彼は明らかなる間違いを犯した。
視界に広がるのは、桃色の壁紙と絨毯。
道に沿って歩けば、絨毯の欠片の一つひとつが花びらに成り代わっているようだ。
季節はもちろん、春。
唐突に強く吹いた風が、その絨毯を壁際に散らせていった。
欠片を両手にひとすくい。
柔らかな感触の綿毛のようなそれは、僕をまるで歓迎したような面持ちを見せるのに。
さっきから横槍を入れるのは、冷たく寂しく、僕と花びらとを離していく。
なんだ、僕だって受け入れられる、そう思えたのに。
真っ向から否定していく、僕の敵。
彼らと同じように、僕への拒絶を僕の耳に入るように、少し大きめの音を立てては、去っていく。
一歩前へ
それはどんなに難しいことか、僕は知っている。
しかしながら、逆の苦痛もまた、痛いほどに分かる。
これは確かに、みんなが知っていることだと思う。
今足を前に出せば、犠牲になる花びらが沢山。
でも踏み出さなければ、踏みつぶされて息も出来ない苦しみも沢山。
それがもう、沢山、沢山連なって、僕はやっと君に手が届きそうなのに。
臆病な僕は、文字通り病的なほど、犠牲を怖がる。
薬が開発されない、自分で治すしか方法の無い、半永久的な病。
取り乱して、頭を掻き回して、焦りで手を振りほどいて、得たものはほんの僅か。
それなのに僕らは、新しいものを手に入れる為にまた泣き叫ぶ。
心と体の区別が付かないくらい、純粋に、必死に。
何の為かなんて、決まっているでしょうに、「情けは人の為にならず」、意味を取り違えて。
幸せなんて一時の、束の間の快楽だと誰しも分かっているから、余計に。
でも、気づけばあの桜の並木道から離脱した僕が居た。
肩に残った花びらを切り離すことも、振り返って前の僕を嘲笑うことも、もう一度足を止めて迷い出すこともせず、
かと言って、性急に走り出してしまうことも、新しい並木道へ思いを馳せることも、横を見てペースを確認することもせず、
僕はただ、ぼんやりと歩く。
僕もただ、ぼんやりと歩く。
正誤の関係も無く、しかしやはり犠牲へ配慮を惜しまず、あの木にとまる鳥を羨みながら。
彼は明らかなる間違いを犯した。
しかし彼はその間違いを正すことをしない。
何故ならその間違いとは、彼にとっての最良の判断だったと信じて疑わないものだったから。
あの美しく咲く桜を育てたのは、きっと彼だろうに。




