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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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何だかんだあっても人間にはお金が必要

 娯楽研究会の部室棟を尋ねる途中で、遠目からでも一目でわかる久遠を発見した。

 相変わらずの仏頂面を浮かべているところから、どうせ今日も落ちているのだろうと推測できる。慰めの言葉でも掛けようかとも思ったが、年下の自分に気遣われるのも嫌がるだろうと思い直し、いつも通り能天気に話しかけることにした。


「久遠さん!」

「よう。双六も今来た所か?」

「えぇ、狐島さんに呼び出されまして。久遠さんは?」

「同じだよ」


 つまり、二人が 狐島に同時に呼び出されたということはーー


「じゃあまた娯楽屋としてのお仕事ですね! うわ〜次はどんな仕事なのか楽しみですよ!」


 先日、ジーニ件がありまだ先のことだろうと思っていたが、意外と早く仕事の依頼が来たことを喜んだ。今までの経験上から仕事1〜2ヶ月スパンで間隔が空くため、もうちょい先のことだと思っていた。


「俺は楽しみじゃないんだよ。金さえ入ればそれでいいんだ——っとそうだ双六。マークから預かってるもんがある」

「何ですか?」


 マークからの贈り物とは珍しいと思い受け取る。

 久遠が渡してきたのは、カラフルに描かれた1枚のチケットであった。


「遊園地のチケットですか?」

「今度新しくオープンするんだとよ。こないだの写真の礼にやるってさ」


 この間の写真とは狐島の写真のことだろう。

 とは言っても、あれはこちらから依頼した仕事に対しての報酬なので、互いの合意は得ている。だから、このチケットに関しては純粋にマークの善意によるものと後は「ゴローまた写真をヨロシクでーす!」という彼の純粋なすけべ心によるものだろう。

 世の中持ちつ持たれつ。

 これに関してのお礼は受け取ることにして、また改めて仕事を依頼するようなことがあれば、色をつけておくことに決めた。

 ただ一つだけ問題があるとすれば——


「……あの、久遠さん。気を悪くしないで聞いてもらいたいんですが——野郎二人で楽しく遊園地に行けってことですか?」

「……言うな。俺も同じことを言った」


  新しくオープンする遊園地なんて、カップルが溢れかえりそうな場所に男が仲良く二人で歩く姿を思い浮かべた。『いや、ないわー』と心の中であっさりと結論が出た。

 アツシの言葉を借りるわけではないが、せめて女の子と二人きりかグループで行くなりしないとホモに間違われそうだ。

 男色趣味の人達は世に少なからずいるし、特に偏見も持っていない双六であるが、少なくとも双六自身はホモではないので、そこは女の子がいいと本能が訴えている。

 というか、そもそも双六にはできたばかりの彼女がいるのだ。


「チケットは複数人が大丈夫なようですので、今度のデートはそこにしましょうか——双六君」

「あ、それはいいですね。天音さん」


 フワリと香る甘い匂いの方を振り返ると『彼女』である天音が肩越しにチケットを覗いていた。

 デートらしいデートもまだのホヤホヤカップルなので、遊園地は持ってこいのシチュエーションだ。


「天野か。久しぶりーーってほどじゃねぇか」

「そうですね。またあえて嬉しいですよ」


 天音がジーニモード(双六命名)をやめて、お嬢様然としてニコリと面の皮が厚く笑っている。よくもまぁ、そんなあっさりと対応をコロコロと変えられるものだと感心する。

 確か久遠にはまだジーニモードで対応していなかったはずなので猫を被っているのだろう。だが、それは無駄に終わる。


「あぁ、一応言っておくがあんたの話はある程度聞いている。別に言葉遣い丁寧にする必要ないぞ——ジーニ」


 その久遠からの一言に天音——ジーニはガシガシと頭を掻いて、さっきまでの雰囲気とは一変粗暴な感じがする鋭い目つきへと変わる。


「んだヨ。折角ネコ被ってんのにネタバレしてたのかよ。そんじゃ改めて初めまして久遠健太。アタシがジーニだ。以後よろしくなァ」

「そっちの方がしっくりくるな。取り繕った態度よりはよっぽどいいと思うぜ」

「は、そりゃどーも」


 意外な程あっさりと互いの挨拶は終わった。

 一悶着あるかなと思っていただけに、肩透かしをくらった気分である。

 いや、もしかしたら逆なのかもしれない。

 久遠に一度ジーニになった天音のことを説明した時に「あぁ、そういうことか」と一言だけ漏らしたのを聞いた。久遠には天音がどこか演技をしていたことに気づいていたのかもしれない。

