天の叱責と目覚め
――場所は、天界。
無数の光が揺らめく聖域。純白の大理石の床に、ひとりの天使が土下座していた。
「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!!!」
泣きそうな声が神殿に響く。
金髪をゆるく束ねた小柄な天使――リミエル。
彼女の前には、神々しい威光を放つ存在――
天界の王、ゼルファス=ロード=セラフィムが鎮座していた。
「リミエル。貴様……また“やらかした”な?」
その低く響く声に、リミエルの羽がビクッと震える。
「ち、違うんですっ! 今回はちょっと、フォント設定を……天界仕様のままにしてただけで……!」
「それを“やらかした”というのだッ!」
「ひぃっ、ごめんなさいっ!」
雷鳴のような怒号が鳴り響き、天界の空が一瞬明滅する。
リミエルは両手で耳を塞ぎながら、小さく縮こまった。
「……まったく。よりによって転生案件でやらかすとは……」
「はぅ……」
「“文字化けスキル”など、天界始まって以来だぞ」
「ちょ、ちょっとしたバグですってばぁ……」
ゼルファスの額に青筋が浮かんだ。
「天使が“バグ”とか言うなッ!!」
「ひゃいっ!!」
その場にぺたんと座り込み、涙目になるリミエル。
まるで小動物のように震えている。
「……もういい。立て。話にならん」
「は、はいぃ……」
リミエルはよろよろと立ち上がり、しゅんとしたまま礼をした。
説教を終えたリミエルは、しょんぼりと天界の回廊を歩いていた。
白い雲を踏むたびに、かすかにため息がこぼれる。
「はぁ~……また怒られちゃった……」
肩を落として歩くその姿は、誰が見ても反省中の天使。
そんなとき、後方から慌てた声が飛んできた。
「リ、リミエル様っ! たいへんですっ!!」
「ど、どうしたの?」
「下界の転生者――神谷透さんが、気絶しました!」
「ええええええっ!?」
彼女の羽がばさぁっと広がる。
急いで観測窓を開くと、地上で倒れる透の姿が映し出された。
「うそ……ちょっと待って、なにがあったの?」
リミエルは天界デバッグウィンドウを開き、事象記録を確認する。
光の文字が流れ、転生者の行動ログが映し出された。
「……な、なにこれ。自分でスキル構造を解析してる!?
“カウント100”の発動条件にもう気づいてるの!?」
リミエルは思わず口元を押さえた。
「すご……。人間って、やっぱり面白い……」
感嘆していると、背後から低い声が響く。
「――感心している場合か、リミエル」
「ひゃあっ!? ぜ、ゼルファス様っ!?」
「また貴様は地上案件を放置して……」
「い、今! ちゃんと見てましたから!!」
「……はぁ。まあよい。あの者のスキル、“文字化け”を直せ」
「へ?」
「“へ?”ではない。すぐにやれ。放置しては天界の恥だ」
「は、はいっ! いま直しますっ!!」
嬉しそうに目を輝かせ、リミエルは手をかざした。
柔らかな光が天界から地上へ降り注ぐ。
「……えっと、このバグ部分を修正して……フォント変換完了! わぁ、きれい~」
天使特有の魔術式が起動し、透のステータスに流れる光がゆっくり整っていく。
これまで「解読不能」だった箇所が、滑らかな聖文字に変化した。
「ふふっ、これでよし! あの子ももう大丈夫♪」
リミエルは胸を張って笑顔を見せる。
ゼルファスも短く頷き、去り際に一言残した。
「……今度こそ頼むぞ。二度とやらかすな」
「はぁいっ!」
王が姿を消し、再び静寂が訪れる。
リミエルはホッと息を吐き、念のために再確認を始めた。
「さてと、ちゃんと直ってるかチェックしなきゃね」
光のモニターに映る透の最新ステータスを覗き込む。
確かに“スキル欄”は正常表示になっている。
しかし――
「……ん?」
