楽しむ探偵の解答シーンと壊れた大和撫子
「いません」
途中まで何かを指そうとした指を口元に持っていき、何だかお茶目なポーズを取った双六は——そんなことを言った。
「「「……………………」」」
いや、お前は本当に何を言っているんだ?
というか、そもそも誰だよこいつ——という冷ややかな目線がその場にいる全員から送られる。
「あ、あれ? えーと、皆さん。何かその沈黙が痛いんですけど? ほ、ほら『なんだってぇ~!』みたいなノリを期待していたんですけどー……。はい。すみません。悪ふざけが過ぎました。ちゃんとしますから許してください……」
シュンと今にも泣き出しそうに双六の肩が地面に落ちる。
そんな殊勝な様子を見せても、どうせ一つも反省していないことが透けて見える久遠はイライラしながら聞く。
「おい。次ふざけたら、お前からまずブッ飛ばす。さっさと言え。誰が犯人なんだ?」
「いや、正確に言うと明確な犯人はいないんですって」
「頼むからわかりやすく。簡潔に頼む」
「もう、久遠さんは様式美がなくて困りますよ。じゃあ、簡潔に言いますよ。坂月さんを殺したのは、そこの人たちです」
双六がそう言って指を差したのは——屋久寺を取り囲み神島の仲間と思われてる三人であった。
「そうですよね? 《殺人倶楽部》のスクリームさん、コレクターさん、リレーションさんで合っていますよね? まぁ、間違えていたところで大した意味もないでしょうけど」
何ともないように双六は言ったが、三人は殺人倶楽部とその名前が出たことで動揺が走った。
だが、それでも表面上出さないようにしている。
さっきから久遠と話していたスクリームの顔から見下した笑顔でなく、警戒した笑顔に変わる。
「おやおや。これはこれは驚きましたねぇー。何者ですか君は?」
「あはは。怖い顔してますよ? 悲鳴好きでスクリーム。人体収集でコレクター。人間関係断絶でリレーション。何ともまぁわかりやすい名前ですよね。しかも、殺人倶楽部なのに殺人が目的じゃなくて結果が殺人というのも最悪ですよね」
対して、双六の方は変わらず――いつも通りのにこやかな笑顔で話す。
小さい子供が何もかも楽しんでいるような——そんな楽しいと言う感情以外何も感じられないような笑顔だった。
「賽ノ目君。一体どういうことですか? 坂月さんはジーニの手によって殺されたわけではないのですか?」
そこで、今まで黙っていた天野が、ジーニに殺されたわけでないということについて問う。
「いえいえ。ぜーんぜん違いますよ。さっき言った通り、坂月さんを殺したのは彼らですよ」
ジーニを追っている天野からしてみれば、寝耳に水どころか荒唐無稽な話に見えるだろうが、双六は嘘は何一つ言っていない。
そして、今の双六の言葉で一番衝撃を受けているのは天野でなく――神島だ。
「……ど、どういうこと? あなたたちが坂月君を……?」
屋久寺を責めていた手が震えいた。
神島は自震える手で唇に触れていた。確か——その行為は自分の身体の一部に触れることで心を落ち着かせるサインであるのだが、それでもなお神島の身体の震えは止まっていない。
「落ち着いてください神島様。所詮はただの子供の『戯れ言』です」
「……そ、そうね」
「あはは。『戯れ言』と来ましたか。いやー、やっぱりこういう展開になると思ったんですよ。なら、神島さん。それなら僕のたわ言に付き合ってもらえませんか? あなた達が知りたがっていること全てを教えてあげますよ」
スクリームの言葉に一瞬落ち着きかけた神島を——双六はなおも揺さぶる。
「聞いては駄目です。あれはこちらを動揺させるための手口です」
「語るに落ちてますねー。それじゃあ、まるで自分たちがやったって認めてません?」
先ほどまでとは全く逆の空気となった。
神島が支配したおどろおどろしいものではなく、双六の無邪気で場をかき乱す混沌としたものに。
スクリームと双六の目線がぶつかる。
「——なんともまぁ、恐ろしい少年ですね。ですが、こちらにはこの少女の命がかかっていることを忘れてはいませんか?」
ツッとスクリームは手持ちのナイフを少し動かす。そこから、屋久寺の首から一筋の血が流れ落ちる。ハッタリではなく、やるといったら間違いなくやれる側の人間の行動だ。
だが、そんなスクリームの挙動に双六は何一つ動じない。
むしろ——、
「え? 別に殺してもいいですよ」
キョトンとした様子で、スクリームにそんなことを言う。
「ていうか、何を言っているんですか? 屋久寺さんの命と僕らの命のどっちが大事だと思っているんですか。僕は久遠さんと違って必要ならば、屋久寺さんの命なんていくらでも見捨てますよ。僕の命が一番大事です。ていうか、それ以前にあなた方が優位に立っているのは屋久寺さんの命があってのものでしょう? それと僕の言葉を聞くことを考えたら、どっちの価値が軽いかなんて明白でしょう。ねぇ、神島さん?」
