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娯楽都市  作者: 菊日和静
第01話 娯楽屋とプラチナランカー<ジーニ>
16/97

ミステリー小説における探偵の登場シーン

 驚きに目を見張る——というのは、こういう場面のことをいうのだろう。

 場違い……いや、この場にこそ相応しいものなのかもしれないが、驚くには十分で、理解するには不十分な光景が目の前に広がっている。


「な、んだと……?」

 

 屋久寺屋波が——血まみれで目の前にいた。

 白百合高校の制服がズタズタに引き裂かれ、十代特有の瑞々しい肌は見る影も無く傷に溢れていた。上から吊るされているロープで手が縛られて身動きは取れず——いや、もはや身動きを取ろうとする意思すらも感じられなかった。

 それぐらい屋久寺の表情からは感情が消え失せ、人生に疲れ果てたような――そんな顔をしている。

 ギリッと久遠の奥歯が強く噛み締められる。


「おい……。こりゃ、どういうことだ?」


 周りが聞けば、それだけで身を引いてしまうような低い声で神島を睨みつける。

 普通の人間ならばそれだけで身をすくめそうな——怒気に溢れている。

 けれど、神島は久遠の言動など何もなかったかのように——屋久寺の元にカツカツとゆっくりと歩いていく。


「神島さん。あなたは一体……?」


 同じように天野も聞く。

 さすがの天野もお得意の察しの良さを発揮できずに、場の混乱に巻き込まれてしまっている。いや、この場の異常さに呑み込まれてしまっている。

 先ほどまで大人しかったはずの神島が——恐ろしく不気味に見える。

 大人しく、和服が似合う、自己主張などない――普通の女子大生であったはずだ。

 それとも、これがこの女の本性なのか。

 久遠もまた同じように、ただただ静かな神島に呑み込まれている。

 と、そこで知らない声が——倉庫内に響いた。


「おやおや。これは一体どういうことでしょうか?」


 倉庫に見知らぬ男達が一人、また一人と入ってきた。

 中に居る久遠達から見れば、男達は出口を遮るような位置に立っている。

 すぐにこの場を離れるべきかと迷ったが、久遠一人ならともかく護衛対象の天野がいるので下手な無茶は出来ないと判断し諦める。

 そうしている間に全部で三人の男たちが現れ——倉庫のシャッターを閉じた。そして、男達は神島の元へ集まった。


「ちっ」


 その動作であらかたの想像はついた。

 この男達が——屋久寺をあのような姿にした犯人だ。

 そして、久遠は男達を睨みつけるように見る。

 一人はブツブツと下を向いて、一人は何一つ興味なさそうに、最後の一人がニヤついた顔でこちらに話しかけてきた奴だ。どことなく双六に似ている気もするが——双六はあんな見下したような腹立たしい顔はしてないだけマシだ。


「それで神島様。こちらの方々はどちら様なのでしょうか?」

「……新しい……ターゲット……」


 その言葉だけで全てを理解した。

 背景は何も理解できたわけではないが、少なくとも罠を仕掛けられて、それに嵌ってしまったことだけは理解できた。


「てめぇ! どういうつもりだ!!」

「……殺すつもり」

「っ!」


 明確な答えが返ってきた。

 あれほどまでに自己主張の無かった神島が——憎しみに満ちた目をして宣告する。

 事情、背景、心理、その他全ての情報が足りながらも、神島が殺意を持っているのは間違いない。久遠の手に、知らず知らずに力が込められる。


「久遠さん。どうしますか……?」

「俺の傍から離れるな。守りづらくなる」


 短く天野にそう告げる。

 相手は、神島を入れても四人。

 さらには、屋久寺さえも向こうの手の中にある状態では、迂闊に手を出すわけにもいかない。

 間違いない。

 坂月を殺したのもこいつなのだろう。

 動機や原因なんて知りたくもないが、どうせジーニもこいつで、楽しいが理由でこんなことをしているんだろうと推測する。

 ――この街は、いかれた連中ばかりかっ!