 異常な久遠と天才の天野。

 一般的な人間からかけ離れた能力を持つ同士の二人にしてみれば、今のこの状況が「正常」なのだろうと思った。

 一般人と自覚している双六からしてみればそんな共感すら抱けない——本物同士の邂逅。

 それが、今後どのような化学変化をもたらすのか楽しみで仕方がない。


「挨拶も済んだことだし。狐島さんに会いましょうか!」


 だから、狐島から告げられる仕事の楽しみがますます高まった。


        ◆


「やほーい皆〜。私様だよ〜わしょーい」


 娯楽研究会の部室に着き、テンションが低いのか高いのか全く判断できない狐島の挨拶があった。

 格好も薄紫色の長い髪をツインテールにまとめ、どこに売っていたのかすら定かではないようなデフォルメ動物柄の着物を着こなしている。会う度に狐島は違う格好をしているので双六としては今更驚きはしない。

 ただ、そんな彼女の心情を現すように部屋の中は雑然と玩具に溢れている。双六は特に気にしていないが、それを見た久遠が若干苛立っていた。付き合いも結構長くなってきたので、久遠が意外とそういった細かいことに気をつけているのを知っている。


「だから、お前は少しは部屋を片付けろといつも言ってるだろ」

「えー、いいじゃん私様の部屋なんだから」

「訪ねてくる人間のことを考えろと言っているんだ」

「むーやっぱりケンケンはおかんだなー。ぷん!」


 プクリと頬を膨らませる狐島。

 何歳なのか不明であるが、そんな子供っぽい仕草をしても何一つ違和感らしきものすら感じさせない。


「まぁまぁ、久遠さん。いつものことじゃないですか」


 とりあえず、話が進まなそうなのでここいらで仲裁する。


「お、ゴロ君こないだぶりりあんと〜」

「こないだブリリアントです!」


 自分で言ってみたが意味はさっぱりだ。

 ブリリアントーー確か『すばらしい』とか『宝石とかが光り輝く』という意味なはずだが、改めて考えてもわけがわからない。まぁ、この手の挨拶なんて韻を踏めばオーケーみたいなものなので気にしたら負けだ。


「あまちゃんもいらっしゃいり〜」

「あー、こないだは世話になったな狐島さん。改めてアタシがジーニだ」

「うん知ってるー。私様はどっちのあまちゃんでも楽しめるから、あまちゃんの好きな方でいいよー。同じ女の子同士仲良くしていきましょいしょい〜」

「……はぁ、やっぱり来るんじゃなかった」


 久遠に引き続き、狐島もジーニモードの天音に会うのは初めてだ。

 ただ、先ほど天音が言ったようにどことなく居心地悪そうにしている。まぁ、あんな奇抜な狐島と仲良くやれる女子がいる方が驚きでもある。


「それで今日は何の用だ?」


 と、そこで久遠は早速用件を尋ねる。

 内心次の仕事についてときめいていたので、双六も特に口を挟むこと無く聞きに入る。

 