そして、双六は愉悦の矛先を神島へと変える。
「……わかった。……聞きましょう」
「っ! 神島様!?」
「決まりですね。さて、それじゃあどこから話しましょうか」
「おい、双六」
「まぁまぁ、いいじゃないですか久遠さん。ただの座興で余興ですよ」
チラリと、神島を見る。
やはり、屋久寺の傍から離れていない。久遠の言いたいことはわかるが、ここは一つ『任せろ』と目配せをする。
「ちっ。仕方ねぇな。頼んだぜ相棒」
「はい。任されました」
——色々な意味で任されましょう。
双六は心の中でそう呟いた。
「さてさて。今回の事件なんですけど、まず僕がジーニに感じた違和感について語りましょうか。まず、僕はジーニのポイントイベントで気になったポイントがまず『二つ』ありました。
一つは、皆さんご存知の神島さんと坂月さんの関係です。まぁ、今となっては大した意味はないのですが、あの場で神島さんは坂月さんに渡した、コーヒーにつける砂糖とミルクの数がおかしかったんですよ。ミルク一つに砂糖を二つ。久遠さんには一つずつ。この時点で、お二人は知り合いか恋人関係だと予想はしていました。まぁ、今までの経緯から十分察することができますよね」
そう、双六の感じてた違和感はそれだった。
神島と坂月は顔見知りだとはすぐに気づくことができた。
だが、それは自分たちも同じことだったので、あの場ではあえて何も言わないままにしておいたのだ。
それにしても、関係性を気づかせないよう装いたいのならば、もう少しまじめに取り組んでほしいとさえ思っていたぐらいだ。
「そして、もう一つの違和感。これが結局のところ今回の事件の核心でしょうね。坂月さんの当日の服装だったんですけど——あれだけ暑い日にわざわざ長袖で、しかも、終始服を脱がないどころか、袖すらまくりすらありませんでした」
それが二つ目の違和感。
「万が一、坂月さんが冷え性だということを除外して考えてみましょうか。どうしても長袖の服しか着ない理由。例えば、リストカットありの自殺未遂常習者。例えば、何らかの暴行された痕がある。そして、例えば――麻薬常習犯で腕には注射痕がついているとか」
いくつかの可能性を辿り、双六はマークにそれらの情報収集をお願いしていた。
もしも、坂月が自殺未遂や暴行を受けていれば病院の通院暦があろうし、麻薬常習犯ならば、それこそ裏の情報網にくっきりとかかるはずだった。
結果――坂月は、麻薬常習犯であることが判明した。
温和で温厚そうな顔をしていたが坂月の知らない一面が浮き彫りになったとき、さすがの双六も驚かされたものだ。
あれだけまともに見えている人間であっても裏で何をしているかわからない。
まったくこれだから娯楽都市の人間は——面白い。
「麻薬を大量に使用していたんですよ。坂月さんは。それを神島さんが知っていたかは知りませんが、彼の財産は恐ろしいスピードで減り始めました」
それこそ、金を湯水のように減るという比喩通りの意味で。
「その結果、彼が取った行動があれです。ジーニの噂を聞いた坂月さんはジーニのイベントを通じてポイントを大量に獲得し、シルバーランクもしくはゴールドランクまでいって自分のお金を増やすつもりだったのでしょうね。ですが、それは既にあまりにも遅い行動でした」
さすがのシルバーやゴールドでも麻薬そのものを購入することは不可能だ。
しかし、それらの特権を余すことなく使えれば、自分の資産を増やすことなど、容易く達成できる。
ただまぁ、それはあくまでも『時間』というものが残されていればという話になるわけなのだが。
「その点で、僕は久遠さんと天野さんに謝らなければなりませんね。ジーニのイベントがあったのですから、それら関連で僕は坂月さんが殺されたものだとばかり思っていました。ですが、よく考えれば明らかな矛盾がありましたね。ジーニのイベントのあった翌日に坂月さんが殺されていたのですから、いくらなんでも、殺されるのが早すぎました。それが、僕らだけの誤解だったら良かったのですが、もう一人、誤解した方がいました」
双六は、そのもう一人を指差す。
坂月の彼女である神島だ。
「神島さんもまた、僕らと同じように誤解したのです。あんな怪しげなイベントがあったのだから、坂月さんを殺したのは僕らの中の誰かだろう、とね」
それが全員に及んだ誤解であり曲解であり——全ての間違いの元。
その結果——屋久寺は坂月を殺した人間の一人と思われて神島に捕らわれたのだろう。
