表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
26/97

ファザコンとブラコンは同じなようで全く違う

「兄ちゃん! お帰り!!」

「愛しの弟よ。偉大なる兄さんは今帰ったぜ!」


 目に入れても痛くない、むしろ、目に入れておきたいぐらい可愛い弟が出迎えてくれたので、正義屋の虎鉄正義は弟である虎鉄真理を大きく腕を広げて抱きしめた。

 誰が何と言おうとも構わない。

 弟を可愛がらない兄貴は兄貴でないと断言する彼の矜持があった。

 たまに弟が嫌がる時もあるが、それすら彼にとっては喜ばしい出来事でもある生粋のブラコンである。


「そんで、話題の遊園地はどんな感じなの?」

「あぁ、お前の読み通りだ。かなり胡散臭い遊園地だ」

「そんなに?」

「俺がざっと調べただけで名だたる娯楽家業の連中がこぞって参加してる」


 娯楽家業ーー娯楽都市における裏家業の通称であり、いつしかその名前が定着した。娯楽家業は大小関わらず星の数ほどあり、小さな所は泡のようにできては消えて、大きい所は組織立っているところもある。

 こないだボスから『遊園地で遊んでこい』とそれだけ言われた遊園地について調べてみた。すると、結構な広範囲に渡ってチケットが配られていたのを情報屋を通じて確認した。

 それが一般人的だけならばまだしも、配られた先のほとんどが何らかの娯楽家業を営んでいるような連中ばかりなのだ。それを知った時、これを企画した奴は頭がイカレているに違いないと思った。

 とんだハピネスな遊園地になりそうだ。


「うっわー面倒そうだね」

「『パズル屋』『ガチンコ屋』『図書屋』の有名どころはもちろんのこと、他にも粒ぞろいばかり集まっているようだぜ」


 表には上がらない裏の娯楽情報で良く名前の挙がる連中だ。

 ただ名前が挙がるといっても、それは評判だけではなく悪評という意味合いも含めてのことなのだが、それだけに警戒を強めておくにこしたことはない相手だ。

 ——甘く見たら痛い目に合うのは必至だ。


「きしし! 兄ちゃん俺超ワクワク怖いぜ!」


 だが、そんな兄の胸中を吹き飛ばすかのごとく弟は目を輝かせている。

 玩具を手に入れた子供のようにワクワクしている弟の姿を見ただけで、鼻血が吹き出しそうな程可愛くて仕方が無いので先ほどまでの警戒感はどこかへ消えた。


「ま、どんな奴が相手だろうと俺がお前を守るから安心しろ! 何たって超兄貴だからな!!」

「さすが兄ちゃんアホかっこいいぜ!」

「そうだろそうだろ!」


 何にせよ弟がかっこいいと言うのであれば兄貴は全力を出さないわけがない。『有名どころがなんぼのもんじゃい!』と今ならどんな奴らを相手にしても勝つ自信があった。

 まるで根拠など無いが、弟への愛があれば誰であろうと勝つに違いないと信じている。


「ちょっとは歯ごたえのある連中がいればいいんだけどな〜」

「ばーか。俺とお前がいれば敵無しだZE☆」

「ししし。だな!」


 なにしろ、こないだの三下ヤクザは手応えが無さ過ぎてびっくりしたぐらいだ。

 やっていることは残虐非道な癖して、護衛やら何やら全てを取っ払ってしまえば所詮はただのクズみたいな人間でしかない。二、三発殴れば泣きわめいて終わる。

 ただ、もしもの仮定の話で考えてみる。

 もちろん、正義はそんな人間にであったことなどない。

 もしも、そんな全てを取っ払っても揺るがない人間がいたら——会ってみたいと正義は思っている。夢見ている。恋いこがれている。

 女は強い雄を求めると良く言うが、それは違う。

 


 ——雄こそが何よりも強い雄を求めているのだ。

 


