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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
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今はもう日本語となった最高の言葉

 双六が天音を誘っている頃と同時刻。

 その男——久遠健太は元気無く娯楽大学構内を歩いていた。

 長身長駆というだけで人を威圧する感じがあるのに加え、今の陰のある雰囲気が

自然と『俺に近寄るな』オーラを撒き散らし、周囲の人間を遠ざけている。

 彼が元気を無くしている理由——就職活動が今日もまた失敗したことだった。

 大学生ならば一度や二度経験する社会へ巣立つ登竜門のような就職活動において、久遠健太は一度も内定をもらったことがなかった。

 しかし、彼が就職活動をしている今は就職氷河期という時代あった時代が嘘とも思えるような好景気の世の中。働ける人間は引く手数多で内定が貰えるような昨今において久遠のような人間は珍しい例と言えた。


「何でだ……高望みなんてしていない……ただ、俺は普通に働きたいだけなのに……」

 

 不景気そうに長く深いため息をつく。

 自己分析に受ける会社の調査、大学時代行っていた活動の概要のまとめも行った。さらには、大学の就職課の人間との面接練習も怠っていない。

 成績に至ってはレポートは期日以内に納めているし、テストだって優や良の方が可よりも多いぐらいだ。こんなナリをしていても久遠は自分のことを真面目だと思っているし、事実結果も出している。

 ただ問題があるとしたら——やはり見た目なのだろう。

 身長は大きいし体格も常人よりは遥かに良い。それだけで人は圧迫感を感じるだろうし、人を睨みつけるような目は生まれながらのものなのでどうしようもない。

 そのせいもあってか、どうも昔から周りの人間は自分を避ける傾向にあり、友好的に接してくる人間達の方が少ない。友好的と言っていいのは狐島はもちろんのこと、娯楽屋の相棒である双六だろう。

 そして、もう一人。


「ハーイ、クドケン! 元気におコメ食べてマスか〜!」


 大学で友人となったマーク。

 彼もまた久遠のことを邪険にせず、友好的にニコニコと話し掛けてくる友人の一人——といってもいいだろう。


「ようマーク。もりもり食ってるぜ」

「それは良かったデース! 後はスマ〜イルが大事デスよ! 笑う角にはフグ来るって、前に教えてもらった通りデスね〜!!」


 実に惜しい。

 河豚が来た日には美味しい想いをするか、テトロドトキシンで天国に行くか二通りの未来しか見えない。前に忠告した通り言葉を直しているが、大事なところが大変な意味になっていた。


「笑ってフグ来るなら就職の内定がまず欲しいもんだけどな」

「オ〜ウ!? まだクドケン就活続けていたのデスか?」

「まぁな」


 変に気遣われるよりかは直接聞いてくれるマークのおかげでダメージは大分浅く済んだ。情けないことに変わりは無いが、それでも変によそよそしい素振りをされるより全然マシだ。

 そういえば、前にマークに『手っ取り早く英語を話すにはどうしたらいいか?』という質問をしたら、こういう答えが返って来た。『「I do」さえできれば英語なんて簡単デース!』とマークは言った。

 どうも向こうの言語圏は述語が主語の次に来る性質上「俺は〜〜をする(したい)」という意思表示ができれば十分に伝わるらしい。日本人が意思表示が下手という意見をよく聞くが、それは単純に日本語の文法では述語が最後に来るせいで、意思表示があやふやになってしまうのかと思ったのを覚えている。

 思いやりと察するのが日本の文化でもあるが、意思をはっきり伝える文化も尊重すべき点は沢山ある。


「シット! 本当に大人達はバカばかりですネ〜! クドケンがいれば百人斬りだというのに、何もわかっていまセーン!!」

「百人力な。百人斬りしたら今頃捕まってんよ」


 ただし、意思表示ができても『正しく伝わらない』場合もあるのが問題だ。

 やはり、マークには正しい日本語を学ばせる必要があるため、気づいたら教えるようにしよう。


「あぁ、そうだマーク。こないだ言った通り学食に飯でも食いに行くか?」

「もちろんOKデース」


 こういう口約束は守る主義の久遠なので、宣言通り飯を食うことにした。

 そもそも口頭での約束は法律上成立するし、信用と信頼を得る意味でも守るにこしたことはない。

 それに学食といっても娯楽都市は『食』も娯楽の内なので大学構内の学食と言えどあなどれない場合がままある。毎週のように新作メニューが出ていて飽きさせない仕様だ。ただ、飽きさせないであって、当たり外れは当然のようにある。

 過去に「秋刀魚のカレー焼き」というカレー粉をまぶした秋刀魚を焼いたものを食べたことがあったが、これが恐ろしく不味かった。魚の生臭さがカレー粉によって更に主張され、その後に香るカレーの臭いが生臭さと相まって胃液が逆流するかと思った。カレーに外れ無しと言う伝説がもろくも崩れ去った瞬間であった。

