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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
24/97

偉い人たちは会議をするけれど、決して好きでやっているわけではない

 娯楽都市に住んでいる人間には階級が存在する。

 ただし、それは前時代的な特権階級が下位の階級を虐げるものではなく、上位階級になることで娯楽都市が提供するサービスが優遇されるものである。

 その階級は四段階に分かれている。

 下から<アイアン><シルバー><ゴールド><プラチナ>の四つだ。

 ランクごとに受けられるサービスが決まっており、上になればなるほどより良い待遇を受けられる。

 過去、双六が言った通りであるがシルバーは『優先』の考えに基づいて特典が決まっている。

 例えば、行列のするような品物を手に入れるために数時間も並ばなければならないとする。しかし、シルバーランクの人間であればその並ぶ時間がなく手に入れることができる。

 その上の階級であるゴールドは『金銭』の考えに基づいている。

 例えば、お金を払うことで車の速度制限を取り払った道路を走ることが出来たり、将来有望な株などの投資情報を得ることができる。

 それだけでも、人が生きる上で垂涎ものの特権と言えよう。

 だが、さらにその上が——ある。

 プラチナと言われる存在こそ認められているが、誰もそのランクに辿り着いたことは無いと言われている幻のランク。そのプラチナは『免責』の考えに基づいて特典が決まっている。

 例えば、未成年ではできないことをする権利であったり、とある犯罪をしたとしても罪そのものが無くなってしまうような——最高最悪の差別的な特典だ。

 そうだ。優遇というのは既にそれ自体が一種の差別であるのだ。

 生きているならば人は誰しも『平等・公平』を大切にするように——まるで、それが全て正しいかのように教えられる。刷り込まれる。

 もしも『平等・公平』というシステムについて反対の意見を述べようものならば、得体の知れない世間様から凄まじい勢いで叩かれてしまう。それほど人は平等と公平という言葉が大好きなのだ。

 その一方で——人はほんのちょっぴりだけ他の人より優れていたいと思う。


 ——受験勉強している友達がいても自分だけは受かっていたい。

 ——働いている同僚よりも出世したい。

 ——スポーツで競っている対戦相手を打ち負かしたい。


 素晴らしきかな建前と本音を使い分ける日本。

 結局のところ、いくら平等だ公平だと人が叫ぼうとも、前提にあるのは絶望と希望にまみれた競争社会だ。日々置き換わるルールと人間関係に翻弄されるこの世の中において平等と公平なんてものはあってないに等しい。

 それでも、平等と公平は無くならない。無くなってはいけない。

 何故なら平等と公平はとても『とても使える』概念だからだ。

 より『持っている人間』から『持っていない人間』が下克上できる——牙なのだから。

 ——お前は持っている。不公平だ。俺によこせ。

 ——生まれながらに幸せな家庭に生まれたお前は不平等だ。私によこせ。

 ——私に、俺に、僕に、自分に、よこせ、ください、何故だ、お前ばかりが、どうして私がこんな目に、世界はおかしい、間違っている、格差社会だ、差別的だ、もっと金をくれよ、不便だ、おかしい、何が、誰か、教えて、助けてくれよ、貢げよ、不幸になれ、幸せにするよ、お前に勝つ、負けるかもしれない、神なんて世界にいない。

 そんな怨嗟の声が延々と続くとても傲慢な世界こそが——人の生きる世界だ。

 だから、人は平等と公平と差別を好み続ける。

 ほんの少しだけ人より持っていたいと願うから。

 そして今ここに——神あらざる身でありながら、神ごとき娯楽の世界の仕様を決定づけた人間達が集った。



「はい。それでは『第九十七回 娯楽都市を盛り上げるための会議』を始めたいと思いま〜す! 司会進行を務めるのはこの遊木(ゆうき)(ゆうゆう)々でございます。では拍手!」


 あまりにも軽快な声で拍手を行うが、誰からも拍手が返って来なかった。

 遊木と名乗ったその男は負けじと拍手を続けていたが、やがて疲れ果てて拍手をやめてしまった。

 彼は涙を拭う仕草をするが——実際には涙を流していない。

 いや、それどころか彼が涙を流しているかは第三者にはわからないだろう。遊木はピエロのマスクを被っているのだから。なのに、見るからに高級だとわかるストライプ柄のスーツをすらりと着こなしているのだから、余計にちぐはぐな様相が目立つ。


「うっせーよボケ。早く始めろや」

「……全く持って同意ですね。はぁ、早く研究に戻りたい」


 そんな彼に追い打ちを掛けるかのような二つの声がした。

 一つは可憐というよりも苛烈という言葉があまりにも似合う女性——碧井桜子(あおいさくらこ)は、獰猛な獣のように目を細めて泰然と座っている。太陽のように輝く長い金髪と血のように赤いスーツがあまりにも暴力的に似合っていた。

