いのせんっす!5-2
夜中の学校にはあまり行きたくない。不気味だから。
なんで幽霊が出るとかいうんだろう。
人が多いってだけなら遊園地でも電車でもあるだろうに。
5-2
出口に向かうと受付の女性が女子更衣室での悲鳴を聞いてオロオロしていた。
「ど、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう、こんなのマニュアルで習ってないよ、何があったんだろう、ううううう」
三つ編み黒メガネのこの女性はあまり気の強い性格ではないらしい。
それどころか相当な優柔不断だ。
潤の悲鳴が響き渡ってからもう結構時間がたっているにも関わらず、警察に電話の一本入れるでなし現状の確認をする為に更衣室に向かうでもなし。
センはその様子を見て俺に、
「戦闘がある時は空間転位の結界を用いているんだけど、急に邪念体が姿を現わしたから。結界を張るだけの時間が無かった」
よくわからないがなんとなくフィーリングで判断すると、その結界を張ると周囲からは異常が無いように見え、聞こえるといいう事らしい。
「ま、でも別に聞かれてもどうって事はないんだけど」
センはマジックステッキの柄で、窓口越しにその二十代前半くらいの女性の額を一突きした。
女性は椅子に座ったまま意識を失った。
「これで起きたら全部忘れてるわ」
俺達は約一名を背負って建物から出た。
もちろん俺が背負って出たんだけど、センが背負った方が絶対楽だったよね。
格好つけすぎたかな。
恵輔はとりあえず俺の家に連れて行き、居間で寝かせておいた。
由真さん、じゃなかった母さんには、
「遊び疲れて寝ちゃったんだ」→「あら、そう」(即答)
まったくこれじゃ子供が非行に走っても全く気付けないじゃないか。
まあ今は事情が事情だから母さんが俺の言葉をあまりにも簡単に信用してくれるのをありがたく思っておく事にする。
そしてセンと一緒に俺の部屋に戻った瞬間。
ピロリロリロリアイラブロリ~♪
いきなり電話がかかってきた。
俺の携帯のメロディーが大音量で響き渡る。
「なんの曲?」
とセン。
「ん、いや俺の好きな深夜アニメのEDテーマ」
「どういう内容なの?」
あんまり聞くなよ。
「企業秘密って事でよろしく」
いやまじで。
センと会話していた為俺は三コール以上経ってから取るという企業の受付としては失格の行為をする。そしてやはりというかなんというか。
「セーンパイ♪」朱里だった。
「なんだ?」
帰宅直後とかタイミングが、良すぎる。
まるで監視されているようだ。敵が組織だっていると考えれば、それも不自然ではないのだけど。
「センパイが悪いんすよ? センパイがあの女にかまってばかりで、私の事見てくれないから。ああ、どうせならこれでセンの方を人質にしてセンパイを呼び出せたら最高だったのに」
上級生の事をセン、と呼び捨てにしている事に違和感を感じるはずもなかった。
俺だってもうとっくにわかっている。
こいつは、既に取り憑かれているんだ。
……というかこいつに俺は魔法少女の下の名前を教えたっけ?