 眉間に皺を寄せ、理不尽なことに対する怒りばかりが燃え上がる。


「おおー怖い顔をしていますね。そして、守りづらくなる……ですか。それはそれは、何とも面白いことを言います。まるで、離れられたら守れないみたいに言いますね」

「はっ。事実そうだって言ってんだよ」

「ふ~む。なるほどなるほど。あぁ、あなたはそういう人ですか。ならこれならどうです?」


 吊るされている屋久寺の顔に、ナイフを押し付ける。

 なのに、屋久寺は何一つ抵抗を見せずに、うつろな瞳のまま何の反応を示さない。


「やめろ。そいつに手ぇ出すなっ!」

「おや? これはこれは……。割と意外な反応ですねぇ。ねぇ、神島様。あなたのお話では彼らとこの子は何の関係もないはずでは?」

「……知らない。……無関係かもしれないけど……そうでないかもしれないと言ったはず」

「それもそうですねぇ。で、実際のとこはどうなんです?」


 ナイフを手の中で弄びながら男は聞く。


「ちっ。ただ一度きり会っただけの他人だよ。だけどな、目の前で死なれると気分が悪いんだよ。特にお前らみてーな下衆な連中に殺されると余計ムカつくんだよ」

「……ふはは。まさか、今時そんなことを言う輩に会えるとは。なんともまぁ」


 どうやらリーダー格らしいその男は、肩をすくめて見下したように笑う。


「大体、お前らは何者なんだよ」

「何者と問われて言う人がいますか?」

「は、どうだかな。サービス精神旺盛な奴は喋ってくれるぜ」

「さぁて。話すも話さないも私たち次第ですからねぇ」


 やりづらい。

 沈黙するタイプならばまだしも、こうやってまともに取り合わないタイプは久遠にとって一番苦手とするタイプだ。話が通じる分、さらに性質が悪い。


「……じゃあ、神島。お前はどうだ」

「……私?」

「お前が、そこの屋久寺と同じように坂月を殺したっていうのかよ。それとも、お前がジーニ本人だっていうオチか?」


 十中八九そうなのだろうが、とりあえずは、この状態はまずい。逃げるにしても助けるにしても、何とか打開する方法を見つけなければならない。

 そう思って出した、何の意味もないはずの質問だったのに――


「…………私が殺した…………?」


 神島の様子が一変した。

 それまでも変わらず静かな雰囲気を纏っていたはずなのに、今は何かが違う。

 言うなれば、般若の面をつけて狂ったような――狂気を彼女から感じる。


「私が? 私が坂月君を? 何を言っている? 何を言っているの? 私が? 殺した? 誰を? あなたを? 私を? 殺す? 愛しい坂月君を? そこの売春女が? ふざけないで? あなた達が殺した? 坂月君を? 誰が? 何を?」


 頭を掻き毟りながら、ブツブツと呟く神島。

 ——ゾクリ。

 うすら寒い空気が倉庫内に流れる。


「あなた達が殺した。坂月君を。愛しい私の坂月君を。あぁ、可哀相な坂月君。悪いことをしていないのに。一人で死んだ。私を置いて。死んだ。悲しい。私は。だから。殺す。坂月君。殺した人を。殺す。殺す。殺す。この女を殺す。次にその男を殺す。次はその女。最後にニヤニヤした男を殺す。殺す。そうすれば。寂しくない。坂月君。待っていて」


 そう呟きながら、神島は屋久寺の乱れた制服の肌が露出している部分に爪を立て、ガリガリと引っ掻かく。当然、何度も何度も何度も傷つけられた肌は、膨れ上がり、捲れ上がり、血が飛び出し、肉が飛び出している。

 なのに、神島は壊れたゼンマイ人形のようにやめることはない。

 多分——誰かが止めなければ屋久寺を殺すまでやめないのだろう。

 屋久寺のことを助けに行くかと迷う。

 だがそうすると、天野が無防備になるし、さらに面倒なのが、屋久寺にずっとナイフを当てられていて思うように身動きが取れない膠着状態となっている。


「どうやら、神島さんは私達が坂月さんを殺したと思っているようですね」

「あぁ……」


 久遠の背中から、ぼそりと天野が言う。

 神島の言動からわかったこと——坂月を殺した犯人が自分達の中にいて、そいつを見つけて殺したいと彼女は思っているらしい。だが、神島もその犯人の特定はできていない。

 こちら側は全ての黒幕は神島一派がやったことだと——それも違う?

 チグハグで本当にわけがわからないことになっている。

 一体誰が誰を殺して、何がどうなっているのか、久遠の中の不明瞭となっている部分が拡大されていく。モヤモヤして、吐き気がして、認めたくない現実が広がっていく。

 ――ヤバイ。

 この状態は本当に危ない。  

 嫌だ。この場にはもう一秒たりとていたくもないのに、だけど、ここで見捨てるわけにはいかない。見捨ててはいけないと自らの心が告げる。

 ここで見捨てたら――普通ではない。

 そう、心が叫ぶ。

 だから、せめて何か打開策があれば良いと思い、願っていると――シャッターが開かれた。



「はいはい。どうも娯楽屋ですよー。お邪魔しますよーっと」



 何ともない様子で双六が入ってきた。

 この緊迫した状況でも何一つ躊躇せずに——にやけた笑いを浮かべている。


「…………おいおい」

「いやー間に合ったようですね~……って、おわ! 何ですかこの状況は!? え、え、クライマックスなんですか! しかも屋久寺さんが吊るされているし、何だか知らない人が一杯いるし!? うわー、何て楽しそうなことになっているんですか! 久遠さんばかりずるいですよ! こんな楽しそうな現場になっているなら、ちゃんと僕を呼んでくれないと!!」

「お前は一回黙れ!!」


 その場の全員が呆気に取られてしまった。

 双六が何一つ空気を読まずに――いや、状況を打開してほしいのだから空気を呼んだのかもしれないが、だからといって、今までの膠着状態がなんだったのかと赤面してしまうぐらいの空気の読まなさ具合だ。


「えぇー折角、駆けつけたのに〜相変わらずひどいこと言いますね。でもまぁ、冗談はここまでとしておきます。あぁ、一応話は概ね聞こえてましたので状況は把握していますよ。坂月さんを殺した犯人を知りたいんですよね。神島さんは。しかも、お互いに犯人だと思っていると。あはは、いやー何とも楽しいことになっていますね。よし。それじゃあ、ここは一つ謎解きパートとして僕が見事に謎を解きましょう! ミステリー小説の探偵っぽくね!!」

「は?」


 えへんと胸を張って、双六は指を差す。


「坂月さんを殺した犯人。それは——」


 その指を差した方向は——

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