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スキル名:解読不能

 柔らかな朝日が差し込む宿の一室。

 薄いカーテンの隙間から光が入り、神谷透は目を覚ました。


「……生きてるって、最高だな」


 久々に寝具の上で迎える朝。

 背中が痛くないというだけで、こんなにも幸せを感じるとは思わなかった。

 風呂にも入った。飯も食った。

 ――それだけで、文明に感謝できる自分が少し悲しい。


 だが、休んでいる暇はない。

 腹は満たせても、財布はまだスカスカだ。

 この世界でも、生きるには金が要る。

 宿代、食費、装備の修理……。

 昨日の報酬三十銅貨など、一晩で消えた。


「……よし、今日も稼ぐか」


 透は腰のゴブリン棍棒を手に取り、宿を後にした。



 冒険者ギルドの朝は早い。

 扉を開けると、すでに数十人の冒険者が集まっていた。

 受付嬢の前には長蛇の列。

 掲示板には、新しい依頼がびっしりと貼り出されている。


 透は昨日と同じく掲示板を眺めた。

 そこには、こんな依頼が目に入る。


――【ゴブリン10体討伐】報酬:銀貨2枚


「……昨日よりいい金額だな」


 ゴブリンはスライムより強い。だが、その分報酬も高い。

 透はその依頼書を剥がし、受付嬢に提出した。


「Fランクさんですね。はい、依頼受理しました。気をつけてくださいね」


「了解です。昨日よりちょっと強くなった気がするんで、いけると思います」


 軽口を叩きながらも、心の中では緊張していた。

 スライム相手なら余裕があったが、ゴブリンは群れる。

 相手を間違えれば囲まれて一瞬で終わる。


 だが、やるしかない。

 宿に戻るためには、金を稼ぐしかないのだ。



 森は、昨日と同じようにざわめいていた。

 小鳥の声、風の音、そして……ゴブリンの怒鳴り声。


「いたな……」


 透は身を低くして茂みに身を潜める。

 前方には五、六体のゴブリン。

 棍棒やナイフを持ち、こちらに気づいていない。


 透は一気に飛び出し、最初の一体を背後から殴り倒した。

 それを合図に、残りのゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる。


「おいおい、多いな!」


 棍棒で受け流し、回転してカウンター。

 だが、木製の武器では衝撃が分散してダメージが通りにくい。

 殴っても殴っても倒れない。


「くっ……前より手ごわい!」


 体力が削られていく。息が荒くなる。

 それでも、透は歯を食いしばって戦った。


 一体、二体、三体――

 そして、六体目に棍棒を振り下ろした瞬間だった。


 びきっ。


 空気がまた震えた。

 昨日と同じ、あの奇妙な“感覚”。


「――っ!」


 棍棒の先端から、光のような衝撃波が放たれた。

 ゴブリンが悲鳴を上げる間もなく、爆発的な音を立てて吹き飛ぶ。

 血と煙が舞い、残骸すら残らなかった。


「……また、これか」


 透は棍棒を見つめた。

 昨日のスライム戦でも起きた、あの異常な威力。

 通常の攻撃ではあり得ない。


「クリティカル……って言っていいのか、これ」


 あまりの爆発力に、もはや必殺技の域だ。

 恐怖と興奮が入り混じる。

 だが、立ち止まってはいられない。

 残りのゴブリンたちが怯えながらも、再び向かってくる。


「悪いけど、今は実験してる場合じゃない!」


 透は連撃で残りを叩き倒した。

 最後の一体が倒れると、青い光の粒が舞い上がる。



討伐完了! 経験値+480

LEVEL UP! → LV:20



「……20!? 一気に上がりすぎだろ!」


 驚きつつも、疲労感が全身を覆う。

 地面に腰を下ろし、息を整えた。

 落ち着いたところで、ステータスウィンドウを開く。



NAME:神谷 透

LV:20

HP:230/230 MP:120/120

攻撃:48 防御:32 敏捷:40 知力:38

特殊能力:【▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒】



「……相変わらず読めねぇな」