 もう一つは座っている女性とは対照的な病弱に見える陰気そうな男——黒式十一(くろしきといち)がいた。あまりにも深い目の隈がさらに際立っている。なのに、彼は医者が羽織っているような白衣を着ており、その雰囲気からまさしく『医者の不養生』という言葉にぴったりであった。


「相変わらず辛辣なお二人ですね! だが、そこが良い!」


 だが、遊木はそんな異様な二人の言葉にも異にも介せず、さらにテンションを上げて言う。


「つーか、最後の一人はどうした? 遅刻のしようがないだろアイツの場合」

「桜子君。レディがそんな汚い口を利いたらダメだよ」

「ダメかどうかは私が決めることだ。いいから答えろや」


 桜子と呼ばれた彼女は、苛立ち混じりに遊木に聞く。

 ただでさえ鋭い眼光がさらに強まり、相手を射抜かんばかりの眼の付け方だ。


「やれやれ。そう睨まないでくれないかな? おじさん怖くて漏らしちゃいそうだよ。ちなみに、もう一人は準備中だよ。そろそろ繋がるんじゃないかな?」


 そう言って遊木と碧井と黒式の三人はもう一人が来るであろう席を見る。

 そこには一台のパソコンが鎮座していた。

 そして、数秒後——パソコンの画面が切り替わった。



「やっふー皆〜。狐島管音だよ〜。ろーろー」



 間延びした一切の緊張感を感じさせない狐島の声が部屋に響いた。

 画面の向こう側から彼女はいつもの通り——何も変わらず妙な口調と左右非対称な着物を着ながらこちら側を見ていた。


「おせーよ管音。お前の所から通話アプリ起動するだけだろうが」

「寝てたーサクラちゃんごめんねー」

「なら許す。次からは気をつけろ」

「ほい!」


 狐島が遅れてきたことに一番苛立たしく思っていた碧井は、素直に謝った狐島を咎めることなくあっさりと許した。むしろ、久々に会えた友達に会えたことを喜ぶ旧友であるかのような笑みを浮かべる。


「ゆゆっちもごめんよ〜」

「いやいや君が寝起き悪いのは知っているからね。大丈夫だよ」

「そっか〜ありがと。ゆゆっちも今日の仮面決まってるよー。らー」

「そこを褒めてくれるのは君だけだね! 今日の会議に合わせて新調したのさ!」


 改めて狐島見せるように——正確には彼女に見えるようにつないだwebカメラである——遊木はピエロのような仮面を見せつけた。

 その仮面をマジマジと見た狐島はニコニコと嬉しそうに喜んでいた。


「るらー。といちー怒ってる〜?」

「いえ別に、私は研究さえできれば良いので。ただ、人体実験に協力してくれる若い人間を紹介してくれたら嬉しいです」

「相変わらずマッドだな〜といちー。かっちょいい!」


 人体実験という言葉に何の反応も見せず、マッドサイエンティストに見える黒式を、ヒーローを見たチビっ子みたくキラキラした瞳で見る。そもそも、娯楽都市では人体実験の類はさほど拒否感はなく、美容や薬の実験に協力してくれる若い人間は結構な数がいる。無論、黒式が言った実験がその類なものであるかは不明であるが。

 そんな年も性別も職業も全く共通点の見当たらない不明な四人が集まった。

 どのような人間であれ一見してこの人間たちが集まった理由を当てられる人間などいないだろう。


「では皆様揃った所で今日の議題に移りましょうか」


 先ほど司会と名乗った通り、遊木が司会進行を務めてこの場を取り仕切る。

 そして、彼らは目の前にある「娯楽秘」と記載された十数ページの資料に目を移す。


「とはいえ、事前に配りました資料の通り、このたび私どもが長年掛けて作りました遊園地『娯楽☆ハピネス遊園地』が無事施工完了したので、その協力願いとなります。つきましては、皆様方にはぜひとも我が遊園地の告知をお願いしたいと思っております」


 今回の会議の主目的である遊園地について遊木は説明する。

 娯楽都市の発端は「老人たちが余生を楽しむため」に作られた都市であり。裏の目的としては老人たちの貯金を切り崩して経済の海へ回遊させることだったのだが、そのため歴史を感じさせる建物の建築といったものが最初に作られ、若年層が流入してきたのは娯楽都市が建造された歴史から見えればごくごく最近の出来事である。

 ゲームセンターやレジャー施設などは充実したが、一大テーマパークといった広大な土地と建築費が掛かるものは後回しにされてきた。そこは娯楽都市に拘らずとも、既にあるテーマパークの勢いが強く、利益を上げられるかについては不透明であり、話が出ては消えての繰り返しだった。

