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娯楽都市  作者: 菊日和静
第01話 娯楽屋とプラチナランカー<ジーニ>
15/97

子供の無邪気って天使? それとも悪魔?

ちょいとばかし過激な表現ありますのでご容赦ください

久遠と天野の二人は、神島に連れられるように歩いている。

 向かっている場所は土地勘が無いので全くわからないが、静かな場所と言ったのでそこに連れて行ってもらっているのだろう――が、いくらなんでも歩きすぎだ。かれこれ、二十分ぐらい歩いている。

 とはいえ、土地勘のある人間の案内に任せる以外方法が無いのは歯がゆい所である。


「おい。目的地にはまだ着かないのか?」

「……すみません。……もう少しです……」


 質問をしてもこの調子でしか返ってこないので大半は諦めている。天野の方はどうかというと、別段口をはさまないで歩いているので文句はないのだろう。

 けれど、どんどん人気のない場所――もとい、人が住んでいないような林の中を歩いていても何か思うことは無いのだろうか?

 少なくとも久遠は多少なりとも文句を言いたい気持ちはある。

 天野は——どうやら天才と呼ばれているらしく、双六は会えて喜んでいるようだが久遠にとってはただの依頼人なので平凡だろうが天才だろうが関係ない。

 やることをこなすだけだ。


「あの……着きました。ここ……です」


 林を抜けると——そこには古びたプレハブ小屋みたいな倉庫があった。大きさとしては何かの資材が十分置ける程度の広さは有している。歴史区の景観から考えると何かと場違いな印象を受けてしまったが、その答えはすぐ隣からきた。


「なるほど。この辺一体を開発したときの物置き場ですか。確かに、ここなら邪魔が入らずにゆっくりと話すことができそうですね」


 ああ、なるほど――と、理解をして久遠もようやく場違いな倉庫がある理由がわかった。何故今も残っているのが疑問ではあるが、どうせ開発が終わった後に片付ける費用の軽減とこんな所には誰も来ないだろうと思い放っておいているのだろう。


「しかしまぁ、よくこんなところを知っているもんだな」

「……静かなところが、好きだから……」


 内面も外見もそうだが、どうも意思表示はするものの、どこか物怖じをする神島らしいといえばらしいとも思った。


「……では、二人ともこちらへ」

「おう」

「……んっ」


 倉庫のシャッターが閉じられているので、神島が取っ手を持って開けようとしていたのだが、どうもうまく上がらなかった。なので、久遠が仕方がないと片手をシャッターに掛ける。


「あ……」

「開けるぞ」


 そのシャッターがガラガラと開けられる。

 バン! と上まで登りきって倉庫の中の様子を目の当たりにして久遠は——


「は?」


 と、驚きの言葉を発してしまった。

 そこには、今双六が出会っているだろう女の子――屋久寺屋波が血まみれで吊るされていたのだから。



 その男は、息を殺し足音を周囲に紛れ込ませるように歩く。

 十数メートル先にいる毛先が白い男子高校生に気づかせないように、そこら辺の住人に溶け込むようにしてチャンスを窺っている。

 どういうわけか、彼は白百合高校を出た後にとあるマンションを訪れ、すぐに出て行ったようだ。そこで何があったのかはわからないが、ものの数分で出てきた。

 一見しただけでは、何をしているのかが全くわからない行動を取っている——というよりも、何がしたいのかが今ひとつ不明瞭だ。

 どこに向かっているのかがわからなければ、予想立てて待ち伏せすることもできない。そうなると、これからの行動次第では長丁場になるかもしれないと――溜息が自然と出る。

 男にとって、見つかるかもしれないという神経が磨り減るような緊張感なんていうのは、それほど好みではない。

 けれど、目的を達成した後の解放感がそれに比例して高くなるのだから仕方が無いと自分に言い聞かす。

 そこら辺の路地にでも入ってくれれば、さっさとことを済ますことができるのにと願っている。

 しかし、さっきから人通りの多い――といっても、人目につく程度に多い道を歩き続けているので、やはり、楽観視はできない状態だ。

 早く、この緊張感から解放されたい。

 そう思う一方で、さらに高い緊張感を求めてしまうのは——悪い癖だ。

 とはいえ、急いでは事を仕損じるなんてことはよくあるため、念のためにこの辺一体の地図を携帯電話で確認する。その後、別のサイトにジャンプしてもう一度ターゲットの顔写真を確認する。

