Divine Force 番外編【Panic Party】
《時間軸》
【特務課】
【Panic Party】
「今日は忘年会だったっけ」
いきなりそんなことを言い出したのは特務課の木原未幸。
彼女は机の上の書類を整理しながら唐突にそんなことを呟いた。
「ああ…… そういえば、そうだったな」
特に気に留める様子も無く、書類に目を通しながら生返事を返す海藤。
「忘年会ですか…… しかし、何故この時期なんでしょうかね」
何かを考えるように顎に手を当てる高遠だが、彼が疑問に思うのも無理は無い。何しろ今日はまだ十二月の中ほど。
普通の忘年会と言えば、年末近くに開くはず。
「さあな、俺達が揃って休める日なんて滅多にないからだろ」
ぶっきらぼうに答える八神。
確かに彼の言うことももっともで、彼ら特務課は事件があればどこにでも派遣される。
つまり、いつもメンバー誰かがどこかの部署に派遣されているので、全員揃っているのが奇跡的と言えるのだ。
「八神の言うとおりです」
そんなメンバーの会話に割って入ってきたのは、別室で雑務をこなしていた副長の藍沢。
「こんな機会は滅多にありませんからね、各員今晩は思う存分楽しんでください」
続けて言う藍沢は、柔らかな笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことですから……
集合時間までに各自割り当てられた庶務を終わらせてくださいね」
海藤はその藍沢の言葉を聞いてから、机の隅で山積みになっている書類にちらりと目をやってため息をついた。
何故だろうか、彼の机の一角にはいつも書類が積んである。
だがそれは決して彼がデスクワークをさぼっているからではない。
彼は単独で危険度の高い任務を遂行することができるため、様々な場所に派遣されるのだが、その度に報告書や目を通さなければならない書類が増えていく――
うなだれる海藤を見て、向かいの机に座っている木原が苦笑いする。
「正樹、少し手伝おうか?」
「……ああ、頼む」
まさに猫の手も借りたいところだったので、木原の厚意を素直に受ける。
「……といってもある程度は自分でやるから、時間がやばくなったら手伝ってくれ」
と目尻を下げて笑うと、海藤は再び真剣な目つきで書類に目を通し始めた。
――そして集合時間――
木原の手伝いもあってなんとか書類仕事がひと段落できた海藤と木原は、会場となる本部内の宴会場に来ていた。
この部屋は全面座敷の和風なつくりになっていて、そこに長机が並べられている。その長机の上には、豪華絢爛な食事が所狭しと並んでいた。
そして座敷の上座に座っているのは隊長の三嶋と副長の藍沢。
藍沢は二人の顔を視認すると腕時計を見て、
「ギリギリ間に合ったようですね」
そう呟く。
見るともう他の特務課の面子は揃っているようだ。
「よう、遅かったじゃねぇか海藤」
「呑気に言ってくれるな、お前とは仕事の量が違ぇんだよ」
冗談っぽく笑いながら八神の野次に応えて、席に着く。
そこで全員揃ったことを確認した三嶋が、杯を持って立ち上がり乾杯の音頭を取る。
「みなよく集まってくれたな。今宵は滅多にない全員集合での宴だ。
明日の任務の事は考えずに、今は存分にこの時間を楽しんで欲しい。
それでは、乾杯」
『乾杯~!』
こうして特務課の長い宴の夜が始まった。
「っぷは~、やっぱ仕事のあとの一杯はうめぇな!」
「仕事と言っても、今日は書類ものがほとんどでしたからあまり動いてませんがね」
空のビールジョッキを机に置いてそう言う八神は、随分とご機嫌のようだ。
そんな八神を横目に淡々とウーロン茶を飲む高遠。