 それを覆したのは遊木であり、彼は長い年月をかけてようやく遊園地の建造までこぎつけて完成したというわけだ。


「つまんねーこと言わなくていいぜ。つまり、生きのいい連中集めてアピールするからお前らんとこの連中貸せよってことだろ?」


 十数ページに渡る資料を桜子が一言にまとめた。

 手元の資料のほとんどのページは、テーマパークにどのような遊行施設があるかについて記載されている。

 しかし、面白そうに魅力的に描かれているそれらも知られなければ全く意味はない。

 そのため、実際に遊んだ人間の感想や、どこが楽しかったかなどの宣伝がいかに大切であるかは今更言うまでもない。

 娯楽都市でも、一時期ステルスマーケティングを大々的に行っているような店もあったが、店側の過大な評価と客の間の意識に乖離がありすぎて、そういった評価を行う店はあっさりと潰れていったこともあり、本当に自信のあるお店はきちんとした宣伝のみを行い集客率をアップしている。

 つくづく、人間の形にならない『信用』は侮れないのだ。

 なので、そういった『信用』の高い人間達を対象にして遊木は協力を要請しているのだ。


「まさしく! 建前をぶち抜く桜子君は流石だね〜。おじさんと付き合うかい?」

「はっ。おべっかはいらねーよ。そもそも女には困ってねぇだろ?」

「もちろん。ちゃんと『一億払うから俺の子供を孕め』と言って責任を取っているよ」

「相変わらず最低な口説き文句だな」


 やれやれと言って桜子は肩をすくめる。


「……それで遊木さん。どのタイプの人間をお望みで?」

「一大テーマパークなので、全体的満遍なく欲しい所ですよ」


 今まで大人しくしていた黒式が尋ねる。

 遊木曰く、全年齢を対象としているので子供からお年寄りまで楽しめるようには設計しているそうだ。

 ただ、そう設計しているのと世の中に受け入れられるのは全く別であるので、色々なタイプの人に協力してもらいたいと思っている。


「……それは良い。私の所で研究した薬を使ったモルモットを出しましょう。ふふふ、また研究が捗りますね」

「まったく黒式君のところの病院には絶対にお世話になりたくないもんだね」

「……医療に犠牲は憑き物ですよ。私は人類のために研究をしているのだから、人類は私に協力すべきでしょう」

「その姿勢ご立派です」


 マッドの権化のような黒式の世話になるまいと遊木はそっと心に誓った。


「ふわ〜。じゃあ、私様も娯楽研究会を通じて話流しておくよ〜」

「おぉ、管音君ありがとう! おじさんと付き合うかい?」

「えーおっさんはやだよ〜。るらー」


 とりあえず、女の子は口説くスタイルの遊木であるので、断られても特に意気消沈している様子もなかった。


「心は若いつもりなんだがね〜。ちなみに、管音君はどんなのがタイプなんだい?」

「ケンケンだよー」

「あぁ、君が熱中している久遠健太君かい?」


 久遠健太——その名前が出た瞬間、他の二人がピクリと反応した。


「なぁ、管音。あいつ私の所に寄越せよ。娯楽屋なんぞやるより、よっぽどうまく使うぞ」

「……桜子さん。それはいけません。その前に私の所で思う存分趣味の研究した後でお願いします」


 就職活動全敗中である久遠が聞けば泣いて喜びそうな程のオファーがそこにはあった。問題は、そのオファーを受ければ将来どうなるのか全くわからないことであるが。


「えーやだよ〜。ケンケンは私様のだからダメ〜」


 大きく両手でバツの形を作って、狐島は頬を膨らませて断る。


「ふむ。その割に私が経営している系列の会社に不採用するように命令しているのは何故だい?」


 狐島から私的に連絡があり、久遠健太が系列の会社に採用を申し込んできたら全て断るように連絡を持ちかけられた。

 特に断る理由もなくーーむしろ、その方が楽しい展開が待っていそうだったので遊木はあっさりと了承した。

 その時は特に気にしなかったが、狐島のお気に入りの人間であるならば、あべこべなことをしているのはどういうことなのかと疑問に思った。


「らー。決まってるじゃん。落ち込んだケンケンが私様のことを頼るからだよ〜」


 あっさりと狐島はそう言う。

 楽しそうに、キラキラとした瞳で、何も悪いことなんてしていない子供のように純真で真っ白な心で彼女は笑う。


「おぉ、まさしく愛だね!」

「くふふ〜。うん。ケンケンのこと愛してるもんね〜」

「ならば、その久遠君にも是非遊園地に来るよう言っておいてくたまえ」

「うん。楽しみだな〜。ケンケン楽しんでくれると良いな〜りーるーれーろー」


 真っ直ぐな愛というのは——実は一番歪んでいるのかもしれない。

 遊木はそんなことをふと思いつつ、来るべき遊園地オープンの日が待ち遠しいと仮面の奥でそっとほくそ笑んだ。

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