終わりだ」


 あっさりと久遠は大人の回答を言う。


「第一発見者として疑われたり、事情聴取が待っていると思いますよ」

「仕方がねぇだろ。一人の人間が死んでいるんだ……それぐらいはするさ」


 確かに久遠の対応が正解であろう。

 普通の大人の対応だ。

 だから双六は思った。

 ——それはひどくつまらない、と。


「それでいいんですか?」

「……何だと?」


 だからこそ双六は問わなければならない。

 娯楽屋を名乗っているからこそ、相棒と言ってくれた久遠に聞く必要がある。

 それでいいのかと。


「例えば、久遠さんと天音さんの力があれば——犯人捕まえられるんじゃないんですか?」


 チラリと天音の方を見ると、彼女は肩を竦めて事も無げに言う。


「ん〜私は天才だから簡単に突き止められると思うゼェ」

「天音さんはこう言ってますが、久遠さんはどうですか?」


 さすがは天才の名を欲しいままにしている人だ。

 躊躇うそぶりも何一つ見えず、それどころか、犯人なんてわかって当然だとばかりに言い放つ。

 それに久遠を加えればどうなるかなんて火を見るより明らかだ。

 推理小説なんてものを超えた——新たな娯楽が見られるかもしれない。

 けれど、双六の淡い期待は簡単に打ち砕かれる。



「犯人探しなんてしねーよ」



 犯人探しが『できない』ではなく『しない』と久遠はきっぱりと言った。

 やはりこうなるだろうと思っていた双六は軽く息を吐く。


「ここの館長室に入るまでの出入り口は一つだけで最上階です。ある意味密室殺人とも言えますが、それを解くつもりは?」

「ない」

「このイベントの優勝賞金もパァになるかもしれませんよ」

「諦めるさ」

「他にも——」

「双六っ!!」


 久遠の怒鳴り声が館長室に響き渡った。

 普段は温厚にしている久遠は、あまり声を荒立てることはない。


「これ以上何か言うなら本気でぶん殴るぞ」

「……………」


 だからこそ、彼の今の言葉は本気であることが双六は物理的な意味で痛いほど分かっている。

 これ以上踏み込めば、久遠は双六が相手でも殴る。

 なので、双六はいつもの通りのにやけた笑みで沈黙する。


「いいか。お前に一つだけ言っておく。これはお前の好きな推理小説じゃねーんだ。殺人が起きたら通報するのが『普通』なんだ。俺は推理なんてもので「人間の死」を楽しみたいなんて、これっぽっちも思っちゃいねぇ!」


 推理小説が全否定された。

 まぁ、推理小説が殺人を嬉々して描かれているかは別にしても、人間の死を娯楽として描いているのも事実ではある。

 そして、双六は一拍考えてから「はぁ」とため息を吐いた。


「わかりました。じゃあ、久遠さんの言う通りにしましょう」

「ま、私も面倒ごとは嫌だから別にそれで構わねぇヨ」


 久遠の言った「通報するのが普通」という言葉に、些か以上に含むところがないわけでない。

 だが、これ以上食い下がっても久遠の不興を買うだけだ。

 あっさりと、双六は館長室に背を向けて歩き出し、乗ってきたエレベータに再度乗り込み1階のボタンを押した。このエレベータは最上階直通であるため、他の階に止まる心配がないのが楽でいい。来た時と同じく数分待っているだけでよいが、優勝賞金が貰えると思って来た時と違い、今はお通夜のような雰囲気だ。

 そして、待つこと数分。

 ようやく、エレベータ内のモニタが1階に着く表示になった時——おかしなことが起きた。

 エレベータが1階に止まることなく、そのまま通り過ぎて地下に行く表示となった。


「何だ? 1階まで来たってのに止まらねーぞ」


 疑問を口にする久遠。

 エレベータのモニタを信じるならば、現在は地下3階まで降りたことになるが、おかしいのはそれだけではなかった。

 ガクンとエレベータが止まり、軽く膝に負荷が掛かる。その後、本来は縦にしか動かないはずのエレベータが横に揺れたのを感じた。


「というか、これ横に移動してませんか?」

「アヒャヒャ。つくづく飽きさせてくれねぇナ〜」


 天音が嬉しそうに笑っている。

 どうやら、簡単には終わってくれなさそうだ。

 イライラが募る久遠の傍で、あまり顔には出さずに次に何が起こるか楽しみに待っていたところ、



『皆様優勝おめでとうございます』



 エレベータ内のスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。

 さてさて何があるのやら。

 双六は静かにそっと耳を傾ける。


『つきましては、これよりスタンプラリーのイベント終了に伴い、次のゲームの案内をさせていただきます』

「次のゲームだと?」


 久遠が疑問を口にする。

 これは当初のイベントの案内には記載されていなかった。恐らくは遊園地側がサプライズと仕掛けていたイベントの催しの一部なのだろう。


『次のゲームは「鬼ごっこ」です』


 淡々と説明が続けられる。


『優勝した皆さまは、ここにある優勝メダルを手に、規定の時間内まで逃げ切れれば優勝賞金をそのまま取得できます』


 エレベーター内の開閉スイッチの箇所がカシャっとした音を立てて開かれた。その中からキラキラと白銀色に輝くメダルが出てきた。重さといい音といい、メッキではなく本物の金属が使われている明らかに高価そうなメダルだ。