 間違いなく、今時分が尾行している少年がターゲットで間違いない。

 ある者からの通告により選ばれてしまった少年。

 年もそれほど離れていなさそうなので、同情の念を抱かないでもないが——仕方がない。

 なぜなら、世界はそういう風にできているのだから。

 だから、彼は選ばれてしまった。通告されてしまった。

 


 殺されてもいい人間として。



 つくづく残念だと思う。

 生きていれば、この先まだ楽しいことがあるだろう少年を殺してしまうことを。

 そう——今日は彼の死んだ日となるのは決定事項なのだから。

 死んだ日になるというのは、いささか無責任すぎる言い方だと思い直す。

 再度改めて頭の中で言葉にする。


 ——彼は今日殺される。自分の手によって。


 別に恨みなんていうのはない。

 あろうはずもない。

 持つ意味すらない。

 殺すこと自体に意味も価値もないのだ。

 それに、誤解されやすいかもしれないが、他の連中と違って自分は他人をどうしても殺したいという衝動すらもない。

 ならば何故こんなことをしているのか?

 答えは簡単だ。


 自分は——肉を思う存分に捌きたいだけなのだ。


 本当にそれだけなのだ。自分の中にある欲望――楽しいと思える趣味なんていうのは。

 ほら。子供の頃によくあっただろう?


 ——毛虫を潰して無邪気に楽しんだり。

 ——トンボを両羽を持って引きちぎりシーチキンと言って無邪気に楽しんだり。

 ——蟻をプチプチと潰して全能感に溢れて無邪気に楽しんだり。

 

 命を命として認識せずにただ命を奪って楽しんでいた——子供の頃のことだ。

 そんな、悲しいまでに命に無頓着であり、『死』という概念が未発達で未開発で未知というごくごく当たり前な少年期を過ごしたことは——誰だってあるだろう。

 大小はあるだろうが間違いなく――それはある。

 ただ、それらは教育を受けるうちに、静かに侵食される。

 善意の理性によって、無垢な本能がいたいけなほど駆逐されてしまうのだ。

 どっちが正しいのかは知らない。

 そんなものに興味はないから。

 ただ残念ながら、無垢な本能が何故社会に適合されないかだけはよくわかった。身を持って経験したから。

 つまるところ、自分という存在は、社会にとって恐ろしいまでに――鬱陶しく傍迷惑で面倒くさいものなのだ。

 それを避けるために人は学ぶ。

 人に迷惑をかけて嫌われたくないから。

 ただ嬉しいことに、周りにとって残念なことに、自分の中に善意の理性はなかった。無垢な本能だけがすくすく育ってくれた。

 だからこそ、今の自分があると言えるのだろう。

 想像すればするほど、身体の奥深い部分が熱を帯びる。


 ――早く、肉を捌きたい。


その結果、人が死んでしまう。

 悲しいことだ。悲しすぎる。悲しみで泣いてしまいそうだ。

 だから、今から捌かれてしまう少年の死がとても悲しい。

 心の底から――そう思う。

 そんな風に感傷的になったのも束の間、偶然が必然になったのか、先を歩いている少年は人通りのある道でなく細い路地の方へと入っていった。

 千載一遇のチャンスだ。

 地図で確認したところ、この先は複雑な路地となっていて人目につかない造りになっている。……万が一人目についたらついたで、その時は仕方がない。肉を捌くのが一人分余計に多くなるだけでしかない。

 すっと自らの足を路地裏に踏み入れる。

 ここまで来れば後はもう簡単だ。実行に移すだけでよい。いつも通り、相手を昏倒させてその場で肉を解体するだけだ。


 ――あぁ、早く肉を楽しみたい。


 急かす鼓動が胸を踊り、静かな歩調が淫らに音を立てる。

 少年がさらに奥深い路地を入っていったので、後はもうそこでやってしまえばよい。そうすれば、思いのまま自らの欲望を満たすことができる。

 ポケットに入っているスタンガンを右手にやる。

 背中のリュックの中に入っている道具は捌く道具なので傷つかないよう大切に背負い、捌くときだけに使用する。

 それが、自分に課したルールでもあり、美学でもある。

 ——待っていて、可愛い道具たち。すぐに、肉の味を覚えさせてあげるから。

 そう思い、男は少年が曲がった路地に入りすぐさま昏倒させようと意を決して、



「四番。双六。バッターボックスに入り、振り切ったー!!」



 衝撃が顔に走る!