なんにせよ、
「お前はもう、取り憑かれている」
という代わりに、
「用件を言え」
ある種当然の質問を横柄な態度で口にする。
電話口ではツボは押せないのだから(意味不明)。
「六時までに、学園に来てください。潤ちゃんがかわいければ」
そして電話はすぐに切れた。
代わりにセンが音声を発してくれて、静寂が訪れるのを先延ばしにしてくれた。
あまり考えたくなかったから今日できる事は明日やれの精神で可能な限り先延ばしにして欲しかったけど残念ながらセンの発した音声は疑問文でしかも短文だった。
「なんて?」
誰から、とは聞かれなかった。
朱里からだと電話から漏れ聞こえた音でわかったのか、それとも邪念体に取り憑かれたこっちの世界の人間なんて、誰でも関係ないという事か。
俺は気になったのでそこの情報はきっちり付加してやる事にする。
「朱里からだ。潤を助けたきゃ、学園に来いとさ」
それから時計を見て、
「三十分以内でな」
「一人で?」
「指定は受けていない。あっちだってわかってるんじゃないのか?」
センが異能戦士だって事に。更衣室で変身してるしな。そしてボスは、朱里だ。
「それもそうだけど。一応、姿は隠していく」
……そういえば俺、こいつのアレ、知らないな。
「わかった」
俺は準備をすると、センのいう事に従って一人で家を出た。
家を出る前にした質問は、その時は答えてくれなかった。
センの異能力がなんなのか。
まだ体術と魔法しか見ていないしなあ。
草木も眠らない午後六時。
逢魔時。
大禍時でもいいけど。
まあ、昔の呼称にふさわしいくらいの気味の悪さはあったよ。
学園は景観の為とかの理由で少し奥まった場所にあって、周囲は木々で覆われていたのだから。
「あれ? セン先輩は?」
「……いない。俺一人で来た。あいつを危険に晒すわけにいかないからな」
風が吹いた。
グラウンドに土埃が舞起きる。
目に入りそうになり、俺は片手で目を覆う。図らずもちょっと格好つけているようなポーズになる。
これで涙が出ても良かったがセンはまだ姿を隠していたから多分意味はなかった。
そして俺のエキサイトポーズは無視され、
「へぇ。そうなんすかぁ勇敢ですねえ」(棒)
潤を含めた背後の男女と同じくらい『棒』な感じで言われた。
とりあえず俺も白々しく、
「お褒めの言葉どうも」
俺がグラウンドに『奴ら』がいるとわかったのには、理由がある。
本当、立ってたんだよ。
学園中の生徒達がさ。私服だけど。
気味の悪いくらい整然として、今まで見た事が無いくらい規律正しく、列を作って。そしてそいつらの目はみんな、死んでいたんだ。
操られているやつらの目ってこんな目なんだなって思ったよ。
その中に悔しいけど、潤もいた。
そして朱里だけがはっきりとした意識を持って、動いている。
朱里も操られているのは間違いないんだけど、寄生されている者にも段階があるんだろうか。
「知らばっくれてんじゃねえぞボケェ!」
朱里は俺の感謝の意を受け、一瞬とても醜悪な顔になった。
目の隙間から触手が幾本も飛びださせ、うにょうにょと紫のそれが蠢く。
耳からも口からも触手が飛び出し、素早く痙攣するようにわななく。
それから急に触手が引き戻りまた元の普段通りの朱里の顔になると、
「異能戦士が来ないだなんて、信じられないなあ。信じられるわけ、ないなあ」
「異能戦士?」
「わかってるんでしょう? あの女が別の世界からやってきた存在だって事くらい」
「ああ、まあ、一応、な」
だからといって俺が何か力になれるというわけじゃなかったけど。それに俺、あいつの異能力も知らないし。
「でも、この街の邪念体のボスが誰なのかそれは俺も気にしていた。俺もうかつだったよ。お前の事をちっとも疑っていなかった。邪念体がついているだなんて全く気付かなかった」
「それはしようがないっす。疑いようがなかったですぅ。朱里の作戦は、いつでも完璧っすぅ」
「いのせんっす」
「はにゃ?」
「材料はあったんだ。お前が俺とプールで二人きりになった時、ネットで話題になっているだとかってセンの素性を話した時、不思議に思うべきだった。お前が警察や役所のサイトなんて見るはずもないのに。それにお前は俺とセンが一緒に暮らしているのを何故か知っていた」
冬虫夏草のように邪念体は寄生者の中に時が来るまで姿を隠す。
だが、邪念体に操られていた時の記憶が完全に消えるわけではないようだ。
朱里の中に、操られていた時の記憶がわずかだが残っていたのだろう。
センが朱里の存在に気付いて泳がせていたとも考えられるが。そこの違いは大した問題ではない。
「あっはは確かにそうっすねえ! 探偵役がそれじゃ結果がバッドエンドになるわけっすよぉ!」
反応からすると後者だったのだろうか。いまさらどうでもいいけど、
「読者の皆様は正しく推理できたかなとか問いたくもなるよなあ」
読者の皆様は正しく推理できたかな?