 そんなまだ見知らぬ人間に出会うために、こんな仕事をしている。

 だからこそ、正義は心の底で期待している。

 混沌になりそうな人間達が集まる遊園地で何が起きるのはないかと。

 そんな考えを出さないよう正義は弟の真理にニカリと笑う。


「何にせよ遊園地だ。楽しんで行こうぜ弟よ」

「俺は兄ちゃんといれば、いつだって楽しいぜ——って兄ちゃん鼻血出てるぞ!?」

「すまん。嬉しすぎて興奮した」


 この弟はつくづく自分のツボを理解しているとしか思えない。


「さすが、変態だな兄ちゃんは!」

「HAHAHA! それは兄ちゃんには褒め言葉だからな!!」


 何にせよ、今はただ弟との語らいを楽しむことにした。


        ◆


 天野天音ことジーニは娯楽大学近くの公園に向かっている。

 普段、天野は女子寮に住んでいるが門限は特にない。他の都市ならばまずありえないが『娯楽』を堪能するために門限があると都合が悪いので、娯楽都市内の寮は大抵門限を設けないよう指導されている。

 先ほど、娯楽研究会の部室を後にしてからなので丁度夕暮れぐらいだ。この時間帯のことを『逢魔が時』と表現されるが確かに納得できる部分がある。昼の明るさの安心感もなく夜の星明かりのみの頼りなさもない——曖昧な時間。


 ——そりゃ魔に魅入ってもおかしく無いわなァ。


 ただまぁ、これから会うのは魔ではない。

 双六がかつて獣と呼称した——久遠健太に天野は会う予定だ。

 無論、これは浮気でもないし久遠に恋心など欠片も抱いていない。単に娯楽研究会に寄った帰り際に久遠に呼び出されたのだ。『ジーニと話したいことがある』と双六がいない時に言われたので、今は一人で向かっている。

 さて、彼は一体何を話したいのやら。

 お目当ての公園に近づき——夕暮れに佇んでいる久遠を見つけた。


「いよ〜う久遠さん。時間に遅れちまったか?」

「いや時間通りだ。悪いな。わざわざ来てもらって」


 相手を威圧するような図体をしている割に、久遠はよく相手を気遣う台詞を口にする。ジーニの時に二人きりで行動していた時も、それとなくエスコートをされていたのでさすがは年上だと感心したものだ。