「ですがね、現実なんてものはそうそう推理小説どおりにはいかないんですよ。まぁ、これがクローズドサークルならばまだしも、ただの娯楽都市内での出来事だったんです」
はぁ、と一つ大きな溜息をつき、首を左右に振る。
双六としては、今回の事件が推理小説のような展ではないとわかったときは「つまらなくて」残念だとがっかりしたものであった。
「つまり、ジーニのイベントなんて何も関係なかったんですよ。何一つこれっぽっちも。坂月さんは、麻薬の料金の支払いを渋ったために、その元締めから依頼された『殺人倶楽部』の人たちが殺した。それを誤解した神島さんが僕らを殺そうとした。だから、明確な犯人はいない。しかし、実行犯はいると言ったんです。以上、証明終了!」
それが今回の真相であり双六がたどり着いた真実だ。
今回の坂月の殺人事件なんてものは、所詮日常の延長でしかない。悲しいまでに推理なんてものをする必要はなくて、地道な情報集めとそれに関わった人間をピックアップすれば誰でもわかるだけのパズルクイズ。
双六の期待していた推理なんていうものはどこにもなく、ミステリーのように劇的な動機なんてどこにもなかった。
あるのはただの誤解と日常。
利害と利益。
坂月はただの日常により殺され、神島は誤解により殺そうとし、双六たちも誤解で動いていただけの話だ。
世界なんてものは、見る人によって世界が変わるなんて言うが、それは少し違う。
世界は、それを見たい人が見たいように見るだけだ。
見る人によって変わるなんて無責任な言い方ではない。
それを望んだ人が自分で選び取った結果にすぎない。
誤解だろうが真実だろうが関係ない。
好きだろうと嫌いだろうと相手に関係ない。何故なら――自分が楽しければいいのだから。
双六は、いつも疑問に思う。
――何故、人は自分が楽しければ良いという論理を否定するのだろう?
それが、双六にとって人生最大の疑問だ。
パチパチ。
倉庫内に、一つの拍手の音が寂しげに反射する。
「これはこれは。中々の素晴らしい推理を聞かせていただきました」
拍手しているのは、スクリーム。その拍手の音の中には何も感じさせない乾いた音だけが響く。
「ですが、結局のところ君の話は何一つ証拠のない空想でしかありません。そして、何よりも大事なのは――その推理があったところで、あなた達がここで死ぬのは変わりません」
そして、スクリームは神島を見る。
——あなたはすでに手を汚した身だ。
——それなのに、たかがこの程度で止まっていいのか?
薄ら寒い笑みで彼は神島の心の内にある汚泥を——掬う。
「……そうね。坂月君を殺したのは誰かわからない以上……あなた達全員殺せばいいだけ……」
「さすが神島さま。決まりですね」
「てめえらっ……!」
ここまでの話を聞いても、意見を何一つ変えることのない神島。
いや、正確には少し違うかもしれない。
神島は『全員殺せばいい』と言ったので、もしかしたら、殺人倶楽部の人間を含めてのことかもしれないが——まぁ、どうでもいいだろう。
そんなことをどうでもいいと思うほど双六の心の中は——穏やかではなかった。
楽し過ぎて、穏やかでない。
「くくっ。まさか、そこまで様式美を愛してくれるとは思いませんでしたよ。一つ言ってませんでしたけど、何で僕がここまでの情報を知りえたのか想像できませんでしたか? 何であなたたちの名前を知りえたのかわかりませんでしたか? 証拠なんていくらでも用意できますよ。例えば――これとかね」
殺人倶楽部には、何一つ落ち度はないのだろう。
むしろ、彼らは誇っていたはずだ。
自らが行っていた素晴らしい行動を賞賛してくれる仲間の存在を。
ただ、彼らの誤算があるとすれば一つだけだ。
殺人倶楽部の仲間である内の一人。ヒーローと呼ばれる人間が、この数日前に娯楽屋によって捕まえられたことを彼らは知らなかった。娯楽屋のバックにはおかしな日本語を操る情報屋の存在を知らなかっただけだ。それが彼らの誤算であり破算だ。
双六が取り出したのは――とある写真だ。
「まさか……それは!」
このタイミングで取り出したそれに想像がついたスクリームがとうとう笑みを崩して驚愕する。
「あなたたちが欲しかった証拠ですよ」
それも、彼らが自分たちの成果を自慢するために使っている——殺人写真だ。
それを、空中に放り投げて、写真が雪のように宙を舞った。
「あ……あぁ……!!」
数百枚に及ぶ写真。
それを神島は、一つ二つ見ただけだが——見間違うことはなかった。
神島が想う愛しい坂月は——殺人倶楽部の手により惨殺されていた。
頭の底では、片隅では、信じたくなかった事実という真実が浮き彫りにされた。
だって、そうだろう?
