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聖騎士団二番隊副団長:キサラ

 ――炎の渦が大地を焼いていた。


 神谷透は、ひたすら逃げていた。

 灼熱の息吹が背後をかすめるたび、皮膚が焦げる。

 息をするたびに肺が焼けつくようだった。


「っ……マジで、死ぬ……!」


 あの一撃をかわしてから、何度も死を覚悟した。

 ドラゴンは巨体のくせに動きが速い。

 翼を広げるたびに突風が吹き荒れ、地面がえぐれる。

 棍棒ではなく、腰のゴブリンナイフを握りしめ、

 岩陰に転がり込んで息を潜める。


 体中が痛い。

 火耐性付きの鎧がなければ、とうに灰になっていた。


「……なんで発動しないんだよ……!」


 ウィンドウを開く。

 特殊能力欄の数値――“100”。

 間違いなく上限に達している。

 それなのに、何も起こらない。

 光も、振動も、あの“爆発的な衝撃”も。


 ドラゴンが唸り声をあげる。

 その目は赤く光り、こちらの位置を正確に捉えていた。


「っ、バレたか!」


 咄嗟に飛び出す。

 岩が粉々に砕ける。爆風に押されて転がるように逃げる。

 再び立ち上がり、間合いを取りながらナイフを構える。


 恐怖よりも、悔しさが勝っていた。


(スキルが発動しない? そんなバカな……!)


 もう一度。

 息を整え、ドラゴンの死角を突いて飛び込む。

 ナイフを振り下ろす――鱗に弾かれる。

 刃が欠ける。

 それでも、数値を上げるために、何度も、何度も。


「これで……どうだぁぁぁっ!!」


 叫びながら斬りつける。

 その瞬間、ウィンドウを開く。

 数値が――“再び100”。


 だが――


 発動しない。


「……っ、ふざけるなぁぁぁ!!!」


 叫び声が虚空に響く。

 次の瞬間、ドラゴンが翼を広げた。

 空気が一瞬で熱せられ、世界が赤く染まる。


 ――ブレス。


 灼熱の奔流が、真っ直ぐこちらに向かってくる。

 逃げ場はない。

 地面が溶け、空気が焼け、時間が止まる。


(……ここまでか)


 そう思った瞬間――


 音が、消えた。


 いや、正確には“切り裂かれた”。

 次の瞬間、視界を覆っていた炎が真っ二つに裂けたのだ。

 光の刃が空を駆け抜け、炎ごと、ドラゴンの首を――断った。


 轟音。

 巨体が崩れ落ちる。

 地響きと共に、灰が舞い上がった。


 そして、炎の向こうに立っていたのは――


 銀の鎧に身を包み、陽光を背負った一人の女騎士。

 長い金髪が風に流れ、その瞳は澄んだ蒼。

 腰の剣から、まだ淡い光が滲んでいた。


「――《神断閃しんだんせん》」


 透が息を呑む。

 その姿は、まさに“絵画の中の英雄”だった。


「……おいおい、なんだよこれ。まるで、チートキャラの登場じゃん……」


 呆然とつぶやく。

 彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。


「あなたが……このドラゴンと戦っていたのね?」


 声は落ち着いていて、凛としていた。

 威圧感はないが、ただ立っているだけで空気が引き締まる。


「え、あ、はい……というか、戦ってたっていうか、逃げてただけで……」


 焦る透をよそに、女騎士は軽く顎に手を当てて言った。


「ダメージをほとんど受けていないのね。すごいわ」


「いやいやいや、奇跡的に当たらなかっただけですって!」


「謙遜しなくてもいいわ。

 あなたがこのドラゴンの注意を引きつけてくれたおかげで、

 わたしは隙を突いて一撃で仕留めることができたの。感謝するわ」


「え、いや、本当に逃げてただけで――」


「ふふ。控えめなのね。いいことだわ」


 話が噛み合わない。

 だが、彼女の真剣な目を見ていると、否定するのも野暮に思えた。


 透が苦笑いを浮かべていると、彼女は姿勢を正して名乗った。


「私は、王国聖騎士団二番隊副団長――キサラ・アルメリア。

 王都より正式に、このドラゴンの討伐依頼を受けてきた者よ」


 透は目を丸くする。


「聖騎士団……! 本物だ……!」


「本物、とは?」


「あ、いや、なんでも。すごい、って意味です」


 彼女は微笑み、剣を収めた。

 その仕草すら、洗練された美しさがあった。


「あなたの名前を伺っても?」


「神谷透……です。転……いや、ただの冒険者です」


「カミヤ……トオル。いい名前ね」


 その一言だけで、少し心臓が跳ねた。

 美しい人に名前を呼ばれるというのは、なんというか――反則だ。



 キサラは、討伐証明としてドラゴンの魔石を抜き取りながら言った。


「本来なら、わたし一人で仕留めるつもりだったけど……

 あなたが時間を稼いでくれたおかげで、民の被害を最小限にできたわ。

 本当に、ありがとう」


「……いや、だから俺、逃げてただけなんですよ」


「ふふ、また謙遜してる。いいのよ、無理に格好つけなくても」


「いや、ほんとに……」


 何を言っても信じてもらえない。

 透は頭を掻きながら、ため息をついた。


(俺、完全に“助演男優賞”ポジションじゃん……)


 けれど、不思議と嫌な気はしなかった。

 キサラの声には、嘘がなかったからだ。

 本当に、感謝しているのが分かる。



「ねぇ、カミヤ。お礼に、わたしたち聖騎士団の駐屯地で食事でもどう?」


「え、食事、ですか?」


「ええ。こんな山奥で飢え死にされても困るし。

 それに、あなたの話をもっと聞きたいの。

 ……どうして一人でドラゴンと戦っていたのか、とか」


「いや、それは、その……勢いで?」


 彼女は微笑みを浮かべた。

 その笑顔は、戦場で見せた鋭さとはまるで違う。

 柔らかく、陽だまりのようだった。


「勢い、ね。面白い人だわ」


「……断る理由、ないですね」


 透は肩の力を抜き、苦笑しながら答えた。


「そう、それでいいの」


 キサラは満足そうに頷き、背を向ける。

 陽光を反射する銀の鎧が、山の光景の中でまぶしく輝いた。


「行きましょう。聖騎士団のキャンプは、この山を下った谷の向こうよ」


 透は彼女の後ろ姿を追いながら、小さく呟いた。


「……ドラゴンより強そうなの、出てきたな」


 風が吹き抜け、焼けた地面の熱を攫っていく。

 そして、彼の新たな運命――いや、厄介ごとが、また静かに始まろうとしていた。

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