第7話
「な……なにを……?」
司の言葉に、どきんと心臓が大きく跳ねる。
一体、何を司は言っているの?
司が酔っているのかとも思ったけれど、本人からはアルコールの臭いなんてしてやしない。微かにガソリンと煙る様な排ガスの臭いがしているだけ。
司の言葉に気が動転して取り乱してしまったあたしは、顎を上げていた手で両頬を掴まれて、口が閉じられなくなってしまった。
「んふぅ……」
司の顔がぐっと近づいたかと思ったら、身構える間も与えられずに抱き竦められ、唇を奪われた。私よりも少し硬くて確りとした弾力が感じられ、熱く火照った舌が私の舌を絡めて弄ぶ。
気持ちいいと思った次の瞬間、膝から力が抜けてしまい、一人で立っては居られなくなってしまった。
司はそんな私を心得ていたように、しっかりと私を支えて抱き締める。
流石は『女ったらし』を誇るだけはあるわ。キスだけで、魂を抜き盗られて行くような……そんな気がしてしまうんだもの。
「課長、気持ち良くなった?」
徐に私から唇を離すと、茹で上がってしまった私の顔を覗き込んだ司は、悪戯っ子みたいに余裕の表情で私を見詰める。
「や、やだ……わ、判らないわよ……そ、そんなの……」
「あれ? 今の課長、『良かった』って顔していますよ?」
「……」
図星だった私は恥ずかしくなって、上気した頬を更に赤らめる。
司は私を抱き締めたまま、くすくすと声を押し殺して肩で笑った。
「そ、そんなこと、な、ないわよっ……き! きゃ?」
微かに湧き上がった反抗心に任せて、私は可愛げも無くそう言い放つ。
途端に司は真顔になって、身体を深く折り曲げたかと思ったら、左腕で私の両膝を後ろから勢いよく掬い上げると、私の身体を軽々と持ち上げた。
肩に羽織っていた私のカーディガンが、するりと肩を伝って力無く床に落ちる。
「課長、素直じゃないっスね? それともお嬢様は『火遊び』がしたくなりました?」
「誰がよっ? い、嫌っ! お、降ろして……降ろしなさいってばあ!」
真顔の司が急に怖くなり、委縮してしまった私には、既に司を抑止させるだけの力など持ち合わせては居なかった。
お姫様抱っこをされたまま、私は司の部屋に連れて行かれて、やや乱暴にベッドの上へと降ろされる。
「な、なにをするのよ!」
「決まってンでしょ? こうすンの」
「きゃああ!」
仰向けに引っ繰り返された私へ、司は躊躇せずに圧し掛かって来た。素早く両手首を掴まれて、シーツに縫い止めるように押さえ付けられる。
=「下手に俺を挑発しないでくれませんか? 俺、マジで遣っちゃいますよ?」
耳元でそっと囁かれ、直後に耳朶を甘噛みされて、私の身体がビクンと跳ねる。噛まれているはずなのに、痛いとは少しも思わなかった。それどころか、体中が熱くなり、もう何も考えられなくなってしまう。
「ああん……」
自分でも驚くくらい、甘えるような声が漏れた。
=「課長が悪いんだ……俺を挑発したりするから……」
「わ、私はそんなっ……あ、ああっ……」
キスされる度に身体が敏感に反応して、勝手に身体が弾んだ。唇を奪われる間中、ずっと息を詰めてしまうから、呼吸が思うように出来なくて肩で荒い息を吐く。
司は面白がっているのか、クスクス笑いながら私のパジャマのボタンを一つ、二つ……じっくりと愉しんでいるように……焦らせるようにしながら、ゆっくりと外して行く。
「厭ぁっ!」
大きく胸元を肌蹴られ、素肌の背中に廻った司の片手がブラのホックを簡単に外した途端、私は急に怖くなった。
帰って来た司はなんとなく寂しそうだった。
あの溜め息は、何かを忘れて振っ切ろうとしていたからなの? それなのに、待ち伏せされていた私から叱られて、怒ってしまったのかしら……?
だとすれば、私はその『気』を紛らわせる為に……?
羽衣を強引に剥ぎ取られてしまい、野獣の生贄にされてしまうような……そんな気がして切なくなる。
必死になって司の腕から逃げ出そうと暴れるけれど、反抗しようにも圧し掛かり押さえ付けられてしまった私には、もう逃げ出せるチャンスなんて無い。
なんて凄い力なの?
護身術を弁えていると言う私の奢った安堵感が、粉々に砕けてしまう。
「遊びの心算ならもう止めて! 私は司みたいに、器用に遊びで関係を持つ事なんて出来ないんだからぁ!」
司の腕の中で力尽き、涙交じりに訴えた私の言葉に、司の動きがぴたりと止まった。
「……ない」
俯いた司の口が微かに動いて、何かを否定した。
よく聞き取れなかったけれど、その否定は何を言おうとしていたの?