 バグ文字のまま、何の説明もない。

 昨日の天使の謝罪を思い出す。

 “いずれ分かる”――その“いずれ”が、今であってもおかしくないのに。


 だが、ウィンドウを閉じかけたその瞬間。


「……ん?」


 ほんの一瞬、特殊能力欄の右下に、薄く数字のようなものが見えた。

 よく目を凝らす。


 ――「82」


「……なんだ、これ?」


 数値のように見えるが、意味が分からない。

 攻撃力でも防御でもない。

 HPやMPの欄とも連動していない。


「……まさか、クリティカル回数……とか?」


 だが、そんなシステム的な数値をわざわざ表示するだろうか。

 試しに何度かウィンドウを閉じたり開いたりしてみたが、数字は変わらなかった。


「……まあ、分からないことはいつものことか」


 ため息をつき、立ち上がる。

 ギルドに戻って報告すれば、今日も銀貨二枚が手に入る。

 そう考え、森を出ようとしたそのとき――。


 木々の奥から、低いうなり声が響いた。


 ぞわり、と背筋が粟立つ。

 現れたのは、一回り大きなゴブリン。

 腕は太く、目は血走っており、鉄のナイフを握っている。


「……ゴブリンの……上位種?」


 その存在に、透の脳裏に街で聞いた噂がよぎる。


 ――“滅多に出ないレアモンスター、『ゴブゴブリン』”

 ――“倒すとレア武器を落とすらしい”


「……うわ、マジで出ちゃった」


 恐怖よりも、好奇心が勝った。

 これを倒せば、強い装備が手に入る。

 それに、少しでも強くなれば、この世界で生きる希望が増える。


「……やるしかない!」


 透は棍棒を構えた。

 ゴブゴブリンが吠える。突進してくる。

 衝撃で地面が割れる。


「速ぇっ!」


 間一髪でかわし、背後に回り込む。

 棍棒を振り下ろす。

 硬い音。ゴブゴブリンの皮膚は異様に分厚い。

 それでも、何度も何度も叩きつけた。


 HPゲージが見えないのがもどかしい。

 だが、手応えは確かにある。

 ゴブゴブリンが唸り声を上げ、膝をついた瞬間――。


 また、空気が震えた。


「……来るっ!」


 光。衝撃。爆音。


 その瞬間、視界が真っ白になった。

 光が収まったとき、そこには何も残っていなかった。

 ゴブゴブリンの姿は消え、ただ黒焦げの地面だけが残る。


「……やっぱり……クリティカル」


 透は息を荒げながら、地面に落ちていた光る物体を拾い上げた。



アイテム『レア武器:ゴブリンナイフ』を入手!



「おおっ……本当に出た!」


 刀身は黒鉄色で、刃の根元には緑の宝石が埋め込まれている。

 装備欄を開いてステータスを確認する。



ゴブリンナイフ(Rare)

攻撃+35 敏捷+10 追加効果:クリティカル率上昇(小)



「クリティカル率上昇……って、まさか……」


 透は再びステータスウィンドウに目をやる。

 特殊能力欄の右下――そこには、今度ははっきりと数字が表示されていた。


 ――「100」


「……え?」


 その瞬間、背筋に電流が走った。

 昨日、スライムを木端微塵にしたのも。

 今日、ゴブリンを吹き飛ばしたのも。

 そして、今の爆発的な威力も――すべて“100”という数値に関係しているのかもしれない。


「……まさか、数値が100に達した瞬間、能力が発動する……?」


 確証はない。

 だが、状況的にはそれ以外に考えられなかった。


「……スキル名、解読不能。……発動条件、数値100。」


 小さく呟きながら、透はナイフを握りしめた。

 風が吹き抜け、森の木々がざわめく。

 胸の奥で、不安と期待が入り混じる。


 この能力が何なのか。

 天使が言っていた“天界文字のミス”とは、いったい何を意味するのか。


 ――それはまだ、誰も知らない。


「……まぁ、いずれ分かるさ」


 そう言って、透は街へと歩き出した。

 薄暮の中、ゴブリンナイフの刃が夕陽を反射して輝く。


 今日もまた、異世界の一日が終わろうとしていた。

 そして彼の“バグ能力”の謎は、静かに動き始める――。

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