 人は見かけによらないというが、まさに彼はその典型だろう。

 とはいえ、天野は知っている。

 久遠がその見かけ通り、いやそれ以上に人間離れした異常性を有した<獣>であることを——彼女は経験している。

 だが、それをおくびにも出さず彼女は言う。


「別に構わねーよ。そんで、私を呼び出すとはどんな用だァ?」

「あぁ、天野——いや、ジーニに聞きたいことがあってな」


 ジーニという所を強調して彼は言う。

 幼くしてプラチナランクまで昇りつめた——天才としての天野に聞きたいことがあるのだと。


「はっ、アタシが答えられることならこないだの礼に何でも答えてやるよ」


 ジーニの正体を看破した双六には一度質問に答えたことがある。

 だが、久遠にはそのサービスをしないのは不公平だろうという彼女なりの優しさと、並外れた強さを誇る久遠が何を言い出すのか興味があった。


「そうか。それは助かる——じゃあ、早速で悪いが質問がある」


 さて、久遠は何を言い出すのだろうか。

 久遠は言い出すのを躊躇いながら重い口を開く。


「お前は——俺と『同じ』か?」


 何がとは久遠は言わなかった。

 ただ『同じ』であるかとだけ聞いた。

 それさえ言えば——天野はわかるだろうと最低限の言葉だけを綴ったのだろう。


「……あ〜そういう話ね」


 無論、天野はそれの意味するところを完全に理解していた。

 彼が何を言わんとしているのかを。

 何故ならーー天野もまた『天才』であるが故に似たようなことを常に考えているからだ。

 そして、その答えもまた既に出ていた。


「その問いなら答えは『違う』だ」

「……そうか」


 久遠は少しだけ残念そうな顔をした。

 ——気持ちはわからないでもないがなァ。

 下手な期待を持たせるのは久遠にはもちろん自分にも悪い。

 中途半端なことを言うのは性に合わないし、どっちつかずなことを言うのは思考の迷いを生じさせる。

 0か1かの問いに対してどっちつかずというのは最もタチが悪い。


「私は確かに自他ともに認める『天才』だ。突き詰めて言うならば『早さ』に特化したという類いのな」


 己の天才性に関しては自分が一番把握している。

 いつも仕事帰りの遅い父親が休日遊んでくれてクイズを解いた時に『天音はこんなのが解けるなんて凄いな〜!』と喜んでくれた時が天才の始まりだったのだろう。

 だから、父親が帰って来ない時間は全て知識の習得に費やした。

 全てはまたお父さんに褒められたい一心でがんばった。

 それが行き過ぎて会社を買うという事態にまで発展したわけだが、その天野の早すぎる行動が招いた結果に対する『答え』を間違えたのは何という皮肉だろうか。

 いくら天才的に学ぶのが早いといっても——全ての答えがわかるわけではない。

 ファザコンで天才であっても——父親の心なんて何もわからなかった。


「そんなアタシからしてみれば久遠さん。アンタも『遅い』人間にしか見えねぇーよ」


 そう天野は言う。

 あれだけの強さを見せられても、否、見せられたからこそ余計違いがくっきりとわかった。


「だが、対してアンタは生き物としての強度が並外れている。本当に人間なのかと思うぐらいの人外っぷりだ。恐らくアンタには世界がこう見えているんじゃないか? こいつらはとても『弱い』ってな」

「——あぁ、その通りだ」


 久遠は天野の見解に同意する。

 そして、その見解はかつて久遠自身が狐島に語ったの同じ答えだった。


「そんなアンタから見ればアタシだって『早いだけの弱い生き物』にしか見えないだろうよ。だから、アンタの問いに私は『違う』と答える」


 天野は——『早さ』に秀でていて。

 久遠は——『強さ』に秀でている。

 例えるなら、オリンピックで短距離走の早い人間と格闘技最強の人間が同じかと問うているようなものだ。

 普通の人間からしてみれば共通する部分は多く見られるだろうが、当人達からしてみれば自分とは違う人間だという部分ばかりが目立つ。

 だからこそ——


「アタシらは別種の生物だよ。理解はできても共感は何一つできねぇよ」


 天野は久遠とは違う生物であると言う。

 よく『天才は孤独である』と聞くが全くその通りである。

 人外のような能力を持った人間は誰も理解も共感もしてくれないからこそ孤独なのだ。

 例え、それが別の分野で似たような境遇にある人間であっても——同じだ。


「こんなんでアンタへの質問の回答としてはどうかなァ?」

「十分だよ。大体俺も同じことを考えていたしな」

「はっ、そーかよ。他には何かあんのか?」


 確認作業の質問の回答も終わった。

 特になければさっさと帰って疲れを癒したいところだ。

 特に今日は苦手な人間とも関わったのだから早く寝たい。


「そうだな。後は——あぁ、一つだけあった」


 ただ、久遠も本命の質問が終わった途端に煙草に火をつけて吸う。

 さっきまでの真面目な空気は消えて雑談じみた声音に変わった。


「天野は今度の遊園地について何か知っていることはあるか?」

「あん? それこそ狐島さんや双六君にでも聞けばいいじゃねぇか」

「……あいつらは最近結束して情報を隠す場合があるんだよ」

「アヒャヒャ! あんたも大変だなぁ!」


 あれだけ馬鹿げた力があっても、そういう所はダメなようだ。

 まぁ、あの二人に関しては『そっちの方が楽しそう』と感じれば、確かに情報の一つや二つを隠しそうだ。

 

「まぁ、アタシも遊園地については今日知ったばかりだ。悪いが何も知らねーよ」


 心の中で大嘘だけどなと付け加える。

 実のところ、今日の遊園地の情報に着いてはプラチナランクのジーニの立場からすでに遊園地の情報は手に入れていた。

 それどころかご丁寧にチケットまで郵送して送られていたのだ。

 久遠が言い出さなければ、自分がチケットを双六に渡してデートに行っていただろう。

 だが、それを一から十まで教える義理なんか一つもない。

 あの二人に言えたことではないが、この場合——久遠には教えない方がより面白くなりそうな気がする。

 それだけの理由があれば情報の隠蔽には十分だろう。


「つーか、気になるならアンタ自身が調べればいいだろ?」

 

