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ただ、風を求めて。  作者: キキ村 キキキ
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第一章 空が裂けた日

俺の未来は約束されていた。

特別な才能もないし、特別な夢もない。

でも、それでよかった。


大学を出て、志望度の高いそこそこ大手の会社に就職して。

彼女もできて。そんで今は婚約の話も出ている。


駅前のワンルームでニュースを流しっぱなしにしながら夕飯を作る。

それが俺の、俺たちの、ささやかな幸せだった。


「ねえ、来月うちの親に会う日さ」

キッチンから声が飛んでくる。


「ちゃんとスーツ着て来てよ?」

「持ってるよ一応」

「一応ってなに、営業でしょ」

笑い声。


振り返ると、エプロン姿の彼女がいた。


この生活が続くと、疑っていなかった。

テレビの音量が、少し上がる。

《速報です。都内上空に巨大生物が――》

「……は?」

画面に映ったのは、CGじゃない。

CGの作り物っぽさがない、妙に生々しい“それ”。

ビル群の上を旋回する、巨大な群影。

鱗、翼、咆哮。

アナウンサーの声が震える。

《政府はこれを“ドラゴン”と暫定的に――》

窓ガラスが震えた。



遠くで爆発音。夜雲が一瞬赤い光を孕んだように見えた。

現実が、ゆっくりと崩れ始める。

「冗談、でしょ……?」

彼女の声が小さくなる。

次の瞬間、衝撃。建物が揺れ、食器が床に散る。

外で悲鳴、何かの衝突音も聞こえる。

窓から空を見上げる。

そこに“それ”がいた。

青黒い鱗。

嵐を纏う巨体。

まるで天災。


いや、天災そのものだった。

けたたましく鳴り響く、避難指示やサイレン。

階下に見える人の波。

俺たちは手を握って、階段を駆け下りた。


「離さないで」

「離さない」


それが、最後の約束になった。

ビルの外に出た瞬間、風が爆ぜた。

圧力。

空気が刃物になる。

竜が羽ばたく。


突風。

身体が浮く。

握っていたはずの手が、滑る。

「――っ!」

指先が、離れた。


スローモーションみたいに、

彼女の表情が遠ざかる。

叫び声。瓦礫。煙。

そして――

俺は、路地裏に叩きつけられていた。


背中が熱い。痛い。

呼吸が出来ない。

目を開けようとも、血が目に染みて痛い。


それでも目を開ける。

遅れて感じる耳鳴り。

空が歪んでいる。

竜が旋回する。


だが、不思議なことに。

俺の周囲だけ、風がふいていた。

いや、違う。

避けている?


風が、俺を中心に流れている。

「なんだよ……これ」

こひゅー、こひゅーと肺を鳴らしながら呟く。


空気が震える。

微かな火花、圧縮された風。

俺の心臓の鼓動に合わせて、気流が俺の周りで渦を巻く。

辺りの砂埃や煙が俺を避けるように漂っていた。


埃風の向こう、上空を旋回する青黒い巨躯、

リアルにいるなんて思いもしなかった“それ”

さっき、そいつと目が合った。


そんな気がした。





竜は都市を壊し、地形を変え、空気を塗り替える。

その副作用。その一部が、俺に残った。


彼女はどこだ。


立ち上がる。


「ーーーー!!」

名前を叫ぶ。


返事はない。



煙の向こうで、救急車の音。

人が運ばれていく。

俺は、そこにいない。

世界は動き続けている。


俺だけが、取り残されたみたいに。





数日後。

政府は発表した。


あのドラゴンは自然発生的に現れた存在ではない可能性が高い、と。


そして、

“ドラゴンとの接触により、特殊能力を発現する人々が確認された”と。


テレビの画面越しに、黒いスーツの男が言う。

《彼らは今後、対竜部隊への編入を――》



風が、窓を叩く。

無意識に気流が変わるそんな気がした。



彼女は、まだ見つからない。

死亡者名簿にもいない。

行方不明。


それが、いちばん残酷だった。

探したい。

でも。

力は暴走し始めていた。

感情が揺れると、風が生まれる。

絶望で小さな竜巻を作り出した。


このままじゃ、誰かを傷つける。

だから、俺は署名することにした。

対竜特別機動部隊への入隊を。


探すためか。

償うためか。

それとも――

この理不尽に、意味を見つけるためか。

まだわからない。


ただ一つだけ、はっきりしている。

平凡だった未来は、

もう戻らない。

それでも。

俺は今、生きている。

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