「わけわかんないっすよ」
デスヨネー。DEATH・YONE~。
「現実を現実として認めたくなく、自分を物語の中の存在だと思う事で逃避を試みているのだ」
「ダメダメじゃないっすか。大丈夫なんすか?」
敵にまで心配される俺。
「ん、ああ。でも、それなりに頭は使ってるつもりだよ」
「え?」
そう、
「だから、大丈夫」
既に朱里の斜め後方の木にセンが立っているのを俺は確認していた。
朱里はまだ気付いていない。
センが、飛んだ。
一瞬で朱里との距離を詰めると、そのまま落下の慣性を活かしてマジックステッキを振りおろす。
「殺った!」
確信に満ちたセンの声。
それを左肩から一瞬で触手を生やし硬質化させ、軽い表情で受け止めてみせる朱里。
小さい体はまったく動いていない。
「く、こいつ、強い!」
逆にセンがバランスを崩して遠くに片手を着いて不時着した。
……おかしいな。プールで会った時は明らかにセンの方が強そうだったのに。
「センパイ? もう一度、聞きますよ? 『大丈夫』なんすか?」
俺はぺろりと乾いた下唇を舐めた。
……不意打ちなんて効かないか。
「やるね。まあ、俺達は諦めないけどね」
そう、俺達は諦めない。
特に俺は大切な人を三人とも全部助けなきゃいけないからな。
ついでにここで取り憑かれてる生徒達も全部解放してやる。
俺が、センの助けになる事で。
他力本願だって? 上等だぜ!
俺は用意したものを目に押し当て、涙を流しながら言った。
「セン! こっちに来るんだ!」
ちょちょぎれもせず滝のように流れる俺の涙。
そこにセンの指がすっと、通る。
撫で上げられる。
そして巻き起る白い光。
俺はあまりの眩しさに顔を覆う。
そこに響いてくる、今まで聞いた事の無い祈りの言葉。
何かしら詠唱していると気付いた時にはセンはもう既に魔法技名を叫んでいた。
「サンフレイムオブ・ディッセンバー! 出でよ、翼神竜!」
と、グラウンドから黄金の鉄の塊でできているのではないかと思われるほどに光輝く一体のドラゴンが現れた。翼の大きい、堂々たる翼龍だ。
そのあまりにも強大な何かは、朱里の体を一瞬貫通したように見えた。そしてそのまま何も変化を起こさず、
「不死鳥は、再び墓地に舞い戻る」
時間差で朱里の触手達が焼かれていく。
「なっ、その句はまさか伝説のマ、リ……ぐ、ぐおおおぉぉぉぉっ!?」
なんか微妙に五七五な句をセンが読み終えると同時に、黄金に輝くかなりカッコイイドラゴンは地面にその姿を消していく。
それからセンは俺の方を見てちょっとどうでもいい会話開始。
「どうやって泣いたの?」
「う~ん、これ、言っていいのかなあ? すっごいベタな方法なんだけど」
「理由を知る事ができるなら、私はかまわない」
「……タマネギなんだ」
家から出る前に刻み玉ねぎを作って、透明なビニール袋に入れて、ポケットに入れて持ち運んでたってわけ。
ちなみに刻み玉ねぎはハンバーグ・オムレツをはじめ、カレー・シチューなど様々な料理の素材として使う事のできる万能食材だ。水分も多くカレーなど玉ねぎをたくさん入れれば水無しで作る事も出来るくらいだ。ぜひ一度試してみて欲しい。俺も義理の母さんに作ってもらってばかりじゃ申し訳ないから料理は少し詳しいのだ。
……だがそれは今はどうでもいい!
さて、とどめを刺さんとセンはゆっくりと朱里の元へ歩み寄っていく。
と、不意に、先程まで苦悶の表情を浮かべていた朱里が不気味に笑み、
「なーんてね♪」
「ふんぐぉおっ!?」
一瞬で再生した右腕の触手が丸みを帯び、センの腹部を殴打した。センはそのまま後方に吹っ飛び、俺の元まで戻って来た。俺はセンの体をしっかりと受け止める。
個人的には女の子が無防備な声を上げているのが好き。
うん。そういう風な目に、遭わせたいんだよね。
取り繕ってる奴ってのは、好きじゃない。