 そもそも知りたいことがあるなら自分で調べろ。

 少なくとも自分はそうしてきたのだから。


「就職活動中の大学生の忙しさを甘く見るな」

「就職活動ねぇ〜。アンタなら引く手数多だと思うんだけどなァ」

「知らねーよ。ちっ、自分では上手くやっているつもりなんだがな」


 様々なことを知っている天野であるが、さすがに就職活動をやっている人間の大変さまでは知らない。というか、そもそも好景気であるのだから『就職活動が大変』とか言う大学生がレアケースだ。

 それでも、これだけの能力をある人間を落とす理由に着いては若干納得いかなかったが、別段天野にとって久遠は彼氏でも何でも無いのだからどうでもよかったので気にしないことにした。


「いっそのこと狐島さんの元でアンタの強さ活かせばいいだろ」

「それだけは絶対にやらん」

「強情だねぇ」


 なので、気軽にそんなことを言ってみた。

 恐らく狐島はあんな珍妙なナリと言動をしているが、仕事に関しては優秀なので相当稼いでいるはず天野は推測している。

 ただまぁ、男のプライドというやつか久遠はそれに関しては意思は固いようであった。


「つーか、そもそもこの就職活動っていうシステムもどうなんだァ? 受験シーズンに試験して入社とか実際学校と大して変わらなくないか?」


 筆記試験、面接、合格のプロセスを考えたら確かに変わらないといえば変わらない。

 変わるとしたらお金を出して知識を学んでいたものが、労力を出してお金をもらうようになったところだけだろう。


「それを言うな。人材の育成とかの効率面考えたら結構利に叶ってんだよ」


 欧米では入社したい時期になったらやるようだが、日本は皆一斉にやるのが主流だ。

 確かに、バラバラな時期に入られるよりは一極集中で教育した方がコストは少なくすむのだろう。


「だったら、大学四年の時から徐々に働かせればいいんだよ。インターン制度とか最近は充実してんだから、ボンクラ共ばかりでも一ヶ月程度付き合えば人となりぐらいはわかんだろ。それを知ってから誘いたい奴と落としたい奴分ければいいんだよ」

「その金を誰が出して、誰が教育するんだよ。会社は慈善事業じゃないからな。大手ぐらいじゃないとキツいんだよ」


 色々と久遠も就職活動を行う上で調べて勉強していることがわかった。

 結果が何一つ伴っていないことには心の中で同情しといた。


「ふーん。そんなもんだなァ」

「そんなもんだ」

「まぁ、私はそんなんしなくても一生遊べる金はあるからどうでもいいがな!」

「身もふたもないこと言いやがったなお前!?」


 実際、プラチナランクになってから金に不自由したことはない。

 就職活動なんかしなくても、普通に生きる分なら何ら金には困らない。

 ただし、普通に生きる気なんか何一つないが。


「あぁそうだ。アタシからも一つだけ質問させてくれ。久遠さん。アンタは何で双六君と娯楽屋を組んでいるんだァ?」

「多分、それはお前と同じ答えだと思うぜ」


 気軽に久遠は同じだと言った。

 つまり天野と同じということは——



双六(あいつ)が『普通』だからだ」



 あっさりと気軽に久遠は言た。

 まるでそれ以外に双六は魅力が無いと言わんばかりに。

 彼はただ——双六を『普通』と評した。

 それを聞いた天野はーー腹が捻れるほど笑った。


「アヒャヒャ! さっき共感できねぇつったのは取り消すよ。確かにアタシも同じ答えだわァ〜!!」


 天才同士の共感は出来なくても、普通の人間に対しては共感できるらしい。

 コロンブスの新大陸を発見したのと匹敵するぐらいの発見だ。


「やっぱりアタシらは普通じゃないわな」

「かもしれねぇな」


 本日の成果。

 獣と天才の理解が深まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