そのすぐ下、称号欄が妙にちらついていた。
【称号:▢▢▢▢▢▢▢】
「………………あ」
嫌な汗が流れる。
「ま、またやっちゃったぁぁぁぁ!!」
「またやったな」
背後からゼルファスの声。
いつの間に戻ってきたのか。
「ひゃぅっ! ち、違うんです今回は! 別のフォントが――!」
「黙れ」
「ひぃん、ごめんなさいぃぃぃ!!」
天界の青空に、リミエルの悲鳴が木霊した。
――場面は再び地上。
静かな医務室。
透はゆっくりと目を開けた。
「……知らない天井だ」
白い天井、薬草の香り。
体を起こすと、ベッドの上で包帯を巻かれている自分がいた。
「ここ……医務室か?」
戦闘の記憶が鮮明に蘇る。
リオンとの激戦、あの眩い光――そして意識を失った瞬間。
「……負けた、のか」
小さく呟き、天井を見上げた。
敗北の痛みは、どこか懐かしかった。
(結局、才能の差か……)
思い出すのは前世の自分。
会社では後輩に追い抜かれ、年下の上司に指示される日々。
努力しても報われず、それでも必死に働いていた夜。
――その夜、過労死したのだ。
「……なんか、また同じことしてる気がするな」
苦笑いが漏れた。
そのとき、扉がノックされた。
「入ってもいい?」
柔らかな声。キサラだった。
「キサラさん……」
彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
「無事で何より。あの戦い、正直ヒヤヒヤしたわよ」
「俺もです……あの人、反則級ですよ」
冗談めかすと、キサラはくすりと笑う。
「でもね、よくやったわ。あれだけの実力差で最後まで立ってたのは、本当にすごい」
その言葉に、透の胸の奥が少し温かくなる。
「……ありがとうございます」
だがふと、気になることが浮かぶ。
「テストの結果、どうなりました?」
キサラが一瞬言葉を詰まらせた。
「それは……」
扉が開く音。
入ってきたのは、学園長――アルノルトだった。
「その件は私が説明しよう」
長い白髭を撫で、椅子に腰かけると穏やかに言った。
「結果から言うと、君は――合格だ」
「……え?」
「リオンには敗れたが、第三テストまでの成績と、第四での応戦内容を総合すれば問題ない。
むしろ入学基準を大きく上回っている」
「そ、そんな……ありがとうございます!」
喜びの言葉がこぼれる。
だが、学園長の顔はすぐに真剣味を帯びた。
「ただし――君は“特別監視対象”とする」
「……監視、対象?」
「未知の技術を使い、理屈の通らぬ現象を起こしている。
君の“錬成”と呼ぶ力が何なのか、我々にも分からんのだ」
「……なるほど、怪しい新人ってわけですね」
「そう捉えてもいい。だが、気に病むことはない」
学園長は微笑み、立ち上がる。
「自分の力を理解し、使いこなすこと。それがこの学園の目的でもある。
――ゆっくり学ぶといい」
そう言って去っていった。
キサラが透に近づき、肩に手を置く。
「私も戻るわ。二番隊が呼んでるの」
「……はい」
「次は、卒業試験で会いましょう。そのときは“団員”として、ね?」
そう言って笑う彼女の瞳が、不思議と眩しく見えた。
扉が閉まり、静寂が戻る。
(……学園生活、か)
胸の奥に、期待と不安が入り混じる。
透はベッドの横に浮かぶステータスウィンドウを開いた。
【ステータス:神谷 透】
レベル:28
HP:380/380
MP:210/210
筋力:42 敏捷:58 魔力:33 耐久:47
スキル:
《逆理反転(Paradox Reversal)》
称号:▢▢▢▢▢▢▢(???)
「……おい、またバグってるぞ」
天井を見上げながら、透がぼそりと呟く。
その瞬間――どこか遠い空の上から、かすかな悲鳴が響いた。
「ごめんなさぁぁぁい!!!」