 目の前が暗転――したかと思った瞬間、いつの間にか夕暮れ時のビルに囲まれた空が目の前にある。何が起きたのかわからない。

 というよりも、今自分は何をしている?

 思い出せ、何をしていたのか。

 そうだ、今日はサイトの依頼により、肉を捌いてもよいと言われたので、その少年を追っていたのだ。

 で、その少年はどこだ?


「こーんにちはー。いや、もうこんばんはなのかな? つくづく、こういった微妙な時間の挨拶って困りますよね。そうは思いませんか?」

「ひっ」


 思わず、小さな悲鳴が出た。

 ドロリと鼻から熱いものが垂れたが、そんなことは何も気にもならない。目の前にいた少年が……鉄の棒を上から下に振り下ろすように、鉄棒を振りかぶっていたからだ。

 意味がわからない……。

 何故、捌かれる対象の少年が鉄棒を持っているのだ?


「よいしょっと!」

「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!」


 足のすねに鉄棒が鈍い音を立てて当たった。

 男は悲鳴を上げるも、あまりの痛みに自分の足が無事なのかどうかを見てしまう。

 だが、実際には男は痛みを感じて悲鳴を上げているわけではない。あまりにも派手な音とその光景を直視しただけに、大げさに痛がっているに過ぎない。

 少なくとも、その程度に男が冷静であったのならば――もしかしたら、双六から全力で逃げることも可能だったのかもしれないが——既に時は遅かった。


「ふぐぅ! んっ……! ん~~~~~~!!」


 口元をガムテープでぐるぐる巻きにされ、悲鳴を出すこともできないようにされた。馬乗りにされてしまい、身動きも取れない。それ以前に何が起きているのか未だ理解の外だ。ほとんどが為すがままにされている。


「さすがに人気がないといっても、そんな大きい声出されたら困りますよ。大人なんだしもう少し静かにしてもらわないと」


双六の声は何の抑揚がない。それこそ日常会話のような気安さで話しかける。

 さらに、手足をガムテープでがっちりと巻かれて身動きすら取れなくなった。


「あ、それとですね。無駄な抵抗はやめた方がいいですよ。あんまり暴れられるとこっちもついやり過ぎてしまうかもしれないですし。といっても、芋虫みたくなってるからそれも無理ですよね」


 そこまでいって、ようやく男は理解できた。

 肉を捌く立場だと思っていたのに、それは全く逆の立場だったのだ。

 なのに、双六は心を読んだように、


「いや~本当にびっくりしましたよ。尾行されていたのは知っていましたけど、いつ襲われるかビクビクしていたんですから。まったく、これが久遠さんだったら何も心配はいらないのに、僕はただの普通の人間なんですからね。おかげで、楽しい思いをさせてもらいました♪」


 そんなことを言う。

 ——尾行を知っていた?

 何を言っているのかわからない。こう見えても、少なくない数こなしている自分の尾行だ。気づいた素振りもなかった。なのに、気づかれていた。

 今目の前に居る少年が——不気味に見えて仕方が無い。


「あはは。不思議そうな顔をしていますね。いつも狩っている立場だから狩られることがないなんて思っていたんですか? おめでたいですね。楽しいですね。何故、僕があなたに狩られることを気づいていたかわかりますか? 答えは簡単です。見ていたからです。あなたたちの動向なんて丸わかりでしたよ。えーと、《殺人倶楽部》のリッパーさん……で合ってます?」


 ――何者なんだ、この少年は?

 何故その名前を知っている。

 それは、その名前を知る者の間でしか使用していないはずなのに――双六の涼やかな顔を見て、どうしようもないほどの寒気がよぎる。


「切り裂きジャックのパクリですかね。この名前は。あぁーそれにしても、こないだの<ヒーロー>の人といい、あなたたちの動向はちょい目に余りますね。ねぇ、わかっていますか? 何故、あなたがそこで這い蹲らないといけないのか? わかりませんよね。そうですよね。その理由はすごくシンプルですよ。つまらないからです」


 双六の手がリッパーの顎を持ち上げ、その好奇に満ちた目がリッパーを収める。



「人間を殺されると――僕が、つまらない」


 