「なんだ高遠、お前って飲めなかったっけか?」
「飲めないこともないんですけどね、あまり強くはありません。
まあ、酒はまた後ほどいただくことにします」
海藤の疑問に高遠は笑って答える。
ふと三嶋の方に目をやると、相変わらずの無表情のまま、料理をついばんでる。
その手元にあるお猪口を見る限り、三嶋はビールよりも日本酒派のようだ。
そして当然のように隣に藍沢がいるかと思ったが、そこには姿が無い。
どうやら瀬川姉妹の方にちょっかいを出しに行ったようだ。
「気の毒に……」
まだ何も起こっていないのだが、海藤は思わずそう呟いてしまう。
その頃、瀬川姉妹の方はというと、
「どうですか、楽しんでます?」
「ふ、副長!?」
突然の上司の出現にいささか驚いた様子の瑞穂。
片手にワイングラスを持っているところを見ると、どうやら藍沢はワイン派のようだ。
そんな藍沢に対し、瀬川姉妹はカクテルをちまちまと飲んでいる。
「ふむ、カシスウーロンですか……
随分まともなカクテルでいきますね」
まとも以外になにがあるのかはあえて聞かないことにして、瑞穂は緊張した様子で対応する。
「副長はワインをお飲みになるんですか?」
「ああ、これですか?そうですね…… 特に白ワインなんかは好きですよ」
そういってグラスを傾ける藍沢。
と、そこで今まで会話に入って来なかった瑞希が突然口を挟む。
「副長もワインですか……
私もワインは飲みますが、好みは赤の方ですね」
そう言って瑞希はワイングラスを傾ける。
そして何を思ったか更に瑞希は、
「……どうでしょう副長、ここでひとつ私と飲み比べしてみませんか?」
いきなり藍沢相手に勝負を仕掛けてくる。だがそれは確たる自信があるがゆえ。瑞希は特務課の中でも一、二を争うほどの酒豪。
瑞穂が全く飲めない代わりに、酒飲みの遺伝子は全て瑞希に行ってしまったようにも思うくらいだ。
「ふふ、流石は特務課で八神と並ぶ酒豪なだけありますね」
「ええ、実戦では歯が立ちませんが、これでは負けませんよ」
普段は無表情な瑞希の口が不敵な笑みを浮かべる。確実に酔っているようだ。
「普通はワインで飲み比べなどするものではありませんが……
いいでしょう、売られた喧嘩は買うのが礼儀というものですからね」
静かに火花を散らす二人に瑞穂はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
副長がどれだけ強いかは知らないが、瑞希の強さは尋常ではない。
特務課内で瑞希と張り合えるのは八神ぐらいというのは皆も周知の事実だ。
ただ、副長の酔っ払った姿を見れるのはある意味貴重かもしれないと、瑞穂は変なところで期待していた。
だが、その期待は大きく裏切られることになる。
「なんだ、向こうが騒がしいぞ?」
一番初めにその異変に気づいたのは海藤だった。
木原と共にマイペースに飲んでいた海藤だったが、ふと騒ぎのあった方向に目を向ける。
「瑞希!瑞希、しっかりして!」
見ると青ざめた顔でひたすら何かを呟く瑞希が担架で運ばれていく。
耳を澄ましてみると「嘘だ、嘘だ、嘘だ……」と繰り返し呟いているように聞こえる。
「おや、もう終わりですか?
まあ自棄になって私についてこようとした時点で間違ってましたね」
そういいながら、もう何十杯ものワインを飲んでいるのに今が初めの一杯とばかりに平然とグラスを傾ける藍沢。
その藍沢の一言で、皆はその場で何が起こったのかを把握した。
簡単に言えば、瑞希が藍沢との飲み比べに負けたという事。
だが、相手が瑞希だとするとそんな簡単な話では済ませられない。
「馬鹿な……!?」
