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第5話

「ね、その二台、どんな車だった?」


「んーと、片方は黒いランエボでね、もう片方は白い……旧式のインテグラだったかなぁ。ランエボはスポンサーステッカーべた貼りだったお陰で簡単に身元が割れたんだけど、インテグラの方は全く貼って無かったのよ。でね、一緒に居たお父さんが、インテグラのドライバーをスカウトするから捕まえろって……お父さん興奮して血圧上がって大騒ぎになっちゃった」


「ははは……」


 私は渇いた笑いをしてしまう。


 一人、そんな危険走行を遣りそうな馬鹿に、心当たりがあったから。


 でも、白いインテグラなんてよく見掛けるし、今私の頭に浮かんでいる人物が該当人物かどうかまでは、まだ断言出来ないかも知れないし……


 なんだか凄い話をしているのだろうけれど、カーレースに興味が無い私にとっては、何が何だかさっぱりだわ。一応な愛想笑いを浮かべていたら、琴美が少しだけ機嫌を損ねてしまったらしく、軽く私を睨んで来た。


「恵理、この重大なトコロ判ってる? こう言っちゃ悪いけれど、旧式のインテグラが『あの』ランエボとまともに競り合って勝負していたのよ?」


「そ、そうなの? それって、インテグラのドライバーの腕が凄いって言いたいの?」


「そう! そこよ!」


 私は軽い眩暈を覚え、血の気がすうぅ~っと引いて行くのを感じてしまった。


「メンバーが追い掛けたんだけど、ぜんぜん追い付けなくって、結局振り切られちゃった。もしかしたら、県外から来た人だったのかもね。で、見失ったって連絡貰ったお父さん、もうがっかりしていたわ。『うちに来てくれれば、もっと良いマシンに乗せて遣れるのに』って」


「……」


 まさか……チームメンバーを振り切ったって?


 私は更に嫌な予感に襲われた。


 ラリーがあった先週末の金曜日……って、司が次の日の明け方に帰って来た日じゃなかったかしら? しかも自分の車を片目……右フロントのライト部分が壊れていたし、右側面ボディにもかなり凄い傷が付いていた。


 司は『自損で事故った』なんて言って惚けていたけれども……琴美の証言と照らし合わせると……益々怪しい。


『走り屋なんかもう卒業しましたよ。俺、いつまでもガキじゃねーから』……壊れた車を前にして、司が走り屋に復帰してしまったのかと疑って心配していた私に、乱暴にそう言って不敵に笑った司の言葉を思い出してしまった。


 司の言った言葉と、車の半端じゃない破損具合……偶然にしても、重なる部分が大有りだわ。どう見たってまだ卒業なんかしていないじゃないの。




 ……司の嘘吐き!


 しかもあの日は……


 

 私はその日の事を思い出して、思わず顔を赤らめてしまった。



  *  *



 土曜日に日付が変わってしまっても、司は帰って来なかった。


 持っている携帯に連絡を付けようにも、電源を切っているのかそれとも電波が届かない地域に行っているのか、全く連絡が取れないでいた。


 司が私と一緒に住む条件の一つに、食事を作ると言う約束がある。


 その日も先に帰社した司は、約束通り晩御飯……多分、時間が無かったのだと思うけど、親子丼にお揚げが入った豆腐とワカメの味噌汁に、トマトサラダを準備して外出していた。


 テーブルには、相変わらずの下手な文字で『今日は遅く帰ります』って書き置きを残して。



 司が戻って来たのは、明け方の四時過ぎだったように思った。


 帰って来ない司が気になって、なかなか寝付けずにうとうととまどろんでいた時に、マンション下の駐車場が俄かに騒がしくなった。


 私は急いで起き上がると、自室の窓から駐車場側のベランダへと飛び出す。


 辺りがシンとしていて誰もが寝静まっている静けさを破るように、低く唸るエンジン音か聞こえている。駐車場の街灯に照らされて暗闇に浮かんだのは、紛れも無く司の白い改造インテグラ。そして、その隣にも数台が駐車場枠にお行儀よく並んでいた。


 アイドリングしているそれらの車は、明らかにエンジンを弄っていると判る、低くて太い排気音が聞こえている。


 こんな夜中に騒音を撒き散らすだなんて常識を疑うわ。それにここを誰のマンションだと思っているのよ。すぐに出て行って貰わなくっちゃ。


 マンションのオーナーであり管理人である私は、彼等に即刻退場して貰おうと踵を返したのだけれど、私の心配を余所に、アイドリングをしたまま停車していた数台の車は、司のインテグラを残してすぐに敷地内から出て行った。



 それにしたって……


 今頃帰って来るだなんて……幾ら夜遊びが趣味だからと言っても迷惑よ。ここは一言、司にガツンと言っておかなくちゃ。


 そう思って、私はパジャマの上にクリーム色のカーディガンを肩に羽織ると、玄関の所で明かりも点けずに腕組みをして、戻って来る司を待ち伏せていた。


 

 暫くして外から玄関の鍵が開く音がした。


 静かにドアが開き、司が寝ているだろう私を起こさないように気遣ってか、十分に開き切っていないドアの隙間からするりと身体を忍ばせて、後ろ手で素早くドアに鍵を掛ける。

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