いのせんっす!1-1
カビが生えた普通の醤油ラーメンが食べたい方へ。
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【出会い】
1-1
「ちょっと君、これを見てくれないか」
部活が終わったあとの帰り道、突然に隣の男に奇妙な事を言われる。同級生相手に「君」とか言わんやろ、などと口に出しはしない。
そもそも学校帰りに男同士で見せたいものなんてないだろとかいう当たり前の事実を口にしたりもしない。若干疲労していて、無駄に体力を使いたくなかった。
こういうときに人は言いなりになりやすいようだ。拘束時間を長くすれば効果的なのは昔の警察が物語っているように思う。別に警察に興味ないけど。
まあ一応、何かあるのだろうとは思っていたので、それなりにまじめに答える。
「なんだよ」
見ると、我が同級生であり部活仲間でもあり心の友かどうか定かではない青井恵輔は、奇妙な立ち方をしていた。
心なしか彼を構成する線が太く見え、陰翳が強調されている気がする。
一子相伝のツボ押し殺人拳と似ているが、三部から隣に電気スタンドでも立てたらよく分かるくらいの違いがある、独特な立ち方だった。
なんかちょっとイラッときた……はずなんだが、それよりもどちらかというと興味を惹かれた具合だった。
「ってそれってなんとか立ちってやつじゃね?」
三次元でここまで二次元を再現できた人間を、俺は知らない。
中学二年生にして既にレイヤーとしての才能を開花させているというのか?
恐ろしい子!
俺は黒目がなくなるような錯覚にとらわれた。
服変えてるわけでもないのに。
すごいな。
「ふふん、この独特な男くささとしぶい空気、まさに俺のような男にふさわしい」
「いやお前背も低いしどっちかっていうと女顔だから。あんま似合ってないから」
「水も滴るなんたらって言葉あるだろ? それにお前だって女顔じゃないか」
何故そこをボカす。なんたらに女が入る可能性が出てしまうじゃないか。
ま、実際俺たちの髪はまだ濡れていたわけども。
だがそれは今関係ない。
「背、お前より高いし」
むしろ俺は平均より背は高い方だ。
「でもさー知ってるか? あれって、異能バトルもので一番最初らしいぜ?」
なんか会話が強制的に元に戻された。
背の話が禁句だったのか(恵輔の背は女の子並に低い)、それともまだ「なんとか立ち」の話がしたかったのか。おそらく両方だ。
「ウソ、そうなん!?」
そして今聞いた情報は学校帰りの男同士のありきたりな日常会話にしては、貴重な気がする。俺のテンションは若干上がった。
多分連続ジャンプで1UP狙えるくらいだ。もちろん心の中でそうなっただけで、実際に飛んだわけではない。
前2文は嘘だけど、と読み替えてもらってもかまわない。
多分。
「うむ、某インターネット掲示板に書いてあった。本当かどうかは知らん」
「ほう」
それで? 限りなくうさんくさいけど!
「それで? って顔するなよ」
「異能ものってあれだよな、それまでのは単に強いか弱いかでしか表現されてなかったバトルものに、キャラの個性が乗せれるようになったのが大きいよな」
なんかカッコいい技名叫んで力任せの勝負ばかりだった時より、進歩したって事なんかね。わからんけど。いや、俺はそれもいいとも思ったりもするんだけどさ。
「なかなか興味深い事実だっただろ?」
確かに興味深い事実ではあったが、それだけでは俺の黄金の鉄の塊は一瞬熱くなったに過ぎない。
鉄を打つならもっと早く、速く。
光の速さを超えるギリシャの聖闘士と海のそこから這い上がってきた無駄無駄の吸血鬼が殴り合いをするくらいの速さで叩かなければ、俺の心は乱せない。
多分。
「事実かどうか確認しようがねーし」
あとついでに俺他人の事おちょくるの割と好きだし。変わり身の変化に周りがついていけないのを見るのが楽しみなところがある。
俺の事を理解しようなどというのは無駄無駄無駄無駄ァ? とか言いたいところではあるが「それほどでもない」と謙虚なナイトを心の中で気取って押さえ込む。
心の内に抑えている事を外面に表出させるよりは常識人もとい気取った男を演じていたい普通の中学二年生若干厨二より、というのが俺の自分自身に対する理解だ。
ということで今回も俺は自分自身を上手に演じる。
変声期がまだなのか既に終わってしまっているのにこれなのかよくわからないが普通より若干高めな地声をなるべく低くコントロールし、
「第三部からの突然の仕様変更についてなんて、それほど興味持ったことなかったしなあ」
要は面白ければなんでもいいのだ!
「ていうかさ」
学校から家までの残りの距離を概算しながら俺は言った。
俺と恵輔の家は同じ方向にあるが、途中で恵輔の家が先にある。そこまでかかる時間は今の歩速で計算するとざっと五、六分。
「そろそろ本題に入れよ」
五分前行動を信条としている人間が相手だったならば、あと一分弱で話さなければいけなくなる事になるな。
幸いにして俺は五分後行動ならぬ直前直後行動を信条としている人間だったから、そこまで急ぐ必要はないけど。
どっちにしてもそれほど多くの時間はない。
「お、おう」
俺は部活が始まる前に更衣室で恵輔に言われていた。「今日、折り入って相談したいことがあるんだ」と。
そして、部活が終わったあと相談する、そう言われていた。
そりゃ帰り道で、とまでは指定されていなかったけどさ。でも普通に考えてそうじゃん。
夜中に二人で携帯電話でお話しますか?
男女の仲みたいな感じで?
それとも携帯だと電話代かかるから家電か?
メール、はないだろう。メールだったらわざわざ「相談したい」、だなんて直接俺に口で言ってくる必要、ないし。
なんでさっさと言わないんだ?
