第4話
彼は私と伊達との縁談を嫌い、破談にするようにとお爺様に直接掛け合ってくれた、私の心強い味方なの。
『水守りん』が試験を受けて合格すれば、伊達との縁談は初めから無かった事に成る筈だったのに……
結局は子会社である伊達家の面目を慮り、加えて木村の正規社員では無い水守りんの試験合格の事実は、木村家によって身内縁者の戯言として事実の一切を握り潰され、結婚の全面白紙撤回には至らなかった。
けれど、藤代家も木村を護り支えている大切な位置を占めている為に、水守りんの功績を無下には出来なかった。
私の背景に、『成和会』幹部の水守りんの存在が浮上して来た事で、伊達は『成和会』を意識しているせいか、迂闊に近寄れなくなってしまい、以後、私と伊達は友達以上恋人未満と言う微妙な位置に留まっている。
「え? え……ええ、そっ、そうね? 女性社員人気ナンバーワンですものね。でも、彼は独り息子の御曹司だからその、あの、わ、私には勿体無くってとても……」
「なぁ~に言ってるのよー。幾ら老舗製薬メーカーの御曹司だとか言ったって、所詮は木村の子会社の息子でしょ? 恵理こそ本社のお嬢様じゃないの。伊達さんからしてみれば、恵理こそ勿体無い好条件でしょ?」
はぁ……この私が『勿体無い』……ですって?
人の『格』から言えば、私よりも伊達の方こそ遥かに上だわ。でも、彼が一流の人であるからこそ、私は彼に合わせようとして無理に背伸びをしてしまう。
生粋のお坊ちゃまである伊達は、プライドが高くてイミテーションを嫌う本物嗜好。
私は彼ほど本物には拘らないし、イミテーションであってもそれなりに素敵なものは沢山あるものだと思っている。微妙に価値観が違うから、洗練された彼の会話に付いて合わせているのがやっとだし、一緒に居ても常に気が張ってしまうから、ちっとも安らげやしない。
逢えば自分のペースを乱してしまい、気疲れして自分が辛くなってしまうような人を、私は選ぶ心算は無いもの。
「自分だってそうでしょ?」
琴美だって木村の取引先会社の社長令嬢。もっと自信を持っても良くってよ?
私は琴美にそう言ったけれど、なんだかお互いに謙遜し合っての会話に嵌り、どちらからともなくクスクスと笑ってしまった。
「はぁ……男って見る目が無さ過ぎだわよ。こ~んな美人達を放っておくんだもの」
「美人過ぎても高嶺の花。逆に声を掛け難いのですって」
私は彼が言っていた言葉を引き合いに出した。
「お高くとまっているとでも思われちゃうのかしら? でも、私はそんな事ないのだけどなぁー」
「ああ、そう言えば、先週末に県内で初めてミカワでラリーがあったのでしょう? 琴美、行くって言わなかった?」
伊達の事で延々と話題にされるのも困ってしまうから、私はこの話を打ち切ろうと、琴美が興味を持っているモータースポーツへと話を振った。
琴美の両親は電子制御回路関連を取り扱っている会社で、地元モータースポーツ協会にスポンサーとして積極的に参加しているだけでなく、自分達のレーシングチームも持っている。
電子回路は別名『サーキット』とも呼ばれていて、モータースポーツが趣味だった琴美の父親の洒落で始まった道楽が、いつの間にか琴美達家族や社員を巻き込んでしまい、最近では電子回路の販売とどちらが趣味でどちらが仕事なのか曖昧になっているほどの熱の入れようなのだそう。
その為か、琴美本人もレースにかなり興味があり、レース観戦は勿論だけど、何度かスカウトに立ち会った事もある。
「もちろん行ったわよ。でもね、レースも凄かったんだけど、終わった後から始まったレースも凄かったわよー」
「なにそれ? 打ち上げイベントか何か?」
「違うわ。県外からの招待客が引き揚げた後に、片付けでそのまま居残っていたらね、地元の走り屋連中が同じコースでバトル始めちゃったのよ」
「……へ、へぇ~」
私は思わず顔が引き攣って、浮ついた相槌を打ってしまった。
レースに『バトル』って……なに?
不思議に思っていたら、私の表情を読み取ってくれたのか、琴美が追加補足をしてくれた。
「ルールが在ってのレースでしょ? その点、地元の走り屋は違うわ。なんでもアリなんだもの。眼の前でトップ争いの連中が、お互いに相手をコースアウトさせようとして競り合いになってね、クラッシュする瞬間を見ちゃってさぁー、一台がライトを壊しちゃったのにまだ走っているの。滅多にあんなバトル見れないものね。もう興奮しちゃったわぁ」
そこまで言うと、琴美はその時のシーンを思い出したのか、うっとりとした表情で視線を遠くへ泳がせる。
「凄い迫力だったんだからぁ。夜間の山道でのバトルよ? ただでさえ街灯も無い夜の山道での走行中にライトが壊れちゃったのよ? 左右切れちゃっていたから、きっとヒューズが飛んだのね。普通ならそこで諦めるトコロじゃない? それなのにまだ続けていたのよ。あれって※『ブラインドアタック』って言って、危険走行なんだからぁ」
※ ブラインドアタック : 夜間ヘッドライトOFF状態での走行。