神島は誤解して屋久寺を襲っただけでなく——自らが最も愛した人間を、殺した人間たちに今回の依頼したのだから。
目の前のそいつらが本当の敵だと知れず。
憎しみの炎に彩られていた自分のことを——殺人クラブの面々はどんな顔で楽しんでいたのだろう。
そんなことを想像してしまった神島は——
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴とともに壊れた。
「坂月くん。さかづきくん。サカヅキくん。坂づきくん。サカ月くん。サカづきくん。坂月くん。坂月くん――――」
彼女が取った行動は、一つ。惨殺された坂月の写真を、破るでなく拾い始めた。
そばにいた屋久寺のことなんか、何一つ目を掛けずに。
「久遠さん!」
そして、そこからの行動は素早かった。
双六は、手に持っていたスタンガン――リッパーの所持品を盗んだものにスイッチを入れて、スパークさせたままスクリームに投げつけた。
「ちぃっ!」
思わず、スクリームは屋久寺から手を離してその場から離れる。
その瞬間を見逃さずに、久遠は屋久寺の元へ駆けつき、屋久寺を縛っているロープを力任せに引き千切る。ぐったりとした屋久寺の身体の重さを何ともないように久遠は抱える。
「双六!」
「はい!」
抱えた屋久寺を双六に任せて、久遠はさらに地面に這い蹲る神島を引張り上げた。だが、相手もさることながら、コレクターと呼ばれた男が出遅れた天野に、刃渡り二十センチはあり、コレクターという名に相応しい装飾されたダガーナイフを持って向かう。
「まずっ」
虚をついたはずだが、意外なまでの反応の早さに、久遠に焦りの色が浮かぶ。
「あぁーもう。面倒くさすぎナリ。スクリームの奴が頼まれた依頼だから大人しくしてたのに、何だか面倒くさくなってきたナリ。悪いけどもう好きにさせてもらうナリよ。まずは、あんたの眼をもらう、鼻をもらう、耳をもらう、皮をもらう、臓物をもらう。安心するなり全てきちんと保管してやるナリから」
だから、お前の全てを収集させろ。
狂気を孕んだ凶器が、天野に襲い掛かる。
――が、天野は、コレクターのナイフを持った手を上から覆うように掴んだ。
「はい?」
「……私を見くびっているのですか? 私が守られる存在だとでも思ったのですか? 久遠さんもあなた方も私がただ搾取される側の存在だと? これでも、周りからは天才と呼ばれる存在の私が、まさかこの程度の真似ができないと? 甘く見られたものですね。私を収集したいなら――私よりも全てにおいて上回ってみせろ!」
そこから、グルリっとコレクターの身体が宙を一回転して、背中からコンクリートの地面に叩きつけられる。「がぁぁぁっ!」と、体中の酸素を吐き出す汚い悲鳴が轟くも、天野は間髪入れず、コレクターの鳩尾に踵を落とす。
「ひゅー。天野さんやりますね~」
意外な天野の活躍によって、双六、久遠、天野の三人の背後に、失意に落ちた神島と気絶している屋久寺の二人が庇われるようにいる。
完全な形勢逆転だ。
「さて、これでそちらの思惑は全て潰れたわけですけど、まだやりますか?」
今度こそ、双六は余裕を持って言う。イニシアティブを取られていた先ほどとは違い、こちらはもう何一つ気遣う必要がない。そのために策を弄し、言を弄し、舞台を弄し作った隙なのだ。
全ては、この一瞬のために。
だから、双六は出来る限り屋久寺の命にこだわっていないことをアピールした。
命を見捨てることを是としない久遠のためではない。
双六自身が、人の命を食い物にする殺人倶楽部の連中が大嫌いだから。吐き気がするぐらい大嫌いだから。
これでようやく、五分五分の土台にまで落とし込めた。
「はぁーやれやれですねぇ」
距離を取ったスクリームが、疲れたように天井を仰ぐ。
「まさか、ここまで予定外なことが起きるとは。人生とは面白いものです。殺人倶楽部始まって以来の珍事ですねぇ。神島様は壊れてしまい、これでは依頼が果たせそうにありません」