一番驚きを顕にしたのは八神だった。
八神も特務課内きっての酒豪で、瑞希とはツートップを張っていたからだ。
その一角がこうも簡単に倒される(?)とは……
海藤は副長が瀬川姉妹のところにちょっかいを出しに行った時点で何かが起こるだろうとは予測していたが、まさかこんな事態が起こるとは。
「副長、侮りがたし……」
ビールを飲みながら自然と海藤は呟いていた。
ひとり戦死者(?)が出てもまだまだ晩餐は続く。
ウーロン茶を飲みながら木原と談笑していた高遠は、ふと焼酎に手を伸ばす。
「あれ、元って焼酎派だったんだ?」
首を傾げる木原に高遠は、
「ええ、どうもビール特有のあの炭酸が好きになれませんので」
と苦笑しながら答える。
それで焼酎かと納得する木原を前に、グラスに焼酎を注いでいく高遠。
グラス五分の一ほど焼酎を注いだ後は、先ほどまで口にしていたウーロン茶のペットボトルに手を伸ばす。高遠が作ろうとしているのは、よくあるウーロン割りというやつだ。
慣れた手つきでウーロン割りを作った高遠は、ゆっくりとグラスを傾ける。
「ふむ、やはり焼酎といったら芋ですね。
ウーロン茶によく合います」
焼酎を飲みながらご機嫌な高遠。
といっても彼はそこまで強い方でもないので、自分のペースに合わせてちまちまと飲んでいる。
「普段からそれぐらいの比で割ってんのか?」
そう疑問を投げかけたのは海藤。
ウーロン割りといえば焼酎:ウーロン茶は1:5が常套。
そして高遠は綺麗にその比率に合わせて作っていたのだ。
高遠はその質問にふと手を止めて、
「そうですね、あまり焼酎の割合が多いと一気に潰れてしまいます」
苦笑しながら答える。
そんな高遠とは正反対に、次々とビールジョッキを空にしていく八神。
こいつは底が無いのかとげんなりするも、これはこれでなかなか絵になる光景である。
と、そこで忘れていた悪夢がふつふつと蘇る。
海藤は何かを思い出したようにふと顔を上げてあたりを見渡す。
「どしたの正樹?」
怪訝な顔をする木原に海藤は耳打ちする。
「未幸、副長の動向だけは気をつけてくれ。何を仕掛けてくるか分からないからな」
それを聞いたとたん呆気に取られる木原。
だが、まるで最大の敵と言わんばかりの緊張感で言う海藤を見てると、次第に可笑しくなってくる。
だが、そんな二人のすぐ近くまで黄昏の悪魔(?)は忍び寄ってきていた。
「おや、芋焼酎とは粋ですね高遠」
声が聞こえたのは高遠の隣。
いつの間にかそこにいた問題の副長こと藍沢が、【さつま木挽(芋焼酎の銘柄)】を手にとって物珍しそうにパッケージを眺めている。
普段はワインを飲んでいるので、焼酎などあまり飲んだことがないのだろう。
「これは副長、今宵は楽しんでいるでしょうか?」
姿勢を正して高遠は副長に向きなおる。
「ああ、いいですよそんなにかしこまらなくても。
宴会の意味がないじゃないですか」
にっこりと微笑を浮かべて、高遠の傍にある空のグラスをひったくる。
「ところで高遠、貴方は視力を失っている分空間認識能力に長けているのは知っていましたが、焼酎など比率を必要とするものも作れるんですね」
ああ、それならと前置きした高遠は、
「言うなれば経験則というやつですね。
おおよその量を注いだところで、大体の比率は分かるんです」
普段は謙虚な高遠だが、珍しく得意げに話しているようにも見える。
経験則ということは、おそらく最初は大変苦労したことだろう。
「なるほど、そういうことですか」
高遠のグラスに焼酎を注いでいく藍沢。
ってちょっと待ってください副長、もうすぐグラスの半分が焼酎で埋まるんですが……?
