悪いことは良いことじゃないけど良いことも良いことじゃない
悲しいとき。
きっとあなたは何かによって心を傷つけられ、それを簡単に許すことができなかったから悲しさを持つことになるのだろう。
悲しさを持つと人は涙で押し流そうとしたり、ひたすら心の奥底に閉じ込めてみたり、また心のうちを言葉として吐き出したりしてそれを乗り越えようとするはずだ。
そして乗り越えた先に強さを手に入れて、少し傷つきにくくなったその心で、少し痛んでしまったその心で、生き抜いていくのだと思う。
悔しいとき。
きっとあなたは何かを羨み、自分が報われないことを嘆いたから悔しさを持つことになるのだろう。
悔しさを持つと人はいじけてみたり、ストレスとなって自分を害してみたり、時にはそれがバネになって努力の源になるはずだ。
そして悔しさは例えそれが正負どちらの感情に動こうと心の片隅で悲鳴を上げ続け、少し曲がったプライドを抱いて、生き抜いていくのだと思う。
怒りがこみ上げてきたとき。
きっとあなたは何か許すことのできないものに出会い、それが間違っているものだと、間違いないと言い切れる確信を持っているのだろう。
怒りによって人はそれ自体を罵倒したり、正義を押し付けたり、冷静さをもって自らを制しかえって相手をたしなめようとしてみたりするはずだ。
そしてその正義はあなたの信念そのものを現し続け、またあなた自身の未来の象徴として心のど真ん中に居座り続けるのだと思う。
人は感情によって形成され、破壊され、構築される。
そう、全て感情に「される」こと。
人というものは、感情を支配した顔でいるのに、感情にされるがままになっているのだ。
そして感情は、時に人を誘い、弄び、突き動かすのだろう。
例えその感情が正負どちらに動いたとしても、きっとそれは人にとって大きな影響を与える。
それが良いことか?それは悪いことか?それはだれも、その人であっても決めることではない。
一つ言えるとすれば、それら感情も、元はと言えば人が何かに影響を与えられてできた産物だということだ。
この世の幸も不幸も感情から成り立っていると言えるだろう。




