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ただ、風を求めて。  作者: キキ村 キキキ
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第二章 戦闘試験

入隊誓約書の最後の行に、名前を書いた。

インクがわずかに滲む。

自分の親指で拇印を押したとき、妙に現実味がなかった。

 

「これで正式に配属待ちだ」

事務官の声は淡々としている。

窓の外では輸送車両が何台も出入りしていた。


何故ドラゴンが現れたのか。

理由は知らない。

原因も分からない。

ただ、いる。だから戦う。

戦わないとあいつがどこにいるか探せない。

戦わないと誰かが死ぬ。


署名の瞬間に何かが変わるわけじゃない。

けれど、今までの当たり前だった生活に戻れなくなったことだけは分かった。




初日の集合は、広い訓練棟だった。

100人近くが並ぶ。

年齢も体格もばらばら。

共通しているのは、まだ戦場を知らないであろう目。



「今日から基礎訓練に入る」

教官の声が響く。

能力測定は簡易的なものから始まった。

俺は列の後ろで順番を待つ。


前に立った少女が、ゲームやアニメでしか見たことの無い、中世ヨーロッパの騎士が持つような剣を持ち、上段に構え、模擬標的に向かって踏み込む。

一閃。


剣は赤い軌跡を描き、標的を切り裂きそして、吹き飛ばした。


「炎か。前衛向きだな」

教官が短く言う。


彼女は剣を下ろし、軽く息を吐いた。

振り返ったとき、目が合った。

 

「次、どうぞ」

明るい声。

それが、佐倉との最初の言葉だった。




俺の能力は地味だった。

的の前に立ち、手をかざす。

あの日のように風をおこす。


空気を押すのではない。

空気の流れを整える。

的の横に立った、軽量ポールがわずかに傾く。

計測器が反応する。

 

「出力低め。制御良好。支援適性あり」

平凡な評価。


俺の先に剣を振った少女、佐倉が横から覗き込む。

「風?」

「まあ」


「かっこいいじゃん」

本気で言っているのか分からない顔。

俺は肩をすくめる。

「君みたいに前に出るタイプじゃないし、地味でしょ」

「そんなことないよ。後ろから助けてくれるタイプじゃん。めっちゃ大事だよ」

即答だった。

その言い方が妙に自然で、少しだけ言葉に詰まった。




午後は模擬戦。

ドラゴンを模した大型のドローンが起動する。

四足型。

口腔部に火炎噴射装置。

前衛候補達が前に出る。

佐倉もその一人だ。


「無理するなよ」

佐倉と親しげな様子の男が言う

「しないよ」

佐倉は笑って返す。


俺を含め、後方支援の能力者は前衛の後ろで構える。

そして模擬戦開始の合図が教官より下される。


別の教官が遠隔でドローンの電源を入れ、起動。

起動間もなく、機体が踏み込み前身。

口から火を噴きながらこちらに向かって突進する。


真正面、佐倉の反応が一瞬遅れる。


俺はほぼ反射で空気を傾ける。

強くはない。

ほんの数センチ、熱の軌道がずれ、防壁に流れる。


佐倉は転がり、体勢を立て直し、踏み込む。

模擬機の脚部に一撃。そして終了。


「さっきの風、きみ?」

休憩中、彼女が聞く。

「しらん。偶然だろ」

「ふーん」

納得したような、していないような顔。

そのとき、訓練場の端に立つ上級生の姿が目に入った。

腕を組み、静かにこちらを見ている。

落ち着いた立ち姿。本隊員の制服。

視線が佐倉に向くと、わずかに柔らかくなる。

彼女が気づき、手を振る。あちらも小さく応える。

距離はある。だが、空気が、距離が近い。


こいつら、デキてんのか。

俺は目を逸らした。




訓練後の帰り道、基地の外周を歩く。

フェンスの向こうに、焼けた市街地が見える。


「怖くないの?」

不意に佐倉が聞いた。

「何が」

「死ぬの」

少しだけ真顔だった。


俺は考える。

たしかに怖い。

だが、それを認めるのは簡単すぎる。

「死ぬより、何もできないほうが嫌だ」

口に出してから、自分で驚く。


彼女は少しだけ目を見開き、笑った。

「私と同じだ」

その笑顔は、迷いがない。

前に出る人間の顔だ。

俺はその横顔を見ながら思う。

俺は前に出ない。

出られない。


だから、目線を逸らす。ほんの少し。

それでいいかと思えた。


夕方の風が吹く。

まだ弱い。

俺の中の気持ちも、流れも、静かなままだった。

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