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最終話

 その日の晩、私は司の作ったオムレツを突きながら、金曜の夜の事を伏せたまま琴美について触れてみた。


「ああ、食堂で俺が飴あげた人でしょ? 畑田電子の娘」


「知っていたの?」


「レーシングチーム作っているじゃないっスか。それくらい常識として知ってますって」


「司が眼を付けられた理由、もう判ってる?」


「そりゃあ……!」


 言い掛けた司が慌てて口を閉ざしたけれど、もう遅いわ。やっぱりレースがあった後で激しいバトルを遣っていたのは司だったのね。


「いいわよもう……ばれちゃっているし、今更とやかく私が言う事じゃないから」


 私から大目に見られたと言うのに、司は何だか納得出来ていないみたいだった。子供みたいに口を尖らせてムッとなって拗ねている。


 自分で嘘をばらしてしまったのが、そんなに気に入らなかったのかしら?


 私はお気に入りの油揚げが入ったお味噌汁をテーブルにことりと置いて、クスクス笑った。


「……なんか俺、課長の掌で上手く転がされて遊ばれているみたいな気がする」


「あらあ、そんな心算は無いのだけど?」


「そんな心算も、こんな心算も無いです」


「隠し事が下手なのは前々から知っていたけど、こうも判り易いとは思っていなかったわ。司、私の事を安心し切っているのでしょう?」


「べっ、別に……」


 言い当てられて戸惑った司の視線が、所在なく宙を彷徨う。


「でも、私は嬉しいのだけれど……?」


「それ、ホント?」


 テーブルの向い側で、食後のコーヒーを飲んでいた司がカップの残りを一気に飲み干すと、床に立て膝状態になって、私の傍に猫か犬みたいにするんと寄り添って来た。


 私の心臓がちょっとだけドキリとする。


 この前の続きを期待してしまい、恥ずかしくなって赤くなったままコクンと頷いて見せた。


=「課長? 俺さ、デザートをまだ残しているんですよ」


「え? 『デザート』って……なに?」


 耳元で熱い吐息を吹き掛けながら、そっと司が囁いた。


 今にも司の唇が、私の耳朶みみたぶに触れてしまいそうで、私の心臓がドキドキと早く脈打ち始める。


 これって、司に迫られているのかしら……? だったらさっき司が口にした『デザート』って、もしかしなくても私の事なの? 


 頭の中で、大きなお皿の上に浴衣姿の自分が横座りになっているイメージが浮かんで来た。妄想しただけなのに、全身が熱くなって火照ほてって来る。


「き、今日は暑いわね?」


「ふふっ、ナニ誤魔化してんスか?」


 咄嗟に雰囲気を壊してしまおうと、私の情緒の無いセリフが口を突いたのに、司は私の思考を読んだのか、とっくに心得ていたみたい。冷静に斬り捨てられ、笑われてしまった。


 や、ヤダ恥ずかしい。し、静まれ私の心臓っ! 司に聞こえちゃうじゃないのよ……って、もう眼の前に司の顔のアップが……


「あ……ね、ねえ『デザート』ってさきの意味なんだけど……」


「それは……」


 私の決心が着かないまま、司が私に触れる直前に、リビングに置いてあった電話が鳴った。


 司は軽く舌打ちをして、良い感じになったと思っていたらしい雰囲気を壊してくれた電話に、不機嫌になりながら受話器を乱暴に取り上げた。


「はい? もしも……」


―「え~! 恵理の家でしょここ? って言うか、アンタ誰っ?」


 受話器から聞こえて来た声に、私は全身の毛が逆立つほど驚いてしまった。だって、その声は琴美の声だったんだもの。


 いつもなら、直接私の携帯に連絡して来るのに、今日に限ってどうして自宅に掛けて来たりするのよぉ?


 司は困った顔をして眉を顰め、受話器を私に向かっておずおずと差し出した。


=「課長……マズイ……ばれたかも……」


―「ちょっとぉお! 今電話に出たオトコ! もう一遍出て来なさいよ! こらぁあ~!」


 私は司から受話器を受け取らず、先に受話器の切断ボタンを指先で押さえて通話を強制的に終わらせた。


 拗ねた琴美の声がまだ耳に残っている。そして言葉の端々に彼女が羨ましそうだった気配を感じ取り、ほんの少しだけ罪悪感を覚えてしまう。


 私が自宅で男の人と居る事がばれちゃったけれど、まさかその相手がお昼のランチの時に、飴を貰って『餌付けされた』司だとは気付いてはいない筈……そう思うと、ちょっとだけ私の悪戯心がくすぐられてしまった。


「切っちゃって大丈夫ですか? 課長の友達でしょ?」


 司は『良いのかそれで』と言うけれど、そこは琴美が間違い電話を掛けてたって事で……だって今更琴美に何て言えば良いのよ? ここはもうとぼけちゃうしか無いじゃない?


「今どき番号表示でしょ? つーか、リダイヤルされたら終わりですよ?」


「電話口に出られないくらい手が離せなかったのだとしたら?」


 私の提案を聞いた司が、心得たかのようにフーンと鼻を鳴らして相槌を打った。


「へぇー、じゃあさ、どんな時に『手が離せられない』か教えてくんないっスか?」


 再び立て膝になり、司は座っている私の腰に腕を廻してくすくす笑う。司の吐息が首筋に掛って擽ったい。


「そうね、こんな時……かしら?」


 私はおもむろに司の方へ向き直ると、そっと顔を近付ける―――



  そのオトコ ☆ 要注意っ! ―END―

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