いのせんっす!3-1
押しかけ女房の理由にオリジナリティが必要なのか。
難しい問題だ。
やつらはきたくてきてる。ようにしか見れないから。
【同棲】
3-1
俺は不思議だった。どうして初めてあったはずのセンと由真さ……じゃなかった母さんが、まるで旧知の仲のように振舞っているのか。
まるで本当の親子みたいだ。
話は放課後まで遡る。
今日は部活は休みだ。
転校初日から掃除当番だったセンと同様に俺も当番だった。
他の生徒達が一通り帰った後、センからの提案を受けて俺は、
「貴様、冗談はよしお君実は筋トレ大好きという名言を知っているか?」
「……知らない」
「そうだろうな。今俺が考えた」
「……あむぅ」
くっ、良い角度から攻めてきやがる。
こういうのに、弱いんだよなあ。
俺のわけのわからない事を言って煙に巻く大作戦は、センによる超絶無意味擬音(というか多分擬音ではない。何音っていえばいいんだろうね?)によって無効化、それどころか強烈なジョルトカウンターとなって俺の顔面を赤くする。殴られてもいないのに。
……あぐぅ。
「だ、だってよ」
しどろもどろパニックになる俺。
こいつのかわいさに若干あてられた具合だ。
「君に迷惑はかけない」
くっ、
「そ、そんなん、信用できるかよ! お前が来てから、あの化け物が現れ出したんだぞ?」
俺はこいつに女性としての興味を多分に持っている。
だけど、自分の命に危険が及ぶにもかかわらず近くに置いておきたいかと言われると、答えはNOだ。
このままこいつの要求を呑んだら俺にもどんな被害が及ぶかわかったものじゃない。
それに、そもそも、うちにそんな場所、ないし。
「奴らは自分の力でここまで来た。私のせいじゃない。むしろここまで奴らが来るだけの力を与えたのは、あなた方こっちの世界の人間」
人間の悪しき心が増えすぎてあの化け物をこっちの世界に呼び寄せた。
それが事実だとしても、今の俺にとってみれば、まずは自分の命、それが一番大事なわけで。
「お前が近くにいたら、俺も狙われるんじゃないのか?」
「その可能性は、ある」
「そ、それじゃ、ごめんだ!」
「君に選択権はない」
ずい、と一歩前に歩み出るセン。
その黒い瞳の奥から、赤い光が覗く。
目的を達成する為には手段を選ばないという強い意志を秘めた瞳。
何をされるのかはわからないが、俺はその迫力に押されてそれ以上言い返す事ができなくなってしまった。
「くっ、むっ、ううぅむむむ」
ダメだ、完全に呑まれてしまった。
俺は腕力も強いしシマでも圧倒的な影響力と人気を得ていてケンカとかでも大してビビル事は無かったくらいな気が脳内妄想の中ではしていたんだが。
そんな事には関係なく生まれて初めてでもなく普通にかなりちょっと大分ビビッタ。
「早く行きましょう」
もうちょっと逡巡する時間を与えたまえ、センよ。
こっちの世界の人間は、そんなに簡単に物事を決められないんだ。
俺が優柔不断なだけかもしれないけど。
だってそりゃ、ねえ。
置かれた状況を考えたら仕方が無い気がする。
「俊ちゃーん、帰り一人なら一緒に帰ろ……あっ」
潤が教室前方入口から顔を覗かせていた。潤は俺とセンが向かい合って話している所を見るとばつが悪そうな顔をし、
「お、お邪魔しましま~!」
……なんなんだ、あいつは。
それから、特に来訪者もなく。店じまいし、閉店ガラガラしたあとの俺達は二人で並んで帰る。
というより、センが勝手に俺に
「ついてくんなよ」
まったく! 捨てられた事に気付かないワンコみたいあ表情しやがって!
「だって、行く方向、同じだから」
「そうなのか?」
「うん、そう」
「誰が決めたんだよそんな事」
小一時間問い詰めたいんですけどドドドドド。
面白い立ち方を自分で考えてやってみるものの、
「ん、私が決めた」
完全スルーの為ポーズを解除し脱力、
「あ、そう」
夕焼けに染まるセンの顔は、夕焼け色だった。
陶器のように白いセンの肌は、空の色をそのまま映してしまうんだなあとか俺は思った。
はい、回想終了。
そして、現在にいたる。
こいつは、俺の家の前までついてきた。
というか、中にまで入ってきた。
そして母さんはこう言ったのだ。
「お帰りなさい千」
もちろん俺に対しても挨拶はしたのだけれどそこは重要じゃない。
問題なのは母さんがなんでセンに対してそんな事を言ったのか、という事で。
「はむ、ふむ、ふみゅう」
いかにも子供っぽい感じで、なのに一定の速度を保ちながらセンはカレーライスを口の中に送り込んで行く。
そして皿を再び母さんの前に出すセン。
「あらあら、たくさん食べるのね」
センは素朴な表情で、
「こんなおいしいもの、初めて食べた」
「そう? もっと言って? もっと、もっと!」
母さんが瞳を輝かせている横で俺は至極当然の評価を下す事にし、
「そうかあ? 普通のカレーライスじゃん。むしろまず」
風が、吹いた。
「なあんか言ったかなあ、俊明~?!」
一瞬で背後に回ってくる母さん。魔法戦士ですかあなたは!?