壊した原因を作ったのはお前たちだ。そう言いたいところであるが、さすがの双六もここは空気を読んで言わないことにした。
「だから、死ね」
倉庫内の空気が――止まった。
「あぁ、死ねといっても勘違いしないでくださいねぇ。私たちは別に殺したいわけではないんですよ? ただ、私たちの楽しみを快楽を満たそうとしたら人が死ぬだけなんです。だから、こうやって死んでもいい人をピックアップして、依頼という形にしてまで行っているのに、これでは、あなたたちを殺すしかないではありませんか。初めてですねぇ。依頼じゃなく人を殺すのは。とても屈辱的です」
人を見下していた側のスクリームが怒りに満ちた瞳で双六を睨む。
そして、今まで黙っていたリレーションが、スクリームに長い筒状の袋に入った棒を渡し、スクリームがその袋をはぐとそこから出てきたのは――日本刀だ。
「ありがとうございます。リレーション」
「無問題」
そこから、少し離れた場所で倒れていた、天野によって倒されていたコレクターも立ち上がった。天野の技は確かにすごいものがあったが、再起不能にするにはいささか力が足りなかったようだ。
「……怒ったナリ。でも、お前らのような人間を収集してこそコレクターの名がうずくものナリ。特にそこの女。オレはお前を絶対手に入れるナリ」
あっちは三人。こっちも三人。
相手にするには丁度いい頭数となった。
「結局こうなるのか。向こうの依頼なんてもう何もないのに……って、違うか」
依頼という楔が無くなった以上、何にも構わずに、ルール無用に自分たちの快楽を追及し、貪ることができるのだ。
娯楽屋と殺人倶楽部。
この二つに、本質的な違いなどない。
あるのは表面的な違いだけだ。
二つとも、依頼をもって仕事を達成する。
しかし、その前提にあるのは――自らの欲求を、快楽を満たすという生物としてただ当たり前のことだけだ。
それは達成するにはあまりにも簡単なことで、簡単すぎてつまらないから、依頼というルールを課して、難易度を上げているに過ぎない。
そのルールが無くなれば――ただ、当たり前のように欲求を満たす行動に移るのは、火を見るよりも、空に浮かぶ太陽を見るよりも明白だ。
「それで、賽ノ目君。どうしますか? 一対一であちらと戦うつもりですか?」
「そうですねー。久遠さんは、どうし――」
ゾクリ。
――あ、やばい。
「天野さん! そこにいる神島さんを引張ってここからすぐ離れますよ! 早くっ!!」
「は?
どういうことですか?」
「説明は後でします! 死にますよ!!」
双六のあまりの剣幕に、天野は二の句を告げずに双六に従い離れることにした。何が何だかわからないといった様子だが、双六の必死な顔を見ていると緊急事態なのだと理解はできたようだ。
「危ない危ない。この距離でもちょっち恐いけど。仕方がないか」
そうこの端ギリギリまで身を寄せた双六の眼に映るのは、一人の大柄な男の姿。
「何か静かだなー思っていたら、本当にもう! 久遠さん。気をつけてくださいよ!」
久遠に対して、双六は今までと違い、楽しそうな余裕など一切なかった。
なぜなら。
「――なぁ、双六。もう、いいよな? 我慢しなくても」
そこにいるのは——今までの久遠ではないからだ。
何だかんだでうっとうしくも相手をする、文句を言いながらも優しいはずであった久遠の雰囲気はそこに一切なかった。ただあるのは、獲物を捕食する前の獣のそれだ。
故に、双六は何にとは聞かない。今までの付き合いから、久遠が何に一番ストレスが溜まるかを知っている。
――普通ではありえない。異常な出来事に対して、久遠は最大の負荷が掛かる。
「えぇ。いいですよ。もちろんですよ。僕は、あなたのその姿を見たくて、急いでここまで来たんですから」
双六が、屋久寺の元を訪ねてから、急いだ最大の理由であり娯楽。
それが、今から始まる。
「そっか。じゃあ、こいつら壊させてもらうわ」
双六は、戦慄する。
これから、始まる最大級の娯楽に。
双六の表情が——子供のひどく醜い無邪気な笑顔となった。




