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第8話

 ひきつけを起こしたように何度もしゃくり上げながら、私は圧し掛かっている司を濡れた瞳で訝って見上げた。


 視線が合った司は、いつものように穏やかな眼に戻っている。


「課長、綺麗だ……」


「は、はぐらかさないで」


「俺は十分真面目ですよ?」


 ふわりと笑った司は、目尻からポロリと零れた私の涙を、そっと指先で拭い取った。


 司の顔が近付いて来る――


 きつく張り詰めて切れそうになっていた私の心の糸が、不意に緩んだ。


 さっきは怖くて堪らなかったけれども、今の穏やかな司になら、肌を赦してもいいわと思った。


 何度も何度も司からキスだけでたかぶらされてしまい、昇り詰めてしまった私は、深い眠りに堕ちて行くように意識が遠くなって行く。


 そんなぁ……私のせっかくのロスト・バージンが、意識不明のままで終わっちゃうだなんて……



  *  *



「くちゅんっ! ……寒っ……」


 肌寒さで眼が覚めると、私は上半身を大きく肌蹴た半裸状態のまま、司のベッドで眠っていた。勿論、隣にはまだ司が軽い寝息を立てて熟睡している。


 でも、司は帰って来た時の上下スウェットを着ていたまま。


 私は乱された自分の姿が俄かに恥ずかしくなってしまい、両手でささっと胸を隠し、急いで外されたブラと、脱がされたパジャマのボタンを留めて、自分の身体をチェックする。


「ん?」


 ……なんとも……ない?


 初めてセックスをした友達の話からは、終わった後もお腹に異物感が残っていて、暫くの間痛かったって聞いた事があったのに、私の身体には処にも痛む所は無い。強いて言えば、キスの痕が残っているのと、抵抗した時の筋肉痛くらいだわ。


 もしかしたら、司はあのまま私の処女を取っておいてくれたのかしら? 


 学生の時の司は、とにかく女癖が悪くて、何かと要注意の人物だったらしいけれど……まさか……ね?


 私はまだぐっすりと眠っている司の寝顔を眺めた。


 司が気にしている『童顔』は、私にとっては守備範囲。眠っている時の寝顔が一番可愛いわよ? 無精髭が無ければ、もっと可愛いのに……ね。


 普段は誰よりも穏やかで優しい眼をしているのに、機嫌が悪い時に時折見せる鋭い眼光は、流石に元走り屋だっただけあって威圧感はパンパじゃ無い。この有段者の私でさえ射竦められてしまったもの。


 だけど、そんな眼は私には見せた事が無かったのに、どうして?


 司は私が『まだ』だと知っているし、キスだって本当は……司とが初めてだったんだもの。遊び慣れている司には、私が相手じゃ役不足だったと言う事なのかしら? 


 それとも大切な時の為に、取っておいてくれたのかなぁ?


 そんなことをあれこれ思い廻らせていて、なぜだかふと違和感を感じ、私の視線が司の下半身に及んでしまった。


「……?」


 あれは……なに?


 仰向けに眠っている司の身体が何か変だわ。淡いグレーの下スウェットが、不自然にもこっと隆起している。


 私は興味津々で、こっそりと眠っている司のウェストゴムに手を掛けて……


「きっ? きゃあああ!」


「え? な、なに? ……う? うわぁ?」


 私の悲鳴に驚いた司が、寝呆けながら眼を醒ました拍子に、ベッドから転げ落ちた。



  * *



 今思い出しても恥ずかしくなるわ。なんで……なんで『あんなモノ』覗いちゃったのかしら……って。



「恵理? 恵理ぃ?」


 琴美の呼ぶ声に、私はハッとして思わず手にしていたトレーを落としそうになった。


「っあ? あ、な、なに?」


「もう、赤い顔して何を思い出し笑いしているのよ? 聞いていなかったの?」


「あ~、ごめ~ん」


 いや……『思い出し笑い』だなんて、恥ずかしいからそんな事言わないでよ。


 肩を竦めると、自分の話を聞いていなかった私を怒っているであろう琴美の顔を、申し訳なさそうに見上げてしまった。


「だからぁ~、恵理の部署に居る『日高』って言う新卒が、もしかしたら『峠の日高』って呼ばれていた走り屋じゃないの? って聞いているの」


「……」


 これには流石に即答を迷ってしまった。


 だって、司が本当に『峠の日高』って呼ばれていた走り屋本人だったから。


 肯定すれば、スカウトの連中を振り切った司の努力は無になってしまうだろうし、かと言って無下に否定するのも私としては釈然としない。


「ね? 『峠の彼』の事を、何か知っているの?」


「え? え、ええ? 誰それ。知らないわよ?」


 琴美は期待を籠めた眼差しで、私をじっと見詰めて来る。


 だ、ダメよう……そんな風にじっと見詰めないで欲しいわ。だって、琴美の眼を見ていると、つい本当の事を喋ってしまいそうになるんだもの。


 困ったわ……そう思った時だった。



「ああ、ここに居たんだ」


 司の暢気な声を聞き、私はびっくりして心臓が飛び上がりそうになった。


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