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朝稽古、そして旅立ち

 ――まだ夜が明けきらない。

 薄暗い空の下、砦の一室で神谷透はぐっすり眠っていた。

 昨夜は久々の布団。柔らかさに包まれ、意識を手放していた。


 そんな心地を無慈悲に引き裂いたのは、耳をつんざく声だった。


「起きろォッ! カミヤァァァァァァッ!!!」


「うわぁぁぁっ!?」


 ベッドから飛び起きる。

 扉を蹴破って現れたのは、当然のように――団長レグルスである。


「お、おはようございます……」


「おはようではない! 朝稽古の時間だ!」


「いや、外まだ真っ暗ですけど!?」


「聖騎士に日の出は関係ない!」


 すでに全身鎧姿。完全に戦闘モードだ。

 寝ぼけ頭の透は、状況を理解するより先に腕を掴まれた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 俺まだ顔も洗って――」


「走りながら目を覚ませ!」


 有無を言わせず引きずり出され、砦の中庭へ。

 空気が冷たい。まだ夜の匂いが残っている。

 その中央には――すでに聖騎士団二番隊が整列していた。


「おはようございます、副団長!」

「団長、おはようございます!!」


 キサラが静かに立ち、全員を見渡していた。

 彼女は夜明け前でも凛として美しく、朝露の光を纏っているようだった。


「よく来たわね、カミヤ」


「……強制連行です」


「うふふ。団長の朝は、誰にとっても唐突よ」


 まるでそれが当然のように微笑まれても、慰めにはならなかった。



「まずはランニングだ! 砦の外周を二十周!」


「に、二十!?」


 団員たちは「おおっ!」と気合を入れて走り出す。

 透だけが声にならない悲鳴を上げた。


「ちょっ……まっ……これ、軍隊レベルじゃ……!」


 それでも、置いていかれるのは癪だった。

 息を切らしながらも、懸命に足を動かす。

 途中で何度も転びそうになりながら、なんとか食らいついた。


 ランニングが終わると、次は――


「腕立て千回!」


「はっ!?」


 続いて腹筋、スクワット。

 どれも桁がおかしい。人間の限界を完全に超えている。


「……死ぬ……これ、普通に死ぬやつ……!」


 倒れ込みそうになるたび、キサラが冷静に数を数えていた。


「九百九十九、九百……百……あ、もう一回ね」


「副団長、鬼ですか!?」


「“鍛錬”よ。生きてるだけで十分頑張ってるわ」


「フォローの方向性おかしい!」


 涙目になりながらも、透は最後までやり遂げた。

 膝をついたまま、肩で息をする。

 レグルスは満足げに頷いた。


「見事だ、カミヤ!」


「いや……見事とかそういうレベルじゃ……」


「倒れなかっただけでも大した根性だ」


 その声に、周囲の団員たちも小さくざわついた。


「意外とやるな、あの新人」

「根性は本物だ」


 キサラも頷き、髪をかき上げる。


「最後に、試合を行いましょう」


「はぁ!? 今の流れで!?」


「鍛錬の総仕上げよ」


 透は心の底から叫びたかった。

 いや、鍛錬どころかまだ立ってるのが奇跡なんですけど!?



「対戦相手は――聖騎士団二番隊兵長、ランド・バルド!」


 名前が呼ばれた瞬間、団員たちが一斉にどよめいた。

 金髪を短く刈り、鋭い目つきの男が前へ進み出る。

 体格は透の倍、全身から“強者”の圧が溢れていた。


「次期副団長候補だ。少しは勉強になるだろう」


 レグルスの声が響く。

 ランドは鼻で笑った。


「こんな雑魚、相手にもならんがな」


「……あぁん?」


 さすがの透も、少しムッとした。

 疲労で足が震えているが、プライドが妙に刺激された。


 キサラが二人の間に立ち、ルールを説明する。


「試合は模擬戦形式。木剣での打ち合いのみ。

 相手を地面に倒すか、降参した方が負け。致命打は禁止」


 そう言うと、彼女は一歩下がった。


「――始め!」


 合図と同時に、ランドが突っ込んできた。

 速い。巨体からは想像できないスピード。


「うおっ!?」


 間一髪でかわす。

 勢いに任せた突撃が地面をえぐる。


 再び突進。

 透は反射的に体をひねり、腕を掠められながらも回避した。


「おいおい、避けるだけか!?」


「いや、今攻撃とか無理でしょ!」


 木剣を構えながら、透は頭をフル回転させる。

 体は疲労の限界だ。それでも、何度も間一髪で回避する。


 ――その回避能力に、観客の団員たちがざわめき始めた。


「今の避けたぞ……」

「信じられない反射速度だ」


 何度目かの攻防の後、透の木剣がランドの肩にかすった。

 その瞬間、ウィンドウが一瞬だけちらつく。


 ――「99」


(……あと一撃、で“100”になる)


 昨日のことが頭をよぎる。

 100になった瞬間、スキルが発動――あの“爆発”が起きる。

 もし本当にそうなら……。


 透は歯を食いしばり、決断した。


「……ここだ!」


 突撃してくるランドの剣をギリギリでかわし、

 刃を振り下ろす――いや、地面へ叩きつけた。


 瞬間。


 ――世界が閃光に包まれた。


 轟音。

 地面が吹き飛び、衝撃波が爆風のように広がる。

 ランドの巨体が宙を舞い、数メートル先に吹っ飛んだ。

 中庭の土がえぐれ、砂煙が立ち込める。


「な、なんだとっ!?」

「地面が……割れた……!?」


 二番隊の団員たちが言葉を失った。


 砂煙の中、透がよろよろと立ち上がる。

 木剣は半分に折れ、手には小さな焦げ跡が残っていた。


「……また、発動したのか……?」


 彼の視線の先で、ランドは完全に気絶していた。


 沈黙を破ったのは、キサラの冷静な声だった。


「――勝者、神谷透」


 次の瞬間、砦全体がどよめきに包まれた。


「まさか兵長が……」

「新人が勝った……?」


 レグルスが笑いながら歩み寄る。


「見事だ! カミヤ! この二番隊に入っても恥じぬ実力だ!」


「……いや、俺、地面殴っただけなんですけど」


「それも戦略だ! 地形を利用するとは天才的!」


「そんなつもりじゃ……」


 完全に誤解されている。

 だが、もう訂正する気力はなかった。


 レグルスは豪快に笑い、団員たちもそれに倣って歓声を上げた。

 いつの間にか、透は“認められた存在”になっていた。



 ――数時間後。


 砦の前に、一台の馬車が用意されていた。

 その横で、キサラが荷を積み込んでいる。


「準備できたわ。学園までは半日の道のりよ」


「……本当に行くんですね、俺」


「推薦書もあるもの」


 透の手には、レグルスの署名入り推薦書。

 封蝋には二番隊の紋章が刻まれている。


「寝床も食事も保証されるって話、信じてますからね」


「約束するわ」


 キサラは柔らかく笑い、御者に合図を送った。

 馬車がゆっくりと動き出す。


 透は揺れる車内で、外の景色を眺めた。

 砦の騎士たちが手を振っている。

 昨日までただの“冒険者”だった自分が、今は“聖騎士学園への推薦者”。


「……なんだこれ、転生してからずっと流されっぱなしだな」


 そう苦笑しながらも、心の奥では、ほんの少しだけ高鳴っていた。

 不安と、そして――未知への期待。


 朝日がようやく昇る。

 新しい一日の光が、馬車の窓を照らした。


「――次は、学園か」


 小さく呟いたその声を、キサラは優しい笑みで受け止めた。

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