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無人島に届いたラジオー墜落事故の生存者5人。電波が入らない島に、ある夜、突然ラジオが鳴る。  作者: 妙原奇天


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第5話「森の影、遺された録音」

 森は昼でも影が深かった。枝が折れる乾いた音が遠くから届き、湿った土の匂いが鼻腔を満たす。鳥たちはいっせいに沈黙し、風もどこか慎重に通り抜けるように気配を殺している。五人のうち四人が、足元の不規則な足跡をたどりながら進んでいた。晴は先頭で、地面を睨むように歩き、芽依は彼の少し後ろで膝の傷を押さえつつも細い指先で土を撫でるように足跡を追っていた。葵は周囲を見渡し、口元に冷たい笑みをのぞかせ、健太は重い木の枝を杖代わりにしていた。彼らの間には、まだ言葉にできない不安が漂っている。


 芽依が足を止めた。土に残る跡が、途中で不規則に引きずられている。片方の足が明らかに引きずられるようにして転がった痕跡だ。彼女は眉を寄せ、医者の頃に身につけた観察眼で断定した。「ここで争いがあった。踏み込み方が不自然。相手に押されたか、抵抗した痕跡がある。出血の跡もついているかもしれない」。声は震えていたが、結論は冷たかった。晴はその足跡を指差し、黙ってうなずいた。佐藤の体力なら逃げるにしては無理がある。争いがあった可能性が高い。


 葵がひとつ息をつく。「外部の人間がいるんだよ。島にずっと住んでるか、新しく来ているか。ラジオは彼らの仕業だって可能性もある」その声は挑発的だった。彼女は最近ますます積極的になっていた。ラジオの威圧が人の中に潜む本能を刺激しているのだろうか。健太は鼻で笑ったように「誰かがわざわざ俺らを試すために島に拠点を作るか?」と言ったが、その声には確かな焦りが混じっていた。


 森の奥へ進むと、不意に落ち着かない構造物の跡が現れた。古い小屋の基礎らしき石組み、倒された木々を囲むように並べられた石の群れ。人工的に積まれた痕跡は、この島が「無人」ではないと示していた。誰かが生活の痕跡を残していた。晴は手袋をはめた手で石に触れ、刻まれた傷を指でなぞるようにしてから顔を曇らせた。


 小屋の近く、枯れ葉に半分埋もれた金属の欠片が晴の足に当たった。彼は屈んで掘り起こし、古びた録音機の本体を取り出す。文字は消え掛けているが、電源スイッチと小さな巻き戻しのノブがついている。みんなの視線がそこに集中した。健太がそれを受け取り、ためらいがちにテープを差し込んで再生ボタンを押す。


 ノイズの嵐が先に立ち上がり、やがて不鮮明な人声が割り込んできた。途切れ途切れで、最初は誰の声か判別できない。ノイズの向こうから、切羽詰まった男の声が「明日、誰かを――」と発するのが聴こえる。続いて別の低い声が割り込み、さらにノイズにまぎれて「風が止むとき、それは選ばれた者の合図だ」とだけ聞こえた。録音は何度も巻き戻された跡があり、ところどころが重なって再生されている。芽依はテープを取り上げ、指先でテープの表面をなぞった。テープの一部に手書きのメモが付いている。そこには小さな数字と不可解な記号が書かれていたが、誰の筆跡かは今のところわからない。


 「佐藤の声だ」健太が漏らした。みんなが顔を向ける。確かに、ある断片には佐藤らしい乱暴な吐息と短い日本語が混じっていた。だが同時に、別の声は佐藤と似ていながらも微妙に違って聞こえる。まるで、誰かが彼の声を使って録音を作ったか、あるいは佐藤が何らかの形で協力していたのか。可能性は広がり、どれもが恐ろしい。彼らがここで聞いた言葉は、島に仕組まれた「ゲーム」の存在をほのめかすに十分だった。


 晴は録音機を肩に抱え、ゆっくりと周囲を見回した。「もしこれが外部の仕掛けなら、装置はどこかにあるはずだ。ラジオと連動してる何かが」彼の言葉は冷静だが、瞳には揺らぎがある。芽依は吐息を荒くして、森の中の空気を吸い込んだ。「ここに置かれた録音機だけじゃない。もっと根が深いかもしれない」。誰もが無言で頷く。


 その時、健太が藪の中で金属の光を見つけた。近づくと、小さな金属箱が半ば地面に埋まっている。箱は手作りのようで、外装は荒れているが内部にはアンテナの残骸や配線の端子が覗いていた。芽依がそっとそれを掴むと、箱はずっしりと重かった。表面には焼けた跡があり、近くには木の削りカスと、古い電池の殻が散らばっている。明らかに人為的な電波発信装置のようだった。


 「これがあれば、ラジオと連動してる可能性が高い」葵が言った。彼女の目は獲物を見つけた獣のように光っていた。だがその視線には、自慢や優越ではなく、内側から燃える焦りが見えた。芽依は小さく震えながら箱を抱きしめ、顔を伏せた。「これで証明できるかもしれない……でも、証拠が誰を指し示すの?」声は嗚咽を含んでいた。疑念は自らに向く。誰かがこの箱を設置したなら、五人の中の誰かかもしれないし、外から来た者かもしれない。いずれにせよ、結束はますます薄れていく。


 午後、森を出て浜に戻ると、空気が一層重くなっていた。焚き火の周りに集まった彼らを包むのは前よりも冷たい緊張だ。突然、ラジオがまた音を立てた。金属的で平坦な機械音の後、いつものようにノイズが割れ、はっきりとした声が流れる。「今日の失敗は許されない。明日、別の方法で“実行”せよ」音声は機械的で、感情を欠いていた。それがかえって恐ろしさを増幅させる。


 言葉が終わると、海が間近にあるはずの場所に、静寂が落ちた。風が止んでいることに皆が気づく。木々は揺れず、波の音さえ遠くなったように思える。晴はラジオを睨みつけ、拳を握った。「誰がこれをやっている。何のために」彼の声は低かった。葵は答えず、ただため息をついて遠くを見る。芽依は顔に手を当て、震えながら「逃げ場がなくなった」とささやいた。


 その夜、五人の間で眠りは薄く、見張りは交代で行われる。だが誰もが互いを完全には信じられない。森で見つけた録音機と金属箱が示すものは、単なる悪戯や偶然ではなかった。それは計画的で、繰り返された証拠の断片が示すように、過去にも同じことがあった可能性を示唆している。誰が観察し、誰が操っているのか。外界との接触が断たれている今、答えはこの島とその遺物の中にしかない。


 夜は深まり、波が遠くで呼吸するのを聞きながら、晴は思った。選択が迫られるとき、人は何を最初に失うのか。信頼か理性か。それとも、自分自身の人間性か。そう問いながら、彼はラジオの次の声を待つしかなかった。機械的な発信はやがてまた来るだろう。だがその言葉は、彼らがこれからどう動くか――誰を守り、誰を裏切るか――を決めるための導火線であることを、まだ誰も疑ってはいなかった。

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