「普段からウーロン茶で割っているのですか?」
何事もないように会話を続ける藍沢。
「ええ、そうですね。大体はウーロン茶か緑茶と、お茶で割ることが多いです。反対に水割りはあまり飲みませんね」
元々視力を失っている上、会話に集中している高遠は藍沢の暴挙を知らない。
ふくちょー、もう焼酎でグラスが一杯なんですけどそれどうするつもりですか。
ふと周りを見てみると、八神は自分の酒に夢中になって気づいてない。
木原は瑞希がいなくなって独りになってしまった瑞穂と話しこんでいる。
その場の雰囲気は非常に楽しげに盛り上がっているようだ。
ただ一人、副長の暴挙を目の当たりにしてる海藤以外は……
「それでは、ウーロン茶割りを作っておきますね」
並々に焼酎を注いだグラスにウーロン茶を注ぎいれようとペットボトルを傾ける。
そうか、流石の副長もしっかりお茶で割る気はあるようだと海藤がほっとしたのも束の間、ペットボトルからウーロン茶を一滴だけ垂らして「はいどうぞ」と高遠に手渡す藍沢。
副長、それ焼酎のウーロン割りじゃなくてウーロン茶の焼酎割りじゃないでしょうか。
しかも焼酎とウーロン茶の比率が99:1というとんでもなく凶悪な。
しかしそれに何の疑いもなく口を付けた高遠は、今まで飲んでいた感覚でぐいっと飲み込む。
「高遠!それは――ッ」
海藤の制止も虚しく、飲み込んだ後の数秒間、高遠の周りの時間が停止した。そしてグラスを机にゆっくりと置くと、そのまま仰向けに倒れる高遠。
「た、高遠ぉー!」
戦死者一名追加。
瑞希ほどではないにしろ、再帰不能に陥った高遠は奥の部屋で寝かされることに。副長、貴方は今晩のうちに特務課を全滅させることが狙いですか。
そんなことを思った海藤はふと藍沢の方を見ると、丁度向こうと目が合った。藍沢は顔に微笑を浮かべると一言。
「海藤、楽しく飲んでますか?」
その言葉に何故か恐怖で背筋が凍る。
酒の席では一番関わってはいけない相手だと海藤の本能が語っている気がする。流石に見かねたのか、離れた席でちまちまと熱燗を飲んでいた三嶋が藍沢を手招きする。
それを見てバツが悪そうな表情をした藍沢は、
「あ…… 多少やりすぎたようですね。
隊長のお酌をしてきますので、皆さんゆっくりしててくださいね」
いそいそと三嶋の方へと歩いていった。
脅威は去った……
その場にいた誰もが(いや、正確には驚異を目の当たりにした海藤だけは)そう思っただろう。
パートナーを潰されてしまった瑞穂や八神には悪いが、これでもう被害者は出ない。
そして解放(?)された海藤は八神との話で盛り上がって、次第に飲み比べをやり出した。
……が、勝敗は火を見るより明らかで、海藤が途中でギブアップ。
その間にも木原は瑞穂との話で何やら盛り上がっているようで、非常に楽しい空間がその場に流れていった。
そんな部下のやり取りを見ていた三嶋は、ふと呟く。
「この特務課も、髄分と大所帯になったものだ」
「ええ、今では二人で切り盛りしていたころが懐かしいぐらいですね」
三嶋と藍沢は並んで座って、部下を遠目に話し始める。
だが、三嶋は楽しそうに話しをしている瑞穂を見ると、
急にすっと目を細めて、
「怜、今度の任務だが…… 瑞穂を外す」
隣にいないと聞き取れないぐらいの声で呟く。
そして、その言葉でお酌をしていた藍沢の手が止まる。
「まさか啓二……」
藍沢の言わんとしていることに小さく頷く三嶋。
「そう、ですか」
どこか残念そうな、悲愴感のある表情を浮かべる藍沢だが、
そんな藍沢を気遣ってか三嶋は、
「見えてしまうが、運命は変えられる。
それは、お前がよく知っているはずだ」
そう付け足した言葉に、藍沢は黙って頷く。
この特務課という職業は常に危険と隣り合わせなのは皆理解している。
極論を言ってしまえば、明日この中の誰が死んでもおかしくない仕事なのだ。それでも今まで、誰一人欠けることなく今まで任務を達成してきた。
だが何か、得たいの知れない大きな何かが三嶋の胸中にくすぶっていた。
とてつもなく嫌な予感。そんな不安をかき消すように三嶋は天井を見上げると、
「誰も、死なせはしない――」
見据える紫の双眸は、決意の強さを思わせる力強い色を放っていた。
Fin.
こんばんわ、DFシリーズ作者の丸伊善【まるい・ぜん】です。
シリアスの次は笑いあり。それにしても恐るべきは黄昏の悪魔・・・
おそらく彼女に底はないのだろう。
やはり、特務課の隊長と副長は色んな意味で人間離れしているのでした。
今回は主役の海藤がやったら大人しいです(笑
これから先、嫌でも目立つんですけどね、彼は。
それと、焼酎99%とはいえ一口で倒れた高遠は実は下戸なのか?
最後の伏線は、次回の特務課総動員の任務で明らかになるでしょう。