 ただ、それでも外れよりかは当たりの方が多いので、新メニューを楽しみにしている学生も多く、久遠もその一人であった。


「ジャガイモのクリーム醤油和え定食一つ。あとご飯大盛りで」

「山菜とキノコのパスタとサラダをお願いしマース」


 マークはパスタを選び、久遠は当然のように新メニューを選んだ。

 出てきた料理の見た目は、吹かしたジャガイモの上に生クリームをのせて醤油をかけたものだ。添え物にはベーコンとアスパラがあるが面積はジャガイモの方が多い。

 そして「いただきます」と言った後に一口食べた。


「お、結構うまい。生クリームと醤油って結構合うんだな」

「マジデスか!?」


 マジだ。生クリームと聞くと甘いイメージがあったが、これは砂糖を含んでいないのでバターに近い感覚だ。味的にはバター醤油に近い。


「じゃあ、一口やるから食ってみろ」

「Amazing! 生クリームが口の中で溶けることでバターのようにポテトと絡んでいる。さらに、その後に続く醤油の風味が鼻に抜け食欲を増進している。一見全く合わなさそうな組み合わせが出会うことで新たな味を開拓したこれは……まさに白と黒の協奏曲やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 どこのグルメ番組のコメントだ。

 確かに美味いと思っているが、そこまでではない。


「お前実は結構日本語ペラペラだよな」

「なななな、何を言ってるデースか!? オレは外人キャラなんて作っていませんヨ〜! まったく心外プンスカプンデース!!」

「いや、キャラぶれてんぞ」


 大学に入ってからそれなりの付き合いになるのだが、わかってて日本語を誤用しているのか、天然で間違えているのかわからない時がある。

 どちらにせよ良き友人であるのでこんな些末なことは特に気にしてはいない。


「それはそうとクドケ〜ン。この後はフォックスちゃんの所へ行くデスか?」

「ん? あぁ、そのつもりだ」


 特に今日やることはないため娯楽研究会の部室に顔を出すつもりではある。


「嫉妬! こういう時はクドケンが羨ましくて仕方が無いデース!」

「shitと嫉妬を掛けるなわかりづらい。羨ましいって、お前も顔出しにくればいいだろう」

「え……だってフォックスちゃんに会うの恥ずかしいデース」

「中学生男子かお前は」


 確かマークは日系アメリカ人だったはずだ。

 アメリカ人のような女性に物怖じしない面があると思えば、こういう時には日本人のように顔を赤面させモジモジする。あくまで久遠の偏見なので、中には奥手な人間だっているということなのだろう。


「だから、オレは今フォックスちゃんの写真を見て恥ずかしさを克服していマース!」

「写真?」

「はいこれデース」


 何だそれはとマークがポケットから出したスマートフォンに入っている写真を見せてきた。そこには、狐島が狐の着ぐるみをきた姿が映し出されていた。


「何でこんな写真があんだよ……」

「こないだゴローからもらったデース!」


 そういえば、ジーニの事件があった時に狐島に何か頼んでいたのを思い出した。

 詳細は聞かなかったが情報を集めるために狐島に写真を撮らせてもらって、その対価と引き換えにマークから情報をもらっていたのだろう。

 それにしても惚れた女の写真で情報渡すとか、情報屋を営んでいる目の前の友人は大丈夫なのかと逆に心配になる。


「さすがゴローです。ワビサビモエをよく理解していマース」

「……さよか」


 この辺りは自分にはわからない領域の部分なので適当に流した。この写真のどこに侘び寂びを感じているのかに関しては、聞く元気さえ無い。


「オ〜そうだクドケン忘れるところデシタ。シューカツ大変そうなのとゴローへの感謝を込めてこれをあげマース」

「何だこれ?」

「今度オープンする遊園地のチケットデース。ぜひ疲れを癒して欲しいデース」

「おぉ、サンキュー」


 こういった気遣いをさらりと出来るマークはやはり何だかんだで凄いと思う。

 凄いとは思うが——やはり抜けている所がある。


「なあ、マーク。一つ聞きたいんだがいいか?」

「何デスか?」

「男と二人で遊園地に行って——俺は癒されるのか?」


 普通こういうのはカップルとか複数人の友達と行くものだろう。

 あの変態娯楽馬鹿なら喜ぶだろうが、生憎こちらはくたびれた就活生だ。どう考えても癒される要素がまるで見当たらない。

 変な沈黙が二人を包み、マークが重い口を開いた。


「……クドケン。日本には最高の言葉が一つありマース」

「何だ?」


 どうせまた勘違いした日本語でも披露するのだろう。

 そう身構えつつ、マークは親指を立てて言った。


「ドンマイ!」


 確かに最高の言葉だった。

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