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第9話

「ひ、日高……さん? な、なんのご用かしら?」


 司の名前に琴美が敏感に反応した。


「彼が日高さんなのぉ? 紹介して貰おうと思っていたのに、手間が省けたってカンジだわ」


「……」


 ど、どうしてこんな時に現れたりするのよっ! 琴美はアンタの事を怪しいと睨んでいるのに……


 会わせたくない本人がのこのこと遣って来るだなんて……自分から罠に入って行くようなものじゃないの。


 挙動不審に陥ってしまった私とは全く違い、何も知らない司は琴美に向かって『初めまして』と爽やかに挨拶を交わした。


「あのぅ、突然不躾な質問で申し訳無いのだけど、日高さんって週末にミカワで開催されたラリーに行かれませんでしたか?」


「はぁ……確かに不躾な質問ですよね?」


 質問内容を聞いた司は、少し困って苦笑いをする。


「『峠の日高』って言われた事、ありません?」


「!」


 私の髪が猫の毛のように逆立った気がした。


『不躾ついで』とは言っても、それは余りにも唐突だわ。


 意味深な流し眼を司に送った琴美は、瞳をキラキラさせて司の返事を待っている。


「はぁ、僕が……ですか?」


「ええ」


「さあ?」


 司は余裕で微笑み、事実をさらりと否定した。


 いつもなら、平気でその場を誤魔化した嘘を吐く司を指摘して非難する私だったけれども、この場合は例外だわ。司の答えに、先ずはホッと胸を撫で下ろす。


「あの、車は持たれていますか?」


「ええ、一応は」


「車種は何に乗ってます?」


 惚ける司に業を煮やしたのか、琴美は司の車種を聞いて来た。


 ああ……司は、琴美がレーシングチームのスポンサーの娘だって事、知らない筈だわ。


「そんなコト聞いてどうするんです? 白の……」


「白の?」


「あ、ああー」


「? どうしたの恵理?」


「ゴメン~私、社員証何処かに遣っちゃったみたいなの。あれが無いとランチの支払いが出来ないわ」


「いいわよ恵理、今日くらい貸してあげるから」


 言い掛けた司のセリフを遮るように、あたしは声を張り上げた。ついでに琴美が司の事を忘れてくれれば良いのにと都合の良い事を考えたのだけど、残念ながら今の琴美には、私の牽制も功を為さなかったみたいだわ。

 

 傍に居ながら、司達の会話を聞いていない振りをしていた私は、急に身体が熱くなって、今にも嫌な汗が吹き出しそう。


 ああ駄目。今度こそばれてしまいそう。


 しゃ、喋っちゃダメよぅ!


 何も知らない司が自分の車種――インテグラだと言った時点で、司は琴美のお父さん率いるスポンサーのレーシングチームに拉致されてしまいそうな雰囲気なんだもの。


 ううん、拉致されなくても、走り屋を完全卒業出来ていない司だもの。レースが出来ると聞けば、きっと司は喜んでチームに参加してしまうかも知れないわ。


 そうなってしまったら、正社員の二次収入であるアルバイトは厳禁。私の部署での始末書どころか、木村の正社員を辞めなければならないのに……

 

 私はハラハラして冷や汗を掻きながら、司が何とかこの修羅場を上手く凌いでくれる事をひたすら祈った。


「白のフィットですけど?」


「え?」


 その答えに驚いて、私は司を振り返った。

 

 確かに、週末の『事故申請』で壊れたインテグラは司の馴染みである修理工場に『入院』していて、今は私のフィットに乗っているけれど……琴美の質問には、普通なら自分の車の車種を答えるものじゃないの? そもそもフィットは私のだから。


「聞いて驚くような車種じゃないでしょ?」


「え、ええ……そ、そうね……ごめんなさいね? どうも、人違いだったみたいだわ」


 期待を裏切られてしまった琴美は、凄く残念そうに沈んだ声でそう言った。


 私は、司の見事な惚けっぷりに感心するやら、自分の車を馬鹿にされたような気になって不機嫌になるやら……


『聞いて驚くような車種』……じゃなくて悪かったわねっ!


 少しだけ頬を膨らませてむくれた私は、司と眼が合ってしまった。


『アレ? 怒っちゃいました?』って笑って言いたそうな顔をしている司を見て、更に不機嫌になる私。


「ね? それよか、コレ……さっき、保険会社のおばちゃんに貰ったんですけど、丁度二人居るから……どっちがいいですか?」


 私たち二人の眼の前に、司は白い棒付きの包装されたキャンディー二本を見せて来た。見た目の色で、それがオレンジ味と苺味だと判る。


 私は視線で苺味の紅いキャンディーを指定したのだけれど……


「あ、私は紅いの~」


 司は私が紅い方を選んでいたのを承知していたけれども、言葉には出して言わなかったから、この場合琴美に優先権が与えられても仕方が無いわ。


 トレーを持っていて両手が塞がってしまった私はこれからランチだし、せっかくだけれど、司が持って来たキャンディーを受け取る心算は無かったもの。


 ……って言うか、年下の司から子供っぽく扱われたみたいで、何だか恥ずかしいわ。


 司は持っていた紅いキャンディーを琴美に渡すと、オレンジの方の包装を破って私の方に差し出した。


「課長。はい、あーんして?」


「っえええ?」


 だっ……誰がこんな所で『あ~ん』なんか出来るのよっ?


 仮にもここは社内の食堂。事務所だけでなく、工場からも、他部署の上司も来ているのよ?


 司の予想外の行動に、私は顔から火が出そうなくらい焦った。


 しかもこの状態は……こっ、これって『餌付け』じゃないのよ? どうせなら、琴美に二本ともあげてしまえば良いじゃない。


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