「くふふー。今日はいつもがんばってるケンケンにいいものを用意しました〜。じゃーん!」


 ニヤニヤと笑って狐島は着物の袖から取り出したものーーそれは、双六達がつい先ほど見たものであった。


「るらー。私様の伝手で手に入れた『娯楽☆ハピネス遊園地』のチケットだよ〜」


 そう。そのチケットはマークからもらったチケットと同じ物であった。


「双六。俺はこのチケットついさっき見た気がするんだが気のせいか?」

「いえいえ久遠さん。間違いなくマークさんからもらったチケットと同じですよ」



 そう言うと久遠がもの凄く苦々しい顔をした。そんな顔をするのも無理も無いだろう。手に取るように今の久遠の気持ちと考えがわかる。

 さっきまではマークからもらったチケットということで気に留めていなかったが——これが狐島からもらったとなるとまるで意味が違ってくる。

 娯楽屋の仕事として遊園地に出向くこと——すなわち、何らかのトラブルがあるということだ。

 それからの久遠の決断は早かった。


「……おい双六。俺のチケットもやるから友達にでもくれてやれ」


 あっさりと彼は持っていたチケットを双六に渡してきた。


「え〜折角、マークさんと狐島さんからもらったんですから行きましょうよ。楽しそうですし!」

「より一層嫌な予感しかしなくなったんだよ!」


 こっちは面白そうな予感がしてきた所なのだと言っても、恐らく久遠は説得に何一つ応じないだろう。

 さて、どうしたら久遠は一緒に行ってくれるものかと考える。いや、考えるまでもなかった。

 こういう時に焚き付けるのは決まって——狐島の仕事なのだから。


「おろ? マー君もチケット持ってたのー?」

「はい。これです」


 聞いてきた狐島に双六はチケットを渡す。


「るぅ〜、私様がケンケンにあげたかったのに〜。マー君のばかー! 嫌いだー! ぷんぷん!」

「それ聞いたらマークさん泣きますよ」


 何しろマーク本人は狐島が好きすぎて写真で満足しているぐらいなのだから。

 まさか本人の知らない所で嫌いになられているとは夢にも思うまい。


「れー、ケンケン本当に行かないの?」

「行かん」

「そっかー。じゃあ、マー君から賞金のことも聞いてても行かないんだねー残念だりー」

「何?」


 賞金という単語に久遠が反応した。

 双六も知らないことなので、もらったチケットを見直してみた。


「らー。このチケット新規オープンの無料サービス券だけど、もう一個初日限定のお客様用のイベントがあるのさのさ〜」

「あ、本当だ。ここに書いてますね。どれどれ賞金額は——うわ、1000万円とは豪快な使い方してますね。参加賞だけでも遊園地の5万円分の食事券が付くとか凄いですね」

「何だと!?」


 身を乗り出すように久遠がさっき渡したチケットを覗いてきたので渡した。小さい文字であるが、確かに賞金のことも細々と書かれている。なので、双六はスマートフォンから遊園地のページを開いてみると、チケットに載ってあったイベントの概要が記載されていた。


「らー残念だなー。ケンケンが楽しんでくれると思ったのにー」


 と言って、狐島はこちらをニヤリと笑ってチラチラと見てくる。

 もちろん、その意図を見逃すような双六ではない。


「はぁ、僕も残念ですね。仕方が無いから友達にでもあげるとしますよ。あ、そうだ天音さんはチケットをあげたい人いますか?」

「いいじゃねぇか双六君。二人きりで遊園地楽しもうじゃねーか!」


 そんな双六達三人を見て久遠は「こいつらうぜぇ……」と言いながら頭をガシガシと掻いている。何かとお金が無いと言っている久遠のことだ。参加しないわけが無い。

 双六の見込み通りーー久遠は諦めたように覚悟を決めて言う。


「くそ、わかったよ! ありがたく頂くとするよ!」


 いえーいとハイタッチする双六と狐島。

 さすがは久遠のことを良く知っている狐島だ。餌のぶら下げ方が上手いと感心する。今度何か会ったら双六もやってみようと思った。


「だが一つだけ聞かせろ狐島。これ本当に普通の遊園地なんだろうな?」

「もちのろんだよ。ケンケンが楽しめる『ふつー』の遊園地さ。ろー」

「だといいがな」


 そんな狐島の説明を何一つ信じていない久遠であるが、それに関しては双六も同じ気持ちだ。

 狐島が紹介するような遊園地だ。

 何かが起こらないわけが無い。

 ますます楽しみが深くなった。

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