……俺にうながされなきゃ口にするのも大変なような事なのか。まさか親父が借金でも作って一家で夜逃げしなきゃならないとか、そんな大事件か?
「それじゃ言わせてもらうけどよ」
若干男っぽいラフな口調で話す恵輔。
やはりこいつも自分が女顔なのを気にしているのだろうか。
そうだよなあ~、昨今じゃ男の娘ってジャンルもあるくらいだし、恵輔はレイヤーの才能あるみたいだし(俺の独断)、ちょっと頑張れば……って、今はそれは関係ない!
というか、頑張るって、何を頑張るんだ? ……いや、どうでもいいか、そこは。
「潤っているじゃん。俺と同じクラスに」
「ああ、潤っているね、俺と違うクラスに」
同級生だけど俺と恵輔のクラスは違う。
だから同じ学校の同じ学年っていったほうが良かったかな。最近の日本語の乱れに便乗してしまっていた自分に気づく。
おそらく小説でこのような表現がなされていたら減点50だろう。新人賞だったら即落選、ブラックリストに載せられて未来永劫拒否され続けることになる。別に小説じゃないから関係ないけど。
ちなみに潤は俺と幼馴染だ。
恵輔は近くに住んではいるが中学になってこの地域に引っ越してきた人間なので、潤とは特に付き合いはなかった。たまたま今回同じクラスになっただけだ。
それが、なぜかここで名前が出てくる。
部活の関係かと思ったが、あいつは小学生でやめてるしなあ。
「どうもさ、俺……」
そこでまた口ごもる。
頭をポリポリ掻き、道路に転がっている小石を蹴った。
ついでになんか顔が赤い。
男の顔が赤くなっているのなんて見たくもないというのが本音だが、恵輔の場合は女顔なのであからさまにそこを追及して否定しようとも思えない。
柔道部部長とかが今の恵輔の表情をしたら、間違いなく空手キックを食らわせただろうが。
ちなみに俺は空手はやっていない。
通信空手にも特に興味はない。
多分。
「歯切れが悪いな。コロッケを女に口移しされた時くらいに歯切れが悪いな」
「どんな状態だよ! 理解できねーよ!」
どんな状態なんだろうね?
コロッケを女に口移しされた状態、としか表現のしようがないと思うが。
まあでも、いつまでもこのままにしておくわけにもいかないので、もう一度うながしておく。
「なら早く言えYO」
「今なんか、ヒップホップ忍者のマネしませんでした?」
さすがに現代の若者はかわすのがうまい。よほど言いたくない事なんだな。
「気のせいだろ? セリフが活字で表現されてない限り、そんなんわかんねえよ」
「ですよね。ですよNE~」
なんかこいつも多重人格探偵フュージョンの方でできてる気がしたけど多分気のせいだろう。
多分。
身振り手振りまでついていたけど不幸なことに相方の中国人はいなかった。
「というか早く言えよ、もう」
「うん、それじゃ言うけどさ、実は俺……」
そこでなぜかまた言いよどむ恵輔。
どこぞの語部機械とかいうゴミ作家のようにページの最後で引きを作って次のページまで繰らせようなどと浅はかな愚作を講じるような男ではないことは百も承知だったが、それを疑いたくなるくらい言わない。
よっぽどなんだな。
「実は俺、潤のことが好きなんだよね」
よっぽどでした。
自分の娘が男に取られようとしているお父さんの気持ちを既に理解する境地に到達してしまいそうなくらいにはよっぽどでした。
「ほんじゃ」右手ヒラヒラ。
「あ、ちょっと待って下さいよセンパ~イ!」
俺はお前の先輩ではない。口真似すんな。
潤に対して親近感を深めた先輩という意味なのかもしれないと思ったが、それは全力で気づかないフリをする。
恵輔は小走りで俺に追いつくと、
「俺、あいつの顔見ただけでなんか恥ずかしくなっちゃって、まともに口も利けなくて。助けてくださいよ~、あうあぅあ~」→頭を抱える恵輔。
参ったなあ。俺に助けてくれと言われても困る。というか俺に期待しないでくれ!
「いやいやいや」
とすがりつく恵輔の視線を手で振り払う真似をすると俺は仕方なく実践的なアドバイスをする事にした。
「困難は自分自身で乗り越えてこそ、価値あるものですぞ? そうだ、誰が言ったか知らんが、素数を数えると落ち着いて話せるらしい。頑張ってみてくれ。まずは話すことからだ」
話してたら数えられないけどな。
「いや素数は数えてないけど」
「そうか」
「うん」
それで? という表情を作ってみせる俺。
「休み時間に少しでもと思って話しかけたりもしてるんだよ。だけどあいつ、なんかいっつもお前の話ばっかりするんだよな。俊ちゃんが、俊ちゃんが、ってさ。気づいたらいつもそうなってるんだ」
「俺は別にあいつのことなんとも思ってないぞ」
多分あいつもそうだろ、とは意地悪なので言わない。
「な~助けてくれよー、お前が不良役やって、俺が助けるとかベタなのでもいいからさあぁぁ」
「まあ、俺は知らんから、好きに頑張れよ」
適当に最後会話を噛み合わさないで強制終了する。あまり長い間絡んでいるとろくな事になりそうにない。
それにこれから潤に会った時の対応に困るような事になりたくなかった。
知らぬ存ぜぬでやっていけるならそれが一番いい。
心底悩んでいる様子の恵輔だったが、自分の家を過ぎてまで俺に追いすがってくることはなかった。
結局自分自身の問題だから、人に相談してもしようがないと判断したのだろう。
まだヒロインもいないこんな世の中だけど、のんびり進んでいくよー。