 身体が震え始める。

 こいつは違う。こっち側の人間とは存在が違う。

 少なくとも、リッパーにしろ、そっち側の人間にしてみれば、人間の命については基本無頓着に生きている。故に、命を悲しむことはあっても命に罪を感じることはない。

 悲しむのと罪を感じるのは違う。


 感情と罪悪は――切り離せる概念だ。


 悲しんでいても人は殺せるが、罪を感じていたらどんな人間も殺せない。

 しかし、この双六と証した少年は違う。自分たちのような人間とはまるきり違う。

 命を命と認識して、その上で命を弄ぶことのできる『人間』の目だ。

 それは恐ろしいまでに澄んでいて、とてつもないほど好奇心に満ちていて、子供の無邪気さがないくせに、大人の邪気もない、その中間である命を学ぶ者の瞳だ。


 ――だから。怖い。


 命を学ぶ段階にある者が――何よりも怖い。

 それは、標本にされる寸前の虫のような、そんなおぞましさを感じる。


「人間は大切ですよ。人間は生きているから楽しいんです。人間が死んだら何も楽しくありませんよ。だから、僕はあなたを殺しません」

 ただし——と、そう付け加えた少年が地面に落ちている黒い物体——スタンガンを拾い上げる。

 抵抗をしたくも、この状態では何かをすることもできずに、這いずりながら双六から逃げようとするが、思うように進まない。


「殺しませんけど、楽しませてもらいます」


 スタンガンを手に持ち、スイッチをつけると、青い火花がパチパチと弾ける。

 リッパーの目から涙が溢れ、鼻水が垂れ流れ「んー! んー!」と助けを呼ぶも、そんな悲鳴を駆けつけて誰かが来るわけがない。

 何故こうなったのか。今でもわからない。


 ――ただ、肉を捌いていただけなのに。何が悪かったのだろうか?


 涙を垂らしながらリッパーは今までの自分がしてきた所行の何が悪かったのかーー未だに理解できずに居た。

 結局のところ、リッパーもまた先のヒーローと同じくただの異常者であった。


「あと、次に起きたら、ちゃんと就職先を見つけてあげますから、安心して眠ってくださいね。娯楽のクズ――何かこれ前にも言ったな。そうだな。ゴラクズのあなた方にぴったりの永久就職先なので安定していますよ。では、おやすみなさい」

「ん――――――――――――――――!!」


 そして、スタンガンを押し付けられたリッパーは、何もできないまま、眠りについた。



「やっぱり、動きがないと地味だなぁ。スタンガン」


 つまらないと言って双六はスタンガンを自分の鞄の中にしまった。

 スタンガンを押し付けたはいいが、リッパーの身体がビクっと飛び跳ね、あまりにもあっさりとリッパーが気絶してしまった。双六個人としては、びりびりーっとしたリアクションを期待していたのだが、現実はこんなものだ。


「ま、いいか。あー、それにしても楽しい時間を過ごせたけど、間に合うかな」


 時計をちらりと見るが気休めにもならない。

 あっち――久遠の状況が全くわからないのだから。

 そもそもが、リッパーが襲ってこなければ時間をロスしなくてすんだのだ。けれど、わざわざリッパーの相手をしようと決めたのも双六だ。

 後悔――いや、楽しさは本当に先に立たない。


「さーてと、この人もどうにかしないとな」


 携帯電話を取り出して、電話をかける。


「あ、もしもし。僕です。ええ。お願いがあるんですけど。そうです。丁度いいゴミが手に入ったのでそちらでご奉仕させたいんですが、大丈夫ですか? あ、わかりました。今の場所ですか? んー、後で携帯でデータを送るのでそれで来てください。はい。気絶しているので多分大丈夫ですよ。後の詳しいことはそちらに任せます。え、僕ですか? これから、行かないといけないところがあるので急いでるんです。えぇ、もちろん。ただの娯楽ですよ」


 では。そう一言だけ告げて電話を切る。


「まっずいなぁ。このままじゃ本当に遅れてしまう。無事だといいんだけどなぁ」


 ——誰がとは言わない。

 そして、双六はすぐさま、表通りに出てタクシーを捕まえる。

 タクシーの後ろのドアが開き、双六はこれから行く場所の住所を告げる。


「できるだけ、急いでくださいね。え、道が混んでるんですか? 仕方がないなー。それじゃあ、これ使うのでぶっ飛ばしてください」


 双六は、黄金色に煌く<ゴールドランク>を示すカードを提示する。

 それを見た運転手は笑って、豪快にアクセルを踏み込んだ。

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