 誰も手に取らないので双六がとりあえずそれを手にした。


『ただし、他の参加者に奪われた場合は奪った方が優勝賞金を手にすることとなります。なお、皆様方がこの説明を聞き終えてから10分後には遊園地内にいる全参加者にも同じ説明をさせていただきます』


 つまりは、スタンプラリーで優勝した人間たちは金が欲しければ逃げ切れ。スタンプラリー参加者は敗者復活戦のごとく、優勝者からメダルを奪えばお金が貰えるというゲームだ。

 優勝者に些か以上に不利すぎる気もするが、主催者は向こうなのでルールに異議申し立てを起こしても無意味でしかない。


『それではご健闘をお祈りしております』


 アナウンスが終わり、エレベータの扉が開かれた。

 当然そこは最初に乗ってきたビルの1階ではなく、見知らぬ建物の中だった。エレーベータが横に移動していたことから、中央のビルから少し離れた所だと思うが、すぐにはわからない。


「おい! そんなことしている場合じゃねぇんだよ!!」


 ガンっと久遠がエレベータ内のアナウンスに向かって叫ぶ。

 そりゃそうだ。

 何せ人が死んでいたから戻って通報しようとしていたのに、いきなり次のイベントだと言われて別のところに移動させられたのだ。混乱しないわけがない。


「久遠さん。どうやらただの案内音声のようなので言っても無駄ですよ。あと、エレベータ内にある非常用ボタンも現在は使っても意味ないようですね」

「くそ。何がどうなっていやがるんだ!?」


 かくいう双六も、さすがにこの展開は予想もしていなかったので面を喰らっているところではある。久遠ほどではないにしても、今一つ事態の推移が掴めない。

 ならば、こういう時こそ『天才』の彼女の出番だ。


「天音さん。何かわかったりしますか?」


 自分では気づけなかったけれど、彼女ならば何か気づくかもしれない。

 そんな期待を込めて聞いてみた。


「い〜や〜まだわかんねぇよ。情報がさすがに少ないからナァ。ただまぁ、あの死体を含めてイベントの一部だと考えた方が、この都市っぽいような気もするがナ」

「っざけんな! 人間が一人死んでるんだぞ!?」


 噛み付くように久遠が天音に言う。

 そして、やれやれと天音は首を振って言った。


「落ち着けよ久遠さんヨォ。この状況で何が『普通』かなんて、誰もわかんねーよ」

「……っ! すまん……。取り乱した」


 激情に駆られていたのを恥じて久遠は謝る。

 相手が天才といえど、年下の女の子に怒鳴ったことに久遠は苦い顔をした。

 ただまぁ、天音はそんなこと何一つ気にしていないので、マイペースに独り言のように言った。


「ただ私が気になってんのは——あの死体は結局誰だったんだ?」


 仮面を着けていたのは確認したが誰かまではわからない。

 久遠の忠告もあり、死体には手を触れずに離れた場所からでしか見ていないのだ。


「天音さんは、それがなんらかの鍵になると思ってるんですね?」

「あぁ。だから私はそれを知りたいとは思ってるゼ」


 例え娯楽都市であってもイベントで死体まで用意するだろうか?

 イベントの一部だと天音は言ったが、優勝者が館長室に行って死体を必ず発見すると考えれば、確かに符号は合っているとも思える。

 というか、そもそもこんなところで考えていたところで埒が明かない。

 なので、


「一旦二手に分かれましょう」


 そう提案してみる。

 行動しなければ何もわからないのであれば、何らかのアクションを起こせばいい。

 能動的でなければ何もわからないままだ。


「鬼ごっこが始まれば、本格的に僕らは狙われるでしょう。そうなると、通報はおろか、先ほどの死体について満足に調べられなくなります」


 これだけの大金だ。

 群れをなして参加者が追いかけてくるに違いない。


「なるほどナァ。双六君たちが囮になっている間に私がもう一度あのビルに行くわけだ」

「その通りです。そうすれば天音さんが運営側に死体についても説明できますからね」


 つまりは、さっきまでのスタンプラリーと役目は同じだ。

 頭脳は全て天音に任せて、体力系は久遠に任せる。

 双六はそのサポート役だ。


「異論は?」

「私はないナァ〜」

「久遠さんはどうですか?」

「……一つだけ聞きたいことがある」


 静かにしていた久遠がすっと天音を見た。


「ジーニ。お前は——大丈夫か?」


 何がとも、どうとも言わない。

 ただ大丈夫かと一言だけ久遠は聞いた。


「誰に言ってるんだ? ——私は『天才』だゼ」


 傲岸不遜に天音は答えた。

 それだけ聞けば十分だろうと冷笑を浮かべている。


「なら何も言うことはない」

「決まりですね」


 パンと手を叩いて空気を切り替える。

 方針は決まった。

 ならば後はやるだけだ。


「では、天音さんはもう一度調べに戻ってください」

「おう」

「久遠さん。僕たちは派手に動きますよ!」

「わかった」


 今こそ娯楽屋の本領を発揮すべき時だ。

 気楽なスタンプラリーから一転、死体があるわ鬼ごっこが始まるわの怒涛の展開。それに立ち向かうは天才に最強の二人が組むのだ。

 ——面白くならないわけがない。

 その最前列で観劇できる幸福に胸を躍らせ双六はニヤリと笑った。



「それじゃ一度これ言ってみたかったんですよね。1、2、散!」



 散る散る三散る。

 人が散る。

 散った後に残るのは、はてさて何か?

 それはこれからの——お楽しみだ。

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