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聖騎士団の晩餐

 カルド山岳を下り、山裾の谷へ続く道を進むと、石壁で囲まれた砦が見えてきた。

 その中心に、青と銀の旗がはためいている。

 中央の紋章――剣と翼。王国聖騎士団の象徴だ。


 砦の門が開かれ、キサラと透が中へ入る。

 中庭では鎧姿の騎士たちが剣を交え、鍛錬の声が響いていた。


「副団長、おかえりなさいませ!」

「無事でよかった!」


 団員たちは次々に駆け寄り、キサラに声をかける。

 彼女は軽く頷き、穏やかな笑みを返した。

 その姿に、周囲の空気が自然と和らいでいく。


 ――が、その輪の中で、ひとり場違いな男が立ち尽くしていた。


「……で、誰だお前?」


 隣の騎士にそう言われ、透は乾いた笑みを浮かべた。


「いや、俺もわかんないんだよ、なんでここにいるのか」


 ざわつく団員たちの視線が一斉に注がれる。

 キサラが振り返り、透をかばうように言った。


「彼は、ドラゴン討伐において大きな功績を上げた冒険者よ」


「「はぁ?」」


 複数の声が重なった。

 無理もない。

 ボロボロの鎧、煤まみれの顔。

 どう見ても、命からがら逃げてきた雑兵だ。


「い、いや、本当に逃げてただけなんですって……」


 透の言葉は、誰にも信じてもらえなかった。

 キサラだけが、にこやかに微笑んでいる。


「とりあえず、任務の報告を団長にしなきゃいけないわ。ついてきて、カミヤ」


「え、俺も?」


「当然よ。あなたがいたから討伐できたんだから」


「……いや、俺ほんと何もしてないって」


 抵抗虚しく、キサラに半ば引きずられるようにして砦の奥へ向かった。



 案内された先は、広い執務室だった。

 壁には巨大な盾と剣が飾られ、暖炉の火が揺れている。

 そしてその奥――威圧感のある男が椅子に腰を下ろしていた。


 赤い外套、鍛え抜かれた体躯、燃えるような瞳。

 彼こそが、聖騎士団二番隊団長――レグルス・ヴァルド。


 “火の加護”を受け、炎の力を操る熱き戦士。

 王国でも名の知れた猛将だ。


「戻ったか、キサラ。報告を聞こう」


 重厚な声が部屋を満たす。

 キサラが一歩前へ出て、恭しく頭を下げた。


「はい。カルド山岳に出現したドラゴン《レッドフレア》の討伐を完了しました。

 現場にて、こちらの冒険者――神谷透殿の協力を得ての結果です」


「ふむ……」


 レグルスは椅子から立ち上がり、ゆっくりと透を見た。

 視線だけで、背中に汗が滲む。


「お前が……神谷透か」


「え、あ、はい。どうも……」


「ドラゴン相手に生き残っただけでも並大抵ではない。

 その上、聖騎士団副団長の補助をしたと聞く。

 見上げた胆力だ」


「いやいやいや! 俺、逃げてただけですから!」


 慌てて両手を振る透。

 だが、レグルスの眉がぐっと上がった。


「謙遜するな! 戦場で生き残ることは力の証明だ!」


「えぇ……」


 声を荒げながらも、どこか嬉しそうなレグルス。

 その姿はまさに“熱血”という言葉が似合う男だった。


「キサラ!」


「はい」


「この者を、我が隊に勧誘したい」


「……え?」


 透の頭が一瞬で真っ白になる。


「はっ?」


「いや、だから、この男を二番隊に入れる!」


「いやいや、ちょっと待ってください! 俺、まだ冒険者登録したばっかで!」


 焦る透に、キサラが静かに口を開いた。


「団長。規定では、聖騎士学園を卒業していない者を正式な隊士として迎えることはできません」


「ふむ、そうだったな」


 レグルスは腕を組み、顎を撫でる。

 そして――当然のように言い放った。


「ならば、学園に入学して卒業すればいい」


「……は?」


 透は耳を疑った。


「ちょ、ちょっと待ってください、話が飛躍しすぎてません!?」


「何か問題でもあるのか?」


「いや、問題しかないでしょ!?」


 レグルスは堂々と笑った。


「若いうちに学ぶのは良いことだ! 我が隊に入る前に、聖騎士学園で己を磨け!」


「いやいや、俺、騎士とか目指してないんですけど!」


 完全に会話の主導権を奪われている。

 目の前の男は、もはや聞く耳を持たない。


「それとも、他にやることがあるのか?」


 その問いに、透の口が止まった。

 ――他にやること。


 思い返せば、この世界に来てから、彼は流れに流されるままに生きてきた。

 スキルの意味もわからず、気づけばギルドに入り、

 気づけばドラゴンと戦い、今は聖騎士団の部屋に立っている。


 「……特には、ないです」


 言葉が自然にこぼれた。


 すると、キサラが優しく微笑んだ。


「学園に入れば、寝床も食事も保証されるわ」


「……マジですか」


「ええ。衣食住、完備。危険な依頼もない。学ぶだけ」


「……入ります」


 即答だった。

 レグルスが大笑いする。


「ははは! 決断が早い! 気に入ったぞ、カミヤ・トオル!」


 大きな手が肩を叩く。

 骨がきしむほどの勢いに、透は悲鳴を上げた。


「ぐえっ!?」


「よし、そうと決まればキサラ!」


「はい、団長」


「明朝、彼を学園へ案内せよ。推薦書は俺が出す!」


「了解いたしました」


 テンポの良すぎる会話に、透の思考が追いつかない。


(……なんだこの展開スピード)


 もはや異世界転生より混乱している。



「とりあえず、今夜はここで休め」


 レグルスは豪快に言い、部屋の扉を指さした。

 外に出ると、夜風が冷たく心地よい。

 砦の中庭では、焚き火が焚かれ、兵士たちが歌を歌っている。


「本当に……いいんですかね、俺がこんなところにいて」


 ぽつりと呟く透に、キサラが横顔で答えた。


「いいのよ。あなた、流れに乗るのが上手そうだもの」


「流されるのが、正しい言い方ですけどね」


「どちらでもいいわ。結果的に、生きているんだから」


 その言葉に、透は少し笑った。


(……そういえば、前の人生でも、いつも流されてたっけ)


 会社に入って、仕事に押し潰されて、

 気づけば過労で死んで――気づけば異世界。

 まるで、どこまで行っても自分の意志で動いていないようだ。


 けれど、不思議と後悔はなかった。


 星空を見上げながら、彼は小さく呟いた。


「まぁ、たまには流されてみるのも、悪くないか」


 その夜、透は聖騎士団の客室で、久々に深い眠りについた。

 彼の知らぬ間に――次なる舞台、“聖騎士学園”への扉が、静かに開かれようとしていた。

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