「ちょ、ま、ふんぎゃあああああ?!」
しばらくお待ちくださいのテロップが必要なくらいのヘッドロックが決まって、
「む、胸で息ができない……」
「なあに色気づいてんのよこのマセガキが! うりゃ! うりゃ! URYYYY!」
最後なんか違いません?
とか突っ込む余裕さえない。
首よりもとにかく呼吸がやばい。
窒息死寸前だった(リアル話)。
と、センが母さんの袖を引っ張り、
「ん」
何かを要求しているらしい。助かった。ちょっとここにセンがいてくれた事に感謝する。
「『ん』じゃないでしょ? おかわりでしょ? お・か・わ・り! まったく、最近の女子高生は言葉を知らないんだから。ゆとり教育の弊害かしら?」
ゆとり教育は既にその役目を終えていたわけだが。
由真さんとの年齢の差を実感する。
明確に口にすると今度はおっぱいでつぶされてしまうかもしれないな。
うん。
……それはそれで幸せかもしれないけど。
「なんでこんな風になっているんだ?」
カレーライスの追加を由真母さんが盛りに行っている間に、センに聞いてみた。
センは口の端についたカレーを舐め取りながら、
「ちょっと記憶をね、操作させてもらったの」
なるほど、こいつは魔法で記憶を消すだけでなく、操る事もできるらしい。聞けば聞く程、知れば知る程、最強に近い存在だな。
「お前それで昨日もひょっとして母さんの事……」
「何の事?」
センは知らんふりをしている。
口元が笑んでいるから、すぐにわかる。
こいつは、なんでこう俺をからかうのが好きなんだ?
……飼ってる昆虫が面白い動きをしたら、面白いもんな。
センの価値観的に、そんなような考えなんだろう。
こっちの世界の人間なんて、ゴミのようにしか思っていないんだから。
……だけど、昨日俺は途中でセンに昏倒させられたはずなのに、どうやって自分の家まで来たんだろう。
昏倒させられた状態の俺から、何か情報を引きだす能力でも持っているんだろうか。
それで家まで運んできた。
だけどセンは自分の正体を誰にも知られるわけにはいかない。
それで俺の母、由真さんに会ったのだけど記憶は書き変えておいた。
そんなところだろうか。
正直、自分の家族の記憶が書き変えられてしまった事についてはいい気分はしない。
でも、センにそんな事言っても聞きそうにないし、腕力でもかないそうにないから、仕方なしに共同生活をしていくしかない。
「ていうかお前ってこっちの世界の食い物食べても大丈夫なのかよ?」
「一応、分解思念を胃袋にセットしてあるから。こっちの世界のものからエネルギーだけ抽出する事が可能になっている。ちなみにその後は昔のアイドルみたいになる」
ほう、最後の一文はよくわからないが、なんか夢があって素晴らしい、気がする。
「でもお前俺と初めて会った時トイレに行ってなかったか?」
「ヒーローは変身シーンは隠れてやるもんだって、こっちの特撮番組見てて思ったから」
「そんなん、どこで見てるんだよ!?」
ていうか演技うまいな。恵輔並にうまいな。
トイレで変身は微妙だけど。
「見てたというか、記憶、私を構成している思念の話。必要ないなら次からは隠さず変身する」
「ちょっと待てその時って衣服が消えてあられもない格好に一瞬なってしまうんじゃないのか?」
「あられもないって?」
「つまりハダカって事……」
「ん、まあそうなる」
「それはまずいな倫理規定的にも公然わいせつ罪的にもまずいな」
「そうなの? ごめんなさい、キミの言っている事よく、わからない。ていうか」
三度運ばれてきたカレーライスを口にしながら、センは何て事のないように俺に言った。
「しばらく、ここにいるから」
放課後に俺に要求した内容と同じじゃねーか。
「貴様、冗談は」「知らない」
最後まで言い切らせてすらもらえなかった。別によくないけど。
「だけど私、ここにいるから。もう、決めた事だから」
お前が勝手に決めても俺は許可したくない。
といっても既に母親の記憶まで改竄されているくらいなので、用意周到に準備されていたような気もするのだけど。
いつからだろう?
敵の攻撃を待つようになったのは。
とかではなく単純な意味で、わからない。
とにかく、今の俺に味方はいない。
しかし、このままずるずると流されてセンにいいようにされてしまっていいのか?
むしろ、母さんの記憶を操作した事に怒り、断固とした態度を取るべきじゃないのか?
いつの間にか五杯目まで食べ終わったセンが母さんに教えてもらって「ごちそうさまでした」と言い終える。
母さんは笑顔でその言葉を受け取りそのあと俺達に向かって、
「早くお風呂入っちゃいなさいもう、沸いてるから」
すっかり忘れていた。
うーむ、この場合、どちらが先に入れば犯罪じゃないんだろうか?
逡巡しているとセンはすっと席を立ち、
「レディーファーストで」
こんな時だけ女の子ぶるだなんてずるいぞ、セン。
風呂の水を自分の皮脂で汚してヒロインをいじめるか、ヒロインの汚れをあびることでテンションの上がる主人公がいいのか。うーん、俺は後者だよん。